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第19話 美青年ロエルが私を助ける理由

 この部屋 ――ロエルの館の客間―― にいるのは、ふたたび私とロエルのふたりだけ。

 さっきまで部屋にいたペピートは、ラウレアーノ先生をお見送りするために退室した。


 いまや部屋の窓からみえる空は、夕焼けのオレンジ色から夜の暗い青へと変わりつつある。

 客間に残った私とロエルは、おたがい無言で、おなじソファに腰をかけていた。


 医師であるラウレアーノ先生から、私の体は、今日明日中に副作用があらわれる可能性があると示唆されたばかりだ。

 いまの私は、さすがに美形男子のロエルと密室にふたりっきり! ドキドキがとまらない……などと胸を高鳴らせている余裕はなかった。


(この世界にとばされた1日目から、大変なことになっちゃったみたい……)


 私の言葉と相手の言葉を同時通訳してくれる魔法の石がはめ込まれた、便利アイテムのチョーカー。

 でも。このチョーカーを使用する者には……副作用があらわれるケースがあるらしい。


(そもそも、チョーカーを身につけている者のあらわれる副作用って、具体的にどんな症状があらわれるの?)


 はじめは、アクセサリーでもあるチョーカーで副作用!? 薬品や食品じゃないのに? なんて思ったりもした。

 だけど、そういえば現代日本でも……。昔、私とおなじ会社で働いていた人が磁気ネックレスを身につけていて「人によっては、このネックレスをすると副作用で頭痛になる場合がある」と話していた。

 ついさっき、そう思いだしたばかりだ。


 私は副作用という言葉にすっかり動揺してしまい、それがどういう反応を引き起こすか、ラウレアーノ先生に聞いていなかったことを、先生が帰ってしまったいまごろになって気がつく。


 ……私ってば、なんで聞かなかったんだろうと後悔する反面――。

 ラウレアーノ先生が具体例をださなかったのは、もしかして……わざと、だったのかも、とも思った。


 先生は何度も、副作用はあらわれない確立のほうが高い。だから気にしすぎるな、と言っていた。

 異変があらわれたと思ったら連絡してほしい。この件にくわしい医師を紹介すると――。


 副作用の発症例を聞いてしまっても心配でブルブルふるえていただろうけど、どんな副作用があるのか わからないのも、すっごく不安だ。


 おもわず手がふるえてくる。(副作用って、これじゃないよね。あくまでこれは、あせりからくる、ふるえだよね……)


 となりにいるロエルは私の動揺に気づいたらしかった。

 私のこきざみにふるえる手に、そっと自分の手をかさねあわせる。

 彼の手のぬくもりがじんわりと、つたわってきた。


「……ロエル」


「心配するな――と、この国にきたばかりのきみに言ったところで、オレにはきみの不安をすべて理解することは、かなわない。でも――」


「でも……?」


 ゆっくりとロエルの言葉をくりかえす私に、彼はしっかりした口調で告げた。


「ユイカ、きみに、もし何かあっても、オレがきみを守る」


 ロエルの、私をのぞきこむふたつの青い瞳も、語りかける声も、どこまでも真剣だ。

 だけど私には会ってまもないロエルに、ここまで言ってもらえる理由がない。

 本当に何もない。


 わけもわからないまま、ロエルのやさしさに甘えてばかりなんて、だめだ。

 力があまりでていない声になってしまったけど、私は言う。


「……それじゃ、私、ロエルに守られてばかりになっちゃうよ。まだ私、ロエルに何も恩返しできてないのに……」


 ロエルは一瞬複雑そうな表情をうかべる。ややして、顔をさっと笑顔にして、私を元気づけるように言った。


「恩? オレはべつにきみに恩義を感じてほしいわけじゃない」


 私の手をつつみこむロエルの手の熱を、心地いいと思ってしまう。

 心細さから、この手を頼りたくなってしまう。だけど……。


「私、ロエルには、黒ずくめの男たちにからまれているのを助けてもらったうえに、お医者さんにも――。あ、ラウレアーノ先生にはいくら診察代を渡したの? ――というか、私、バッグの中に自分の国のお金が入っているだけだ……」


 そういえば、私は自分のバッグをどこにやったんだっけ?

 副作用の言葉にビクビクしてしまい、診察のまえは、肩にかけていたバッグの存在をすっかり忘れていた。


(バッグ、バッグ、私のバッグ――あ!)


 ラウレアーノ先生に診察してもらうとき。ショルダーバッグはペピートが保管してくれることになったんだった。

 ペピートが帰ってくるまで、バッグの居場所はわからない。だから、いまの私はサイフに入っているだろう100円玉さえ、ロエルに渡すことができないことに、ようやく気がつく。


(サイフの紙幣を合計すれば現金1万円以上にはなるはず)


 だけど……紙のお金がこの国で流通しているのか、まだわからない以前に、そもそも「円」という通貨は、ここには存在してなさそう。


 私があれこれと考えはじめたとき、ロエルが言った。

 りんとした、でも、あたたかみのある声で――。


「きみはオレに借りをつくりたくないと、考えているのか」


「……えっと……」


 借りをつくりたくないというより、そこまでしてもらう義理はないはずだし、迷惑をかけたくない。

 偶然ロエルの館の中庭にあらわれたというだけで、彼に一方的に保護してもらうのは気がひけた。


 だけど、ロエルの、よく知らない相手に対しても、おもいやりの心をみせる精神は立派だと思うし、だから彼にはとても感謝している。


 私のそういう感情は、うまく声にはなってくれない。


 どういう言いかたで伝えればいいのかなと迷っているうちに、口ごもったまま、時間だけが流れてしまう。

 翻訳機 (この翻訳機は、いまの私の悩みのひとつでもあるけど) は、私の言葉を訳してはくれても……。

 私の心を読み解いて、私自身がうまく言葉にできない気持ちまで、勝手に言語化して説明してくれるわけじゃない。


 私が自分の気持ちを言葉にしなきゃ、はじまらない。

 でも、気持ちを言葉にさえすれば……。

 あとはチョーカーについた翻訳機が、その言葉を訳してくれる。

 それなのに。


 自分の感情を口にする段階で、私はつまずいてしまう。

 まごつく私にロエルは、いらだった様子はみせなかった。

 金色の長いまつげにふちどられた、大きな目をほそめ、おだやかな声で言う。


「オレに借りをつくりたくないのだとしても、今日の件なら気にしないでほしい。実はオレは――」


 『実はオレは』……? ロエルは私に何を言おうとしているの?

 ロエルの答えが気になり、私も彼の顔をじっとのぞきこんでしまう。

 ふたつの青い瞳は、窓からみえた空の色よりも美しかった。


「オレは、かつて、ある人に救われたことがある。……その人はきみのいた世界の住人だ」


 初耳だ。そんな話、いま、初めて聞く。

 とはいっても。

 私とロエルは今日、出会ったばかりの関係。

 ……それでも、私たちは今日だけで、いろいろなことを話したはず。だけど。

 ロエルが私のいた世界の人と、すでに会っていた……なんて話は聞いていなかった。


「……ロエルは、私がやってきた世界の人と知りあいだったのっ!?」


「ああ」


 ロエルは感慨ぶかげにうなずいた。

 私がいた世界からきた人を、ロエルはすでに知っていた。

 だから私が他の世界からきたのだと、すんなりあてられたのかもしれない。

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