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第20話 「それでもきみが遠慮するならオレは――」

 ~第19話までの約80字まとめ~


異世界トリップした私、唯花ゆいかは、トリップ先の館の主、ロエルに保護される。館の客間にふたりきりになり、ロエルが私に手を貸す理由を教えてもらうんだけど……

『オレは、かつて ある人に救われたことがある。その人はきみのいた世界の住人だ』


 ……それが、ロエルが私を助けてくれる理由なの? でも――。


「私は、その人じゃないよ。ロエルがその人に助けてもらったっていうなら、本人にお礼したほうがいいんじゃないのかな……」


 おずおずと話していると、ふいに私の頭の中にある疑問が生まれた。

 私はその問いを口にする。


「ねえ、ロエル。……その人は、いまもこの世界にいるの?」


 一瞬、たった一瞬だけど、ロエルがギクリとしたような、困惑の表情をうかべた。

 ロエルはさっき複雑そうな顔にはなったものの、彼が困った顔を私にみせたのは、これが初めての気がする。


 なんだか意外な感じがする。

 今日会ったばかりの人とはいえ、ロエルは困った私を助けてくれてばかりだったから。


 そして、おだやかだったロエルが瞬間的にとはいえ、表情をくもらせたのは……。

 彼が聞かれたくない質問を私がしてしまったから。そんな気がした。


 もしかしたら――。

 ロエルを助けたという、その相手は、もうこの世界にはいない。


 それはロエルにとって、話すのはもちろん思いだすのも、つらいこと……なのかもしれない。

 その人は亡くなってしまったのかもしれないし、また別の世界に行ったのかもしれない。自分のいた世界にもどっていき、ロエルとは離れ離れになったのかも。


 それ以外の可能性としては……。

 ロエルが私のいた世界に、なんらかの事情で一時的にトリップして――そのときに誰かに助けられた経験があって、自分の世界に無事もどってきたロエルは、今度は自分が異世界からきた人間を助けようと誓ったとか?


 現代日本に、ヨーロッパ風の異世界から人がトリップした。

 漫画や小説でなら読んだことのある展開だ。


 21世紀の日本に過去の時代の人がタイムスリップしてしまう話も多いけど、この世界は過去の地球のヨーロッパとはちがう。


 現代日本とは異なる世界――異世界にトリップさせると、私をここにとばした精霊さんも言っていた。


 ……それに。

 この館から、まだ一歩もでていないけれど、私はたしかにみたんだ。


 目のまえで人間が鳥に変身するところを。

 それを普通のこととして受け入れている様子を――。


 私自身が異世界トリップをしてしまったのだから、その逆だって充分ありえる。


(ロエルは、私のいた世界に行ったことがあるのかもしれない……)


 気になる。ああ、気になってしょうがない。


 思いきって、ロエルに聞いてみよう。彼が表情をこわばらせてしまった原因であろう、『私とおなじ世界の人』のことには、ふれずに。


「……もしかして、ロエルは……私のいた世界にきたことがあるの?」


 やってきたことがあるのならば、彼はどの国にいたのだろう。

 もしも、もしもだけど。その国が日本ならば、彼は日本を知っていることになる。

 日本語だって知ってる可能性も――!


 副作用があるかもしれないらしい、魔法の石による翻訳機能つきチョーカーを、どうにかして、はずすことができても……。

 今度は私、この世界の人と会話ができなくなっちゃう――と、八方ふさがりな状況だったけど。


 ロエルが日本語を理解することができるのだとしたら……。

 翻訳機のついたチョーカーをはずしたあと、彼にこの世界のことを教えてもらうことも可能かもしれない。


 使用者に副作用があらわれる可能性もあるものが、体からずっと離れないって、やっぱりすごく気になるし。


 ロエルは、私がやってきた世界にいたことがある、ない。いったい、どっち?


 ロエルの返事が気になってしょうがない私は、思わず、彼ににぎられている手をギュッとにぎりかえしてしまう。

 それくらい、テンションがあがっている。


 結果――。私があまりにも期待に満ちた顔で彼をみつめすぎてしまったのか。

 ロエルはわずかに眉をさげ、すまなそうに私をみつめかえす。


 その表情をみて、彼は私がいた世界に行ったことがあるわけではないと、答えを聞くまえから悟ってしまった。

 ロエルは、自分の答えが私を残念がらせると思ったのだろう。語りづらそうに口をひらいた。


「ユイカ、オレはこの世界からでたことはない。きみや聖兎と、ちがって……この世界をでることはオレにはできなかった」


 ロエルは、この世界からでたことはない。

 ――ということは、彼は『この世界にやってきた、私とおなじ世界からきた人間』に、かつて会ったのだろう。


 私のいた世界をロエルは知っているのかもと期待してしまったぶん、へこんでしまう。


 ロエルはこの世界にきた右も左もわからない私に、すごく親切に接してくれる。充分すぎるほど。

 なのに私は、ロエルが私のいた世界を知っているのなら、どんなに心強いだろうって期待してしまい……、そうではないと知ると気落ちしてしまうなんて。


 ひとりで勝手にがっかりしていることをロエルに悟られたくなくて、私はなるべく明るい口調で言う。


「変なこと聞いちゃって、ごめんね」


 それにしても、『この世界をでることはオレにはできなかった』……。

 まるで、ロエルはこの世界をでようと、こころみたことがあるような話しぶりだ。


 すごく気になる言いかた――。


 だけどもし、ロエルがこの世界をでようとした理由が、かつてロエルを助けたという、「私とおなじ世界の人」に関わっていたとしたら。

「ロエルは、この世界をでようとしたの?」と聞くことによって、また、つらいことを思いださせてしまうかもしれない。


 ふたりだけの室内が、しんみりとした空気になる。

 沈黙がつづいたのち、ロエルがやや唐突に言った。


「ユイカ……。オレはきみに、オレに恩を感じる必要はないと言った。オレは、きみとおなじ世界の者に救われたから、とも言った」


 私はうなずく。ロエルはたしかにそう言った。


「それでもきみが遠慮するなら――」


「するなら……?」


「この世界にきたばかりのきみに、突然こんな申し出をするのはなんだが――オレの仕事の、助手にならないか」


 助手……?

 そもそもこの館の持ち主であるロエルは、どういった仕事についている人なんだろう。

 事態がよく飲みこめず、ぽかんとしてしまう。


「ロエルの、助手――?」


「ああ、もともと、ちかいうちに助手を募集するつもりでいた」


「……ペピートは助手とはちがうの?」


 さっきまで、この客間にいたペピートは、有能そうな青年だった。


(ロエルが何の仕事をしているのかはまだ聞いていないけれど、どんな仕事でもペピートなら、そつなくこなしそうなイメージ。ペピートとも今日会ったばかりだから、あくまでイメージだけど)


 そう考える私に、ロエルが答えた。


「ペピートは仕事の助手というわけではないんだ。彼は館を管理してくれている」


 大きな館を管理するのは、きっといろいろと大変なはず。

 でもペピートなら大変な業務も難なくこなしていそうだ。

 納得した私は、ひとりうなずいた。


「オレの仕事や助手の仕事内容など、くわしいことは明日話そう。今日、いまから話してもオレはかまわないが……。きみは今日この世界にきたばかりだ。いろいろと混乱してるだろうし、チョーカーの件もある」


 そう、いまの私の首には副作用 (それがどんな副作用なのかは聞き忘れてる……) がでるかもしれない『コトノハの魔石』がうめこまれたチョーカー (高性能翻訳機能つき) が、はずれることなく ついているんだ。


「ユイカがチョーカーをつけてから丸一日がたっても、副作用があらわれないようだったら……。そのとき、あらためて仕事の話をしよう。内容を聞いて、自分には不向きだと思ったら、遠慮せずに断わってくれ。オレは、まったく かまわない」


 たったひとりでこの世界にとばされてしまった。そんな私を気づかってくれる、ロエルのやさしさに胸がジンと熱くなる。


「ロエル……いろいろ、ありがとう」


 私はおもわず、本当におもわず、ロエルに抱きついた。

 彼の私への気づかいが、たとえ、かつて彼を救ったという人への恩がえし――その人とはもう会えないから、恩返しの代わり――だったとしても。


 それでも、彼に私がよくしてもらったことには変わりない。

 ロエルは私をそっと抱きしめかえす。


 私をつつみこむ、あたたかな体温。

 そのぬくもりが私に安心感をあたえてくれる。


(私は――。ロエルにしてもらった親切をロエル本人に返すつもりだよ……)


 もちろん、いまの私にも助けることができる、この世界で困っている人が、もしもいるのならば、できる範囲で助けたい。

 私がロエルに助けてもらったように、恩を返してもらうことが目的ではなくて――。


 だけどやっぱり私は、ロエルに感謝の気持ちを、ありがとうって言葉だけでつたえるんじゃなくて、行為でもつたえたい。

 私をこの世界にとばした精霊さんは、私を元の世界にもどす気はないようなことを言っていた。


 それなら、恩返しのチャンスがめぐってくる機会はこの先きっとたくさんあるはず。

 ロエルの大きな体につつまれながら、私は心のなかでもう一度彼に(本当にありがとう……)と告げた。


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