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第2話 精霊さんがあらわれた!

 もしかして、私はもう――この世にはいない?


 おぼれてるはずなのに、ぜんぜん息が苦しくないのは……もはや体と魂がわかれちゃってる、とか?

 ――だとすると、池に沈んだ私の体は、はやければ今日明日にでも、公園にきた人がみつけたりするんだろうか。


 私がベンチで健太郎を待っていたときは、周囲に人は、みあたらなかったけど……。

 今日も明日も、ここに誰もこないなんてことは、ありえないはず。

 いくら来園者が減ったとはいえ、この公園は、そこまではさびれていない。

 第一発見者の人が私をみつけて、私が……そのときすでに死んでいたとしたら。


 そして、発見者の人が警察に連絡したとした場合。


 バッグのなかの所持品から私が『睦月 唯花』ということが判明して――。

 海外赴任中の両親に連絡が行くのは、国内にいるよりも、やっぱり時間がかかる?

 ……あれ、私、自分がもう死んじゃったのかもしれないって状況なのに、妙に冷静になってる?


 私、死んでるの? 死んでないの? どっちなの!


 どっちかわからないけど、もう私は死んじゃっているのだとしたら。

 それで、私の想像どおり、発見者が警察に届けて、健太郎や苑子が、私、睦月唯花が公園の池で事故死しちゃったって知ることになったとすると……。


 このシチュエーション。事故死じゃなくて、みずから命を絶ったと思われる可能性もあるんじゃない?


 健太郎と待ちあわせしていた私が、彼にフラれ――入水したと思われてしまう……とか。

 そうしたら、健太郎は自分のせいで私が死んだと思うかもしれない。


 苑子だって、

「わたしが唯花に健太郎くんには仲のいい女の子がいるよって教えなければ思いつめたりしなかったかもしれない。きっと唯花は、両てんびんにかけられたあげく、捨てられた悲しみで……」

 とか、思わないともかぎらない。


 会ったこともない、健太郎といま仲のいい人だって、

「私が彼女のいる人をすきになりさえしなければ――」

 って考えるかもしれない。


 そうじゃないから!


 私、さっき健太郎にフラれてショックだったけど! 今日は一晩中泣きはらす気でいたけど!!


 でも、だからって、

『健太郎をうしなって、私は生きてる意味もうしなってしまった……。そうだ、もう死のう。彼に別れを告げられたこの場所で、いますぐに』

 という思考には、なってないから!


 健太郎が浮気をしていたという証拠もないのに、のこされた人たちが「自分のせいで人がひとり命を絶ったのかも」なんて思いながら残りの人生を歩んでいくなんて、重すぎる。

 しかも実際は、私、バナナの皮に足をすべらせただけ、なのに。


――唯花、唯花、わたしの声が聞こえていますね――


 またしても、私の頭のなかに謎の声が響いてきた。

 いったい誰?

 誰が私に話しかけているの?

 声の正体が気になった私は、池に落ちてからずっと閉じていた目を開けてみることにした。


 冷静に考えれば、声は前方からではなく、頭のなかで響いているんだし、水中で目を開けても視界はクリアじゃないはず。

 だけど私は、まるで不思議な声にみちびかれるように目を開けていた。


 ……すると。私の目の前にはひとりの女性がいた。


 はっきりくっきりと、公園の池のなかとは思えないほど鮮明なブルーを背景に、白い薄布を身にまとった、きれいな女の人がほほえんでいる。

 顔だちは西洋系。どこの国の人? なんで水中にいるの?

 背丈は、私よりも少し高いくらいだろうか。私から、1メートルほど離れた正面方向にいる。

 彼女は、水の中なのに地上で立っているかのように、頭は上、足は下にしたまま沈むことなく浮かんでいる。

 私は自分の体もまた、その女の人とおなじような体勢で浮かんでいることを、どこか他人事のようにとらえながら、彼女に言った。


「……あなたは、誰――?」


 水中にいるはずなのに、私ははっきりと話すことができた。水も口のなかに入ってこない。


 ――これって――私はやっぱりもう生きてはいなくて、魂だけだから、水のなかでも苦しくないとか……?

 そして、もしそうだとしたら――私のまえにあらわれたこの人は、いったい何者なの?


 目のまえの女性は、ゆっくりと唇をうごかし、告げた。

 その声は、さっき私の頭のなかに響いてきた声とおなじ声だった。


「わたしは、この池の精霊です」


 へ? せ、精霊っ? ……私、夢をみているのかな、やっぱり。

 仮死状態ではあるけれど、死んではいなくて……だからこれは夢のなか。

 それで、精霊なんて非現実的な存在が登場してきちゃったとか――。


「唯花。わたしはたしかに精霊ですが、あなたは夢をみているわけではないのです。そして、精霊は非現実的な存在ではありませんよ。精霊であるわたしが言っているのだから、まちがいありません」


 えっ!? この人、声にださなくても私の考えてること、わかっちゃってる?

 ……そういえば名乗ったわけじゃないのに、最初から私の名前を知ってたみたいだし。


「そうです、わたしは精霊。神秘の力を持つ存在――。あなたが何を考えているか理解することなど、わたしには造作もないことですよ。わたしはあなたの心の声を聞くことができますから」


 こともなげに言う目のまえの『自称精霊さん』に、私はワラにもすがる思いで、なかばヤケになりながら質問する。


「私が何を考えているかまでわかるのなら……。私はもう死んでしまったのか、それとも、まだ生きているのかも――。あなたなら、知ってたりするのっ?」


「もちろんです。わたしは『自称精霊さん』なのではなく、本当の本当に、正真正銘の精霊なのですから」


 あ、私が『自称精霊さん』って心のなかで思ったことも、ぴったりあててる!

 とはいえ。私の考えていたことをあてただけで、彼女をホンモノの精霊と信じるは性急かも……。

 でも不思議な力を持っているっていうのは、本当かもしれない。


「性急ではありませんよ。あなたの予想どおり、あなたたち人間が『不思議な力』と思うような力をわたしは持っています。人の心を読めるだけではありません」


「え? 他にもって、他にはどんな力が――」


 精霊さんは、コホンと軽くセキばらいをした。

(私がこの水のなかでなら、口に水が入ることなく会話ができるぐらいなんだから、池の精霊さんが水中でセキをしても、むせかえったりはしないのだろう。……いま私がいる『この場所』が、本当に『水のなか』なのかさえ、よくわからなくなってきたけど……)


 精霊さんは私の目をみながら、すこしもったいつけたような口調で言った。


「わたしが持つ別の能力でしたら――。あなたはしばらくしたら、まのあたりにすることになるでしょう。それよりも……」


それよりも……?


「唯花、話をもどしますが、あなたがこまっている問題とは、現在の自分が生きているのか、死んでいるのか、わからないこと。そして、死んでいる場合、のこされた者たちに自責の念を抱かせてしまうかもしれない。このふたつだったのではありませんか」


 ハッ! そうだった!!


「そ、そうなんですっ、精霊さん! そこのところ、どうなんですか?」


 私がいま頼れるのは、目のまえのあやしげな (……じゃ、なかった。心の声を聞かれているんだった) あやしいまでの美貌をもつ、若くてきれいな精霊のお姉さんだけ。

 私は彼女からの答えを待った。

 精霊さんは、一瞬気をよくしたような表情をうかべたあと、ちょっとだけ気まずそうに言った。


「まず、いまのあなたが生きているのか、死んでいるのかという問題ですが……、心を落ちつけてよく聞くのですよ。実は――」


(『実は』? 『実は』、なんなの? はやく教えて!)


「……実は、あなたが池の中に落ちた瞬間――。あなたの体も魂も、あなたが元々いた世界とは別の世界に入りこんでしまったのです。この空間はあなたが落ちた公園の池とつながっている、異世界の入口にあたる場所。だから、人間のあなたが水のなかにずっといても、苦しくならないのです」


 …………はい??? い、異世界――?


 地元のちいさな公園の池が、異世界の、いりぐちぃ???

 いきなりそんなこと言われても納得できない私は、精霊さんに問う。


「……あのぅ……、異世界の入口だから水の中でも苦しくならないって、説明になっていないんじゃないですかっ? それに、別の世界に入りこんだなんて、まるで『異世界トリップ』じゃ……」


「おお、『異世界トリップ』! ――その言葉を知っているのなら、もうわたしからの説明は、それほど必要ありませんね。そうです。いまのあなたは異世界の入口にいて、これから異世界のなかへと、とばされるところなのです」


「そんな……、急にそんなこと言われても、私……」


 異世界は、フィクションの世界のなか限定だとばかり思ってたから、急に「異世界にとばされる」と言われても、面くらってしまう。

 娯楽として異世界ものの作品を読んだことはあるけど、まさか、我が身にふりかかるとは……。


 『異世界=存在しない』とばかり思ってきたから、地味な仕事や生活にも極力文句を言わず、コツコツ、コツコツ生きてきたのに。


 そりゃ、本当に、うんとちいさなころは、こことはちがう世界がどこかにあるんだ、おばあちゃんの形見の鏡は別の世界と通じている不思議な鏡なんだ、と信じていた時期はあるけど。


 でも、実際に異世界にとばされる……? 私が――?


 精霊さんは、さとすように私に言った。


「あなたは、肉体ごと別の世界にとばされるのですから、池にあなたのなきがらが浮かぶことはありません。ですから唯花を知る人が、唯花がどざえもんになったのは自分のせいだと思ってしまう心配はありませんよ。そもそも、もし魂のみが別の世界にとばされたとしても――」


 ど、どざえもんっ……!


 いまこの精霊さん、『どざえもん』って言わなかった!?

 『どざえもん』って言葉のチョイス、精霊っぽくない。

 なんというか、精霊が使う言葉のイメージから遠く離れた場所に存在する単語かと思ってた。

 それはそうと――。

 

「ちょっと待って、精霊さん! 私は池に落ちたから、これから異世界にとばされてしまう、いまいるこの空間は、もといた世界と異世界をつなぐ入口だという話を信じるとすると……。池に私の死体が浮かんでなくたって、いきなり私がいなくなったら、友達や職場の人がおどろくし、心配すると思う……。全然『心配はありませんよ』って状況じゃないんですけどっ」


 いくら、ひきつぎが無事すんでいる今月いっぱいの仕事とはいえ、スタッフが行方不明になったら、なんらかの事件事故に巻き込まれたかと思われそう。

 精霊さんは、すこしだけ言いづらそうに口をひらいた。


「それが、ですね。唯花……。あなたが落ちた公園の池――この私が池の精霊としてみまもっている池――を経由して、別の世界にとばされる場合、あなたがいままで生きていた世界の住人たちの記憶から、あなたの存在は消えてしまいます」


「……はいっ……!? な、なにそれっ……。私の存在が、私を知ってる人たちの記憶から……消えちゃうのっ……?」


「はい。なので、あなたがいなくなったことで誰かに心配をかけてしまうことはないでしょう。さっきわたしが『そもそも、もし魂のみが別の世界にとばされたとしても――』と言ったのは、あなたという存在が消えてしまうのだから、肉体だけもとの世界に残ったとしても、身元がわからない死体がみつかったというあつかいになり、あなたの知人が悲しむということにはなりません」


――『あなたという存在が消えてしまう』。


 そんなことをあっさり言い切られて、私の声はふるえてしまう。


「……そ、そんな。知ってる人たちの記憶から私が消え去っちゃうとか、体だけ残ったとしても、身元不明の死体だから知りあいが悲しむことはないとか……、いきなり物騒なことばっかり言われても――」


 二十年以上生きてきた私が、知りあった人たちの頭の片すみからも消えてしまう。

 そんな、私の存在や過去がなかったことになっちゃうような状況を「はい、そうですか」と受けとめたりはできないよ。

 納得できない私に、精霊さんが言った。


「そもそもわたしが唯花のまえに姿をあらわしたのは、あなたの心を読んで、あなたをおどろかせるためではありません。さっき言いましたね。あなたはわたしの持つ別の力をまのあたりにすると――」


 そういえば、そんなことをいわれたような気もするけど……。


「わたしは、人間が人間に贈ることは到底できない贈り物をあげるつもりで、あなたのまえに姿をあらわしました」


「……贈り物?」


「はい、あなたが落ちた、この公園の池は、神秘の力を宿す場所――パワースポット――ですから、わたしも存分に力を発揮できます」


 ドラマの撮影に使われるまえ、一時期、公園のどこかがパワースポットだと、さわがれていたことは、たしかに知っている。

 たけど、公園のどこか、じゃなくて公園の池に「神秘の力」とやらが宿っているなんて知らなかった。

 ……最近は以前にくらべると、パワースポット目的で公園にやってくる人はだいぶ減ったらしいし……。


「やってくる者たちが減ったのではありません。パワースポットとしてこの池にやってきた女性たちの多くは、わたしがこの空間をとおして、異世界に送ってあげました」


 ――え? 『異世界に送ってあげました』……?

 公園にくる人が減ったのは、パワースッポットめぐりずきの人たちにビビッとくるような魅力がとぼしいから……ではなくて――。


 パワースポット目的でこの公園の池にきた人たちの大多数は、他の世界にとばされちゃってたの?


 行方不明者だ、神かくしだと世間でさわがれていないのは、みんなの記憶から、その人たちの存在が消えちゃってるから、なの……?

 それにしても……『送ってあげました』って、異世界行きをみんながみんな、のぞんでいるわけではないのでは……。


(――それなのに『あげました』って――)


 精霊さんは意外な顔で私をみた。


「あら、みなさん、異世界での新しい生活を楽しんでいますよ」


 ……『みなさん』って、この精霊さん、これまでいったい何人の人間を異世界に送りこんだんだろう。

 なんの確証もないけれど、けっこうな人数かもしれない。

 でも私は、パワースポットめぐりで池にやってきたわけではなく、彼との待ちあわせ場所に使っただけ。

 ……その彼氏にはフラれているけど……。うーん。

 頭が混乱している私にむかって、精霊さんがやや唐突に言った。


「おとずれた理由はどうあれ、あなたは池に自分自身を落としました。バナナの皮を踏み、みずからの足をすべらせることによって」


 公園の池のそばで、すべって――、池に落っこっちゃった私は、たしかに『自分自身を池に落としてしまった』と、いえなくもない。

 だけど、なんでいまさらそんなことを強調するんだろう?

 疑問に思う私に、精霊さんは語りかける。


「唯花、あなたが落としたあなたという人間は、どんな人生をおくっていた女性か、AかBで答えてください」


「Aか、B……?」


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[良い点] 面白いしテンポが良くて読みやすいです。 [気になる点] ひらがなが多すぎて若干読み進めるのに抵抗があります。 小学校程度の漢字は使ってください、気になってストーリーに集中し辛いです。 [一…
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