第20話 ふたたび婚約者?
「……ど、どうしてロエルの助手の私が、婚約者のフリをするって話になるのっ? り、理由は!」
ロエルの自室。
室内にあきらかに動揺した私の声が響く。
ロエルは正面から私をみつめたまま、サラリと告げた。
「理由? たくさんあるが、きみが婚約者だということになれば――」
「なれば?」
答えが気になり、反芻する私にロエルは、いたずらっぽい笑顔をみせ、ささやく。
「きみのそばにいつもオレがいても、不自然じゃないだろう」
――不自然じゃないだろう……って。
たしかに『本当の婚約者』なら不自然じゃないかもしれないけど。
でも! そもそもロエルの『婚約者のフリ』を私がすること自体が不自然な気がする。
どこから どうつっこんだらいいのかわからず、あわあわしていると、いままで悠然とかまえていたロエルが私の動揺に(ようやく)気づいたらしい。形のいい眉をピクリと動かし、私を凝視した。
「どうしたんだ、ユイカ。ずいぶんあわてて」
……そりゃ、あわてもしますよ。
あくまで私は、ロエルの『仕事の助手』になることを承諾しただけ。
ロエルの本業はトレジャーハンター。
でも表向きの仕事は、王立魔術研究所の魔術師だそう。だから、私も人前では魔術師の助手だと名のればいいの? ってロエルに聞いてみたのは、つい数分前のこと。
そしたらロエルから かえってきたのは、まさかの答え。
『いや、助手ではなく――。ユイカ、きみはオレの婚約者だということにしておきたい』
昨日のロエルが、異世界トリップしてきたばかりの私を周囲にいた男たちに自分の婚約者だと説明したのは、彼らに からまれていた私を助けるためについた嘘。
だから、おどろきはしたものの、『この人は私を助けるためにこんなことを言ったんだ』って納得できた。
現に、ロエルが私を婚約者だと宣言したおかげで私をとりかこんでいた、しつこそうな人たち、文句を言いつつも結局は立ち去ってくれたし。
だけど、だけどっ!
「ロエルは、婚約者同士ならいつもそばにいても不自然じゃないって言うけど……周囲に不自然に思われないことが目的なら――。婚約者以外の、そばにいても不自然じゃない関係を名のればいいんじゃない?」
私の提案にロエルは少し複雑そうな表情をうかべた。
「たしかにユイカの言うとおりだ」
ロエルの返事にホッとする。彼も私の意見に賛同してくれた。
……でも、それならなんで、ちょっと微妙な顔つきなの。
「きみの言葉はもっともなのだが――最初にユイカが口にした魔術師の助手……。助手になるには、まず王立魔術研究所に所属するための試験をクリアしなければならない。現在募集は締めきっているため、きみが試験に合格できる力があったとしても、少なくとも1年間は試験自体がない」
そっかぁ。そうだよね、ロエルは思いつきで私に婚約者のフリをすすめたわけじゃない。
ロエルは本業はトレジャーハンターだとしても、本当に魔術研究所に所属してる魔術師なんだから普段はその肩書きを名のることにしても問題はないのだろうけど、私は魔術研究所がこの国のどこにあるのかさえ、知らないものね。
魔法も使えないし。いっしょに異世界トリップしたスマホもネットにつながらない。
ないないづくしの我が身に軽く落ちこんでいると――。
ロエルが真摯な様子で言った。
「正式に婚約しているわけではないのに婚約者と名のるのにユイカは抵抗あるかもしれないが……」
『抵抗がある』っていうか。
私、ロエルがきらいとか、異性としてみられないとかじゃなくって……。
むしろ、いっしょにいると時おり急に艶っぽくなって、こっちがドキドキしすぎちゃうほどのイケメンのロエル。そんな男性の婚約者のフリをするなんて、恋愛経験がとぼしく、トリップ直前だって初めてできた彼氏にフラれた私には難易度が高すぎるんだ。
そりゃあ、トレジャーハンターの助手だって難易度高いだろうけど。
でも助手は、助手の仕事をがむしゃらにがんばれば、もしかしたら上手くいく業務内容なのかもしれない。
だけどもし、私が本気でロエルに恋愛感情を抱いたりしたら、婚約者の『フリ』なんて、私の心は苦しくなるに決まってる。
(ただでさえ私たちは、毎日――)
もしもロエルに恋してしまったらどうしよう。そんな不安がよぎったとき。
ロエルは私の瞳をみつめ、告げた。うろたえる私をなだめるような、おだやかな声だった。
「オレたち2人は少なくとも、今日を含めて99日は離れないほうがいい。オレは聖兎からきみを頼まれた」
……聖兎。この世界で聖兎とよばれる、言葉を話す不思議なうさぎ、ティコティス!
そう、たしかに昨夜のティコティスはロエルに私のことを頼んでいた。
ロエルはティコティスに「まかせてくれ」って答えていた。