敵勢力圏からの脱出。その4
艦を取り巻く空間が薄明るく揺らめいていた。
メインモニターには、その様子とワープ中であるとの表示。
更にワープアウトまでの時間と予想座標等の情報が表示されていた。
俺はワープアウトまでの小一時間を、二人の参謀を交えての軍議に費やすことにした。
「ワープアウト地点の座標は割り出せるのだが、宙域の地形までは分からない。敵が待ち伏せている可能性はどうだろうね?」
「それについてなのですが。先達て閣下が仰っていたように、敵の索敵網が優秀であったとしたら。待ち伏せている可能性は大いにあると思います。」
「そうなると、我々には対処のしようもありませんな…」
「その通りだね。しかし、初弾を防ぐことはできるかもしれない。このワープ空間においては対ビームシールドをあらかじめ展開させておくことは出来ないが、ワープアウトと共に展開させることが出来れば…何とかなるかもしれない。」
「その手しかなさそうですな。もっとも、敵がこの手で来ない事を祈りたいですがね。」
「いずれにしましても、閣下。もしかすると我々は、数の上では何倍にも値する艦隊と相対する事になることは覚悟しておかねばなりませんね。」
「ふむ。その点は相手のテリトリーに入る時点で覚悟はできているよ。それも懸念材料だが、やはり時間の制約が一番の難題かもしれないね。」
「我らが母艦の事でありましょうか?確かに位置を捕捉されれば、直ちに艦隊を差し向けてくるでしょうな。駐留艦隊を1万隻ほど残して来てはおりますが…なにぶん人材不足故…」
「閣下。率いる将の居ない艦隊など何の役に立つとも思えません。いっそのこと今からでもそれらを呼び寄せましょうか?」
「いやいや。それでは本末転倒になろう。俺たちが意気揚々と凱旋しても帰る場所が無くなっているのではな。両人の懸念はもっともであるが、俺に一つの考えがあっての事なのだよ。本当はこの手は使いたくはないのだがね。」
☆☆ ☆☆ ☆☆
「閣下。ワープアウトまで1分をきりました。以後はカウントダウンに入ります。」
メインモニターに残り時間がカウントダウンされていく様子が映し出されていた。
「トイバタ大佐。例の作戦は全ての艦に通達済みなのだね?」
「はい。各員所定の位置につき構えております。それにしましても指向性電波はワープ中でも使用できるとは便利でありますな。」
10…9…8…
カウントダウンが進むにつれ総員の緊張が相対的に高まってくる。
息苦しい雰囲気の中、それぞれ神経を研ぎ澄ませていた。
メインモニターが一瞬眩く光ったと思った途端、漆黒の空間が映し出された。
ワープアウトしたようだ。
各艦一斉にシールドを展開させた。
次の瞬間、四方八方から青白い光線の束が襲い掛かってきた。
「やはり、おいでなすったね。全艦後退しつつ散開させよ。」
シールドで敵の攻撃を弾きつつ後退を始めた。
尚も四方よりの攻撃は断続的に続いていた。
「トイバタ大佐。敵艦隊の数と位置を割り出してくれ。カミ大佐。君は反撃のポイントを探ってくれ。」
「はっ!」
二人はそれぞれ作業に取り掛かった。
――俺なら初弾で壊滅させれたな。敵は細かい計算をしないのだろうか?
――結構な数の艦隊が集まってきている割には弾幕が薄いようだが…
――まあ、俺たちにとって吉となっているので良しとしよう。
「閣下。敵艦隊の詳細がでました。確認できる限りでは5つの艦隊がおるようであります。最大の艦隊で1万5千隻ほどで、あとは数千隻の艦隊であります。」
「ご苦労さま。それにしたって俺たちの3倍以上はいそうだね。」
「閣下。反撃のポイントなのですが…正直言ってうまくつかめないのです。」
「やはり、あの敵のこれ見よがしなまでの動きの鈍さが原因だね?」
「仰る通りであります。もっと積極的に攻勢に出てきてもらえれば、逆に反撃の糸口もつかめるのですが。」
――そうなると、考えられるのは2つだな…
「では、相手の出方を見て判断するとしようか。トイバタ大佐。メインモニターに敵とこちらの位置を示してくれるかい?」
「はっ!」
敵は正面に大きいのが一つ、九時方向十時半方向にそれぞれ小さいのが一つずつ、三時方向一時半方向にそれぞれ小さいのが一つずつの計5艦隊であった。
「俺たちの後退の速度の方が若干速いな。このまま後退と散開を続け、左右方向に陣形を広げる。1光秒ほど下がったところで敵の右翼に攻撃を集中させる。」
――ここまで攻撃に積極性がないのはどういうことだろう?
――しかも、包囲網を敷く時間的余裕と数量的な余裕はあったはずである。
――敵の司令官が余程無能なのか、或いは…いや、これはあまりにも馬鹿げているが…
後退を終えた艦隊は、一斉に敵右翼への攻撃を開始した。
が、敵は意外と堅く、こちらの動きを予想していたかのように攻撃を弾いていた。
更に陣形を変えつつ応戦を開始してきたのであった。
しかし、俺は物凄い違和感を感じた。
他の艦隊が連携して動こうとしていないように見えるのである。
その違和感が、俺の「馬鹿げている」考えを確信へと変えていくのであった。