5日目:疲れないわけありゃしない。
追う。
無駄に広く、余計に部屋数の多い屋敷の中を、ただ、ひたすらに、そいつを追うために、走る。
そもそもなぜ、俺はそいつを追っているのか。
答えは簡単だ。
そいつが、犯人だからだ。
そいつが、ただ1人纏うことを許される「天使の羽衣を奪い去った、張本人だからだ。
怒りの力を全て脚に込め、全力で床を蹴る。
その憎しみを全て腕に込め、引きちぎれる寸前まで手を伸ばす。
俺はついにそいつの足をつかみ、動きを封じることが出来た。
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事の発端はおよそ30分前。樹来からの一言で、事件は幕を開けた。
「僕の下着が、無いんです……!」
「えっ……うそ、まじか」
プールのあとに自分の服が見つからない。割とよくある話だ。俺も靴下数回なくして、裸足に上履きで授業うけたことあったし。
「とりあえず探すか。どんなやつなんだ?柄とか、色とか」
「そ、そうですね……え、えーっと……」
「ん?どうした?」
見ると、樹来は顔を赤らめて、俺から顔を背けていた。
「ぱ、ぱんつについて話すのって、なんか恥ずかしい、です……」
「いや、俺ら男どうしだし……男どうしだよな?」
「へ?は、はい、そうですけど……」
……悔しいなぁ。
「んで、どんなのなの?」
「あ、はい!えと、く、黒の、ボクサーパンツ、です」
「OK、わかった」
とにかく、ただ突っ立ってても意味が無いし、カッコつかない。探すか。
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「………無いです……」
かれこれ20分は探したのだが、一向に見つかる気配がない。
おかしいな……靴下だったら、スノコの下から出てくるのが定番なんだがな。今回はスノコもないし、なんならロッカーに隙間もない。
ふと、思い浮かんだ疑問を、樹来に投げかける。
「なあ樹来くん。そのぱんつは、いつなくなったんだ?」
「えーっと……プールから上がってシャワーを浴びて、一旦ここに戻ったんですが、シャワールームに忘れ物をして、取りに行ったら、無くなってたんです」
……耳を疑った。
「なあ、一旦ここに戻った時は、何も変化は無かったんだな?」
「は、はい。僕が最初に戻った時は、特に何も……え?」
理解した。最悪な展開を。そして、一番めんどくさいであろう展開を。
「これってさ……盗まれた、んじゃねえの?」
「え!?ぬ、盗まれた……!?で、でも僕男ですし……下着泥棒なんて、誰もしないと思いますよ……?」
「いや、世の中どんな人がいるかわからんからな。気をつけろ」
俺とかな。今にも窃盗犯を殴り倒して奪い取って永遠の宝にしたい。あっはは、キモチワル。
「そ、そんなぁ……は、葉月さん……僕は、いったいどうすればいいのですか……?」
その言葉。その潤んだ瞳。その上ずった声。
すべてが俺を動かした。
俺は迷いなく、樹来の肩を抱いた。
「大丈夫……。俺が必ず、お前の大切なモノ、取り返してやるからな」
「葉月さん……ありがとうございます……」
声を震わせ、俺の胸に収まる樹来。正直クサイこと言ったのと樹来が可愛いのとで心臓破裂しそうだった。
……俺が必ず、手に入れてやる……。いやだめだろ。取り返してみせる……。
しかし、いつの間にか消えるぱんつ……犯人は誰だ……。
………ん?
この事件……案外簡単じゃないか?
「わかったぞ、犯人の居場所が!」
「え!?本当ですですか!?」
「あぁ、これでもう、樹来くんのぱんつはもどってくるはずだ」
励ますように、樹来の頭を撫でながら言う。これで確実にわかった。
犯人は、まだこの更衣室から出ていない。これは間違いない。
なぜか。簡単だ。ずっと更衣室の前で樹来のことを待っていて、またこの部屋で20分間ぱんつを探し続けた俺が言っているからだ。
このプールの更衣室には、非常口兼出口は、そこしかない。逆の出口はプールに直結しているので、逃げるのには向かないだろう。通気口もあるにはあるが、人が出れる大きさではない。
となると、脱出するならここ、入口からでなくてはならないのだ。
しかし、俺はその犯人を見ていない。となると。
「犯人はまだ、更衣室にいる」
それは確実だ。
となると、犯人の思考もだいたい読めてくる。
更衣室から出ることなく、なおかつ樹来にもバレずに忍び込めるスペース。
それは、たった一つ。
「ここだぁぁ!!」
俺は勢いよく、シャワールームのカーテンを開けた。
「あっ………」
そこには、予想通り、ぱんつ泥棒であろう人間がいた。てか、間違いなくこいつだろ。樹来のぱんつ握ってるし、今まさに嗅がんとせんポーズで固まって、顔赤くしてるし。
「へへっ……推理小説を読んどいて良かったぜ……!」
「すごいです、 葉月さん!」
俺らは、事件解決を手を取り合い喜んでいた。
すると。
そいつは、しばらく動きを止めた後、
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
と叫び声を上げ、そのままシャワールームから飛び出した。
樹来のぱんつを握ったまま。
「……ってこら!待て!!」
だが、待てと言われて待つはずもなく。
そいつは、暦邸の中に逃げこんだ。
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「さあ……これまでだな、下着泥棒……!」
「うぅ……頼む、離してくれ!というか許してくれ忘れてくれ殺してくれ!!」
「いや、気持ちはわかるがもう少し落ち着け」
反省からなのか、処刑志望までするとはな。
まあ、そりゃあ同性の下着盗んだのなんて、見られたくなかったよな。
一言で言い表すなら、そいつは、「イケメン」が似合うやつだった。
比較的高い身長。華奢ながら頼りがいのありそうな身体。気持ち明るめに染められた髪。やんちゃさをアピールさせるピアス。どれをとっても、高校生真っ只中の俺からしたら、「やってみたいイケメンのステイタス」ランキングベスト5にランクインしているものだ。
そして、アタリを書いてから描かれたかのように整った顔のパーツ。ひとつひとつが、はっきり脳裏に焼き付くのに、それぞれの主張が強すぎず、パズルのピースのようにハマっている。モデルとかのオーディション受ければ受かるの確定だよなって顔。
だかしかし、どんなイケメンだろうと今は下着ドロだ。なんならモテるヤツ片っ端から逮捕したいけど。
「さて……警察に行くのと反省して2度とこの屋敷に入ってこないの……どっちがいい?」
明らかに優しめな二択だった。答えは一つに決まっているだろう。
「………警察」
まじかおい。
そいつは軽く涙ぐみながら、自らを投獄することを選んだのだ。どんな精神してんだよ、そこまでしてまた来たいのかよ。
「……それについてはおいおい考えるとして、」
いろいろと聞きたい事はあるが、まずは話を本題に向かわせる。
「……なんでこんなことしたんだ?」
聞くと、そいつは今度は顔を赤くし、軽く目を伏せた。
そして、消え入りそうな声で呟いた。
「……す、好きな子のものって……なんか、欲しくなっちゃうじゃん……」
「……!?……まぁ、そう、だな……」
まじか、こんなにも驚かされることがあるだろうか。……こいつ、声高いな。いや、それどころではないのはわかってるけれど、これは感じざるをえなかった。
不思議な声の高さと、その素直な言葉に驚かされながらも、俺は正気を保つ。
その言葉の破壊力をどうにか殺し、落ち着いて一呼吸おこうとする。
なぜって。
「好きな人」というワードが出てきた時、あいつの顔が浮かんだからだ。
そんなわけない。あいつとは、もうなんにもないはずだし、お互い忘れてるはずだ。だから、思い出すのもありえない。たまたま偶然、脳裏をよぎっただけだ。
頭を振り、今の気持ちを整理する。そして、今目の前の現実に目を向けた。
……ここはキッパリ言って、樹来くんは俺のものだとはっきり伝えておこう。
「あー……確かにその気持ちもわからなくはないが、やっていいこと悪いことの区別はつくよな?」
「……はい」
素直に返事をした。このまま行けば、説得はできるだろう。
「それに、あいつはどんなに可愛くても男なわけで……君のようなイケメンは、もっと自分を好きになってくれる女もいるだろうし……」
「………は?」
空気が変わったのがわかった。
これは、まずいかもしれん。
完全に、逆ギレモードだ。
「お前、それ、僕がどれだけあの子を愛してるかわかっての発言なのか!?わかってないなら今すぐ取り消せ!!男?そんなの関係ない!!僕が、あの子以外を愛せるわけないし、僕を愛してくれるのなら、あの子以外は嫌なんだ!それが例え……!!」
「は、葉月さん?大丈夫ですか……」
遅れて追いついた、腰タオル姿の樹来が到着するのと、そいつが叫ぶのは、ほぼ同時だった。
「たとえそれが、地のつながった兄弟だとしても!!!」
刹那の沈黙。
それを破ったのは、樹来だった。
「……な、ななな……なにやってんの、お姉ちゃん!!」
……ん?
「あーん、樹来ぃ〜、聞いてよー、このバカ男がね、僕と樹来との仲良しを引き裂こうって言うのよ〜」
「お姉ちゃんが勝手に、ぼ、僕の、ぱ、ぱぱぱ、ぱんつを盗ったからでしょ!」
「だってー、こっそり忍び込んで、一番樹来のニオイが強いものをいただこうとしたら……そうなるじゃん?あ、ねえねえ、そのタオル剥いでいい?」
「ならないよ!ていうか、僕のニオイって言うのやめてよ!あと、こ、この下なんにもないからやめて!」
……なんか、この事件、ある意味どうでもいいわ。
というか、別の事件起きてんだろこれ!
「な、なぁドロ……いやあんた。あんた、樹来の、なんだって……?」
「?聞いてなかったの?」
そいつは腰に手を当て、大声で、しっかりと声明を上げた。
「僕は、岸谷卯月!この岸谷樹来を愛でるために参上した、樹来のただひとりの姉だ!」
「……なあ、1つ、どうしても言いたいことがあるんだが、いいか?」
「「はい、どうぞ」」
さすが姉弟。息は合ってるな。
俺は一呼吸置いて、全力で今の気持ちを言葉にする。
「お前女だったんかいぃ!!」
え、なにこれ。超可愛くて天使のような男の子と、ひたすら欲に忠実なイケメン(メンではなくなったが)の姉の姉弟?
……嗚呼、神様。色々間違えてます。つけるものとか、ないものとか。
話が終わったと感じたのか、卯月は軽く首を回し、
「さて、じゃあ私はこれで!」
すばやくクラウチングスタートを切った。
否、切ろうとした。
卯月はなにかに足を取られ、その場で見事にすっ転んだ。
卯月は足元を確認し、「ひゃっ!?」と小さな悲鳴を上げた。
そりゃそうだよな。
足元見たら鬼の形相のお嬢様がくっついてんだもん。
「あなた……この水浸しの廊下はどうゆうことかしら……?」
「は?廊下……?………あっ」
卯月はシャワールームからそのまま逃げ出してきた。しかも、うずくまっていた状態から。体に、水滴じゃ済まされない程度の水がついているのは、仕方がないことだ。
「ていうか、よくみたらあなた、樹来のお姉様じゃないの。身内なら話は早いわ……」
弥生は卯月を、カエルを睨むような蛇の目で睨み、一言、言い放った。
「あなたには、今後2週間、この屋敷にでの掃除を命令するわ!逃げ出しなんて許さないから!」
「え、えぇ!?う、うそでしょ!?」
思わず声をあげた。他でもない、俺が。
「こいつと2週間、夏休み終わるまで一緒に仕事しろと!?冗談じゃねぇよ!!」
「フン!こんなに屋敷を汚しておいて、ただで帰そうなんて、甘すぎるわ!!見てみなさいよ!絨毯にはっきり足跡ついてるじゃない!」
「そ、そりゃあ酷いが……お、俺が全力で掃除するから!こいつと一緒の仕事だけはぁ!!」
「そーれーが、甘ったるいって言ってるのよ!下着泥棒と一緒に働くのに抵抗あるのはわかるけど、あんたも少しは楽になるのよ?」
そんな……。こいつがこの屋敷にいたら、俺が樹来と話せる時間、じゃれ合う時間、あんなことやそんなことをする時間が、ゴリゴリ削られるじゃねぇかよ……。つっても、あんなことやこんなことって、ほとんど仕事だけど。
「えへへ……樹来とー、一日中一緒でー、お仕事までできるなんてー……うへへへ……」
「ほら、卯月さんもこんなに喜んでるのよ」
何企んでるかわかったもんじゃないからとっととつまみ出してくれませんかね。
反省の色がないようなので、もう一言言ってやろうと思ったら、なにか可愛いものが俺の裾を引いていた。
「は、葉月さん……ちょっと……」
樹来が俺の裾をクイクイ引いて、なにか言いたげにしていた。俺は腰を曲げ、樹来の顔の前に耳を向ける。はぁぁ……樹来の息、あったかいなぁ……。俺も大概だな……。
「あ、あの、うちのお姉ちゃん、性格はあんなんですけど、本当に家事だけは大得意なんですよ。ですので、葉月さんの負担を減らすことが出来ると思いますし……絡まれた時は、ちゃんと対処しますから……ですので、お姉ちゃんをここで働かせることに、賛成してくれませんか……」
「卯月さま、これからよろしくお願いします」
「はや!?手のひら返し速くない!?何があったの……」
だって、樹来に言われたらねぇ……頑張って頑張らせるしかないっての!
「うん、よろしくね〜♪それじゃあ、私は何をすればいいかなー?弥生ちゃん♪」
あぁ……聞いててうぜぇ……。
卯月はまるで反省していないようで、ぱんつを握りしめたまま、弥生の頬をつんつんしていた。
……これは流石に、切れたようで。
「まずは、僕のぱんつを返してよぉぉ!!」
「あんたは今日は延々廊下の掃除じゃぼけぇぇぇぇ!!」
「え!?あ、ごめん、ふざけふぎぃぃいたたたたた!!ほっぺつねんないでぇぇぇぃぃいたたた!まって、指!逆に!逆関節で鋭角になってるからあぁぃぃぃたたたたた!!?い、樹来!?ま、まってまって折れちゃう!お姉ちゃん折れちゃうから!!今返すから!まって指を無理やり広げようとしないでぇ!」
………これから先が不安なのは、俺だけじゃないはずだよな……。はあ……賑やかな、疲れる毎日になりそうだ……。




