敵勢力圏からの脱出。その9
「敵艦隊も臨戦態勢に入った模様。左右に大きく展開し、こちらを半包囲せんと前進してきます。」
こちらよりも数の上では勝っている敵艦隊としては、定石のような作戦である。
ただ定石ゆえにいろいろと対策も練られている作戦でもあった。
「盾艦を用いる作戦は、まだ有効であろう。それらを使って敵の策を逆手にとってみよう。」
艦隊を矢印のような形の鋒矢の陣に組み替え、最前列に盾艦を整列させた。
「ほう。これは中央突破を謀るおつもりでありますな。実に私好みでありますな。」
「カミ大佐。ちょっと違うんだよ。でも、相手にそう思わせるところに意味はあるのだがね。」
「閣下。私にもその意図が計りかねます。作戦の内容をご教授願えませんでしょうか?」
「うん。敵の半包囲作戦を崩すだけならこのまま中央突破でいいかもしれないね。しかし、そんなのは先方さんも対策済みだろう。なら、敢えて危険を冒さずに相手にその対策とやらをさせて、その裏をかけばいいと思うんだ。」
「ほう。では、中央突破はおやりにならないのですね?」
「結果的にはやらない。ただ、やるぞ!…とは見せかけるのさ。そうすると敵は中央を下げつつ両翼を狭めてこちらの先頭を抑えにかかってくるだろうね。この場合、俺たちの艦隊の前線部隊に大きな負担がのしかかるだろうから、前線部隊を丸ごと盾艦艦隊に置き換えるのさ。」
「もしかして…敵の左右両翼が閉じてきたところを我が艦隊の後方に陣取っているナグモ、タカハシ両艦隊をもってさらに挟撃せしめるおつもりなのですか?」
「トイバタ大佐。今日も冴えてるね。それだよ。うまく機能してくれれば、こちらの被害を最小限に敵を撤退に追い込むことが出来ると考えたんだよ。」
ほう。と、二人の参謀は顔を見合わせて頷いた。
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「敵艦隊との相対距離およそ2.5光秒。間もなく射程圏内に入ります。」
「よし。前線の盾艦艦隊は斉射三連の後にシールド最大で最大戦速。後方の本隊はそれを援護しつつ前進を続ける。後方の2艦隊は、速度そのままで追随させよ。」
漆黒の空間に幾筋もの青白い光の帯が煌めき始めた。
敵の前面中央の戦艦達が激しい閃光と共に次々と弾けて消えていった。
こちらの意図を理解した敵艦隊は、中央の艦隊を後退させ始めた。
「前線の盾艦艦隊は、敵の両翼が動き出したら速度を下げよ。囲み始めるようなら微速にて後退を開始するように。」
先頭の盾艦艦隊に敵の砲火が集中し始めた。
通常の艦隊なら全滅の憂き目にあいそうなほどの苛烈な火力を叩き込まれている。
シールドを大幅に強化させている盾艦とは言え、少しでも気を緩めると撃ち抜かれてしまうほどの攻撃である。その隙間や後方より本隊からの援護射撃が入り、何とか保てている状態であった。
敵の左右両翼が動きだし、こちらを挟み撃ちにしようと迫り出した。
こちらの前線部隊も徐々に速度を落とし始めた。
まるで敵の勢いに押されて、行く手を阻まれているかのように。
それに呼応して、後退を続けていた敵の中央艦隊も攻勢に転じてきた。
「閣下。敵が釣れましたね。」
トイバタ大佐のその言葉には応えず、右手で制する形をとった。
――まだこちらの作戦が発動していない。ここからが正念場だな。
敵の両翼は更にその相対距離を狭め、中央艦隊は前進の速度を上げ始めた。
さすがに敵の圧倒的な火力のプレッシャーの前に、盾艦艦隊も徐々に被害を増やし始めていた。
前線の盾艦艦隊の後退速度が徐々に増し、後方の本隊や更に後方の艦隊との距離が縮まり、お互いの空間確保のために混乱を起こし始めていた。
少なくとも敵はそう思ったに違いない。
ここぞと三方向から殺到する敵艦隊は、勝利を確信したかのように包囲の輪を更に絞り始めた。
「そろそろ頃合いだな。ナグモ、タカハシ両提督に作戦始動の合図を出してくれ。」
こちらの後方の艦隊が、速度をあげながら後退してくる味方の退路を確保するかのように空間を譲り左右にばらけだした。
と、敵はそう思ったに違いない。
すると、後方の左右にはじき出されたかに見えた艦隊は、そのまま左右に移動を開始し始めた。
そして迂回をしながら、こちらを挟撃している敵の両翼の後背に回り込むことに成功したのであった。
「閣下。ここまでは上々でありますな。」
「そうだな。次はこの本隊を左右に振り分け敵の先頭を叩くぞ。」
逆にこちらから包囲攻撃を受けることとなった敵の左右両翼の艦隊は、もろくも崩れ壊走を始めた。
それに合わせ、敵の中央の艦隊も追撃を中止させて後退を始めたのであった。
「敵は後方にて陣の再編を図るのでしょうか?」
「どうだろうね。敵の損失の具合から考えると、そのまま撤退ってのもあり得るがね。いずれにしても警戒態勢のままこちらも陣形を整える。」
周囲に気を配りつつも全速で最後のワープ可能宙域に急いだ。
――思わぬ足止めを食らってしまった。母艦の方は大丈夫であろうか。
気が付けば戦闘開始より1日半の時間が経過していたのであった。