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まだいい方のブック紹介  作者: スネ男
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トマス・ホッブズ『ビヒモス』

宇宙としての宇宙を知るために、最低限度必要な政治制度がある。

そのことを自覚したのは、いつのことだったか。だから、90年代がいちばん宇宙開発に夢を持つのに最適な時代だったとも言えるのだが(地球を破壊しても宇宙に行きたい人がいたなんて、いまの若い人には想像もできないだろう)、そしてその夢がまさに夢としてのリアリティをもったその瞬間に現象したのが「SF冬の時代」だったとも言えるのだが、人間に暇があってこそ、宇宙の果てはどうなっているのかしらんとか、宇宙飛行士のあの人いいなとか思えるわけである。

意外に思われるかもしれないが、ホッブズは科学については民主主義者である。衆目の一致するところが真理だし、真理でなければいけない(ホッブズにとっては、真理は唯一の神権王国が決める)。では、その「大衆的合意」をいかにして成立させるか、で幾何学的方法、という「誦め」の召命を受けたホッブズは悩むわけだ。

いちおう世間的には、『リヴァイアサン』が理論書で、本書が実践書、ということになってはいるけれど、『リヴァイアサン』が「すでに大衆的合意によって確立された真理=(サイアンス)の提示」というかたちをとっているから(学の一覧表も、ルネサンスのジョン・ディーかバロックのホッブズか、という堂々たる仕上がりになっていて、筋がいい)、「いかにして大衆的合意は実現されたか」を、歴史神学的な深みを簡潔な言葉にぐさっと載せているさま、を考えれば、本書のほうが理論書で、『リヴァイアサン』が実践書、とも言えるわけなのである。

ホッブズは、当時のメディアと情報流通の革命にぬるぬる注目していた。メディアの革命、とは、カヴァデールによって先鞭がつけられ、AV(ジェームズ王欽定訳)によって封印された唯一公認の英訳聖書をいう。ホッブズによれば、「聖書が英訳されて以降は誰もが、いや、英語を読めさえすればどんな小僧も娘っこも、毎日一定の章ごとに聖書を一、二回通して読めば、自分は全能の神に語り、神が語ったことを理解している、と思うようになった」(山田園子訳、岩波文庫、47㌻)。いまスマホで猫も杓子もインスタに生活を公表しているように、17世紀イギリスのレディース・&・ジェントルメンは、それまでミサでしか経験できなかった「救済にあずかっている自分」をハンディなモバイルウェアで主張できるようになったのである。

情報流通の革命、としては、自然哲学の中心はオックスフォードやケンブリッジからロンドンのグレシャム・カレッジへと場所を移していた。いちおう、高田図書館で山本義隆『磁力と重力の発見 3 近代の始まり』を借りてきて覗いてみると、1597年に商人のトマス・グレシャムが創設したグレシャム・カレッジは、技術者や船乗りに技術教育を施すための学院で、教会の後押しを受けたオックスブリッジ両大学とは一線を画していた。偏角の永年変化を発見するなどの一流の自然学者が集まり、清教徒革命をはさんでそこから王立協会も誕生していく。教会主導でない知の溜まり場、そこに今や一覧表化された学がコンテンツとして載る、ホッブズの知的希望は燃えに燃えたに違いない。

真理を成立させる大衆的合意、をかえって妨げるもの、としてホッブズが指摘しているのは大学である。大学で人々は「アリストテレスやキケロの民主制的原理になじみ、そしてその巧みな言い回しが気に入って彼らの政治学におぼれ、しかも、ずぶずぶとおぼれて、とうとう今話題にしている反乱へと至った」(同上、82㌻)と手きびしい。「キケロ、セネカ、カトーや他のローマの政治家たち、そしてアテネのアリストテレスはしばしば、狼や他の飢えた獣同然に王のことを語った」(同上、259㌻)のが駄目だというのである。いまの文系学部統廃合も、同じこと言ってりゃまま予算はつくだろう。

まとめ。ホッブズはひとりの主権者が唯一の法と唯一の英訳聖書によって学の真理の大衆的合意を成立させることを理想としていた。この合意がないと内乱になる。内乱の経過からは人間の普遍的本性である「狼」が読み取れるが、狼は社会状態においてすでに存在していたものなので、狼を飼い慣らした者は大衆的合意によって15分間有名になれるという特典が用意されているのである。

またね。来週は、同じイギリスの著者のもっと重い本を採り上げようと思っています。

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