第9話 朝のあいさつ(2/2)
「ユイカ、きみは手に何を持っているのか?」
「えっと、これは……」
私が手に持っている蜂蜜キャンディ (個包装) に気がついたロエルに質問される。
(この世界には、蜂蜜はあるの? そもそもハチは存在している?)
疑問に思いつつ、私は答える。
「これはね、蜂蜜のキャンディ。ロエルの、のどにいいかもと思って。あ、蜂蜜は私がやってきた世界では、のどにいいって言われているの。……だからロエルに渡したいなと思って――」
「蜂蜜が のどにいいということは、この国でもよく知られているが――。どうして、きみはオレに、のどにいいものをあたえようとしているんだ?」
『蜂蜜』というもの自体は、この国でも広く知れ渡っていて――だから、私の首についている翻訳機能のあるチョーカーが、すんなり通訳できたみたい。
(……でも、ロエルは私が彼に、のどにいいものを渡そうとしたことを疑問に思ってるっぽい……)
私は事情を説明する。
「ほら、昨日のロエルは私にいろいろなこと、この国についてとか、魔力に関することとか、たくさん……話してくれたじゃない。それって1日でいっぱい、のどを使ったことになるから、のどが痛んで話すのがつらい……とかなのかもって思っちゃって……」
「昨日きみと少々長く会話したくらいで、のどを痛めたりしていないよ」
「あ、でも私、この薔薇園にロエルがいるって聞いて……ロエルがあらわれるまえに見たのが翡翠で――。その翡翠を、ロエルの変身した姿だとカンちがいしてたの」
説明しながら、
(ロエルにとっては昨日の行動――チョーカーの魔力の影響を抑えるために必要だった行為――愛を100回ささやく――も、『きみと少々長く会話した』にすぎないのかな)
なんて考えてしまう。
チラリと正面にいるロエルの顔をのぞいてみれば、彼は不思議そうな顔をしていた。
数秒、間をおいてから私に聞く。
「翡翠に変身、オレが?」
「ええ、この世界の人は翼あるものに変身できるってことを、昨日の私は実際に目にして――。でも、ロエルが変身したところはまだ直接みていなかったから……」
「それでオレが、さっき飛びさっていった翡翠だと思っていたのか」
「……だって、あの翡翠、私が話しかけても無言で首かしげてて……だから私、あなたの のどを疲れさせちゃったのかなと思って……」
ロエルはクスクスと笑った。
「ユイカ、きみはオレがずいぶん可愛らしい鳥に変身する男だと思っていたんだね」
「……えっ?」
(そういえば、彼は昨日――。もしも火事等の非常事態になった場合は、『鳥に変身したロエルが私を乗せて空を飛んで避難する』。たしかそんな方法を提案していた気がする。あのちいさな翡翠が平均的体型の成人女性である私を運べるとは思えない。体のサイズがちがいすぎる。18センチくらいだったもの、あの翡翠。ん、人間の大人を運べる鳥って、かなり巨大な鳥だよねえ……)
私が『ロエルはいったいどんな鳥に変身するのか』考えこんでいる姿が、彼にはおもしろく うつったらしい。
ロエルの青い目が、いたずらっぽく光る。
彼は私をみつめながら、口角をニッとあげ、ささやいた。
「変身してみせようか。いま、ここで」