第14話 ふと気づく。この状況は密室で美形とふたりきりだと
(ずいぶんりっぱなお屋敷なのね……)
館の客間に通された私は、ロエルにソファに腰かけるようにすすめられる。
ソファだけでなく、壁紙やカーテン、テーブルなど、室内のあらゆる調度品は上品な美しさをたたえ、クラシカルで西洋的な雰囲気だ。
やっぱりこの国は、昔のヨーロッパ……のような文化を持つ国らしい。
布ばりのソファは座り心地がとてもよくて、今日は緊張の連続だった私の、心と体を癒してくれる。
テーブルをはさんだ向かいのソファにはロエルがいるから、緊張から完全に解放されたわけではないけど……。
ロエルは私に、飲み物が運ばれるから、ここでしばらく待っていてくれと言った。
――そういえば、私とロエルがまだ中庭にいたとき、九官鳥のような鳥、ペピートが『お茶の準備ができてる』って連絡してくれたな。
(この館で働いている誰かが、館内にある厨房かどこかで準備をしてくれたの?)
……ペピートではないよね。人間の言葉をスラスラ話すことができるペピートだけど、空をとぶのには適している翼は、ティーポッドに茶葉を入れるためにスプーンを使ったり、ティーセットを運んだりするのには、向いているように思えないし……。
いま、広い客間にいるのは、ロエルと私のふたりだけ。
私は自分の向かいに座っている彼に話しかける。
本来なら、あの5人が帰ったとわかったとき、即、言うべき言葉だけど――。
ロエルにキスされて気が動転していたうえに、今度はペピートがとんできて、落ちつく暇もなかったから、遅くなってしまった。
「あのっ……今日は困っているところを助けてもらって、本当にありがとう……」
ようやくお礼を言えた私に、ロエルはそんなこと、べつに気にするなといったふうにサラリと言った。
「礼を言われるほどのことじゃない。――ところで」
『ところで』と口にしたとたん、ロエルの声は、急に真剣みをおびた。
まっすぐな視線が、まばたきもせずに私をとらえる。
「きみはなぜ、中庭にいたんだ」
ギクリと、私の体がこわばる。
だが、彼の質問はもっともだろう。
館の中に私を案内してくれたときの様子から、どうやらロエルはこの屋敷の持ち主らしかった。
そして、ペピートはロエルに仕えている鳥で、この屋敷にも、くわしい、そんな雰囲気がした。
ロエルが直接そう言ったわけじゃないから、まだ断定はできないけど。
――私、この世界とは別の世界からやってきたの――
そんなことを言って、信じてもらえるのだろうか。
この人に信じてもらえず、不審者と思われるのは哀しい。
でも、人の言葉を話す不思議なうさぎ、ティコティスとちがって、私は見た目も中身も、ただの人間。
この国も人間たちが暮らす王国だとティコティスは言っていた。
正直に話したからって、ロエルは私の言葉に耳をかたむけて――私を信じてくれる?
うーん、やっぱりそれって、ちょっと……どころじゃなく、むずかしくない?
黒ずくめの男たちは、私の格好をみて「珍妙」と言っていたけれど、珍妙な格好をしているだけで、別の世界からきたことを納得してもらうのは困難な気がする。
ネットにつながらないスマホをみせたところで、『すごく変わったものを持ってる』とは思われても、イコール『他の世界からやってきた』と認めてくれるかどうかは、わからない。
黒装束の、あの5人、そして私とロエルはさっき中庭で――。
ティコティスを元の世界へと帰還させた不思議な光を目撃した。
あの光のように、他の時空から特別な空間を通って複数の世界を行き来することができますよ的な、異世界トリップに関する、いかにもなアイテムを持ってないと、証拠にはならないよね。
私がティコティスからもらったチョーカーは、あくまで翻訳機だし。
やっぱり、ある世界から別の世界へと移動するスキルかアイテムがないと……言葉だけで異なる世界からやってきたことを信じてもらうのは、きびしい気がした。
(……だからって、助けてくれたロエルに、何も話さないのも気がひける)
ひとしきり考えたあと、私はようやく口をひらく。
「えっと……この館は、ロエルの館よね。――でも、私、気がついたら、中庭の泉のそばにいて――。決して、あなたのうちに勝手に侵入するつもりはなかったの……」
この言いかただって、だいぶあやしいかもしれないけれど。
いきなり「この世界とは別の世界からきました!」と言うよりかは、信じてもらえるのでは……そんな望みをかけた言葉だった。
ロエルに嘘はついていない。私は本当に気がついたら、あの泉のそばにいた。
私の答えに対する、彼の返事がすごく気になる。
この人には私のことを信じてほしいと思ってしまう。なぜだか、とても――。
私は、自分の手をギュッとにぎりしめる。
(ロエルはなんと返事をするんだろう)
……信じてほしいから、まずは信じてくれそうなことだけ話す……。
信じてくれたら、徐々に他のことも、話していく――。
おくびょうで慎重な私らしい思いつきといえば、それまでだけど……。
でも、それで本当にうまくいくのだろうか。
仕事でも異性とのやりとりでも、かけひきのたぐいが、とても苦手な私が、会ったばかりだけど、どうみても私より人生経験豊富そうなこの人に、自分を信用してもらうことなんて、できるの?
ロエルの、まだ若いだろうに堂々としていて貫禄がある雰囲気が、私にプレッシャーを感じさせる。
鼓動が、ドドドドド……と速くなる。
にぎっていた自分の手をますます強くにぎってしまう。
(……いったいロエルは、『気がついたら中庭の泉のそばにいた』なんて言う私に、どんな返事を?)
ひや汗をかきそうになりながら、テーブルの向こうにいるロエルをみあげる。
ロエルは私の目をみつめかえしたまま、悠然とした態度で告げた。
「そうか」
……え? そうか……で、おしまい?
私けっこう、ハラハラしながら、意を決して話したんだけどな。
ロエルの、あっさり淡白風味のお返事に正直、拍子抜けしてしまう。
……だって、もし私だったら。
自分が生活しているアパートの玄関あたりに、知らない人がぽつんと立っていたとして――。
お客さんだなんて、思えないよ。
お茶をふるまうから少し待ってて、なんて話にはならない。
……だって、知らない人だもの。
もちろん、即、不審者だとは思わない。アパートに以前住んでた人の知りあいが、その人が引っ越したことを知らずにたずねてきたのかも、とは思うかもしれない。
私のアパートの以前の住人は、転居届けを郵便局にだし忘れたのか、手紙やハガキが私のところに届くことが何度かあったから。
――でも、それとこれとはちがうよね。
賃貸物件で、以前の住人が引っ越したあとも、その人あての手紙が私の部屋のポストに届くこと (私に限らず、わりとよくある) と、知らない人が中庭にいて「気がついたらここにいた」って訴えること (そんなことが、わりとよくあったりしたら困る) ――。
ほら、やっぱり全然ちがう。
『そうか』の一言で会話を切りあげてしまったロエルに、おもわず私は質問してしまう。
「あのう……。ロエルは、私がどこからきたのかは聞かないの……?」
「きみはオレに聞いてほしいのか」
質問を質問で返され、「……えっと……私は……」と言ったきり、答えにつまってしまう。
……どうしよう。自分から聞いておいて、うまく返事ができない。
あせる私に、ロエルはニッとわらいかけ、言った。口角があがっているだけでなく、私をみる目つきまでおもしろそうだ。青い瞳が生き生きと輝く。
……何か妙なことでも思いついたとか?
「きみがどこからやってきたのか、オレがあててみようか」