五話 勇者と伯爵娘
乗馬はあまり得意ではない。
馬と呼吸を合わせなくてはいけないし、尻が痛くなるし、酷いときには全身筋肉痛で動けなくなる。
だから外の稽古で乗馬だけは真面目に受けてこなかった。
その付けが今、回ってきたのは誰かの陰謀か何かだろうか。
「貴方と、そうねぇ乗馬で勝負してあげる」
急に白い手袋を投げられたかと思ったらこれだ。何なんだ、何故知らない女が俺の家にいるんだ。お前は誰だ。
知りたいことは山ほどあったが、そんなことより目の前でこちらを指差す女の相手をしなければいけない。
貴族はお客様を大切におもてなしするマナーがあるのだ。
「断る。時間の無駄だ」
「はん! 勝負から逃げるだなんて随分とチキン糞野郎ね」
「お嬢様、言葉が汚いです」
「私の名前はアルヌィントス。伯爵家の長女よ。貴方が例の転生勇者だと聞いてはるばる領地から来てあげたの。さあ! 勝負しなさい!」
伯爵家の長女とか嘘だろ……、さっきの言葉とか、領地なしの下級貴族でもあんなこと言うやついねぇよ。
「何よその目、もしかして疑ってるわけ? 私は正真正銘伯爵貴族の娘よ」
「まあ、この家に入ってるってことはそうなんでしょうけど。何で俺と勝負なんてするんですか? する意味ないでしょう、初対面だし」
「そんなの貴方が気に入らないからに決まってるじゃない!」
そう言ってこちらを叩こうとしてくる伯爵娘。なんだこいつ、暴力と権力を使って好き勝手に暴れる系の女王様かよ。これだから子どもは……。
はあ、やれやれと首を振りながら相手を煽る。正直乗馬以外の勝負ならしてやってもいいのだが、乗馬は絶対嫌だ。落馬とかしたら洒落にならない。死んだらどうする。また転生して、今度は平民として生まれた! とかになったら最悪だぞ。
「受ける意味がないのでやりません」
「あら、断る理由もないでしょう? それに、貴方には受けるしか選択肢がないのよ」
私を甘く見ないでちょうだいと言いながら伯爵娘が近寄ってくる。何をするのかと見ていればポケットからハンカチに包まれた何かを出し、こちらに見やすいよう少し傾けた。
「私が負けたらこれをあげるわ。採れたてよ」
「こ、これは……!」
光輝くタマゴが、まるで鼓動のように揺れ動く。
この世界では不死鳥と肩を並べるほど希少有名種 青雲鳥のタマゴが目の前に現れた。
「コレクターや一級冒険者でも滅多に手に入れることのできない珍味……」
「選ばれた者だけしかこれを口にすることが出来ないわ。ね? 私の勝負、受ける気になったでしょ」
卵白は万病の薬の材料になり、卵黄はそのまま食べれば無限の力が手に入る。
まさに――天からの贈り物。
喉が鳴る、なるほど確かにこれは欲しい。昔躍起になって探したこともあったし、結果見つからず頓挫した計画がこれひとつで再開できる。
魅力的すぎて、怖い。負けたら何を要求してくるのだろうか。
「私が欲しいものはただ一つ。貴方の可愛いペットよ」
斜め後ろに控えていた親友が、嫌そうな声を上げた。