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第4話 魔法も剣も持ってない私にファンタジー世界で生きていけと?

「……ん」

 意識をとりもどした私は、ぱちりと目をあけた。


 どうやら、私は泉のそばの芝生に、あおむけに横たわっていたようだ。

 目をあけるまえから、耳もとでサラサラと水音が聞こえていたから、ちかくで水が流れていることは予想していた。

 床でも土でもなく、芝生の上にいたせいか、手足がすこしチクチクする。でも痛いというほどじゃない。

 芝が肌にふれれば、チクリと感じるということは、私は夢をみているわけじゃないってことだよね。ちゃんと、感覚があるんだから。


 ――ここは、どこ?


 私は上半身を起こし、あたりをみまわしてみた。


 泉のまわりは……大きな邸宅の中庭――西洋風のパティオ――になっているようにみえる。


 どうやら、広い中庭の真ん中に、この泉はあって、館内と中庭を回廊がつないでいるみたい。

 中庭は、東西南北どの方面からも回廊に通じているようだ。中庭中央の水のわきでる場所を守るかのように、回廊は四角く泉をとりかこんでいる。


 上空からみたら、きっとこの庭は、「サイコロの1の目」のようにみえるんじゃないかな。


 あ、「サイコロの1の目」のようっていうのは、あくまで形。

 色はちがう。

 この泉はきれいに澄んだ水色で、サイコロの1の目のように赤くはない。


 泉の水がわきだしている部分と地面の境目も、青い石が、コンパスで書いた円のように規則ただしく積みあげられているし――。

 さっきまで私が横たわっていた緑の芝生は、誰かが手入れをしているとしか思えないほどきれいに刈り込まれている。


 人間のすがたも、動物のすがたも、虫のすがたさえ、みあたらないけれど――やわらかな日差しに照らされた、この庭が、廃墟とはとても思えない。

 持ち主が住んでいる。もしくは、別荘的な場所でいつもは住んでいなくても、管理する人がちゃんといて、きちんと庭を維持してるって感じだ。


 ……まあ、庭の雰囲気がヨーロッパっぽいというだけで、異世界にある、西洋的な国にとばされたと思いこむのは、気がはやいかも。

 現代の日本にだって、昔の欧州の庭園を模した場所は、いくつもあるよね。直接みたことはないけど、SNSで写真をよくみかけるもの。


 そんなことを考えながら、今度は立ちあがって、周囲をもう一度みまわす。

 上半身だけを起こしてあたりをみまわしたときより熱心に、全方位きょろきょろしてみた。


 ……やっぱりこの庭のちかくに、人はいないみたい。

 視界にうつる大きな邸宅、その中からも、物音や人の気配は感じられなかった。


(まさか、私、精霊さんの手ちがいで、いまは人間がみんな出払ってしまった、誰もいない無人の集落にでも、とばされちゃったとか?)


 庭は手入れが行き届いているようにみえるけど、たとえば……。

 この世界には魔法が存在していて (いかにも異世界っぽい!) ――いまは無人の町だけど、最後に町に住んでいた魔法使いが去ったあとも、魔力で庭はきれいなままとか――?


 うーん、精霊さんが私をどんな生活様式の世界にとばすのか、教えてくれなかったからなぁ……。

 そもそも、どこにとばされたとしても、そこが本来とばす予定どおりの場所なのか、それとも、手ちがいで送ってしまった場所なのかも、私にはわからない。


 ――ああ、どんどん不安になってきた。


 ここが、魔法だけじゃなく、剣とドラゴンもでてくるような世界だった日には、どうしよう。

 魔法も剣も持ってない現代人の私にどうやって、ファンタジー世界で生きていけというのだろうか。

 頼りになりそうな人材どころか、人っ子ひとり、私のそばにはいないみたいなのに……。


(こんなときこそ、落ちつかなきゃ! まだ、魔法の存在する世界にトリップしたとは決まってないんだし……)

 と、私自身にいいきかせる。


 そして、私の現在の状況を把握するためにも、視線をおろして自分の格好をみてみた。

 剣は持ったことはもちろん、ホンモノをみたことすらないけど、剣のかわりになるようなもの、何かないかな。

 …………ないだろうな。


(私、精霊さんから「あなたにこの剣をさずけます」とか、そういうアイテム、授与されてないもんなぁ)


 確かめた結果――。私の服装は気をうしなうまえのものと、どこも変わっていなかった。

 肩にかけたショルダーバッグも、さいわいそのままだ。


 謎の世界にとばされてしまった現状で、こんなこと思い返すのは、いまさらだけど――。

 私は、ラフな服で出勤する人が多い職場に勤務している。


(まだ、『勤務していた』と過去形にはしたくない。精霊さんは私は死んだわけではないと言っていた。それって、私がいままでいた世界にもどれる可能性は残ってるってことだよね)


 仕事帰りに公園に行った、今日の私の服装も、どちらかというとラフな、春もののブラウスとスカートだ。

 どちらかというとラフ――というのは、健太郎と公園で待ちあわせしてデートする予定だったから、ラフといってもふだんの着こなしより、ちょっとおしゃれしていた。


 いかにも『あ、この人、今日会社の帰りにデートするんだ』って気合いが周囲にも、もれつたわっちゃうような格好ではなかったけど、いつもより服には気をつかっていた。


 それでも健太郎とつきあいはじめたころにくらべると……。

 彼とのデートが待ちきれない! ああ、何を着ていこう。この服を着た私をみて、彼はどう思うかな? って、ドキドキ感がだいぶ減っていたというか――。


 私も健太郎も、おたがい、デートのとき感じる新鮮さは、うすれていたと思う。


 もとの世界にいようが、他の世界にとばされようが、健太郎と会うことは、どのみち二度とないんだろうけど。

 今日、私は彼に、はっきりフラれちゃったんだし。

 どこにいたって、もう会わないであろう人のことを考えるのは、もうよそう。


 ……それよりも!

 さっきから私は今日、今日と言っているけど。

 ほんとに「健太郎との待ちあわせのために公園に寄った」ことや「精霊さんがあらわれて、私を異世界にとばすと言ってきた」こと――を、


「今日おきたこと」

 と認識してもいいのかな。


 もしかして、私はとても長い時間、気をうしないつづけて――、日付がかわってしまったかも。

 いまいったい何時なんだろう。


 精霊さんが、もとの世界と異世界をつなぐ、異世界の入口と言っていた場所で、私は意識をうしない――目がさめると『ここ』にいた。

 私はふだん時間を確認するときのように、バッグに手をのばし、スマホを探した。


 服もバッグもそのままなら、スマホもバッグのなかにきっとあるよね。

 ……それとも、バッグをきちんとしめてなかったせいで、スマホはスマホで私がいまいる世界とは、まったく別の世界にとばされちゃったとか。

 うわっ、たとえ今後行くことのない世界だったとしても、私の個人情報が、どこかで野ざらしになるのは、いやだぁ……。


(日本の文字が解読できない世界だとしても、私が撮った自撮り写真とか、入っているし。べつに恥ずかしい写真は撮ったことも撮られたこともないけど、それでもプライベートな写真が知らない人たちにさらされるって私はいやだ……)


 どうか、なにごともなく、バッグのなかにスマホが入っていますように――。別の世界にとばされちゃったらしい、いまの私が、『なにごともなく』って言うのも、なんだか変だけど……。

 期待と不安をまじりあわせながらバッグをガサゴソ。

 ふと、手にぶつかる慣れ親しんだ感触。


 ――あった! 私のスマホ!


 池のなかに落ちたとき、こわれちゃった――なんてことないよね?

 そーっとバッグからスマホをとりだし、恐る恐る画面をチェックしてみた。

 画面はちゃんとうつっている。


 よ、よかったぁ……!


 表示された日付と時刻は、私が公園のベンチでスマホを手にしていたときから、まだ三十分もたっていなかった。


 ――本当に運がいい。ちゃんと文字表示される。


 画面にも、落としちゃったりするとできる、ピキピキッとしたキズやヒビ、入ってないし。

 タフなスマホで本当によかった。スマホを作る会社の人たちが、なんども耐久テストをしたから、こんな頑丈なガラスが大量生産されるようになったんだろうな。


(……と、スマホの丈夫さに感心するのは、これくらいにして……。次は、自分のスマホで、いまここで何ができるか調べてみることにしようっと)


 私はスマホをいろいろ試してみた。



◎その結果、わかったこと。


 ●残念ながら、ここは圏外。ネット接続されてない。

 ●携帯電話としての機能も、メールを送受信することも、ネット検索でしらべるのも無理。


◎現状でも、この携帯でできること。


 ●いままで送受信したメールを読んだり、保存した画像はみられる。



(……圏外かぁ)


 「たられば」に、なっちゃうけど――。

 海外でもスマホを使えるように、海外用SIMをあらかじめ調達してたら。

 異世界でも、このスマホ、使えてたりしたのかな?


 ……いやいや、海外用SIMだって、そこまで万能じゃないでしょう。

 異国と異世界はちがうんだし。

 だいたい異世界どころか、海外旅行にだって行くつもりなかったじゃない、私!


 海外には、友達いないし。

 異世界にいたっては存在すら、信じてなかったよ。

 友達の苑子とは仲がいいけど、はっきりいって私は、それほど友人が多いわけじゃない。


 幼いころは、ひとりっ子で近所に年のちかい友達もいなかったし。両親は共働きで、おばあちゃんっ子だった私。

 大すきだったおばあちゃんが亡くなってからは、空想の友達をつくって、その子と遊ぶような子ども時代をすごしたくらい。


(ちいさな子どもだった私は、空想の友達は外国人で、日本語がよくわからない。私もその子の国の言葉がわからない。だからふたりで言葉を教えあって、簡単な言葉で会話をしていた……そんな設定で遊んでいたなぁ……)


 子どもの空想のなかの友達なら、『架空の存在』なんだから、言葉はおたがい通じるって設定でいいはずなのに。

 なんで昔の私は、そんな設定で、ひとり遊びをしていたんだろう。

 いま思うと謎だ。


 ……あれ? 『言葉』といえば……。

 公園の池の精霊さんは、私に日本語で話しかけてたよね。


(でも、あの精霊さんは、日本の公園にいた精霊さんだもんなぁ)


 顔だちは西洋系だった精霊さん。

 いつごろから日本の公園にいるのかは知らないけど、公園にくる人たちの言葉を聞き、地道に日本語をマスターしたのかもしれない。


 精霊の持つ神秘の力で、すぐに理解できるようになったと言われたら、ただの人でしかない私は「そうですか」と答えるしかないけど――。


 そのとき。

「こんにちは~」

 とつぜん、背後から声が聞こえた。

 日本語だ! いまたしかに、誰かが日本語で「こんにちは~」って言ってきた。

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