第22話 承諾してからこんなにドキドキするなんて
結局――。
さまざまな理由から、私はロエルの婚約者のフリをすることに合意した。
本当は、トレジャーハンターであるロエルの助手になっただけなんだけど……。
ロエルの表向きの仕事は王立魔術研究所の魔術師。
彼のそばにいて不自然でない存在 = 婚約者 だというのだからしょうがない。
魔術研究所では現在助手を募集してないらしいし、していたとしても試験に合格しなきゃいけないそうだ。
昨日この世界にトリップしたばかりの、魔法が使えない私、睦月 唯花が受けても……受かるとは思えない。
つまり、婚約者のフリをするのも、ロエルの助手になるには必要なこと。
覚悟を決めた私に、ロエルが笑顔で言った。
私たちはまだロエルの自室から出ていないから、これは2人だけの会話だ。
「説得が長びいてしまったが――。ユイカはオレの助手になることも、人前ではオレの婚約者のフリをしてくれることも、了解してくれてうれしいよ」
「ロエル……」
私と向かいあっているロエルは、端整な顔にさわやかな笑みをうかべている。
これから私はこの人の婚約者のフリをするんだ……と自分に言い聞かせようとしたものの。
ロエルの美貌を前にすると、なんというか――。ロエルがイケメンすぎて、現実感ってものが私の中で、わいてこない。
彼とのキスは、おたがいの唇と唇を本当に重ねあわせたんだから、ちゃんと実際に起きたことなんだって実感がある。
でも婚約者の件は、あくまで『フリ』をするってだけだし。
私は、うっかりバナナの皮で足をすべらせたのが原因で異世界トリップした。そして、私をこの世界に飛ばした精霊さんは、私を前の世界(21世紀の地球)にもう戻す気はないような雰囲気だった。
だから、現実感が わいてこようが、わいてこなかろうが、もうこの世界――ノイーレ王国――での日々が、私の新しい現実なんだろうけど。
(それにしたって……ロエルの婚約者のフリを……少なくとも99日は続けるなんて、本当に私にできるの?)
助手の件も婚約者のフリの件も、私は自分の意思でやると決めた。
なのに、ロエルの提案にのると彼本人に伝えてから、未知の領域すぎて(トレジャーハントも、誰かの婚約者のフリもどっちも未経験)、まだそれらしいことを何もしていないうちから しりごみ?
ロエルはおだやかでやさしいのに。……たまに意味深な発言するけど。
あ、私、トレジャーハントに関しては経験がないことは伝えてあるけど、婚約の経験もない(婚約についてくわしい知識を持ちあわせてない)って言ったっけ? 言ってなかったような。
「ロエル、……私、どうやったら婚約者っぽいふるまいになるのか、いまいちよくわかってないけど、それでもいいの?」
(……ああ、今の私、自信のなさが声にあらわれちゃってる……)
そんな私を気づかってか――。ロエルは、私を勇気づけるような明るい口調で告げた。
「かまわない。きみがやってきた世界とこの世界では、婚約に関する決まりごとや習慣も違うだろうし」
言われてみれば――たしかに。地球でだって国や地域、時代によってだいぶルールやマナーは違うよね。婚約に限らず。
うーん。でも、まだちょっと……。
「不安なのか、ユイカ」
まるで心の中をのぞきこまれたように言いあてられた。
ドキンと心臓がはねる。
私をまっすぐにみつめるロエルの青い瞳にすいこまれそう。そんなことを感じながら、あわてて首を左右にふる。
「……わ、私なら大丈夫っ! 不安っていうより、いろいろなことが急に決まって――。それで心がびっくりしちゃってるっていうか……。だから心配しなくても平気」
ロエルへの言葉だけど、私自身に言い聞かせてるような気分。
不思議なことに、口にだしたことで、だんだん自分でも「これは不安っていうより、びっくりしちゃってるだけ」って気になってきたみたい。
私って、暗示にかかりやすいタイプだったとか?
むしろロエルのほうが、まだ私が不安がっていないか心配している雰囲気。
視線を私からはずさない。
……これは、私が大丈夫なことを徹底的に伝えないと、ロエルは私を気にかけたままかも。それじゃよくないよね。
よし、ここは――。
「ロエル、私、本当に平気だよ。ロエルがいろいろ力になってくれたんだもの。不安なんて吹きとんじゃったよ。あ、でもこれ以上ロエルが私は不安がってるんだと心配するなら……そういう気持ちが伝染して不安になってきちゃうかも?」
恩人であるロエルに、これ以上心配かけたくないゆえ、あえて「ロエルが心配したままだと、私もまた不安になっちゃうよ」的な言いかたをした。
はたして吉とでるか凶とでるか。
ドキドキしながらロエルをみる。
ロエルは、ぽつりとつぶやいた。
「ユイカはやさしいな」
はいっ? べつに私、やさしさにあふれた、心あたたまる発言なんてしてないよ。
首をかしげる私に、ロエルは真剣な口調で続けた。
「でもオレはきみが不安を感じてないだけじゃなく――。心から安心してほしいんだ。きみにとっては異なる世界になる、この世界でも」
……ロ、ロエルのほうがよっぽどやさしいじゃないっ――!
ロエルの真摯なまなざしもあいまって、胸がキュンとしつつ、心がじんわり あたたまってきた。
あれ? でも、私に『心から安心してほしい』と願う、誠実そうな異世界人の青年が、私に紹介したお仕事が……トレジャーハンターの助手!?
トレジャーハントの冒険には危険がつきまとうってイメージなんだけど。
もしかして、この世界のトレジャーハントは、やすらぎにみちたものなの?
それなら矛盾はしてないのかも。
ほら、なんといっても、ここ、魔法が使える世界だし。……私は使えないけど。
というか、そもそもトレジャーハンターが魔法のおかげでやすらぎにみちた安心安全なお仕事なら、ロエルが表向きには別の職業を名のらなくてもいい気がするし。
(ロエルには何か、私には話せない理由や考えがあって、私をトレジャーハンターの助手にスカウトしたとか?)
……やっぱり、私にとってまだまだ謎だらけだ。
この世界も、そしてロエルも。