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ロートはノートに言われた通りリオーネの事がどうしても頭から離れずにいた。
不安が頭から離れなかったロートはついにノートにリオーネの事を頼む事にした。
(……ノート、リオーネの様子を見に行ってくれないか?勝手だと思うけどリオーネの事がどうしても頭から離れないんだ……。)
するとノートはその場から立ち上がるとミッドガルドに向かって歩き出した。
(最初からそう言えば良いものを……まぁ良い、安心しておけ。私が貴様の妹に手を出す事はない。貴様の妹が無事だと確認出来たらすぐにここに戻って来る。それで良いか?)
(……ああ、すまない……恩にきるよ……。)
(ふっ……貴様に感謝などされても仕方ないがな。まぁ良い。さっさと行くぞ。)
ノートは廃墟から出ると物凄いスピードでミッドガルドへと向かって行った。
辺りは日が落ちていて真っ暗で、もう夜もすっかりふけっていた。
一方その頃リオーネはというと着替えを済ませた後夕食を取り、その日は案内された部屋でもう夜も遅かったので休んでいた。
そしてリオーネが寝静まった頃、リオーネの部屋にジェダが物音を立てずに静かに近付いて来ていた。
ジェダはあらかじめ用意していた鍵でリオーネの部屋の鍵を開けると、気付かれないように静かにリオーネの下へと近付いて行った。
「……敵のアジトにいるというのに安心して眠りにつきおって……小娘が、余程危機管理が出来んとみえるな……。まぁ良い、さっさと片付けさせてもらうぞ。お前のような輩に私の築いた城を壊される訳にはいかんからな。」
すると部屋の端の方からジェダに話しかけてくる者がいた。
「……だそうだ……どうする、ロート?お前がどうするか決めれば良い。私はお前の言う通りにしようではないか。」
「……なっ⁉︎……貴様はロート⁉︎何故貴様がここにいる⁉︎一体どうやってこの屋敷の中に入った⁉︎」
辺りの騒がしかったのでリオーネが眠りから目を覚ました。
「……きゃー‼︎一体何⁉︎何故あなたがこの部屋の中にいるの⁉︎ジェダ⁉︎」
「くっ……!目を覚ましたか!ならばこれでどうだ!」
するとジェダはリオーネの首に腕を回して動けなくした。
「……どうだ⁉︎これで貴様は何も出来まい!ロート!そこで大人しくしていろ!今部下を呼んで来てやる!そうなったら貴様も無事では済まさんぞ!」
ジェダはリオーネの首に腕を回したまま立ち上がらせると部屋を後にしようとした。
その光景を見ていたノートは自分の中にいるロートに語りかけた。
(……どうするんだ、ロート?このまま行かせて良いのか?私なら奴からお前の妹を助けてやる事が出来るぞ?)
(……ああ……すまない、ノート。リオーネを助けてやって欲しい。)
(そうか……ではさっさと終わらせるとするか。)
するとノートは一瞬の間に加速してジェダの後ろに回り込んだ。
「……なっ⁉︎何だ貴様⁉︎一体どうやって⁉︎……ぐわぁ!」
ジェダの後ろに回り込んでいたノートはジェダの首を掴んで持ち上げた。
「……くっ……苦しい……離してくれ……。」
「だそうだ……?どうするのだ、ロート?お前が決めれば良い。」
するとロートがノートに語りかけた。
(……ノート、頼む。そいつを殺してくれ。そいつを殺してリオーネをここから連れ出してくれたら俺はお前の言う通りにするから……だからリオーネを助けてやってくれ……。)
「……そうか、分かった。」
するとノートは掴んでいたジェダを勢い良くドアの方向に投げ飛ばした。
ジェダはドアに叩きつけられはしたが死ぬ事は無く、そのまま逃げるようにドアを開けようとした。
「あわわ……貴様一体何者なんだ⁉︎……。」
「ガチャ。」
するとジェダが突然ドアを開けて部屋の中から逃げ出した。
「くっ……おい!誰か⁉︎誰か来てくれ!不審者だ!おい!誰かいないのか⁉︎」
ジェダは部屋から飛び出すとノート達の下から離れるように走って行き、味方の援護を探しに行った。
ノートはリオーネを抱き抱えるとその部屋の窓からそのまま飛び出した。
(……すまんなロート……あの男を殺して欲しいというお前の願いは聞いてやれそうにない。ただお前の妹を連れて行くという願いは叶えてやる事が出来る。それで良いか?)
(……ああ、分かった……じゃあそうしてくれ……。)
一方リオーネはノートに恐怖を感じ、抱き抱えられていたノートの腕の中で暴れ回っていた。
「あわわ……お兄ちゃん?あなたはお兄ちゃんじゃないの⁉︎あなたはお兄ちゃんとノートどっちなの?」
「私はノートだ。お前の兄なら私の中にいる。」
「キャー!誰か助けてー!……お兄ちゃんを……お兄ちゃんを返せ化物!」
「……黙っていろ。私にはお前の兄との約束がある。無事安全な場所まで送り届けたらお前の前から姿を消す。それまで大人しくしていろ。」
「……何故お兄ちゃんはあなたに体を貸したの?……お兄ちゃんはもう元に戻る事は出来ないの……?」
「……何故か……ロートが私の力を頼ったのはお前を助け出す為だ。その為に私に体を渡したんだ。だから安心しろ。私とロートは一心同体なのでな。お前に危害を加えればロートが私の中で叫び続けるだろう。そうなってもらっては困るのでな。」
「……。」
ノートはリオーネを抱き抱えながら物凄いスピードで移動して、あっという間にミッドガルドを後にした。
一方その頃ジェダは部下達を引き連れてノート達がいた部屋に戻って来ていた。
「……おい!この部屋だ!……くっ!逃げ出したのか⁉︎おい!追え!奴等を逃がすな!見つけたら必ず始末しろ!」
「はっ!」
「……。」
ほとんどの部下がノート達の事を探しに部屋から飛び出して行ったが、数日の部下達はその場からそのまま動こうとしなかった。
その光景を見たジェダは落ち着きながらも怒りに満ちた表情で部下達に詰め寄った。
「……おい、何故賊を追いかけんのだ?私の指示が聞こえなかったのか?」
「……いえ、そういう訳では……。」
「ならばさっさと奴等の後を追いかけて始末しろ!もたもたしているとあいつ等を取り逃がす事になるという事が分からんのか⁉︎」
「……はっ!かしこまりました!ただちに追いかけます!」
「……。」
残った数人の部下達もジェダの言う事に逆らう事が出来ずに、ジェダに詰め寄られると仕方なく部屋から出てノート達の後を追いかけた。
「……おのれロートめ!このままでは済まさんぞ!絶対に!……しかし奴のあの力は一体何だったのだ……?……この場所にあいつが戻って来るような事があってはまずいな……どこか隠れる場所を探しておかねばならんな。」
ジェダは部屋から出ると辺りを確認しながら、ノートが帰って来ても見つからないような場所まで移動を始めた。
一方ノート達はミッドガルドから離れて行くとアジトにしている廃墟の近くまでやって来た。
ノートは抱き抱えていたリオーネをおろすと、リオーネの下から離れてロートに語りかけた。
(何か妹に言っておく事はあるか?あるなら伝えるが?遠慮なく言っておくと良い。)
(……いや……俺は別に……。早く妹をここから逃がしてやってくれ……俺の望みはそれだけだ……。)
(……そうか、分かった。ではそう伝えよう。)
ロートとの話を終えると、ノートはリオーネの方を見て話し始めた。
「早くこの場所から立ち去ると良い。それがお前の兄の望みだそうだ。お前がいなくなるまで私がここから動く事は無い。約束しよう。」
「……。」
リオーネは恐る恐るその場から動き出すと突然勢い良く走り出した。
するとノートが突然大きな声をあげた。
「待て!お前に1つだけ言っておく事がある!」
ノートの突然の行動に怒りを感じたロートはノートの中で大きな声をあげた。
(……貴様……ノート!約束が違うじゃないか!リオーネだけは逃がしてくれとあれ程頼んだだろう⁉︎なのにそれすら聞いてくれないというのか⁉︎……もう良い……だったら俺はお前の中で一生叫び続けてやる!お前が何を言おうと俺は叫び続けるのを止めないぞ!それでも良いのかノート⁉︎俺は本当に叫び続けるのを止めないぞ!)
(……勘違いするな。黙って聞いておけ。)
ロートとの会話を切り止めるとノートはリオーネに向けて話し始めた。
「良いか?私とお前の兄は一心同体なのだ。今もお前の事を心配して私の中で叫び続けている。良いか?何か困った事があればあの廃墟まで来ると良い。私がお前の力になろう。」
「……。」
(それで良いか、ロート?)
(……ああ……大丈夫だ……。)
(そうか……では私達の方から立ち去るとしよう。ここから移動するぞ?良いな?)
(……ああ……。)
「話はそれだけだ。では私はここから立ち去る事にしよう。ではさらばだ。」
「……。」
するとノートは凄いスピードで廃墟へと戻って行き、あっという間にリオーネの下から姿を消した。
「……何だったの、一体……?」
リオーネはあまりにも驚いてしまって少しの間その場で立ち尽くしてしまったが、しばらく経つと廃墟とは反対の方向に向かって走り出した。
廃墟の中に戻ったノートはいつも使っている2階の部屋まで行くと、奥の位置まで移動してその場に座り込んだ。
ノートが座り込んでいつものように目を閉じて考え事をしていると、ノートの中でロートが話しかけてきた。
(……あの……さっきはすまなかった……反省している……。)
(……ふっ、良いさ。それが兄妹というものなんだろ?まぁ私には良く分からんがな。それよりも私は約束を守った。今度はお前が約束を守る番だ。大人しくしていてもらうぞ。)
(……ああ、分かった。これから先俺は口を開く事はもう一生無い。約束するよ。)
(……そうか、分かった。では大人しくしていてもらおうか。)
ノートはロートとの会話を終えると再び目を閉じて考え事を始めた。
ロートはその間も口を開く事無くただ静かにしていた。
この件があって以来ロートはノートから話しかけてこられない限り、自分から口を開く事は無くなった。
ロートはノートの中でただ黙ってリオーネの事だけを案じながら生き続けていた。




