第27話 部屋にいるのは私だけのはず。ん、この声は――!!
この館に宿る魔力 ――あだ名はマリョマリョ―― が眠りについたらしく、室内はとても静かになる。
数分まえまで聞こえていた、マリョマリョの寝息らしき音も、いまはもうしていない。
バスタブからでた私は、体にバスタオルを巻きつけた状態で、脱衣所の棚に置かれているという寝間着をさがしてみる。
(……これ、かな?)
たぶんこの世界の女性用の寝間着なんだろうなという、クリーム色のワンピースタイプの服をみつけた。
(これまた可愛いヨーロピアンなデザイン……。ロエルに頼まれてペピートが私の服をさがしてくれたとき、寝間着もいっしょに用意してくれたのかな?)
恋人というわけではない男性、しかも今日会ったばかりの人に寝間着の用意までしてもらうなんて、もうしわけないやら、恥ずかしいやらだけど、この寝間着は可愛く、シンプルなワンピースタイプ。
私のやってきた世界での、色っぽくて、きわどい下着やネグリジェが持つセクシーさは、皆無。
そう、すがすがしいほど皆無だ。
だからこの寝間着なら、この国でだって――。
すごく健康的な、眠るときのための衣類って、カテゴライズされてるはず。
それに、いまは異世界にトリップしてしまったという非常事態。
人 (&聖兎&魔力) の親切に甘えてばかりじゃだめだけど、裸で寝てカゼをひくのは、ごめんこうむりたい。
ここは、ありがたくこの寝間着を身につけよう。
(いや、私だって本当は、やっぱり寝間着まで用意してもらうなんて恥ずかしいとか……思うところはあるのだけれど)
でも、いまは恥ずかしがってばかりいられない。
寝間着に着がえた私は、脱衣所のとなりの洗面所の鏡にうつしてみる。
(ほっ……)
本当に、この寝間着は、シンプルなワンピースを着ている感じ。
誰かにみせる目的のセクシーなものじゃないから、逆に誰かにみられちゃったとしても、恥ずかしくないかも。
――そういえば、現代日本で夏の時期。
私は、このワンピースにちょっと似た、コットンのワンピースで外出したことがある。たしか一昨年のこと。
当然まったく恥ずかしい格好とは思わなかった。
もちろん、この世界と、私がいた世界はちがうことは、わかっている。
だけど、もともといた世界で恥ずかしいと感じたことは、いまの私にとっても、やっぱり恥ずかしいこと。
『旅の恥はかき捨て』って言葉が、私の世界にはあったけど。
たった1日で、羞恥心のレベルって、変わっちゃうものなの?
すくなくとも私は、そういう考えかたはできてない。
元の世界で恥ずかしかったことは、この世界へきても恥ずかしい。
しかも私がここにやってきたのは――。
私をこの世界にとばした張本人の精霊さんによれば『元の世界に送り戻されるまでの旅』では、ないらしいし。
すくなくとも精霊さんには、私を元の世界に戻すつもりはないようだった。
彼女は、「今度こそしあわせになるのよ~!」と言って私をこの世界にとばしたんだった。
浴室をでた私は、今日はもう寝ることにして、ベッドをめざす。
昨日まで私が寝ていたベッド (ひとり暮らしのアパートにも向く組み立て式ベッド) とは、だいぶちがう。
室内にある広々としたベッドは、この世界では、ひとり用なのかもしれないけれど、ふたりや3人くらい余裕で入れそう。
明かりはまだついているから、部屋の端にあるベッドまで行くのは簡単だ。
部屋を暗くしたいときは『暗くなって』と念じればいいと、館に宿る魔力のマリョマリョが教えてくれた。
ベッドにもぐりこんでから、室内が暗くなるように念じれば、今日すべきことは、睡眠をとることだけ。
緊張感から解放された私の足どりは軽かった。
スタスタとベッドのまえまでたどりつくと、ベッドの横のちいさなテーブルに鏡が置いてあることに気づく。
洗面スペースの鏡にくらべると、ちいさいけれど、私がいた世界の一般的な手鏡よりかはだいぶ大きい。
私が大すきだったおばあちゃんの形見の鏡と、フチのデザインがちょっと似ているのは、おばあちゃんは、昔のヨーロッパ的な雰囲気のする小物がすきだったからだろう。
なにはともあれ、この鏡の大きさは、髪や顔や胸元をチェックするのには充分だ。うしろに支えがある、スタンドタイプだし。
……ん、でも昔の時代の鏡って現代の鏡のようにハッキリとは、うつらないんだっけ……。
だいぶまえに、そんな話を聞いたのを、いま急に思いだす。
(でも、浴室の洗面スペースにあった鏡は、湯気に曇ることなく、しっかり寝間着姿の私をうつしていたよね)
むしろ私のいた世界のほうが、鏡によっては湯気でボヤけてしまいそうな状況だった。
ためしに、この鏡の中をみてみよう。
私はテーブルとセットになっているイスに腰かけて、鏡をのぞいてみる。
お風呂あがりの私の顔がクリアに うつっていた。
さっきまで入浴していたから(しかも絶妙なお湯加減で)頬が上気していることが鮮明にわかる、ちゃんとした鏡だ。
この世界で私がみた2枚の鏡は、どちらともくっきりと目のまえのものをうつしてくれている……ということになる。
あらためて、思いだす。
ここは昔のヨーロッパなのではなく、魔術の力によって独自の進化をとげた、地球とは異なる世界であることを。
そして、その瞬間――。
私の首についているチョーカーが突然、光った。
鏡は、チョーカーがピカピカと点滅している様子をうつしだす。
(いったい、なにごと……――!?)
チョーカーがいきなりピカピカ光りはじめて、私は入浴後の、のんびりモードが嘘のようにあわてだす。
(まさか、これが副作用の合図……?)
どんな副作用があるかわからないおそろしさで、私は体をビクッとさせる。
光の点滅は、なおも続く。
もう10秒以上も、せわしなく光り続けていた。
突如としてチョーカーがピカピカし始めたことに、不安をおぼえる最中――。
チョーカーから、なにやら聞きおぼえのある声が響いてきた。
『唯花!』
この声を聞くのは、たった数時間ぶり。
でも、ふたたび話をできるのは、きっともっと先だとばかり思っていた相手だ。
『ぼくの声、聞こえてるかな?』
まちがいない。この声は――!