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ロートはリオーネが逃げる為の時間を頭に入れて自らの準備が終わった後も行動するのを待っていた。
何故ロートがためらっているかというと、自らの体に衝撃を与える事でノートが目を覚ましてしまうとリオーネに危害を加えられるかもしれないと考えていたからだった。
リオーネが出来るだけ遠くへ離れるまで時間を稼いだ後、もう大丈夫だと確信を持てた後にロートは行動を起こそうとしていた。
ロートは自らの命を絶てばノートが消滅するかもしれないと考えていた。
ノートがその為に用意出来たのは廃墟の中に落ちてあった短剣だけだった。
この短剣で命を絶つには相当な覚悟が必要だったが、ロートは世界中の人々がノートに怪物に変えられていく様を自分の体の中で見ていたのでその覚悟は大分決まっていた。
しかし、いざその時になるとやはり恐怖に襲われるのか中々行動に移せないでいた。
ただロートにはこのままノートを目覚めさせたらノートがリオーネの事を探しに行くかもしれないという恐怖があった。
ロートはリオーネの事を思ってノートが目覚める前に完全に消滅させる気でいた。
リオーネが廃墟を出て随分時間が経った頃、ロートはゆっくりと短剣を自分の首に当てた。
「……これで良いんだ……ここで完全に終わらせる……!」
ロートは覚悟を決めると自分の首に当てていた短剣で自らの首を勢い良く切り裂いた。
しかしロートの首に傷が付く事は無く、また短剣で切ったはずなのに痛みなども全く感じられなかった。
「……どういう事だ……?俺は今ちゃんと自分の首を切ったはずだ……何故痛みを感じない……?」
不思議に思ったがロートには躊躇している時間などなかったので、もう1度首元に短剣を当てるとまた勢い良く切り裂いた。
「……。」
しかしまたしてもロートの首に傷が付く事は無く、また痛みを感じる事もなかった。
「……俺じゃあこいつを殺す事は出来ないってのか?……じゃあどうすれば良いんだよ……?……このままずっとこいつの中にいろって言うのかよ⁉︎本当にそんな事しなくちゃいけないのか⁉︎なぁ!何とか言えよ!」
ロートがどれだけ嘆こうとも大きな衝撃を与えようとしても、自分の体に傷1つ付ける事は出来なかった。
ロートは倒す事を諦めたのかノートが目を覚ますまでの間座り込んで呆然としていた。
しかしロートは何かを思い出したのか突然動揺し始めた。
「……ダメだな……俺じゃどうにもならないか……はっ!そうだ……俺はこいつの中にいた時こいつが何をしているか見えていた……じゃあまさかこいつも⁉︎……くっ!じゃあリオーネにミッドガルドに行くように言ったのもこいつは知っているのか……⁉︎まずい……!やっぱりここでこいつは殺すしかない!」
ロートは短剣を手に取ると先程とは比べ物にならない程の勢いで自分の首元を切り付けた。
しかしロートの首に傷が付く事は無く、他の場所も試してはみたがロートに傷が付く事は無かった。
「……どうすれば良いんだ……?俺は一体こいつをどうすれば良い……?」
力が抜けてしまったのかロートは手から短剣を落とすとそのままその場に崩れ落ちてしまった。
ロートはそれからしばらくの間呆然としていたが、リオーネの事を思い出して我に帰るともう1度ノートを消滅させる事を試みた。
「……クソッ!ここで諦めたら終わりだ!何としてもこいつが目を覚ます前に全てを終わらせないと……!」
ロートは何かないか探す為に廃墟の中を歩き出した。
すると次の瞬間ロートは突然頭を抱えて苦しみ出すと、その場に倒れ込んだ。
「ぐっ!まさかもう起きたのか⁉︎くっ……?うわぁ!」
ロートの意識が無くなるとロートの体は再びノートに乗っ取られた。
「……愚かな……あんな事で私を倒せると思ったのか?……さてとミッドガルドか?さっさと貴様の妹を連れ戻す事にしよう。これ以上お前にあれこれうごかれても面倒だからな。」
ノートの言葉を聞いたロートは体の中で必死にノートに叫んだ。
(待て!ノート!もう止めてくれ!俺はこれから先お前の中で一言も話さないと約束するから……だからもう止めてくれ!頼む!)
ロートの言葉を聞いたノートはあざ笑いながらロートに語りかけた。
(下らんな……貴様の言う事を私が本当に信じると思うか?それよりも人質を近くに置いておいた方が良いに決まっているだろう?少し黙っておけ。私は貴様と交渉する気などない。)
するとロートは中々諦めようとせずにノートに食らい付いた。
(頼む、ノート!お願いだ!リオーネだけは見逃してやってくれ!……それに仮にお前がリオーネを捕まえたとしてもリオーネにはいつか寿命がくる……お前にはおそらく寿命が無いはずだ……だったら……そうだ!お前の中にいる俺だって寿命は無いはずだ!良いのかノート、本当に⁉︎ここでリオーネにお前が何かするような事があれば俺はお前の中で一生叫び続ける!絶対に叫び続ける事を止めない!)
(……。)
ノートはロートの言っている事も一理あったからなのか反論するような事はしなかったが、ロートを完全に信用している訳ではなかったのか何も言わずミッドガルドへと向かおうとした。
しかしノートは廃墟を出た瞬間思い留まったのかロートに語りかけた。
(……お前はどうして欲しい?本当に妹を見逃せばお前は黙ってくれるのか?お前がそうして欲しいと言うなら私は別にそうしても良いと思っているんだが?)
(……本当か……⁉︎……頼む!そうしてくれ!そうすれば俺はお前の言う事を何でも一生聞き続けるから!だからリオーネだけは見逃してやってくれ!)
(……。)
ノートは1つ疑問に思った事があったのでロートに質問した。
(……ではリオーネを追いかけるのは止めておこう。ただ1つ聞きたい。お前が言っていたジェダという者、その者に妹を預けて本当に大丈夫なのか?)
(……それは……。)
(……ふっ、まぁ良い。とりあえず私はお前の言う事を聞く事にしよう。……それとお前が妹の事が心配なら私に言えば良い。お前とは1番長い付き合いになりそうだ。頼みの1つや2つ位聞いておいてやらんとな。)
(……本当か……?信じて良いのか……?)
(ふっ……ああ、構わんさ……気が変わったら私に話しかけてくると良い。今日は少し疲れた……悪いが少し休ませてもらうぞ。今度は変な気を起こさずに大人しくしておく事だな。)
(ああ……分かった。あの、その……ノート、ありがとう……。)
(ふっ……礼など必要ない。私が眠っている間大人しくしておくのだぞ。)
(ああ、分かった……。)
ノートは廃墟に戻るともう1度目をつぶって深い眠りについた。
ロートはノートが眠ったのでまた体を自由に動かせるようになったが、ノートとの約束を守る為にノートが目を覚ますのをただそこでじっと待っていた。




