第8話 朝のあいさつ(1/2)
ロエルの館の薔薇園。
「おはよう、ユイカ」
私の真正面に正真正銘のロエルが立っている。私の目をまっすぐみつめながら。
うーん、「ロエルは、私が彼と『顔をあわせづらいと思っているに違いない』と考えて鳥の姿に変身しているのかもしれない!」という私の予想は、どうやらハズレてしまったっぽい。
朝の日差しをあびたロエルは美しい人間の姿だ。 (というか、私はまだロエルの変身した姿をみたことないんだけど……)
その物腰は優雅で堂々としている。
「お、おはよう。ロエル……」
私が少しぎこちなくロエルにあいさつする。
声がふるえてしまった不自然さをおぎなうように、私は笑顔をうかべようとしたけど、よけい自然な雰囲気からは遠ざかってしまったかも。
さっきまで、ちょこんと薔薇の木の枝にとまっていた翡翠は私の異変にカンづき、この場に不穏な空気がただよっていると思ったのか―― (本当は、べつに不穏ってほどじゃないんだけど) ちいさな羽をはためかせて飛んでいってしまった。
飛びたつ鳥を目で追っている最中も、私の心臓はドキドキとざわめいたまま。
ロエルの、独特の低音が薔薇園に響く。
「どうやら、おどろかせてしまったようだな」
彼のいう「おどろかせてしまった」は、たったいま飛びさっていった翡翠のことなのか。それとも私のことなのか。
どちらのことなのか、わからない。
わからないけど、とりあえず私を口をひらいてみる。
「私だったら、おどろいてる……ってほどじゃないからね。奥からロエルがあらわれたから、びっくりはしちゃったけど」
奥からロエルがあらわれたからも何も、ここはロエルの館なんだから、庭のひとつである薔薇園に彼がいても全然不思議じゃない。
昨日この世界にきたばかりの私が、ロエルの館の庭にいきなりやってきたほうがよっぽど、びっくり案件なのでは? と、話しながら思いはじめる。
だって薔薇園に行くことをすすめてくれたのも、そこにロエルがいるだろうという情報も、館の管理をロエルから まかされているペピートが教えてくれたことであって……。
ロエル自身が朝から私と会うことを望んだわけじゃない、はず。
(ひとりでゆっくりしてたところを、私、お邪魔しちゃったかな)
ただでさえロエルは、異世界からきた私を毎日とんでもない方法でおもてなしをしなきゃいけなくなってしまった身の上。
身の上……っていうか、ロエルが善意でひきうけてくれただけなんだけど……。
(それにしたって、会ったばかりの相手が、謎のアイテムの副作用を引き起こさないために、毎日100回キス、しかも愛をささやきながらキスしなきゃいけないなんて――本当に、とんでもない方法だよね)
私は自分の首についたまま放れない魔石のついたチョーカーが、簡単に取り外しできるアイテムだったら、こんなことにはならなかったのにと、しみじみ思う。
(魔石の、この世界の言葉を翻訳してくれる能力はとっても便利だから、人と話すときだけ、バッグの中からチョーカーをだして……会話が終わったらバッグにしまう――。こういう使いかたができるなら、すごくよかったのになぁ)
ここまで考えて、私は、今の自分の手には、さっきバッグからだした蜂蜜キャンディが握られたままになっていることを思いだす。
庭にいた翡翠のことを、私への愛をささやきすぎてのどが疲れてしまったロエルが鳥に変身している、だからいまは人の言葉は話さない……とカンちがいしてたから。
(この世界の、人間は鳥に変身することができるって能力――。すごくまぎらわしいよ。人間が変身した姿なのか、ただの鳥なのか……ちっとも見分けられない。ペピートのときみたいに、変身する瞬間をこの目でみないと全然区別がつかない……)
あいかわらず手にキャンディを持ったまま、立ちつくしている私にロエルが声をかける。
「ユイカ、きみは手に何を持っているのか?」
私とちがってカンのよさそうなロエルが、片方の手に物を持っていることに気づくのは、ごく自然なことだろう。
私はあわてて説明する。
「えっと、これは……」




