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第15話 この館は、なぜモフモフうさぎの聖地になっているの?

「きみがどこからやってきたのか、オレがあててみようか」


 ロエルはニッと私にわらいかける。口角があがっているだけでなく、私をみる目つきまでおもしろそうだ。青い瞳が生き生きと輝く。

 ロエルの発言に私は目を丸くする。


「……えっ、あててみる……? そんなこと、できるの!? あ、ロエルはもしかして占い師さん?」


 人気占い師の中には、巨万の富を得ている人もいる。

 少なくとも私がいた世界ではそうだった。

 人気のある占い師ならば、ロエルの屋敷が大層りっぱなのも納得がいく。


 いま私とロエルのふたりがいる、この客間だってとても素敵な部屋だ。

 維持するのにはお金がかかりそうだと、さっきこの部屋に通されたばかりの私でもわかるくらい、よく手入れされている。


 はたして、ロエルは本当に、いまをときめく大人気占い師なのか。

 私の予想はよく、はずれるけど……今度こそ、あたるかな?

 期待と不安でロエルをみつめる。


「オレは占い師ではない。みてのとおり、オレは普通の人間だ」


 ……ロエルが、みてのとおりの普通の人間?

 私の予想がはずれることは、もう慣れっこになってるから、ロエルが占い師じゃなくても、別におどろかない。


 この国の一般的な職業とか、どんな職種が多いかとかも知らないし、第一ロエルは私がどこからきたのか、まだ口にしていない。


 だけど……。

 サラサラしたまっすぐな金髪に、長いまつげにふちどられた、澄んだ青色の目。りりしく整った顔だち。

 やせ型だけど筋肉質な体にスラリとのびた手足。全体のバランスといい、部分部分といい、すばらしく美しい見た目なのでは?


 これほどの美貌の持ち主が、普通って――謙遜?

 でも、いまのロエルは自分のことを謙遜して「普通」と言った感じではなかった。


 ……じゃあ、この国には美男美女しか住んでいないとか?


 さっきまで私にからんできた、黒ずくめ集団も、体つきは筋骨隆々でマッチョでゴツかったけど、フードの下の顔は、みんなキラキラの美形とか?

 まあ、言葉を話せる不思議なうさぎ、ティコティスを『聖兎さま~!』とあがめ、神聖視している、黒ずくめの団体のことは、いまは置いとくとして。


 ロエルは占い師じゃないけど、私がどこからきたのか、あてられるっていうのは、どうして?

 疑問だらけの私に、ロエルは語りかける。


「ユイカは、今日、中庭にやってきた聖兎が住んでいる世界とは、他の世界から……。この世界とも、聖兎の住む世界とも、別の世界からきたんじゃないか。何か、きみ以外の……強大な魔術のような力に引き寄せられるように――」


 すごい……。ほとんどあたってる。

 強大な力に「引き寄せられる」っていうより、私の地元の公園にいた精霊さんの持つ謎の力で、私はこの世界に「とばされた」って感覚だけど。

 それにしたって、ここまで言いあてられるなんて、おどろきだ。

 おもわず声がふるえてしまう。


「なんで……わかったの。私が別の世界からきたって。もしかして――」


 ロエル自身は人間でも、精霊という存在と、知りあいだったりするの?

 そんな考えが頭にうかぶ。

 私がその疑問を口にするよりまえに、あらたな疑問がポンとうかんでくる。


 ……あれ? 中庭にロエルがあらわれたときの状況は――。


 たしか、体のほとんどを不思議な光に飲み込まれた、うさぎのティコティスと、かろうじて会話が可能な状態で、私が黒づくめの5人に囲まれていた、そんな状況だったはず。

 ロエルは、ほとんど姿のみえなくなったティコティスをうさぎだと、どうして認識できたの?


 ……それと、聖兎という呼びかた……。


「聖兎って――ロエルはあの5人とちがって、『聖兎さま』とは言わないのね」


「ああ、オレはあの黒ずくめの連中とはちがう」


 うん、ちがう気はしていた。

 最初こそ、ロエルもティコティスをあがめている集団のひとりの可能性もありうると予想した私だけど……。

 おそろいの黒い服を着ていないというだけでなく、なんというか、あの5人とは雰囲気が異なる。


 あの人たちは、人の話をろくに聞いてくれなかったけど、ロエルは私の話に耳をかたむけてくれるし。


「そもそもあの5人は……どういう集団なの? なんでこの屋敷にいたの?」


「彼らは、聖兎と呼ばれる存在を尊いとあがめている集団だ」


「『尊い』……『あがめている』って……宗教か何かなの? そういえば、私に、巫女ではない者がこの中庭に入るとは――みたいなことを言っていたような――」


 ロエルは、ああ、そのことか、といった様子で説明した。


「宗教というより、まるで信仰の一種のように熱狂的な、愛好家集団だな。巫女というのは、愛好家集団に所属している女性のことだ。本当に巫女としての役目をおっている者たち、というわけではない」


 ……熱狂的な、愛好家たちの集団……。

 その集団に属している女性が巫女?


「本当の巫女ではないなら……。なのになぜ、その女の人たちは巫女と呼ばれているの?」


「それについては、オレはあまり詳細には知らないが……。どうも、聖兎の多くは、人間の男よりも女のほうがすきらしい。それで女性とばかり仲よくなりたがる聖兎が多かったため――。ある聖兎愛好家の男が、他の男の聖兎愛好家をなだめるために言いだした言葉がきっかけだったと言われている」


「……いったいその人は、なんて言ったの?」


「『彼女たちは、我らと聖兎さまをつなぐかけ橋のような、そう、巫女のような存在なのだ。今後は我らも彼女たちのことを巫女と呼ぼう』と――。以後、巫女はあの泉のそばでは巫女の装束を身にまとうようになったそうだ。聞いた話なので確証はないが、そういうことらしい」


「……巫女の、装束?」


「彼らがそう言っているだけで、すくなくともこの国の巫女が着る服とは、だいぶちがうな。かなり変わった衣服を、なぜか、彼らは聖兎を尊ぶ巫女のための装束と言っている」


 そういえば……あの5人――。


 私のこと、巫女装束を着た巫女でもないのに中庭に入ったとかなんとか、文句言ってたな。

 巫女の装束っていうと、私はつい、上が白衣で下が赤いはかま、日本の巫女さんの装束を頭に思いうかべてしまうけれど。


 ものしりなうさぎさん、ティコティスの話によれば、ここは産業革命まえのヨーロッパ……っぽい世界らしいから、いわゆる日本の巫女さんの格好とは全然ちがうはず。

(ジャポニズムブームで、日本のキモノや浮世絵がヨーロッパで大流行……って、いうのは、たしか19世紀の話だよね)


 たぶん、このチョーカーの翻訳機の訳で、「巫女」と訳されたのはヨーロッパ的な巫女さんのことだろう。


 ……うーん、ヨーロッパ的な世界観の巫女さんというと――。


 おおまかなイメージだけど、ギリシャやローマの神殿にいる、神々に仕える女性……という感じ?

 でも、それってなんだか古代のヨーロッパのイメージだなぁ。


 このお屋敷自体は、外観も内部も、17世紀から18世紀中頃までに建てられた、ヨーロッパの邸宅って雰囲気なのに。

 この世界は、私がいた地球とは別の世界だけど、この国では――。


 地球の欧州の、17世紀から18世紀中頃までにかけての文化に似通った文化 (中世より後、産業革命より前の時代の文化) を持ちつつ――古代からある神殿も忘れさられていない。

 そこには本物の巫女さんもいる、ということ?


 うーん、まだ私は館の外には一歩もでていないから、よくわからない。

 でも建築にくわしくない私でも、この屋敷は、中世 (5~15世紀) よりも、もっと後の時代につくられた建物にみえる。いまも、さっきも、そう思っている。


(今日トリップしてきたばかりの私には、この国、ノイーレ王国のことは、わからないことだらけだ……)


 そもそも、この国の人たちの大多数は、一神教なのか、多神教なのかも知らない。


 私は12月にはクリスマスを祝って、大晦日は除夜の鐘を聞いて年を越し、元日におみくじをひく……そんな年末年始を20年以上すごしてきたけど。


 あ、無宗教の人が多い日本だって、宗教と政治と野球の話はやめておいたほうが無難だっていうよね。

 この世界に、野球なるものが存在するのかはわからないけれど、野球の話もやめておこう。


 それにしても、あの5人の集団は――。

 おしゃべりできるうさぎさんを愛好する人たちのあつまり……。

 そうだとわかると一気に庶民的な集団に感じられた。


「……あれ? でも、なんで聖兎と呼ばれるうさぎを愛好する集団がロエルの館の中庭にいたの?」


 次から次へとく私の疑問に、ロエルは面倒くさがらずに答えてくれた。


「聖兎は、中庭にある、あの泉のそばからあらわれることが比較的多いんだ。この館には強い魔力が宿っているから、その魔力を目印に聖兎が出没するらしい。祖父が生きていたころ、あらかじめ申請をすれば、あの集団は館の中庭に入ってもいいと許可したんだ」


 ロエルの説明によると、彼のおじいさんがご存命のころ――。

 聖兎出現の瞬間をみたがる愛好家たちが、毎日のように、この館につめかけてきては、中庭に入れてくれるように懇願こんがんしたらしい。


 対応に追われる多忙な執事を見兼みかね、おじいさんは、愛好家集団に対して、月に2回ほど、泉のある中庭への立ち入り許可日を設けるから、中庭に入りたい場合は、あらかじめ希望日を申請して、その日にくるように――と言ったそうだ。


 なお応募者多数の場合は抽選となります……だったそうで、あたった人とあたらない人のあいだで、いざこざが起きそうになったこともあり、現在は月に4回、聖兎を愛好する集団に対して、中庭に入る権利があたえられているという。


「――と言っても、他の場所よりは比較的聖兎があらわれやすいというだけで、たとえ1年間あの泉のそばで生活したからといって、聖兎に会えるとは限らない」


 そうだったのか!

 だからあの5人はティコティスの足をみただけでも、あんなに興奮してたんだ。


 おしりからうさぎさんの特徴である丸いしっぽがみえていたとはいえ、上半身が隠れた状態で、なんでうさぎだとわかったのだろうと、ずっと不思議だった。

 だけど、泉のそばから不思議な光を通して聖なるうさぎが入退場することを、あの人たちはあらかじめ知っていたのかぁ。

 そしてこの館には強い魔力が宿っているんだということを初めて知る。


 ――それにしても、ロエルのおじいさんも、おじいさんの執事さんも、ロエルも、自分の家の庭が聖地状態なおかげで、熱心な愛好家の人たちの対応におわれてしまうなんて、すごく大変だっただろう。


 私の口から、本音がポロッとこぼれる。


「……今日が、愛好家の人たちを中庭に入れる日だったのね。月に4回ってことは、ほぼ毎週……。あの人たちが帰ったころには、どっと疲れそう……」


 ロエルがクスッとわらった。


「オレが普段生活している館は別にある。今日は、たまたま立ちよっただけだ。オレが聖兎や黒ずくめの、あの集団と会うことは、あまりない」


「……あまりないってことは、ロエルも聖兎に会ったことがあるの?」


「ああ、オレが会った聖兎は、薄茶色や灰色、あと白色や黒色をしていたな」


 ロエルの口調が少し懐かしげになる。

 彼は昔会った聖兎のことでも思いだしているのかもしれない。

 ……あまりないって言うわりには、聖獣と言われる存在に、ロエルは、けっこう会っているような。


 あ、そういえば、ティコティスは、この国に、うさぎはいっぱいいるって言っていた。

 あれは、ティコティスのように、この世界とは別の世界からきた言葉を話すうさぎのことだったのかも。


「……それにしても、どうしてロエルは私がこの世界とも聖兎の住む世界とも、別の世界からやってきたと思ったの?」


 ロエルは私の目をじっとみつめ、答える。青い瞳に吸い込まれそうになり、ドキリとする。


「きみは、人の言葉を話すうさぎにはみえないからな」


(うん、まあ、そうだよね)


「きみはオレとおなじく、人間にみえる。性別はオレとちがい女性だし、年齢はオレのほうが上だろうがな」


 年齢、年齢……。そうだ、私、ロエルに大事なことを聞かなくっちゃ!


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