第4話 異世界でお茶を
ロエルの館の客間で――。今朝も私にお茶をいれてくれたペピート。
昨日も今朝も、彼がいれてくれたお茶はとっても美味しかった。
これは、いわゆる「茶の木」の葉や茎を乾燥してつくった、私がやってきた世界での一般的な「お茶」ではなくて……。
ペピートの話によれば、「ある花」からつくられたものらしい。
「その、ある花って?」
どんな花からできたお茶なのか気になってしょうがない私に、ペピートが正解を教えてくれた。
「薔薇ですよ。昨日いれたのは赤い薔薇。今朝いれたのは白い薔薇です」
ペピートが私にいれてくれたお茶は、薔薇。
つまり、ローズティーだったんだ!
薔薇の花を乾燥させ、お茶として飲む文化なら、私の世界にもあった。
紅茶と薔薇の花をブレンドしたり、薔薇の実であるローズヒップをローズヒップティーにしたりする。――だけでなく、薔薇のつぼみ、もしくは花びらだけで、ローズティーにすることは、情報としては知っていた。
だけど薔薇の花だけでつくられたローズティーを実際にこの目でみたり、飲んだりしたのは、これが初めて。
赤薔薇のローズティーも白薔薇のローズティーも、色は茶色に感じた。少なくとも私がこの館で飲んだローズティーは、ハイビスカスティーみたいに、おどろくほど真っ赤って雰囲気とは違う。 (ハイビスカスティーなら、昔、友達からのおみやげで飲んだことあるよ)
ペピートがいれてくれたローズティーは……。
赤薔薇は赤みがかった茶色。白薔薇は黄色がかった茶色にみえた。
薔薇は種類によって、色だけじゃなく香りにも強弱や個性があるというけれど。この世界の薔薇も、そうなのかな。
ティーカップから ほのかにただよう甘い香りに癒される。
「……美味しいだけじゃなくて、とてもすてきなお茶ね」
おもわずつぶやく私にペピートは告げた。
「昨日おだしした、赤薔薇からつくられたローズティーは、この館の庭園で咲いた薔薇ですよ」
「この館には、薔薇の咲く庭園もあるの? それとも、あの中庭には薔薇も咲いていたの?」
昨日の私は、この屋敷の中庭に異世界トリップした。
中庭には泉があったけど、薔薇が咲いていた記憶は全然ない。
あの泉で昨日の私がであったのは――。
しゃべる不思議なうさぎ、ティコティス。
ティコティスを聖兎とあがめる黒ずくめの集団。
館の主、美貌の青年ロエル。
いまは人の姿に戻っているけれど、あのときは九官鳥に変身していたペピート。
……と、昨日まで現代日本の、ごく普通の職場で働いていた私とは接点のない面々ばかりだったからなぁ。
(ひょっとしたら、個性豊かなメンバーに圧倒されて、咲いている薔薇が私の目に入らなかったのかも?)
とも思ったものの、ペピートが薔薇が咲いている庭は、中庭とは別の場所にあるのだと教えてくれた。
「よろしければ、お茶のあと庭園の入口までご案内いたしますよ」
『入口まで』……って、ことは、帰りは私ひとりでこの客間まで戻れるように、道順はしっかりおぼえておこう。
きっと仕事で忙しいペピートが、親切で私に庭園の薔薇をみせてくれるっていうんだから、
「もし敷地内で迷ったりしたら大変だから、帰りも送ってほしい」
なんて甘えたこと言っちゃだめだよね。
私、方向音痴気味なところがあるから、ちょっと心配。そのぶん気を引きしめて帰り道を記憶しておこう。
そう決意する私にペピートが言葉をつけくわえた。
「きっとロエル様もお喜びになりますよ。お客様と庭園でお話しでもできれば」
え!? いま、ロエルは庭園にいるかもしれないの?
……えっと、ペピートは知らないんだろうけど……。
実は、今朝の私はロエルと顔をあわせづらい状況なんだよね。
(だって、私を助けるためとはいえ、昨晩ロエルと私は――)
たくさん、くちづけを交わした。ロエルに愛の言葉をささやかれながら、この部屋のベッドの中で……。
でも、このままこの客間にいるのも、よけいロエルとの昨日のあれこれを思いだしちゃいそう。
(現にさっきも、マリョマリョと話している最中に、ロエルとのキス、思いだしちゃったし!)
……せっかくペピートが案内してくれるっていうんだから、気分転換に庭園に行ってみようかな……。
この部屋はきれいだけど、外の空気も吸いたいし。
もしロエルと会ったら、気まずいかもしれないけど (少なくとも私は恥ずかしい) これから毎日ロエルにキスしてもらわないと、私の首についたチョーカーは、はずれてくれない。
だから私は、自分の中にうごめく羞恥心をどうにか対処していかなきゃ!
(今日をいれて、あと99日ものあいだロエルからキスされないといけないとは……。はっきりいって、すごい長期戦だ)
異世界トリップして そうそう、とんでもない身の上になっちゃったことをあらためて意識しつつ――。
私はペピートにともなわれて、館の庭園へと向かった。