第29話 思いきって打ちあけることにした
私は思いきって、ティコティスにチョーカーの副作用のことを打ちあけようと決意する。
「ティコティス、実はね――」
とうとうティコティスに、このチョーカーは人間がつけると副作用があらわれるケースもあると話した。
確率としては半分以下だけど、ノイーレ王国のお医者さんがそう言っていたと。
『……た、大変だ、大変なことになっちゃった……。人間がチョーカーをつけると、魔石の副作用があるなんて……』
ティコティスは、寝耳に水と言った感じだ。
『あのチョーカーは、うさぎ用のもので、でも、うさぎ以外だって――生きとし生けるものに使用可能なアイテムとして、ぼくの世界で流通してるんだけど――。ちょっと、取り扱い説明書を探してみるね』
「と、取り扱い説明書って、どこにあるかわかる?」
すくなくとも私は、取り扱い説明書や保証書をどっかにやっちゃうことが多い……。
でも、その点ティコティスは抜かりなかったようだ。
『取り扱い説明書のことなら大丈夫。石版にデータが入っているからね。すぐに探しだせるよ。ほんのちょっとだけ、そのまま待っててもらえるかな』
石版にデータが入っている。
『石版』って言葉は古代文明を連想させるような響きだけど、データが入っているって言いかたは現代的。
というか、そもそも古代文明の石版や粘土板も、現代の板状PCのタブレットも、tablet。
私もタブレットで、PDFデータの電子マニュアルを読んだことはある。
……そういう感じ?
私が副作用の不安から気をそらすためもあって、古代の石版っぽいタブレットに電子データがうつしだされるSF的光景をイメージしているあいだ。
ティコティスはトリセツとにらめっこしているようだった。
いまの私とティコティスは、音声のみの、画像はない通信なのに、ティコティスの緊迫した空気がチョーカーごしに伝わってくる感じだ。
私はあわててティコティスに言いたす。
「チョーカーをつけた半分以上の人間は、特に副作用なんてでていないって、お医者さんは言ってたよ。でるとしたら、1日以内にでるらしいから、明日の夕方まで私がなんともなければ心配は――」
『あっ……!』
「どうしたの、ティコティス!?」
『チョーカーのトリセツには、うさぎでもうさぎ以外の生物でもこれといった副作用の説明はなかったんだ。だからいま、唯花のいた世界でいうインターネットみたいなシステムで、調べてなおしてみたんだ。そしたら……』
そしたら? そこで区切られたら気になるよ。
『 《うさぎ以外の生物がつけると、まれに魔石の大いなる力によって副作用をひきおこす場合があるとのご報告が多数ありました。現在原因を究明中です。うさぎ以外のかたは、なにとぞご使用をおひかえください》 ……って』
元々はうさぎ用のアイテムだけど、他の生物も使用OK……と思っていたら。うさぎ以外がつけると副作用がでる可能性があるってこと、なんだよね。
『唯花! は、はやくチョーカーをはずして! 言葉なら、ぼくの世界の後処理がすんだら、ぼくがそっちに行って、きみの通訳になるよ。だから、はやくチョーカーをっ……! 副作用がでるまえに――』
必死な声のティコティスに、これを伝えるのは、もっと心配をかけることになりそうで、つらい。でも――。
「実は、このチョーカー、はずれないの」
『……はずれない……の?』
私の言葉を力なく、くりかえしてから、ティコティスはあきらかに動揺している口調で言った。
『そんな、バカな……! だって、ぼくはずせるよっ。ぼく、首まわりだって、ちょっとぽちゃってきたけど、それでもチョーカーはちゃんと、はずせたよ。……そうじゃないと、翻訳機として誰かに貸すとき困るから、サイズの融通や取りはずしは、ラクにできるようにつくられているはずが……あわ、あわわあわわ』
あわあわしているとしか言いあらわせないティコティスの声が、チョーカーをとおして室内に響く。
『サイズの融通がきく――あ、これも、うさぎに特化した機能なんだ……。うさぎ以外がつけると、滅多なことじゃ、はずれなくて困っている。そういうユーザーの声も、多くよせられているなんて……ど、どうしよう……』
困っている私をみかねて親切で翻訳機をくれたティコティス。
彼に心配ばかりかけちゃ、私を友達と言ってくれたティコティスに、もうしわけない。
「あのね、ティコティス、ラウレアーノ先生っていうお医者さんが、チョーカーの副作用がでた場合の対策を、何か知っているのかもしれないの。ラウレアーノ先生は、もしも私に副作用があらわれるようだったら、そのときあらためて診察するって話してたから……。あ、この先生はすでに何人か、チョーカーの副作用がでた人を診ているらしいの。それに、副作用は特にあらわれないケースのほうが多いって言うし――」
私がここまで言ったとき。
ティコティスの泣き声がチョーカーを伝わって聞こえてきた。
『ひっく、ひっく……ごめん、ごめんね。唯花……』
「どうしたの、ティコティス!?」
ティコティスは、涙声で言った。
『……お、落ちついて聞いてね、唯花。一度でもチョーカーの通信機能を使ってしまうと……。副作用を引き起こす確率はグンとあがってしまうって……事例が報告されてる……』
一度でもチョーカーの通信機能を使ってしまうと……。副作用を引き起こす確率はグンとあがってしまう。
(な、なんでそんなことに?)
あ、副作用って、ある薬とある食べ物を同時に摂取すると、その薬だけなら何もなかった人まで副作用を引き起こしやすくなることがあるって聞いたことがある――それと似たようなこと?
でもいまは、なぜ通信機能を使ったら副作用の確立があがるのかという理由よりも――。
副作用が起きてしまったら、どう対処すべきかの情報をさがしたほうが、いい気がしてきた。
『グンと確率があがる』って情報だけだと、50パーセント以下の確率から、いったい何パーセントになったのかはナゾだけど……。
『……唯花……ぼく……ひっく、ひっく……』
ティコティスは涙声で話を続けようとするけれど、上手く話せない。
いまは私がしっかりしないといけない。
もともとティコティスは、異世界の言葉がわからない私を助けるためにこのチョーカーをくれたのだから。
副作用がでるでないにかかわらず、魔石のついたチョーカーは、いまの私には手離せないものなんだ。
「泣かないで、ティコティス。通信機能を使わなくても副作用がでるときはでるんだし……。私ね、あなたが連絡をくれて、いろいろなこと聞けて、すごく心づよく思ってたところなの。あなたの石版には、どういった症状が副作用としてあらわれて、そしてどうすべきかは書いてあるの?」
チョーカー越しに聞こえていたティコティスの泣く声は、とまってくれた。
ひとまずほっとする私にティコティスは告げた。
『……あ、ありがとう、唯花。ぼくが泣いてちゃだめだよね。ぼくのできることでよかったら、きみのためにがんばるよ。あ、チョーカーの副作用の症状について説明するね。ちょっと長くなるかもしれないけど――』
「『ちょっと長くなる』って?」
『うん、チョーカーの副作用には、すごくたくさんのパターンがあるらしくてね。話すと長くなるかも。いま初めて知ったことなんだけど、ぼくの世界のあるドクターが、副作用の回復のためにいろいろ奮闘してるって。このドクターはうさぎだけど、うさぎも、うさぎ以外のすべての生物も、ともに平和で安全な日常を送ることができるようにって理想があるらしい』
……ずいぶん立派な理想に燃えるうさぎドクターがいるのね。
でも、うさぎ以外の生き物にも理解ある先生でよかった。
そのおかげで、私も、チョーカーの副作用について知ることができそうなんだから。
『まあ、このドクターがすべての生物とともに――って言ってるのは将来の選挙のためのイメージアップだって意見が、いま石版に目をとおしただけでも、だいぶ多いけどね』
……!?
うさぎのお医者さん (獣医という意味ではなくて、うさぎが医師として医療に従事しているという意味) は選挙のために、うさぎ以外の生物のことにも心をくだいてるんだよアピール!?
そもそもこの選挙って、病院内の選挙のこと? 政界入りするための選挙のこと?
それにしても、このドクターがうさぎもうさぎ以外の生物も、ともに――っていうスローガンがまことの信念なのか、未来の選挙のためのものか、真意はまったくわからないけど。どちらにせよ、ネット (……のような異世界のシステム) で、いろいろ意見されちゃうなんて、うさぎの世界のお医者さんも大変だなぁ。
医師が政治家立候補することは、地球でも普通にあることだけど。
病院内の理事を選出する選挙も、そりゃあ熾烈をきわめるって、人気医療ドラマをかかさず観ていた友達の苑子がよく言っていた。
(本当の大病院の選挙がどういう感じなのかは、苑子もまったくわからないそうだ。私も知らない)
とにかくいまは、うさぎには副作用はないアイテムなのに、うさぎ以外の生物にあらわれるという副作用の回復に奮闘しているというドクターがいること自体が、ありがたい。
ティコティスは、おそらく石版のデータをすごい速度で読みこんでいるんだろう。
しばらく無言になってから、私に話しかける。
『チョーカーの副作用は、症状によって対処方法や回復方法がちがうらしいんだ。ドクターはフローチャートを共有すべき情報として公開してる』
「フローチャートを公開?」
やっぱりティコティスの世界は、科学と魔術があわさったような、SF的な世界みたいだ。
「私の世界でも、健康状態チェックのためのフローチャートは、よく目にするけど……。チョーカーの副作用のためのフローチャートも、自分の状態をイエスかノーで答えていって、自分がどのタイプなのか知ることができるの? フローチャートの診断が正確性の高いものなら、診察まえでも、ある程度、自分の状態のめやすになるってこと?」
『そうだよ。いまからぼくが石版にうつしだされたフローチャートの質問を読みあげるから、唯花はそれに答えてね』
「うん、わかった、質問して」