敵勢力圏からの脱出。その5
漆黒のキャンバスに青白い幾筋もの蛍光色の直線が描かれたような、幻想的な光景が眼前で繰り広げられていた。
短い発光と共に消え去る幾つもの点が、儚さを表現しているようであった。
「このまま敵右翼の正面まで移動するぞ。」
「閣下。敵の他の艦隊の動きがいささか解せませんな。」
「これは…これはあくまで仮定なのだが、敵には敵なりの戦いにおける美学のようなものが存在するのではないかと思うんだ。」
「武士道や騎士道と言った類のアレでしょうか?」
「多分ね。圧倒的有利な場面では寄って集っての攻撃を是としないのかもしれない。もっともそれだけではちょっと説明がつかないようにも思えるのだが…」
「プライド…つまり矜持のようなものでしょうかね?今私が戦っているのだから、君たちは手を出すな―的な。」
「カミ大佐。それかもしれないね。案外敵はロマンチストなのかもしれない。もっとも、今の俺たちにとっては都合のいい矜持ではあるがね。それだけに相手の気が変わらぬように俺たちとしては、相手の土俵にうまく乗ったふりを続ける必要があると思う。」
「ふむ。この矜持とやらは…大国ゆえのおごりともとれますな。閣下の仰るように我々にとってもこの上ない好機と相成っておるわけではありますが。」
「相手の思惑はどうであれ、俺たちは勝たねばならんのだよ。」
俺は全艦に更なる散開を指示し攻撃を続行させた。
その上で二人の参謀と協議して、ある艦隊運動プログラムを作成して全艦に送った。
こちらの散開に対して相手もそれに合わせてきた。
「各艦に伝達。艦隊運動プログラム甲を実行せよ。」
申し合わせたかのように正確に艦隊が動き出した。
このプログラムは自動操縦により、あらかじめ決められた陣形へ移るために、各艦の相対距離を測りつつ艦隊運動させるものであった。
散開していた部隊が、百隻単位にそれぞれ指定されているポイントで密集隊形をとり始めた。
「それぞれ正面にいる敵艦に攻撃を集中させよ。プログラムの行動が終了次第、艦隊運動プログラム乙に移る。」
それぞれの部隊が正面に火力を集中させ、敵をシールドもろ共吹き飛ばし始めた。
更に艦隊運動プログラム乙に移行して、陣形全体がガトリング砲のように時計回りに相対距離を保ちつつ回転を始めた。
次々とそして確実に数を減らされ始めた敵艦隊は、散開から密集隊形に移り始めた。
「遅いな。次の艦隊運動プログラム丙で決めるぞ。タイミングは俺が指示する。」
俺の傍らでは、既に次の戦闘への考察が二人の参謀によって進められていた。
敵艦隊が集結しつつ、こちらの中央部への火力を強化してきた。
それを見て俺は、艦隊運動プログラム丙を実行に移らせた。
こちらの艦隊の部隊が中央部から外側へ移動を始め、正面から見るとリング状の円柱の形に陣形を変化させた。
「そのまま前進せよ。敵を陣形の中央部に取り込むように包んでやれ。」
各艦、艦首をやや中央部に向けつつ前進しながら砲撃を強化させた。
敵は四方より襲い来る攻撃になす術も無く、撃ち減らされていった。
「敵が後退を始めたら、深追いはするなよ。次はあの最大数を誇る敵艦と勝負する。」
「閣下。あの艦隊は我々のほぼ倍の数ですよ。周りの小さいのから潰していく方がよろしいのでは?」
「確かにそれの方が戦果は稼げそうだね。でも、周り全てを倒せたとして…その時にあの大きな艦隊と対峙する余力が残っていると思うかね?」
「ふむ…確かにそれは厳しそうですな。閣下の言われるようにあの艦隊を倒してしまえば、タカハシ中将率いる分艦隊とナグモ元帥の残存艦隊を合計することで、十分に勝機はありますな。」
「その通り。しかし…あの艦隊に勝てたらの話だがね。」
☆☆ ☆☆ ☆☆
程なくして包囲されていた敵艦隊は、後退を始めた。
それに対して砲撃は加えていたが後を追わせなかった。
そのまま少し後方へ後退して、補給と休息の時間にあてた。
1時間後―
期せずして、敵の主力艦隊が前に出てきたのであった。
それに対し、シールド強化された艦を前列に並べ、その隙間から攻撃を仕掛ける戦法をとるべく陣の再編を図った。
「敵との予想接触時間は約20分後です。両翼を伸ばしつつ接近中であります。」
「よろしい。こちらもそれに合わせ陣の前面を左右に広げるんだ。射程に入り次第、敵の密集しているポイントポイントに火力を集中させよ。」
そう指示して俺は座席に腰を下ろし、参謀達の方に向き直った。
「厳しい戦いになるとは思うが、よろしく頼むよ。」
二人は無言で敬礼をした。
モニターに映る暗黒の空間の向こうから迫っているであろう敵の大艦隊に視線を向けながら。