第21話 離れないでいる方法
「オレたち2人は少なくとも、今日を含めて99日は離れないほうがいい。オレは聖兎からきみを頼まれた」
……聖兎。この世界で聖兎とよばれる、言葉を話す不思議なうさぎ、ティコティス!
そう、たしかに昨晩――私にとっては異世界でむかえる最初の夜――ティコティスはロエルに私のことを頼んだ。
ロエルはティコティスに、はっきり告げた。「まかせてくれ」って。
(でも、それって……ああ、思いだすのも恥ずかしい……)
ティコティスがロエルにお願いしたこと。
それは、ロエルが私に毎日100回、100日間キスすること。
この、一見とんでもない依頼には理由があった。
今も私の首からはずれない、魔石のついたチョーカー。
このチョーカーは、私がロエルに毎日100回、100日間キスされれば、はずれてくれるという。
昨夜、私たちは100回くちづけを交わしたけど、
あと 99日×100回=9千900回も、キスしなくちゃいけない。
しかもキスとキスの あいまには、ロエルが私に愛の言葉をささやくことが必須だし!!
私の首からチョーカーがはずれてくれるまで、まだまだ道は遠そうだけど、今の私はロエルに1日につき100回はキスされないと、体がフラフラになって体調をくずしてしまう やっかいな体質になってしまった。
(ロエルは、別の世界からこの世界にトリップしてしまった人間、つまり私、睦月唯花を助けたいと善意から、ティコティスの依頼を承諾したんだろうけど……)
彼の動機は人助けであっても、ロエルのキスは甘くて私はおもわず――って、何ロエルとのキスの感覚を思いだそうとしてるの!
思いだすにしたって、今は やばいって! ロエル本人が目の前にいるんだから!!
すくなくとも今は、昨日の熱いキスのときの、ロエルの唇の感触やら、その唇からつむがれる甘美でドキリとする愛のささやきやらは、いったん忘れる! 思いだしちゃ、だめ!
意識を他に向けるため、私は やや唐突に周囲をみまわした。
ここはロエルの自室。
私たち2人しかいないこの部屋は、書斎に入りきらなかった本が壁にぎっしりと並んでいるだけじゃない。
品のいい調度品がセンスよく配置されている。
身もフタもない言いかたになっちゃうかもだけど、すごくお値段のはる高級品にみえる。
ロエルの祖父にあたる人物が財産家っぽい雰囲気は、昨日ロエルから話を少し聞いただけでも、なんとなく感じたけど……。
ロエルは別に、祖父や父親の財産のみで優雅に暮らしている――というわけではなくて。王立魔術研究所の魔術師という表向きの顔を持ちつつ、トレジャーハンターを本業としているらしい。
私は、ロエルの助手――トレジャーハンターの助手――にスカウトされた。
助手としてトレジャーハントに同行するなら、毎日いっしょにいることも可能だよね。
……でももしも、この世界で、私がロエルの仕事とはまったく別の仕事(たとえば住み込みで働くパン屋さんのスタッフとか。現代日本のパン屋さんでなら学生時代、バイト経験あり)に ありつけたとして……。
なんとなくの予想だけど、トレジャーハント先で財宝の探索をして多忙なロエルが大海や山々を越えて、毎日毎日くる日もくる日も、私が暮らすパン屋さんにわざわざ通わなきゃいけなくなる気がする。
だってキスは毎日100回。
1日のキスの回数が100を越えるのは全然かまわないけれど、『次の日の分として持ちこすことはできない』ってティコティスが教えてくれた。
でもロエルがあまりにも大変だからといって……。ロエルとキスできないまま1日が終わったりしたら、それこそ また大変なことになりそう。
チョーカーの影響で、どんなに気合いをいれても、体が昨日みたいにフラついて体調をくずしてしまう可能性が非常に高い。
そうなってしまったら……せっかく、異世界人の手も借りたいほど忙しいからと私をやとってくれたパン屋さんにも多大な迷惑をかけてしまうことに。
お店のパンを楽しみにしていたお客さんたちにも――。
「ユイカ、ユイカ――また、考えこんでいるのか」
ロエルが正面から私の顔をじっとのぞきこんでいる。
……しまった。
今後どうすべきか、まじめに考えていたはずが、ついつい予想が妄想の域にまで達してしまった。
まだこの世界にパン屋さんがあるかどうかも知らないというのに。
あったとしたって、私を採用してくれるかどうかなんてわからないのに。
私はあわてて、ロエルに告げた。(たしかロエルはさっき『今日を含めて99日は離れないほうがいい』って、私に話しかけてたんだよね)
「……えっと、私もロエルから離れないでいられる仕事のほうがいい。ロエルにはいろいろ迷惑かけちゃうけど――ティコティスから聞いたチョーカーをはずす方法のことを考えると」
私の言葉を聞き、それまで真顔だったロエルが、ふと、ほほえんだ。大きな青い目がキラリと光った……ような気もする。
金色に輝く長いまつげが、私にそう思わせたのかもしれないけど。
とにかく言えることは、今のロエルはなんだか楽しそうだということ。
「ユイカが黙りこんでいたのは……聖兎から聞いたチョーカーをはずす方法を考えていたからだったのかい?」
「え!?」
チョーカーをはずす方法=ロエルとのキス
今の私の発言って、そう受けとられちゃうの!? 受けとられちゃっても、しょうがないの?
――でも私、パン屋さんのことも、ちょっとは考えてたよ。
けっしてロエルとのキスのことだけで頭がいっぱいだったわけじゃないんだから!
(なのに、そんなこと言われちゃうと、私はロエルとの昨日のキスを思いださないように がんばってるのに……。必死の努力もむなしく、頭の中でボワァーンッ! と記憶がよみがえりそうになるからっ。そういうの、こまるんですけど!)
とりあえず、私をやたらみつめる青い目から視線をそらしてみたものの――今度は甘く響く低音が私の耳をくすぐる。
「ユイカ、顔が赤いよ」
――っ!!
ロエルから指摘されなかったとしても、自分の頬がやたらと熱いことを考えれば――。今の私は赤面してるんだろうな、と自覚していたはず。
「…………だ、だって、ロエルが、なんだか意味深な言いかたするんだもの……私のせいじゃ、ないから――ああ、もう知らない」
ロエルは、私が盛大にテレているのに気づいたのだろう。クスクスわらい声が聞こえる。
私、からかわれた!? 少なくとも、くどかれているってムードからは、ほど遠い雰囲気だ。
(ロエルのわらい声はとても楽しそう……。私は、おもしろがられているっぽい)