第12話 フィアンセのフリでキスまでする必要ってある?(後編)
~今回 (第12話)は後編。前編にあたる前回 (第11話)の約60字まとめ~
異世界についた当日から、この世界の青年、ロエルの婚約者のフリをすることになっちゃった。
(おまけにキス? ロエルと私が……?)
「……唇で直接って、そこまでする必要あるの?」
この庭にまだいる、黒ずくめの服装の男たちに聞かれないように――。
私は一言だけ、小さな声でゴニョゴニョと言った。
もちろん細心の注意をはらって。
ロエルは、なぜわざわざそんなことを聞くのか意外だといったくちぶりで答える。
「必要があるのか、だって? あるよ、たったいま言ったばかりだろう。オレの唇はきみにふれたくなった。それはオレの唇がきみを必要としてるってことだ。……さあ、まずは、右の手からふれるよ」
サラリとした口調で、強引に話をすすめているけど、これは、ロエルの「婚約者のフリをする」計画の一環らしい。
でも……、まずは右の手って、左の手もするつもりで言ってるの?
まさか当初の目的を忘れて、みるからにイケメン慣れしてなさそうな私をからかって、おもしろがってるわけじゃ……ないよね。
半信半疑の私を、青い瞳がじっとみつめている。
真剣なまなざしにドキリとする。
(……本気なの? ロエル)
ロエルは私の右手をひきよせ、手の甲に自分の唇をそっと落とした。
羽毛でなぞられたのかと思うほど、繊細なふれかた。
「んっ、ロ……ロエ、ルっ!」
手にくちづけなんて、初めてされた。
彼の唇は想像よりやわらかく、そしてあたたかかった。
さっき、初めてロエルに抱きしめられたときも、体が過敏に反応してしまったけど――。
いままた、私はロエルに、体をピクンとふるわせられてしまった。
動揺を隠しておけない、自分の体がうらめしい。
――手にやさしくキスされただけなのに、なんで体が燃えるみたいに熱くなってるの? 私、ヘン……。どうしちゃったんだろう……。
私の手から唇を離さないまま、ロエルは私の目をみつめる。
大きなふたつの青い瞳が、私をとらえて離さない。
(ロエル……どうしてこんなこと……)
彼が何を考えているのか――。本当に私を助けよう思って、こんなことを仕掛けてきたのか。
それとも、私をからかっているのか。
どちらなのか、いくら考えてもわからず、途方にくれているうちに、彼は私の手から唇を離してくれた。
「……ロエル……」
ほっとした私が、彼の名を言い終わるか終わらないところで、今度は彼の顔が私に近づいてくる。
「――ユイカ」
吐息を感じるほど接近した距離から名を呼ばれ、それから、私は自分の唇にあたたかな感触を感じた。
ついさっき知ったばかりの、ロエルの唇のぬくもりを唇でも感じる。
右手のあと、左手もくちづけされたらどうしよう……となら、さっき思ってしまった。
(ロエルが「まずは……」なんて、おもわせぶりなことを言うせいで)
……だけど。
右手のあと、いきなり唇にキスされるなんて――。
私は、びっくりしすぎて、目を大きくみひらいてしまう。
(……唇にキスするなんて、私、……き、聞いてないから……!)
顔をそむけて、これ以上キスされないようにしよう。
そう思ったときにはもう遅かった。
私の顔はロエルの大きな両手でつつみこまれていた。
乱暴な手つきじゃ全然ないのに、私の頭部はロエルの手でしっかり固定されちゃってる。
逃げられない状態で、唇同士がぴったりかさなりあったまま――。 何秒たっても、ロエルの唇は離れない。
キスされていることに、激しく動揺したままの頭で、いつ彼が私の唇を解放してくれるのか、考える。
さっき私の手にくちづけたときよりは、はやく離してくれる? それとも、おなじくらいの時間、待てばいいの?
ある程度時がたてば、さっきとおなじようにロエルは自分の唇を私から離してくれる――。
そう信じた私は、甘かった。
「……あっ……ロ……エルッ……んんっ……」
(いくら婚約者のフリでも……こんなの、だめ……)
頭ではわかってるのに、ロエルとのくちづけを続けているうちに、私の体から力がどんどん抜け落ちていく。
だけど、ロエルのキスはまだ終わらない。
ロエルの唇は、生け捕りにした獲物を放すまいとする野生の獣のように、けっして私の唇を解放してくれなかった。
そのくせ、獣とちがって、つかまえた私の唇を甘やかなくちづけで、やさしく追いつめていく。
(……ん……っ!)
私のなかに眠っていた感情、キスを……というか、男の人の唇を気持ちいいって思う感覚をどんどんひきだしていく、なまめかしいくちづけ。
これ以上私をヘンな気持ちにしないで。
私とこの人は会ったばかり。
おたがいのこと、ほとんど何も知らない。
そんな相手とのキスに気持ちをたかぶらせているなんて……私らしくない。
もっと冷静にならなきゃ……と自分に言い聞かせているのに――。
気がつくと私は、待ちわびていた本当の恋人とのキスのように、彼の唇を受け入れてしまっていた。
(本当に、どうしちゃったの、私。もう、こんなの、婚約者の『フリ』をするため――じゃない。私自身がロエルにキスされたがって、いる……?)
息苦しさのなかで、全身が甘く痺れてジンジンしてくる。
気持ちよさのあまり、目がジワッと潤んでくる。
瞳が熱く濡れて、いまの自分は涙目になっていると気づく。
(こんな上手なキス、知らない。教えられても、私、困る――。)
キスをするまえからフラフラだった私の足は、いまやもっとフラついて、立っていることも、むずかしいほど。
ロエルは、私がもう彼のキスから逃げられないことを知ってなのか――。
彼は私の頬をおおっていた自分の手を下におろすと、キスでのぼせた私の体を自分の体に抱きよせた。
唇が離れたことを意識する暇もないくらいの、あっというまのうちに――。私はロエルに抱っこされていた。
それもただの抱っこじゃない。
(……これって、もしかしてお姫様抱っこ、というものでは……?)
ロエルの筋肉質な両腕が、私の上半身と脚をしっかりとかかえている。
その体勢におどろいたときには、もう――。
彼は、私とのキスを再開していた。
2度目のキスは、ロエルが体をささえてくれているから、私の脚も腰も、ぐんとラク。
そのおかげで体のフラつきを心配することなく、キスだけに集中できる――。
こんなことを瞬間的にでも思ってしまい、自分の心の変化にとまどう。
ロエルの唇は、「とまどう必要なんてない。オレに身をまかせればいい」とでも言うように――。私のすべて吸いつくしていくほどの勢いで、私の唇をむさぼる。
私は自分の体温が上昇していくのを感じた。
そうして、私が彼とのキスにおぼれて……どれくらい時間がたったころになるのか。
いまや、ロエルのくちづけにすっかり酔わされた私には、時間の感覚がなくなっていた。
とても長いあいだキスをしている気もするし――。
本当はまだ、ほんの一瞬しか、たっていない気もする。
とにかく、いま言えることは――。
(……キスがこんなに気持ちいいものだって、私、全然……知らなかった――)
ロエルは、なんでこんなにキスが上手なの……?
(気持ちがよすぎて、このままじゃ私――ロエルの腕の中で、キスしながら意識を失ってしまうかも……――)
そう思ったとき――。
ふいに、本当にふいに、ロエルが私から唇をスッと離し、
「……いったか」
と、つぶやいた。
「え、……何? ロエル――」
彼から解放された私の口は、新鮮な空気を思う存分、吸えるよろこびよりも、自分の唇が、もう彼にふれていないことに、名残おしさを感じてしまう。
ロエルは私にやさしく言った。
そのおだやかな口調は、いまのいままで激しくくちづけをかわしていた男性のものとは思えないほど、紳士的だった。
「ようやく、あの5人が帰ったようだ」
……あの5人が帰った……?
あ! 本当だ。
私とロエルがキスをしているあいだに――、いつのまにか黒ずくめの5人の男たちは中庭から姿を消していた。
それでロエルは唇を離して、「いったか……」と、つぶやいたんだ。
そう、だから「いく」は「行く」ってことよね。
頭が朦朧としてたから、一瞬ぽかんとしてしまった。
(……それにしても……)