第28話 再登場? モフモフうさぎはアフターケアをかかさない
~前回(第27話)までの約100字まとめ~
異世界トリップした私は、不思議なうさぎからチョーカーをもらう。このチョーカーには高性能な翻訳機能……があるけれど、つけた人間に副作用があらわれる可能性も。突然、チョーカーが光り、どこからともなく声が……!
『ぼくの声、聞こえてるかな?』
まちがいない。これはティコティスの声――!
光を点滅させるチョーカーから聞こえてきたのは、しゃべるうさぎティコティスの声だった。
ティコティスは、私にこのチョーカーをくれた張本人。
いまの私は、うさぎなら張本兎でしょ、なんてセルフツッコミをしている場合じゃない。
私もティコティスと話したいと思っていたところ。聞きたいことが山ほどある。
「ティコティス! ティコティスでしょ。ちゃんとあなたの声、聞こえてるよ。――このチョーカーは翻訳機だけじゃなくて、電話みたいな機能もあるの? だから、あなたと話せるの?
あ、ティコティスと別れたときに私がからまれていた5人組は、あのあとすぐに帰ったからね。私なら、大丈夫。いまロエルの館に泊まらせてもらってるところ。この館の人たちは、みんないい人みたい」
チョーカーから、ティコティスの声がふたたび聞こえてきた。
『よかったー! きみのこと、心配してたんだ。館の主のロエルなら、きっときみのことを守れるよ』
『きっと』と前置きしつつも、ティコティスははっきりした口調で言い切った。
あれ? ロエルは、聖兎と呼ばれるしゃべるうさぎには複数会っているけれど、ティコティスと個人的な友人というわけじゃなさそうだったけど。
それなのにティコティスは、なぜロエルという人間に太鼓判を押せるの?
ロエルは、この国の有名人なの?
そういえば、私にからんできた黒づくめの集団のひとりが、たしかロエルに向かって
『ロエル様、あなたと結婚したいと望む娘は大勢いるでしょう。しかし、あなたはこの世界の誰とも結婚する気はないと言いつづけておられる』
とかなんとか言ってなかったっけ。
ロエルのことを知っている人は、この国にいっぱいいるらしい。
でもいまは、ティコティスがどのくらいロエルのことを知っているのかよりも、先に話すべきことがある。
はたして、どう言いだすのがいいのか、頭の中でセリフをシュミレートするだけでも、心がチクチクしてくるけど――。
(えっと。……実はその……、ティコティスからもらったチョーカーには、副作用があるかもしれないという問題が浮上してるの)
善意でチョーカーをくれたティコティスには非常に言いにくい問題だ。
けれど、ティコティスならば、私にもし副作用があらわれてしまった場合の対策方法をみつけられるかもしれない。
このチョーカーは、ティコティスの世界のアイテムなのだから。
(とはいえ、やっぱり話しづらいな……)
私がどう切りだそうかと迷っているなか、ティコティスは話を続けた。
『あとね、唯花! いま、ぼくがきみとしゃべれているのは――。電話というか、チョーカーの魔石を媒介にして、ぼくの世界から、ノイーレ王国にいるきみに話しかけているんだけど……。機能としては、たしかに電話っぽいかも。国際電話ならぬ異世界電話みたいだね』
その異世界電話なるものを私は知らないけど、世界が異なっても、通話ができる電話ということ?
私といっしょにトリップしてきたスマホは、通話もネットもできなかったけど。
そして、そういえば、ここはノイーレ王国という国だったことをはたと思いだす。
今日一日だけで、頭に入ってきた情報が多くて、国名を忘れかけてたよ……。
この世界で人間と呼ばれている人たちは、鳥に変身することが可能っていうことは、目のまえで人から鳥に変身する瞬間を目撃したから忘れてない。
もちろん、ティコティスが、自分の世界で起きた危機を救うために、この世界を後にしたことだって、ちゃんとおぼえている。
(私に連絡できるくらいには、事態は落ちつきをみせたということ? それとも混乱のさなか、初めての異世界トリップにとまどっていた私のことも心配で、連絡をくれたの?)
「ティコティス、……あの、あなたの世界でお友達が助けを呼んでいるって、言っていたけど……私に連絡がとれるということは、その件は解決したの?」
おずおずと質問する私に対して、ティコティスの声は明るかった。
『安心して! こっちのピンチは無事、去ったよ。後処理が必要だから、まだこの場から離れることは無理だけど――。こうやって唯花と話すことぐらいはできるよ。ぼくの友達もね、唯花にありがとうって言ってたよ』
「…………?」
私、うさぎさんたちにお礼を言われるようなこと、何かしたっけ?
そもそも私、ティコティス以外の、しゃべるうさぎに会ったことないのに?
鏡には、ポカンとした顔の私と、あいかわらず点滅して光るチョーカーがうつっている。
『ぼくの友達もみんな無事で、いまは元気だよ。でも、ぼくがもどるのが遅れたから、みんなでぼくを心配してたみたいなんだ』
ティコティスが仲間を心配していたように、仲間もティコティスを心配してた。
彼らが無事に再会できたと聞けた私も、ほっとする。
『だから、ぼくは――。ぼくの世界に戻るためにくぐる光のわっかに――ぼくが少し太っちゃ……いや、ぽっちゃりしたせいで、おしりがつっかかって、それで帰るのが遅れたんだって。正直に仲間たちに話したんだ』
数時間まえのことだから、克明におぼえている。
私の目からみると、ティコティスの見た目は、本当に愛らしいうさぎさんで、ほどよいモフモフぐあい。
ぽっちゃりしすぎには、とてもみえない。
だけど――ティコティスが使用する異世界トリップ用のアイテムは光のわっかをくぐりぬけるシステム。
スリムサイズのうさぎ用なのか、ティコティスのわっかくぐりは難航していた。
『唯花っていう女の子が、ぼくをうしろから押してくれて、そのおかげで、ぼくは全身をもれなく光のわっかに くぐらすことができて、帰ってくることができたんだよって言ったの。そしたら、みんなも、ぼくに代わって唯花にお礼を言いたい。ありがとう! って言っていたんだ』
ティコティスは言葉を続けた。
『ぼく、 《ぼくに代わってお礼を言いたい。ありがとう!》 って言っていたみんなの言葉を、みんなに代わって、唯花に伝えたよ。……あれ? なんか、ややこしいね。
みんなは、ぼくに代わってお礼を言いたいって、しゃべってた。でも、その言葉をぼく自身がきみに伝える……? うーん、ぼくの代わりにぼくが……みんなの代わりに? いま、ぼくは、いったい誰の代わりなんだ……? ごめん、話してるうちにワケがわからなくちゃった。
――でも、ぼくもみんなも唯花に感謝してるって気持ちを伝えたかったんだ』
ティコティスが頭をこんがらがせながらも、私に一生懸命話しかけている。
その生真面目さが、私の心をじんわりあたたかくさせる。
「私もね、ティコティスが自分の世界に無事もどれて――友達とも再会できて、ピンチも去ったって聞けて、とってもうれしいよ。連絡をくれて、こちらこそどうもありがとう!」
ティコティスを聖兎とあがめる黒づくめの集団からは
「聖兎さまの臀部をわしづかみにし、揉みしだいていたな。なんたるハレンチな――」
と散々な誤解と言われかたをしてしまった私だけど。
当のティコティスが、無事に自分の世界へとたどりつけたのなら、ティコティスの異世界トリップを手伝えて、本当によかった。
心からそう思う。
『それでね、唯花』
「どうしたの?」
『さっきも言ったけど、すぐにぼくが、そっち……いまきみがいるノイーレ王国に行くことは、できないんだ。それで、ぼくが渡したチョーカーに万一、不具合でもあったら いけないと思って……。チョーカーのこと以外でも、なにか困ったことはない?』
ティコティスの声はおだやかで、せっぱつまった感じではない。
『チョーカーに万一、不具合でもあったらいけない』
って、くちぶりから、ティコティスはこのチョーカーをつけた人間のなかには、副作用がでてしまう人がいることを知らない可能性が高い。
そもそも、副作用と不具合って、ちがう現象だよね。
私のイメージだと、副作用は……。
『副作用で熱がでた』とか『副作用でお腹が痛くなった』とか。
ある物質の成分などが人体におよぼした影響っていうか。
いっぽう不具合は、機械側の問題って感じ。
『機械の表示に不具合があった』みたいに。
――ほら、『薬の副作用で眠れなかった』とは言うけど、『薬の不具合で眠れなかった』とは言わないし。
ティコティスは、チョーカーについている魔石の力で、チョーカーは翻訳機になってくれていると言っていたはず。
あと、この通信も魔石を媒介にしてるって。
魔石……。ティコティスは『コトノハの魔石』って言っていた、不思議な石。
石という物質は――。
この場合の『石』っていうのは、地球の石のことになるけど……。
石は、建物や道具の素材になってくれる。
それだけじゃなくて。
石によっては、たしか人間の薬になってくれるものも、あるんだよね。解熱剤とか。
この世界のお医者さん、ラウレアーノ先生は、魔石のついたチョーカーは人体に副作用があらわれるかも、と言っていた。
口に含んでいないものの、魔石は私の首に、はめ込まれている状態だ。(私のやってきた世界では『磁気ネックレス』で副作用がでる場合もあると聞いたし)
この世界だろうと私のいた世界だろうと――。口には含まなくても、ある物質が肌にふれて副作用を引き起こすケースは ある。
だからラウレアーノ先生は、『副作用』と言ったんじゃないのかなぁ。
もっといえば、ラウレアーノ先生が言った、この国の、ある言葉は日本語では『副作用』と訳すのが、一番自然で適切だと、チョーカーについた翻訳機が判断したのだろう。
先生が心配したのは、魔石が引き起こすらしい、『副作用』だ。
でも。
ティコティスは、純粋に翻訳機としての機能に、不具合がないか聞いているのだと思う。
私は、まずは副作用の話はせずに、チョーカーの点滅について質問してみた。
「いま、チョーカーは、光がピカピカ点滅してるんだけど、これは不具合じゃなくて、通信の合図だよね?」
『うん、そうだよ』
チョーカーが点滅して光ったとき、これが副作用!? なんてあわてた私としては、とりあえずほっとする。
私のはきだした、ひと安心のため息を、通信中のティコティスは聞きのがさなかった。
『どうしたの、唯花! 何かあったの!?』
チョーカーからティコティスのあわあわした声が響く。
なるべくティコティスを心配させまいと、気をつけて話を運ぼうとして、よけいに彼をびっくりさせてしまったのかもしれない。
ティコティスのあわてた声を聞き、そういえば、うさぎの長い耳はとても聴力にすぐれていることをようやく思いだす。
(……ごめんね、ティコティス。心配かけさせちゃって……)
スムーズに切りだせなかった自分を反省する。
でも、次はいつティコティスと話せるか、わからないんだ。
私は思いきって、ティコティスにチョーカーの副作用のことを打ちあけようと決意する。
「ティコティス、実はね――」