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第17話 異世界美男子の保護は手厚い! ……ロエルは心配性?

 ――くしゅんっ……!


 私は、くしゃみをしてしまった。


 この客間は、暑くも寒くもなく快適な室温だと思っていた。

 だけど、私が熱いお茶を飲みほしてから、しばらくたつし、いつのまにか体が冷えてしまったのかもしれない。


 考えてみれば、熱いお茶を飲んだ以外にも、今日は、ひや汗ものの事態が連続して起こってしまった。


 たった数時間で、こう何度も体が熱くなったり冷えたりするとカゼをひくハメになってしまうかも。

 異世界でカゼなんてひいたら、きっと大変。


 そう思いながらも、私の口から、また、くしゅん……! と、くしゃみがとびだす。

 健康には特に気をつけなくっちゃ、と意識したとき――。


「ユイカ、平気か」


 向かいにいたはずのロエルが私の横にいた。

 彼は席を立ち、くしゃみをした私の様子をみるために、すばやく移動したっぽい。


 くしゃみに夢中で気がつかなかったけど、きっとロエルは血相を変えて、すぐにこちらにかけつけてくれたんだなってことが、彼のいまの表情から感じとれた。

 私は急いで説明する。


「ごめんなさいっ、おどろかせちゃったみたいだけど、ただのくしゃみだから……」


 私の言葉を聞いても、ロエルはなんだか心配そうだ。

 ただのくしゃみと私は言い切ってしまったけど、この国には、くしゃみに関する言い伝えやジンクスが何かあったりするのかも。


 誰かが自分のことを噂してるとか――?(それじゃあ、私がいた世界とかわらない迷信になってしまうけど)


 この国、『ノイーレ王国』の人々は、住居や服装、そして容姿にヨーロッパっぽさを感じる。

 だけど、私のいた世界のヨーロッパとは、また別の文化や歴史、習慣を持っているっぽい。


 異世界というくらいなんだから、私が20年以上暮らしてきた世界とは、色々ちがっていてもあたりまえ。

 でも、まさか。この世界では、くしゃみをした人は3日以内に魂ごと消滅しちゃうとか、そんな怖い現象は起きないよね。


 私は、くしゃみをしただけ。

 いままで冗談を言うことはあっても冷静だったロエルが、くしゃみひとつで、とりみだしているみたいだなんて――。


 くしゃみをした本人の私は、なんだか心配になってしまう。

 ロエルはかがみこみ、ソファに腰かけている私のおでこに、そっと手をあてた。


 あたたかな手のひらと、長くて骨っぽい指。

 自分のひたいが男らしい手におおわれる感覚にドキリとする。


 おでこだけじゃなくて、私の顔、ぜんぶ隠れちゃうんじゃないってくらい、彼の手は大きく感じた。

 ロエルは早口で言った。


「ペピート、オレは薬屋に行ってくる」


 薬屋? このちかくに薬屋さんがあるの?

 ……って、現代日本のドラッグストア的な場所じゃなくて、おそらく薬草から作った薬をとりあつかっているところだよね。


(……というか、私、薬が必要な状況には思えないんだけど……)


 私が口を開くよりまえに、ペピートがロエルに告げた。


「薬屋には僕が行ってまいります。ロエル様はお客様のおそばに」


 ……ロエル様のおそばに私が……! (あ、ペピートの口調がうつってしまった)


 それって、ロエルとまた、密室でふたりきりになるってこと?


 いま私の額はロエルにふれられたまま。

 恥ずかしいっていうより、私は慣れてないの! こういう状況。


 イケメンにずっとおでこさわられているなんて、それだけで高熱になっちゃいそう。

 客間の窓からときおり入ってくる風程度じゃ、私の熱をさましてくれない。


 私の困惑を知らないであろうペピートが、この部屋を去ろうとする。

 そのとき、ロエルが言った。


「いや、待て」


 くしゃみしただけで、ペピートに薬屋さんに行ってもらおうなんてせっかちな考えを、ロエルがあらためてくれたようで、ほっとする。

 だいたい、くしゃみをしただけの人にいったいどんな薬を用意しようとしていたのだろう。


 この世界の人の考えは謎だ。

 飲めばくしゃみがとまる薬、「クシャミトマール」なるものでも売られていたりするのだろうか。

 ……しゃっくりのとまる薬もあったら、それはそれで便利そうだけど。


 「シャックリトマール」いや、「ピタリシャックリ」もしくは「クリアシャックリア」とか。


 この世界に存在するのかどうかも、まったくわからない薬のネーミングを考えて、どうにかロエルの手の感触を意識しないように気をまぎらわせていたとき――。

 いったんはペピートの外出をとめたはずのロエルが、ペピートに言った。


「薬屋ではなく、念のためユイカを医師にみせたほうがいい。この館に医師を……ラウレアーノ先生をつれてきてくれ。オレはユイカのそばについている」


 お医者さんにみせる?

 ますます大げさになってる……。

 私、くしゃみしただけだよ。


 『ふたりとも、私なら大丈夫だよ』と言おうとした瞬間。

 ロエルはペピートにつけくわえる。


「すまないが急いでくれ。ユイカの顔色がよくない」


 ペピートは「かしこまりました」と答え、一礼した。


 わーっ! 自分の顔は自分じゃみえないけど、私の顔色がよくないっていうなら……。

 それはきっとロエルの手が、私にずっとふれてるから!!


 だから、あせってきてるのが原因。さっき体ごと抱きしめられた感覚までつぶさに思いだしちゃいそうで、平静でいられないだけ。


(ロエル、とりあえず手をどけてって早く言わなきゃ!)


 それと、今度こそ私なら大丈夫と伝えないと――。

 ペピートがこの部屋をでていって、ロエルとふたりだけになってしまう。


「では、行ってまいります」


 礼儀ただしく言うペピート。私も、うかうかしてはいられない。

 あわてて口を開き……彼が行くのをとめようとした刹那せつな――。


 私がひきとめようとしている相手、ペピートの全身が、たった数秒間とはいえ、信じられないほど、まばゆく、真っ白に光った。


――いったい何?


 まぶしさを感じつつ、ペピートをみつめていると、その姿は一瞬で人から鳥――さっき中庭でとんでいた九官鳥――へと変化する。


 鳥になったペピートは、客間の窓からまたたに空へ、とんでいってしまった。

 私はおどろきのあまり、立ちあがり、ロエルをソファに残したまま、よたよたと窓辺まで行き、ペピートがみえなくなるまでその姿を目で追った。

 あごが はずれちゃうんじゃってくらい、口をあんぐりさせたまま。


(……ふたりの話は、本当に本当だったんだ……。私の目のまえで、人間が鳥に変身した。この目で、たしかにみちゃった――)


 ロエルとペピートは私をからかって、「人間は翼のあるものに変身できる」って言っていたわけじゃなかった。


 この世界は、私がまだまだ知らないことばかりだ。

 私はふと、数年まえの自分を思いだす。


 かつて、勤め先の都合で、わりと突然に別の勤務地に異動になったことならある私。

 そのとき (異動先は自宅とも、まえの勤務地とも、おなじ区内) でさえ、そうとう右往左往してしまった。


 おなじ会社の支社同士なのに、いままで私がこの会社の業務では常識だと思っていたことも、ずいぶんルールがちがっていた。

 だけど、徐々(じょじょ)にだけど、あたらしい環境になれていくことができた。


 会社の異動と異世界トリップじゃ、わけがちがう。規模もちがう。

 でも、私は今日、ロエルの館の中庭に突如とばされて、ようやく館内の部屋に入ったばかり。


 知らないことだらけなのも、それにおどろくのも、あたりまえだ。

 ここは前向きにいこう!


   * * *


 窓からみえるいまの空の色は、うっすらとオレンジ色に染まりかけている。

 この世界でも、夕方になりかけた空模様……ということでいいのだろうか。

 背後にいるロエルに聞いてみようと、彼を振りかえろうとしたとき。

 空に黒い点がふたつ、浮かんでいることに気がつく。


(夕方になるかならないかってときに、もう星? しかも、黒……)


 淡い橙色だいだいいろの空にならぶ、ふたつの黒き星々――みたいな言い回しにしてみたら、ファンタジー風味満載な感じの光景かもしれないけど……。


 目をこらすと、黒い星にみえていたものは、どんどん巨大化した。

 そして――。

 これらが星ではないことを、私はようやく理解する。


 黒い点や星にみえたものは……。遠くからこの屋敷をめざしている「鳥」だ。


 鳥たちはこの窓にちかづくと飛行スピードを落としていった。

 開いた窓から、2羽の鳥たちが入ってくる。到着したといったほうがいいかもしれない。


 1羽が九官鳥で、もう一羽は大きなカラス。

 2羽の体が、まばゆい光で白く輝く。


 私がさっきこの部屋でみたのと、おなじ光だ。

 ペピートが人間の姿にもどる。

 どういうしくみなのか、ペピートは、さきほどとおなじ服をちゃんと着ている。

 彼のとなりには、カラスから「初老の紳士」といった風貌に変化した男性が立っていた。この人も服を着ている。

 ペピートがとびたってから、まだわずかな時間しかたってない。


 私が窓の外をながめていたのは、ほんの数分。

 ペピートがめざした目的地が、館からどれくらい離れた場所にあるのかは、わからないけれど、とにかくはやい。

 ロエルに向かって、ペピートが言う。


「ラウレアーノ先生をおつれしました」


 ロエルはペピートをねぎらうように、ありがとうと告げると、すぐに先生のほうを向いた。ロエルの声は真剣だ。


「ラウレアーノ先生、実は――」


(診てもらいたい患者がいるとでも切りだすの? 私なら、くしゃみしただけなのに……)


 気恥ずかしさで、体が硬くなる。


 ラウレアーノ先生と呼ばれる、温厚そうな紳士は私をみると

「おお、この女性がロエルの……――」

 と、おどろきとうれしさがまじったような声をあげた。


 ……ペピートはこの先生をつれてくるとき、いったいなんと言って私のことを説明したの?

 私が『ロエルの婚約者』だというのは、黒装束の男たちをあざむくための、お芝居でしかなかったのに――。


 そもそも。あの騒動のとき、ペピートは現場にはいなかったような……。

 ペピートは、黒ずくめの男たちが帰ったことを、ロエルに報告しにきた。そのとき、私はペピートと初めて会ったはず。


(ペピートってば、ほんとに私のこと、いったいロエルの何だと言ったのっ?)


 疑問はとけないまま、結局私はラウレアーノ先生の診察をうけることになった。

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