第30話 えっと、精霊さんはどんな2択クイズをだしたんだっけ?
~第29話までの約120字まとめ~
異世界トリップした私は不思議なうさぎティコティスからチョーカーをもらう。
このチョーカーをつけると副作用があらわれる場合があると判明。
ティコティスは通信機にもなるチョーカーを使って、私はどの副作用が出始めてるのかフローチャートで診断することに!
『それじゃ、はじめるね。問題数はそんなに多くないよ。質問は 《イエス》 か 《ノー》 の2択だけど、 《わからない》 や 《どちらでもない》 の場合も 《ノー》 で答えてね』
―― 《イエス》 か 《ノー》 の2択 ――
そうティコティスが言った瞬間、私の頭がツキーンと痛んだ。
正確にいえば、『2択』という単語を聞いた瞬間に、こめかみに一瞬だけど痛みが走った。
(……や、なに……この感じ)
べつに私、『2択クイズ』にトラウマなんてないよね。
それにいまの私は、心が痛んだわけじゃなくて、頭に痛みが走った感じ。
ただの一瞬の痛みなら気にせず、問題に答えよう。
そう思った刹那。ふたたび、頭が痛くなった。
今度の頭痛は、まるで私の行動を邪魔するようにズキズキ、ズキズキと、一瞬では終わらない痛みをあたえる。
「ちょ、ちょっと待って、ティコティス」
頭痛を理由に、私はティコティスに少しだけ待ってほしいと言うつもりだった。
『ど、どうしたの? 大丈夫、唯花? まさかっ……――』
「あ、副作用じゃ、ないはず。単なる頭痛だと思うんだけど……『2択』って聞いたら、急に頭が……」
『えっ、2択? 唯花は二択クイズに、何かトラウマがあるとか?』
……私とおなじこと、言ってる……。
べつに、ないよね。
たとえば学生時代。2択の問題さえ、まちがえなければ。あの入学試験、もしくは、この入社試験に、合格できたかもしれないのに、とか。
そういう2択問題をめぐる苦い思いは、とくに思いあたらない。
苦い思い出自体は、20年以上生きているのだから、複数あるけど。
2択クイズに特化したトラウマは、これといって思いあたるものが――。
あ! 2択といえば。
今日。私がこの世界に、とばされてしまうことになったのは!
地元の公園の池に落ちてしまった私のまえにあらわれた、謎の女性。
彼女は、池の精霊さんだった。
精霊さんは、私に2択クイズを出題。
そして、私の答えを聞いて、精霊さんは私をこの世界に送ったんだ。
それは、おぼえている。……でも、私。
あ
れ
っ
?
今日、精霊さんに、どんなクイズをだされたのか、……思いだせない。
なんで――!?
この世界にきてからの私が、どんな相手に会って、何を話したのか、どういうことをしたのかは、ちゃんとおぼえている。
多少の記憶ちがいがあるにしたって、これを忘れちゃった……というものは、特に思いつかない。 (おぼえることが多すぎて、この国の名前を忘れかけたことはあったけど、ちゃんと思いだしたし!)
でも、この国、ノイーレ王国にやってくる直前のこと。
私が精霊さんに2択クイズを出題されたのは、おぼえているけれど、どんな内容だったのかは――忘れちゃってる。
(まだ、今日のできごとだよ。しかも、私の異世界トリップにかかわる、重要な質問だったはずなのに……)
私がなんて答えたのか以前に、どんなことを聞かれたのか、……まったく記憶にない。
クイズの問題と答えだけを忘れているのも、記憶喪失に入るのかな。
べつに私は、いわゆる完全記憶能力の持ち主――とかじゃないよ。
『完全』どころか、特に記憶力がいいほうってわけでもない。
何か忘れることなんて、しょっちゅうだ。
だけど、たった1問 (だされたのは2択クイズで、一問きりだったということなら、おぼえている) 質問されただけなのに、何を聞かれたのか、さっぱり記憶にない。
「……ティコティス……」
『どうしたの、唯花』
「私――この世界にやってくるまえ、精霊さんに2択クイズをだされたの。まだ今日のことよ。なのに、どんなことを聞かれたのか、全然思いだせない。2択って聞いた瞬間、頭が痛くなって――。精霊さんに何かを聞かれたのは、おぼえているのに、その内容を思いだせないの」
『ええっ!? ……うんと、それじゃあ唯花は、今日ぼくに館の中庭で、身の上話をしてくれたことは、おぼえているかい?』
「うん、それはちゃんとおぼえているよ」
私は、みじかく簡潔に、自分の身の上をティコティスに言おうと心がけた。
数時間まえのことだ、ちゃんとおぼえている。
『きみはぼくに、自分は精霊と問答したと言っていた。問答の内容までは、ぼくは聞いていないけど……。きみはしっかりと、精霊に何を聞かれたのか、おぼえている、そんな雰囲気だったよ』
「それなら――。ティコティスに身の上話をしたときは、私は2択クイズの内容を忘れていなかったのね、きっと」
『ああ、おそらくね。精霊からのクイズが2択問題だったことは、ぼく、いま初めて聞いたよ』
……ああ、簡潔に言おうと心がけていた数時間まえの自分がうらめしい。
もうほんの少し詳細に話していたのなら、話を聞いたティコティスから、いま、私がどんなクイズを精霊さんにだされたのか、知ることができただろうに……。
『もしかして――唯花はチョーカーをつけたとき、何か「変化」を感じなかった?』
「……変化って……。あ! あのときは光が放射状に輝いていたね、ピカーっと」
『うん。チョーカーがきみを持ち主と認めたサインだからね。それとは別に、きみが感じたきみ自身の変化――っていうか、いつもとちがった感覚は、なかったかな?』
……私自身の、変化?
あ――!
ティコティスに聞かれ、ふと私が初めてチョーカーをつけたときの感覚を思いだす。
「そうだ……。あのとき私は……頭の中から記憶が、シュンッ……と抜けだすような感覚があったんだった。それで一瞬、私は記憶喪失になっちゃったのかも、なんて疑ってみたりしたんだけど――。私は、あのとき思いだそうとしたことなら、ぜんぶ記憶に残っていたから、べつに記憶喪失になったわけじゃなかった……って、ホッとしたはず……」
自分がどこに住み、どんな会社で働いているのか、どうして異世界にやってきたか、そういう記憶はパッとでてきた。
だから、べつに問題ないと思ってしまった。
精霊さんの力で、この世界に送られたことは記憶していたし……。
私の話を聞いたティコティスが答える。
『いまぼくは、石版2枚を使って、うさぎ以外の者がチョーカーを身につけた場合のデータを調べているんだけどね……』
石版2枚を使って……。それって、私のいた現代社会でいえば、タブレットPCとスマホで同時に情報収集してるって雰囲気?
ティコティスは、1枚の石版に魔石の副作用のタイプがわかるフローチャートを表示して、もう1枚の石版で、魔石関連のあらたな情報を調べているのかもしれない。
ティコティスは声を落とし、慎重な口調で言った。
『ごく稀に、だけど――チョーカーについている魔法の石「コトノハの魔石」は、魔石自身が選んだ持ち主から、「記憶」をもらうことがあるらしい』
「……記憶を、もらう――? もらわれちゃった記憶は、持ち主の頭の中からは消えちゃうの!?」
『うん、でもそれは、その記憶が消えても、持ち主の生命には影響しないようなものに限られているらしい。生命にかかわらなくても、持ち主が大切にしたいと願っている、愛しい記憶にも、手は ださないらしい。魔石にも意思や矜持があるからね。それに、魔石はもらった記憶をエネルギーに、持ち主のために働き、ある程度の時間がたてば、その記憶は持ち主のもとに、そっくりそのまま返すらしいんだ』
「ある程度の時間って、どれくらい?」
『データによれば、個人差があって、だいたい1週間から1年くらいらしいよ』
……1週間から1年。ずいぶん幅があるなぁ。
『だから、魔石から一部の記憶を一時的に取られてしまったチョーカーの持ち主は、あるとき魔石から突然記憶を返されて、ひょっこり思いだすらしいね』
魔石がもらう記憶は、人が生命活動を続けていくうえで重要なものでも、個人的に大事にしている思い出でもない。
ごくわずかな限定的な記憶を一定期間もらい、魔石のエネルギーにする。
そのエネルギーを使い、魔石は持ち主のために働いてくれる。
魔石は、持ち主からもらった記憶を一定期間後に返してくれる。
それならば――。
「いまは、私が精霊さんにだされたクイズの内容が何だったかよりも、やっぱりチョーカーの副作用について知ることが先決だよね。あ、私、ティコティスがフローチャートの問題を読もうとしてたのに、中断させちゃってたね。ごめんっ! フローチャートの問題、読んもらえるかな。今度はちゃんと答えるよ」
『じゃあ、いくよ、唯花。イエスかノーで答えてね。 《あなたはチョーカーをつけて24時間たちましたか?》 』
「……えっと、『ノー』」
(ここで、イエスと答えられていたら、おそらく副作用はあらわれないままなのよね。通常、チョーカーの魔石の副作用は、つけてから1日内にあらわれるって話だから……)
ティコティスが2問目を読みあげる。
『 《あなたのチョーカーについている石は、身につけるまえと、おなじ色のままですか?》 』
色?
ティコティスからチョーカーを渡されたとき、チョーカーの真ん中についている魔石は、オレンジ色に光っていた。
さっき、鏡のまえで寝間着姿をチェックしたときも、チョーカーに変化はなかった、はず……。
あのときは、チョーカーをまじまじとみたわけじゃない。
私は自分の正面にある鏡をのぞいてみる。
鏡の中にうつったチョーカーは――。
(嘘……!)
オレンジから、ピンクに変わりかけているように、みえた。
ぱっと見は、気づかないくらいの色の変化かもしれない。
明るいオレンジ色が、より赤みをおびて光ってる感じ。
オレンジ色のものが、黒や白になったほどの、激しい色の変化じゃない。
でも、私が中庭でこのチョーカーをもらったときよりも確実に。
チョーカーの真ん中で輝く魔石は――ピンク色に近い色あいになっている。
いつから?
さっきは寝間着を着た格好をチェックすることに気をとられて、石の微妙な色の変化にまで気づかなかっただけで――。
すでにあのときは、もうピンク色に変わりつつあったとか?
『唯花……?』
無言になってしまった私を、ティコティスが心配そうに呼びかける。
はやく 《あなたのチョーカーについている石は、身につけるまえと、おなじ色のままですか?》 って質問にイエスかノーで答えなきゃと思えば思うほど――。
のどまででかかった言葉が、なかなかでてくれない。
やっとでてくれたと思っても、声がふるえてしまう。
「……『ノー』……」
ようやく言えたものの、よくない予感で心臓がざわつく。
答えを聞いたティコティスにも緊張が走ったようだった。
つぎの質問を読む、ティコティスの声は硬かった。
『 ―― 《チョーカーについている石は、現在緑色ですか?》 …… 』
緑?
鏡にうつる首元の魔石は、オレンジからピンクに変わりつつあるといった感じだ。
緑とは全然ちがう。
「『ノー』……」
緑色には変化しなかったことが、吉とでるのか、凶とでるのかは、わからない。
心臓はざわめいたままだ。
フローチャートの質問は続く。
魔石は、いま灰色かと聞かれ、今度も「ノー」と答える。
『 ――《チョーカーについている石は、現在オレンジとピンクの中間のような色ですか?》…… 』
うっ……。ついに、ついに、私にあてはまる質問がきてしまった!
「……い、『イエス』……」