3日目:発展なんてしやしない。
雀のさえずりで目が覚めた。これを「朝チュン」とでも呼ぼうかと思考したが、そんな甘い日ではないことを悟り、諦めた。
……だって、目をうっすら開けたら、目の前に枕を振り下ろそうとする少女がいたら、まずおかしいとおもうでしょ……。
「……いつまで、寝てんのよぉっ!!」
そいつは、背中に回るほど枕を振りかぶり、全力で俺の顔にぶつけてきた。
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暦家の執事となって、二日目となった。こんな時、仕事をしっかり覚えきっちりこなす敏腕執事の血が流れてれば苦労は無いのだが。しかし、親父は明らかに小間使い程度だし、そもそも血筋の中にそんな素晴らしい人間などいなかったわけで、とどのつまり超疲れている。
いたって平凡だったはずの男子高校生に、大企業の社長宅の手伝いを1人でやれというのが無理があるんだよ、そもそも。終わったあとに主婦力めっちゃついてたらお前らのせいだからな!
とにかく、朝になったということは、俺の仕事の始まりでもあるわけで……
………ん?
「なぁ弥生、今朝何食ったんだ?」
時計を見ると、既に午前8時を回っている。こいつが起きていて、さらに「お腹空いた」と言っていない。ということは、朝食は済ませてあるということだろう。
まさかこいつに主婦力とか女子力とかがあるとは思えないし。自分から食事作ろうとしないあたり特に。
「あぁ、言い忘れてたわ。実は……」
弥生が何か言いかけた時、誰かが慌ただしくドアを開けてきた。
「弥生お嬢様っ!お時間ありますか?よかったらこれで遊びませんか?」
駆け込んできたのは、身長低めのメイドさんだった。クリッとした黒目。うなじ当たりまでの、身体の動きに合わせてぽふぽふはねる黒髪。スカートから伸びるすらっとした足。メイド服の上からも、華奢な体つきだと見て取れた。
「あ、ちょうどいいわね。紹介するわ。この子は岸谷 樹来。あなたと同様、臨時のメイドになってくれた、私の後輩よ」
「……いや、なんで同級生で飽き足らず、後輩まで呼んでんのさ……」
「あんただけじゃ頼りないからでしょ」
うっ……地味にキツイこと言いやがって……。
「あなたのお父様と同じように、どうも私を心配するお手伝いが、ちらほらいるのよね。そこで、あなたのお父様のした事をきっかけに、岸谷家のお手伝いさん、つまり樹来のお父様も同じ手を使った、ってわけ。」
なるほど……。いや、納得してはいけないのだが、このダメ女に不安感を持たない方が、お手伝いさんとしては失格である。
しかし、後輩……ということは、中学生とかそのへんか……悪くない。
「それに、この子とは昔から遊んでた幼なじみでもあるからね。そのへんはあんたと違って助かるわ。要領もいいんだから!」
自分の娘みたいに言ってるが、ただの幼なじみなんだよね?
「それじゃあ樹来、自己紹介をどぞーっ!!」
いつになくハイテンションだなおい。
紹介されると、樹来は背筋を伸ばし、両手を重ねて深くお辞儀をした。
「はじめまして、葉月様。ご紹介に預かりました、岸谷 樹来と申します。この約1ヶ月間、一緒に頑張りましょう!」
後半になるにつれて元気さが増してきた。どことなく、場の雰囲気に慣れるのが得意そうだな、という印象が湧いた。
「さて、それで、何の用かしら?樹来」
弥生は「これで紹介タイムは終わり」とばかりに手をぽんと叩くと、樹来の方へ振り向いた。
「あ、そうでした!旦那様のお部屋を掃除していたら、不思議な風船を見つけたんですよ!」
そこまで言うと、弥生へと1歩歩み寄り、上目遣いでこう言った。
「……良ければ、空いてる時間で遊びませんか……?」
「もちろんよっ!!いくらでも作れるわよそんな時間!!」
……あざと可愛いなぁ、樹来ちゃんは……。あんなの言われたら速攻ノックアウトだろ。
んでもってアイツはホイホイ予定を組み替えかねない ……チョロイなぁ、弥生は……。
「やった!嬉しいです!それじゃあ、こっちが弥生お嬢様の分で……」
弥生に箱を渡すと、今度はこっちに近づいてきた。
「これが、葉月様の分です!」
キラキラ笑顔で小さな袋を渡されてしまった。言葉より先にしっかりキャッチ。樹来の手を。
「ありがとう、大事に使うね」
「あ、はい……あ、あの、手を……」
顔を真っ赤にして言われてしまった。なにこれ可愛い。
受け取ったところで、一つ違和感を感じた。
「……ん?風船にしては小さすぎない………かっ……!?」
そうだとわかった時、頭の中をあるワンシーンが流れた。
……童貞を馬鹿にしてきたチャラ男が、俺に見せつけてきた、一つの小さなシールのような入れ物。
間違いなく、それだった。
それを知らせるにあたり、二つの選択肢が与えられた。
弥生に伝えるか、樹来に伝えるか。
だが、後者はすぐに破綻した。純新無垢な少女に、これについて細かく説明するとなると、精神的にも知識的にもキツイものがある。
となると、正しい答えはただひとつ―。
「弥生!それは…………」
すでに弥生は、袋を開け、手の上に落ちたそれを凝視していた。というか、呆気にとられていた。
弥生の手の中から、箱が抜け落ちた。それには、しっかりと『0.02mm』とプリントされていた。
見る見るうちに、弥生の顔が赤くなっていく。あぁ、さすがに理解はしてんのな。
その時、樹来の方をふと見ると、今にも膨らまそうと、そのゴム風船と思われているものを咥えていた。
「い、いぃぃい樹来ちゃん!?こ、この風船はね、あの、その……」
すぐに言葉は出てこないよな……すぐに出せるほど、それの魔力は甘くないぜ?
とふざけて考えたのもつかの間、弥生の口が開いた。
「も、もっと大人になってから使うものだから、もっと大きくなってから使おうね……」
なんかバリバリアウト臭がすごいんだが……。
言ってから気付いたのか、弥生もさらに顔を赤くしていた。
「ふぇ?そうらんれふか?……それじゃあ、また今度に致しましょう」
樹来は少し残念そうに、それを口から話すと、ゴミ箱に捨てた。よかった……間に合わなかったが間に合って……。
しかし、本当に純真で純粋なんだな……。しっかりもののんだろうが、なんだか骨が折れそうだ……。
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樹来は、仕事自体はしっかりきっちりこなせる人だった。俺が部屋の掃除をしている間に、彼女が大浴場の掃除をするなど、その場その場に合った行動をしてくれて、非常に助かっている。
今回も数々問題を起こしかけた弥生だったが、樹来のフォローもあり、ほぼ何事も無かったかのように1日が過ぎていった。
……いや、本当に経験あるんじゃないかってくらい。「先生にお出しするお茶菓子がなくなってしまったからどうにかして」って言われて、速攻で超うまいクッキー作れないよ、普通。女子力高し。
「ふぅ~、今日はなんだか坦々とモノゴトが進んだわ!ありがとう、樹来!」
昨日と同じく、風呂上りで寝巻き姿の弥生は、満面の笑みで樹来に感謝の言葉を告げた。
「い、いえいえ……こんなにちゃんとお仕事できたのも、葉月様のご指導があってこそでございます!」
顔の前で手をぶんぶん振りながら、顔を真っ赤にしている。なにこれ可愛い。
ていうか、どちらかと言えば、俺の方が教わること多い気がするんだがなぁ……。樹来の淹れた紅茶とか超美味かったし。
「へぇ、そうなの。なんか意外ね。葉月もありがとね」
明らかに対応の違うお礼をされた。……しないよりマシと捉えた方が、疲れずに済むだろう。
「さて、じゃあ私は寝るわね。お手伝いさんが2人もいるなら、私も安心して寝られるわ」
「おいそれ昨日俺だけじゃ不安だったってことかよ」
そう言うと、弥生にそれ以上言うなと言わんばかりに睨みつけられた。樹来にはバレたくないのか、ビビリだってのは。
「だ、大丈夫ですか?お嬢様、もし怖い時は、遠慮なく呼んでくださいね!いつでも傍にいることが、メイドの役目ですから!」
……うぉう、The.理想のメイドさんだなぁ……。バレたくないであろう相手の心境をまんまと見透かすとは…。なんか、憧れるわぁ……。養われてぇ……。
「うふっ、ありがとね。でも、心配はいらないわ」
「そうですか。わかりました!」
どことなく、成長を喜ぶような雰囲気が出ていた。いいお母さんになりそうだなぁ……。
「それより、貴方たちも疲れているんでしょ?はやくお風呂入っちゃってねー。それじゃあ、お休みー」
「おう、サンキュな。」
「おやすみなさいませ、お嬢様」
二人並んで弥生が部屋に入るのを見送る。ドアが閉まるのを確認し、ようやく顔を下ろす。
「それでは……弥生お嬢様のお言葉に甘えて、お風呂いただきましょうか?」
「おっ、そうだな。じゃあ、行くか」
俺らは横に並んで風呂場へと向かった。
……この時は、知る由もなかった。
まさか、あんな事がおこるなんて。
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暦家の大浴場は、言うまでもなく、デカイ。
なにせ、1度に数10人のお手伝いを入れるほどだ。必然的に、かなりの大きさになってしまう。
しかし、今は男女それぞれ1人ずつ。明らかに場所を持て余すだろう。
「じゃあ、俺こっちだから。また後でな」
なぜここだけ和風にこだわったのかわからないが、青いのれんを片手で煽り、中にはいる。
昨日入ってみてわかったのだが、ここのシャンプーだとか石鹸だとかは、いつも高品質のものを常備している。そのへんは、やはりさすが大手会社社長宅、と言うしかない。
さて、今日はなんのオイルのシャンプーを使ってみるかな……などと考えていると。
背中側のロッカーから、ごそごそと衣服を脱ぐ音が聞こえた。
「……あの、樹来ちゃん?」
「はい、どうなされました?葉月様」
いやいやいやいや、待て待て待て待て!!
「どうなされました?じゃないよ!ど、どうしてこんなところに……?」
「え?今日1日お世話になったので、お背中をお流ししようかと……も、もしかして、人に洗ってもらうのが、嫌いでしたか?」
「いやいや、それ自体は大歓迎なんだが……じゃなくて!」
後ろを振り向けないまま、ロッカーに叫ぶ形となってしまっている。
マズイ。かなりマズイ気がする。
この展開は……俺が俺でなくなっちまうかもしれない……!
「そんなことより、時間も時間ですし、ほら、行きましょ!」
柔らかい手に引かれ、風呂場へと誘われる。
突然引っ張られたので、足をとられてしまった。
「うおっ!?」
反射的に、目の前に現れた布につかまった。
が、それは効果を発揮せず、その布ごと地面に倒れ込んだ。
「ひゃあっ!?は、葉月様!?大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……俺は大丈……ぶっ!?」
つかんだ布は、樹来の体に巻いてあったタオルだった。つまり俺は、樹来のタオルを引き剥がしたことになる。
……やばい。色々マズい。
「わ、悪かった!す、すすすすぐに巻きなおし……」
その情景を見た時の、俺の第1の感想は―。
ある。
確かにそこに、ある。
「………えっ?」
間の抜けた声が出てしまった。
……ふと思い返すと、俺、今日実際1回も名前呼んでないな……。
「……岸谷、樹来……くん?」
すると、初めて呼ばれたのが嬉しいのか、より元気よく、
「はいっ!岸谷 樹来、暦家専属執事一家、岸谷家、長男です!!」
……マジか……。
ずー……っと女の子だと思ってた俺が、ずっと1日、妙に意識し続けてた俺が、なんだか馬鹿みたいに思えてきた。
「……えっと……男の子、なんだよね?」
「はいっ!」
「なんでメイドさんの格好を?」
聞くと、顔がだんだん赤くなっていった。
「や……弥生お嬢様が、この服しかないぞー、とおっしゃっていたので……」
そういうことか……こればかりは弥生ナイス。
てか、だとしても、慣れるの速すぎじゃないか、樹来くん。俺が起きた頃、普通に恥ずかしがらずにいたぞ。
「……さて、じゃあ、とっとと入っちまうぞー……」
たぶん今、今日1番元気出てない。
「そうですね…!じゃあ、行きましょう、葉月様!」
「あ、その様っての、やめてもらっていい?なんかよそよそしいかなー…って」
「そ、そうですか!それじゃあ……」
少し前を歩いていた樹来は、振り返り、笑顔を見せた。
「葉月さんっ」
「おう、それでよろしくな」
「はいっ!改めて、よろしくお願いします、葉月さん!」
無駄に広い大浴場へ、俺らは並んで入った。
樹来の件に関しては、あとで弥生にゆっくり説明してもらおう。
今日はもう、背中でも流してもらって、さっぱりしてから寝るかな。
3日目に入りました、ありがとうございます、瑞梨 擦女です。
まずは、すいませんでした。頭に浮かんだのがこういう話だったんです。まさかど下ネタに行くとは。自分でも想像してなかったんですごめんなさい。
さて、新キャラ樹来クンが参加してきたわけありますが、いかがでしたでしょうか。今後一層、可愛がっていただければ幸いです。
それと、今回を節目に、隔週配信を目標にしたいと考えております。1日2日の変動は暖かい目で見ていただいて、なるべく隔週配信。頑張ります。
では、また次のお話で会いましょう。
それでわ。 瑞梨 擦女




