2日目:お化けなんていやしない。
……明らかに、おかしいと思いました。
予定の管理については、それぞれの講師の先生に助けていただきながら、なんとかこなさせてやることはできた。
しかし。お茶のお稽古用の和服を用意しろ、ナイフとフォークの配置がなってない、ヴァイオリンの替えの弦を用意しろエトセトラエトセトラ…。挙句の果てには、暴れた馬を落ち着かせろなんてことも言ってきた。絶っ対に執事の仕事じゃねえだろ。
軽く死にかけながら1日の仕事を終えた俺は、ソファに深く沈み込むように座り込んだ。
「……はぁぁ…疲れる……。」
過去形でないのは、これからも疲れるであろうことが予想されるからである。本当に勘弁。
「ふぅ~、さっぱりしたぁ……。あら、なにしてんのよ?」
顔を上げると、風呂上りであろう弥生の姿があった。ピンクのキャミソールと短パンという、いかにも寝巻きといった格好だった。髪は後ろに一つにまとめられ、昼時は見られなかったうなじが露わになっていた。
てかお嬢様、俺が壊れたランニングマシンを気合で直してる間に風呂に……!許すまじ…。
「休憩ですよ、休憩……実質、今日ほとんど休み無しじゃねーかよ……。」
「当たり前でしょ!主のために、私のために、いつでも動き回る、それが執事でしょ?」
「ブラックすぎるだろ執事の世界……。」
「なんか言った…?」
「いえ、何も言っておりませんよお嬢様…。」
と言いつつも、正直不満で一杯な心境である。それぞれの用事と用事の間に、廊下(約700mはくだらない)の隅から隅までと、すべての部屋(お手伝いさんの宿泊室を含めた60部屋×3階層分)の掃除をやれだなんて、ふざけてるとしか考えられない……!この期間は1日1階層分でいいと聞かされて割とホッとしたが…いやしてはいけない気がするのだが……全部やれと言われた時はさすがに鬱になるかと思った。
「てか、あがったんだな、風呂。女の風呂って、なにげ長いから、俺が入るのが深夜とか日が変わってからとかになったらどうしようかと。」
「どんな心配してんのよ。私だって、気遣いくらいできるのよ?あなたが疲れてるだろうから、早めに入れてあげようとしただけよ。」
「へぇ、そいつぁどうも…。」
「へぇ、って、信じてないわね、こいつ!」
いや信じれるかよ。お手伝いさんを一斉に旅行に行かせてその分の労働をすべて同級生に押し付けるようなやつのいうことだぜ?
「まぁ、今はお手伝いさんたちが居ないことに感謝すべきかもね。時間に差はあれど、あんな多人数が大浴場に流れ込んだら、それこそあんたの入る時間なんてなくなってたかもね。」
「……まぁ、たしかにな…。」
そうだよな、皆さん住み込みで(こんな生意気な)お嬢様のお手伝いをしてるんだもんなぁ…そりゃあ大変……
………風呂に入るお手伝いさんが、いない?
瞬間、戦慄した。
「弥生ぃぃ!ちゃんと髪、顔、体!洗ってきたんだろうなぁ!?お前、まさかとは思うが、いつもお手伝いさんに風呂まで入れてもらってるんじゃねぇだろうな…!?」
「は!?何言ってんの、当たり前じゃない!私を誰だと思ってんの?」
良かった……どうやら大丈夫なようだ。最悪の場合、俺がこいつの髪とか洗ってやらなきゃいけないのかと……俺も洗ってやれそうにないけどな、こんな長髪。
「私がそんな恥ずかしいことするとでも思った?そんなお風呂のお世話なんて……。」
そう言うと、弥生は軽くうつむき、じわじわと顔、そして耳を赤くした。
「……小学校の、修学旅行の頃には、卒業したのよ……。」
「……どんまいだな、お嬢様。」
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午後11時を回った。既に街のオフィスビルはほとんど明かりを消し、その代わりホテル街が煌々と輝いていた。これを夜景というなら、きっと輝いているのはダイヤモンドのような女達……。
などとくだらないことを考えながら、ベランダの施錠を確認する。さすが大手会社の家なだけあって、なかなか高いところにあるというのに、手すりにつた一つ絡まっていない。手入れが行き届いている。
「はい、入口や窓を含めた、全部屋の試乗、完了しました。」
「ふん、ご苦労ね。一応礼は言っておくわ。」
お嬢様というかまるで女王だなこれは。トランプの騎士とか送り付けなければいいけど。
しかし、これでやっと今日の仕事を終われる…明日も続くのだろうが、それでも、いつも昼寝をしていた俺にとって、今日初めてのこの睡眠時間は、完全に癒しとなるだろう。
弥生に軽く頭を下げ、部屋をいそいそと出た。
否。
出ようとした。
ふと、寝間着用に支給された服の裾を引くなにかがいることに気づく。振り返ると、なにやらうるうるした目でこちらを見上げる弥生の姿があった。
「……なにしてんだ、弥生…。」
「……ま、待ちなさい!あなたには、まだ大事な役割が残っているわ!!」
なん……だと………?
夜……女の子……大事な、役割……2人きり……。
……悔しいが、16歳(童貞)の心は、たやすく跳ね上がった。
「な、なんだ、そりゃあ……言ってみろよ…。」
「え?……えっと、あのね……そ、その……。」
不思議と顔を火照らせる弥生。
自然と、鼓動が速くなっていくのを感じた。
「………お」
……お?なんだ、「お」から始まる単語…。
…ハッ!?まさかアレなのか!?こいつ、小さいことにコンプレックスを抱いてるんじゃないかとは思っていたが、まさか俺に大きくしてくれと頼むというのかチクショウこれから手洗えねえな!
「お屋敷の見回りをしてきて欲しいの」
ですよね。うん、知ってたよ、ちくしょう。
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懐中電灯一つで、屋敷を回ることおよそ20分。そろそろ眠くなってくるころである。俺が。
しかしあいつ、まさか怖がりだと思われるのが嫌であんなに恥ずかしがってたのか。意外と乙女なところもあって、ちょっとは可愛いなと思った。だが、見回り報告を済ませてから寝ろとか、可愛げもなく命令されちゃあ印象は元通りである。
掃除の時とは打って変わって、施錠してある部屋を見て歩く必要はありないと言われたので、少しは楽になっている。しかし、それこそ1寸先は闇という感じに長い廊下は、歩くだけで体力をかなり消費する。スタミナも、寝る前テンションということでかなり低い。そろそろ魔法石かこんがり肉必要なレベル。
それに、the・お金持ちという感じに、廊下に並べられた騎士の鎧やクロスされた剣。厨二心をくすぐられる品々だったが、眠気には勝てなかったよ…。
50分ほど経つくらいだろうか。ようやく全階層の見回りが終わった。思ってたよりかはずいぶん速く終わらせることができた。
ちょうど、弥生の部屋も見えてきた。とっとと報告して、さっさと寝てしまおう。そう思って、弥生の部屋へ1歩踏み出した。
その時だ。
カシャン。
という音が、後方からした。
この時、ダッシュで部屋へ向かっていたなら、俺はまだ大丈夫だったのかもしれない。だが、今回、俺は立ち止まってしまった。立ち止まらざるをえなかった。
なぜ、後方から音が聞こえたのか。
なら、正面からくる、あの鉄の塊はなんなのか。
答えを出す前に、俺はすぐさま右手の通路に逃げた。今度こそ後方から、先程より多い鉄の足音。だんだんと、その速さが加速していくのがわかる。
曲がり角を左へ進み、最寄りのドアを開けようと試みる。開かない。当然だ。さっき、俺が施錠を確認してしまったのだから。
ノブを回す音が大き過ぎたのだろう、一瞬止まりかけた足音が、こっちへ向かってきた。
足音のくる方向とは逆方向に走ろうとする。だが、目の前にそびえ立つ壁に気付かず、そのまま激突してしまった。
それは、壁なんかではなかった。
壁に飾られていた剣を、しっかり握りしめこちらへと振りかざす、鉄の騎士の姿がそこにはあった。
あぁ。ようやく理解出来た。
これは夢だ。ただの悪い夢だ。
頼む、早く。早く覚めてくれ……。
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「……そうよ、夢よ。」
「ん……知らない天井だ……。」
「なに寝ぼけてるのよ。ほら、もう朝よ。朝ごはん、速く!」
まるで状況がつかめない。俺は、騎士に殺されたんじゃ……。
後で弥生から聞いた話によると、俺は弥生の部屋の前で力尽き、そのまま眠ってしまったらしい。それを弥生がえっちらおっちら部屋まで運び、ソファに寝かせてくれたそうだ。
夢にまであの騎士たちが出てくるほどに、俺は厨二心をくすぐられていたのか…何か知らないけど、不覚。今度から、サキュバスの絵画でも飾っておけば、そういう夢が見れるかな。
「あ、そーだ!あなたにも見せてあげる!パパが送ってきてくれたお人形よ!それも朝一番に!」
朝食が遅れてもそれほど怒られなかった理由はそれか。ひとり納得していると、弥生はその人形を俺の肩にポンポン当ててきた。
「ほらほらー、はやくご飯作らないと、やっつけちゃうぞー!なんてねー、あはは!」
朝からテンション高えなぁおい。
「はいはい、今から作りま………ハッ…!?」
そのぬいぐるみを見たのが間違いだった。そのぬいぐるみは、某RPGに出てくる、「さまようよろい」だった。
膝の力が抜け、崩れ落ちていく。
「え!?ちょっと、大丈夫!?」
さすがにこういう時は心配してくれるのか…見直そうかな。
「あなたがいないと、誰が朝ごはん作るのよ!?」
……前言撤回。やっぱやめた…,
しかし、部屋に運んでくれたり、今気付いたが、布団をかけてくれたり…….。
しばらくこいつには、頭が上がりそうにない。
でも、これは、これだけは言わせて欲しい…。
俺は、昨日の夜、怖がってなんかなかったんだからな!
どうも、数週昆布り……おっと、数週間ぶりですね。瑞梨 擦女でございます。
夏ということで、2日目にしてはやくも葉月くんに怖い思いをしていただきました。ホラー的には、まだまだ軽いです。というか、軌道を間違えた感バリバリです。なんかすいません。
3日目からは、彼らのいつも通りの日常が再スタートしますので、お楽しみに。
では、また3日目でお会いしましょう。
瑞梨 擦女




