第7話 館の庭園で私を待っていたのは? (2/2)
(……あ、もしかして、このきれいな鳥は――ロエルの変身した姿なの? だから、私が近づいていっても逃げない? でも、それならなんで今朝のロエルは鳥に変身しているの?)
私の目のまえにある薔薇の木の枝にとまっている、翡翠そっくりの青い鳥。
この鳥は、変身したロエルかもしれない。
だって、この世界で人類と呼ばれている人たちは、翼あるものに変身できる。
私はロエルが鳥に変身する瞬間を見たことはない……けれど、ロエルは今、この庭園にいると聞いたばかりだ。
おまけにこの鳥の、青く輝く美しい羽は、ロエルのブルーの瞳を思いおこさせた。
これだけ根拠があるんだ。
この鳥がロエルの可能性は高い。
私は自分の正面にいる鳥に、思いきって話しかけてみる。
「……あなたはロエル、なの?」
青い鳥は小首をかしげた。
(……えっ、どういうこと? ロエルじゃない、普通の鳥さんなの? それとも、別の人が鳥に変身しているの? たとえば庭師さんが薔薇の様子を見にきて、なんらかの理由があって鳥に変身したとか?)
あれっ、でも――。ロエルからこの館の管理をまかされているペピートから、ロエルは今この庭園にいるって聞いたよ、たしかに。
この鳥がロエルじゃないなら、ロエルはどこにいるの?
ペピートは鳥の姿のときも、人間のときも、変わらぬ声で私に話しかけてくれた。
もし、この鳥がロエルであれ、他の人であれ、人間が変身した姿なら――。話しかけた私に、なんらかの返事をしてくれてもよさそうだけど……。
(あ、もしかして――!?)
いまのロエルは、のどが疲れて上手く話せないのかもしれない。
なにせ、昨日のロエルは私に100回も愛の言葉をささやいたんだから。
そのせいで、のどが疲れちゃったり、痛くなったりしてるのかも……?
愛の言葉をささやくまえだって、昨日のロエルは私にこの世界に関する色々なことを話してくれた。
別の世界からやってきた私が理解できるように、わかりやすく、ていねいに。
考えれば考えるほど、いまの彼の のどは疲れている気がしてくる。
(――だけど、もしのどが疲れてても……。本当にこの鳥がロエルの変身した姿なら、私が「あなたはロエルなの?」って質問したとき、小首をかしげるんじゃなくて、うなずいてくれてもいいような気が……)
あ、もしかして。
昨夜のロエルは、私に愛の言葉を100回ささやいただけでなく、100回キスもした。
……そうしないと、私の体に「コトノハの魔石」と呼ばれる不思議な石の副作用があらわれてしまうから。
相思相愛の恋人たちが、いちゃらぶ……っていうわけじゃないから、さっきまでの私はロエルと顔をあわせづらいと思ってた。
数時間まえロエルと交わしたくちづけを、ロエル本人と会うことで、はっきりと思いだしてしまいそうで。正直かなり気まずいなぁと思ってたし。
ロエルは相手のことを思いやれる、やさしい人だと、昨日出会ったばかりの私にもわかった。
(だからロエルは――。私がロエルと顔をあわせるのを恥ずかしがっていると予想して……。私がこの庭園に入ってきたことに足音で気づき――鳥に変身したとか、なのかなぁ?)
人の姿のロエルではなく、鳥の姿のロエルなら――私が「顔をあわせづらい」と思わないかもしれない、と考えたとか?
……でも、だとしたら、「あなたはロエルなの?」って質問したとき、小首をかしげたのは、なぜ?
もしかして……。
今朝のロエルは、私を恥ずかしがらせないために、この庭では、とことん鳥のフリをつらぬきとおすつもりなの?
確証は得られないけど、目のまえの翡翠がロエルの可能性は、まだ消えてない。
ロエルの のどが疲れている可能性も消えてない。
(この鳥がロエルなら、せめて――のどの疲れは癒してあげたいなぁ。私のせいで昨日のロエルがたくさん のどを使うはめになってしまったのは、事実なんだから)
私も、会社や友達づきあいのカラオケで、普段より のどを使うと翌日つらいもの。そんなときはいつも蜂蜜キャンディのお世話になってるけど――蜂蜜キャンディって、便利なお役立ちアイテムだよね。
のどがカサついてるときも重宝してるから、私はバッグに個包装タイプの蜂蜜キャンディを常備してる。――って、私のバッグは私とともに異世界トリップして、いま、この肩にかかっているんだった。
スマホをはじめ、バッグの中に入れていたものは、もれなく私といっしょにトリップしてきたんだ。
私はバッグをガサゴソして、いつも蜂蜜キャンディをしまっている定位置から、キャンディを取りだした。
手のひらのキャンディをみせながら、すぐそばの薔薇の木にとまっている鳥に再び話しかけてみる。ロエルだと仮定して。
「……ロエル、私、もしよかったらあなたにあげたいものがあって――」
また首をかしげられたら、どうしよう――と思っていると。
「……ユイカか」
庭園に響く私の名前。だけど、鳥は無言のままだ。
きょとんとした顔で私をみている。
私を呼ぶ声は、鳥がとまる薔薇の木よりももっとずっと奥のほうから聞こえてきた。
その声は、独特な響きの低音で――ロエルの声とおなじだ。
(この翡翠は、ロエルの変身した姿ではなくて……本当にただの鳥だった? 私、ごく普通の鳥さんに真剣に話しかけてたの?)
ロエルの声が聞こえた方向から、足音が近づいてくる。
すごいスピードだ。
声の主は、あっというまに私の向かいにやってきた。
「おはよう、ユイカ」
私の真正面に正真正銘のロエルが立っている。私の目をまっすぐにみつめながら。
うーん、「ロエルは、私が彼と『顔をあわせづらいと思っているに違いない』と考えて鳥の姿に変身しているのかもしれない!」という私の予想は、どうやらハズレてしまったっぽい。