第18話 モフモフうさぎは大変なアイテムを託していた!
――それにしてもロエルは心配性だなぁ。私は くしゃみをしただけなのに お医者さんをこの館に呼ぶなんて――
この国の医学が、どういうものなのかわからないまま、館にやってきた医師によって、私の診察がはじまった。
(腰かけたまま、服は脱がずに舌をみせるように言われたから、現代日本にあてはめれば、このお医者さん……ラウレアーノ先生は、内科の医師になるのかな……)
館の客間は急遽、診察室になる。
診察には、この館の若き主、ロエル (キリッとした美形だけど意外と心配性?) も同席した。
――診察の結果は……。
ラウレアーノ先生によると、私は特にカゼをひいているというわけではないし、さきほどまで私が連発していたくしゃみも、べつに気にしなくてよいとのこと。
それでも気になるなら、今日は入浴をしてから、ぐっすり眠ると良いと、お風呂と睡眠を勧められる。
お風呂ずきな私としては、この国が入浴の習慣のあるところでよかった。
異世界と私のいた世界との共通点にホッとする。
診察はこれでおしまい、という雰囲気になり、私はひと安心。
ロエルも、安堵したようだった……のだけれど――。
ラウレアーノ先生は、私の首元に目にとめた。
「お嬢さん、そのチョーカーは……」
この人はなぜこのチョーカーが気になるんだろうと疑問に思いながら、私は説明する。
「実は……私、この国の言葉がわからないんです。だから、このチョーカーは翻訳機なんです」
私は正直に、この国、ノイーレ王国の言葉を知らないことと、チョーカーが翻訳機であることを話した。
(そもそも、このチョーカーについている魔石がなければ、ラウレアーノ先生の言葉もわからず、問診も成立しなかったんだよね)
私はあらためて、チョーカーをくれたティコティス――『聖兎』と呼ばれる不思議なうさぎさん――に心の中で、ありがとうと言った。
もちろん、診てくれたラウレアーノ先生にも、ロエルにもペピートにも感謝している。
ラウレアーノ先生は、だまったまま私をみつめた。
そして、その後しばらくしてから、先生は私に質問した。
先生の声は、ちょっとふるえている。
「そのチョーカーが体質にあわない……と感じることはないかね。つけたせいで気分が悪くなることは?」
チョーカーが体質にあわないって、どういうこと?
首まわりの長さにあわないから苦しいとかブカブカとかなら、わかるけど。
チョーカーのせいで、気分が悪くなるっていう質問もよくわからない。
私の体がやたらとドキドキして熱っぽくなったのは、ロエルのせいであって、チョーカーのせいじゃない。
「……気分が悪くなること、ですか? ……うーん、特に思いあたりません」
首をかしげながら答える私に、ラウレアーノ先生が聞いた。
先生の口調は、質問するというより、確認するという感じだった。
「そのチョーカーは、『聖兎』から贈られたものですかな」
「はい、今日もらいました」
「……今日ですとっ?」
チョーカーの存在に気がつくまでは、おだやかだったラウレアーノ先生の声が大きくなる。
私のとなりで先生の話を聞いていたロエルも質問する。
「今日もらったものでは、何か問題があるのですか?」
ラウレアーノ先生は答える。私とロエル、両方に向かって。
「おどろかせてしまったなら、すまない。ただ……」
――ただ?
「お嬢さん。聖兎と呼ばれる、こことは異なる世界からきたうさぎからもらったものを身につけた者を、わしは数名だが、診たことがある。彼らのなかには副作用に悩む者もいた」
(……副作用? 薬品でも食品でもないのに……アクセサリーが原因で副作用?)
ここまで考えて、ふと私はあることを思いだした。
それは私が、この国に異世界トリップするまえ。現代日本の会社で残業が続いていた時期。
おなじ課の女性が、ちょっと風変わりなネックレスをしていた。
その人は「これは肩こり解消の磁気ネックレスなの」と教えてくれ、「人によっては副作用が起きることもあるのよ」とも話していた。
肩こり解消という目的があるにせよ、アクセサリーでもあるネックレスなのに、用途と素材によっては、副作用がでるケースもあるんだと、ずいぶんおどろいたっけ。
たしか、磁気ネックレスをつけると人によっては、頭痛になったりする副作用がでる場合もあるらしい……と、その女性は言っていたような。
そんなこと、いまのいままで忘れていた。
だけど、アクセサリーでもある、このチョーカーに副作用……。
――そして。チョーカーの副作用が気になるいっぽうで、この先生は聖兎からアイテムをもらった人たちに直接会ったという。
その話も、とっても気になる……!
チョーカーをもらった人たちの中には、もしかすると、私とおなじ世界から、この世界にとばされた人たちもいたりする?
私は、おそるおそる聞いてみた。
「ラウレアーノ先生が会った人たちって、もしかして……その人たちも『こことは異なる世界からきた』人間だったりしますか」
先生にとって私の質問は少し意外だったようだ。一瞬「へっ!? なんで?」って表情になった。
でもすぐに、当時をなるべく詳細に思いだそうとするかように、目をふせ、額に手をあて、ゆっくりと説明してくれた。
「……いや、わしが会った者は、この世界の住人でしたなぁ。ただ、その者は、この国とは違う言葉を話す国からやってきていた。なんでも、なかなか言葉をおぼえられずに苦心していたところ、光の中から聖兎があらわれ『友達のしるしだよ♪』と言って不思議な石のついたチョーカーをくれたそうだ。他の者たちの身の上も、だいたいおなじだったはずだが――」
「そうですか……。あ、ありがとうございます」
ラウレアーノ先生にお礼を言いながら、私はさっき思いついた予想を却下する。
(そっか、このアイテムをもらったからといって、私とおなじように他の世界からきたとは限らないんだ。私だって、もし地球で海外旅行中に全然知らない言語で会話しなきゃいけなくなったら、高性能な翻訳機があればなぁ……って気持ちになるだろうし)
案外ちかくに、私と同じ世界からきた人がいるのかもと、楽天的に考えた自分の心を落ちつかせる。
ラウレアーノ先生は、こんな話もつけくわえた。
●聖兎に不思議なチョーカーをもらった人は、副作用があらわれる人とあらわれない人がいる。全員に副作用があらわれるわけではない。そして、副作用は、あらわれない人のほうが多い。
●副作用がでた人は、大抵の場合、その日のうちにでている。
●副作用のありなしは関係なく、一度人間が身につけたチョーカーは取り外せなくなる。聖兎の首についているときは取り外し可能だが、人間の首には取り外し不可能らしい。理由は不明。
ラウレアーノ先生は、副作用があらわれる確率のほうが少ないから、いまのうちから、やみくもに不安がることはないと念を押した。
気にしすぎずに、今日はゆっくり入浴でもして、そのあと、ぐっすり眠ること。
もしも、体に異変があらわれたと感じたら、そのときは連絡してほしい、と――。
「聖兎にもらった不思議なチョーカーをつけた者にあらわれる副作用を研究している、この症状に自分よりくわしい医師を紹介しましょう。だからお嬢さん、気を落とさずに……」
そう言って、ラウレアーノ先生は帰っていった。
このチョーカーって、一度したら取れないの?
先生の話を聞いてゾクリと怖くなりつつも、
(でも、ラウレアーノ先生の言う人間って、鳥に変身できる人たちのことだよね。先生が診た人たちはこの世界の人間であって、他の世界からきた人間ではなかったと、先生本人も言っていた。……もしかしたら、私の場合は、案外簡単にチョーカーをとりはずせたりして)
一縷の望みをかけて、首のうしろの留め金をいじってみる。
チョーカーは、ビクともしなかった。
うん、まあ考えてみれば――。
●この世界の人間(鳥に変身することが可能)は、はずせない。
●聖兎と呼ばれる、しゃべるうさぎは、はずせる。
私は鳥に変身することは不可能でも、人は人。
だけど私はうさぎじゃない。
よって私の首のチョーカーもはずれない。
友達思いの明るくてやさしいティコティス。
ティコティスはきっとチョーカーの副作用なんて知らなくて、善意で私にくれたはず。
でも彼は、結果として、とんでもない置き土産を残していったのかもしれない。