敵勢力圏からの脱出。その11
「閣下。間もなく目的座標に到達いたします。減速に移行いたしますので、念のため座席に体を固定してください。」
全艦減速準備に入っていた。
何しろ亜光速航行自体が理論上でしか証明されていなかったのである。加速時には重力コントロール装置はまともに作動してくれたが、減速時もそうなるとの保証は一切ないのである。
案外危険な賭けだったのかもしれない。
加速時もそうであったが、装置のおかげで艦内は至って平穏な状態であった。多少ガタガタと振動がある程度で、それでも気にせず談笑しながらコーヒーを飲んでいられるほどである。
減速が進むにつれて、メインモニターに映る前方宙域の風景がみるみる見慣れた元の状態に戻っていった。
減速時も重力コントロール装置は安定して作動しているようであった。
「それにしても我が国の技術力はたいしたものだね。安心して身を委ねていられるよ。」
「まったくですな。もっとも失敗しても瞬間的にぺっしゃんこになるだけですから。痛みも恐怖も感じる暇もないでしょうがね。」
カミ大佐は、そう言うとガハハと大笑いした。
俺とトイバタ大佐は苦笑いした。
「レーダーに感有り!前方10時の方向に母艦のものと思われる反応があります!」
オペレーターの報告に艦内に緊張が走った。
「10時方向か。予定の宙域から少し逸脱しているな。母艦の映像はまだでないか?敵艦隊はまだ捕捉できないのか?」
「はっ!今のところまだ捕捉できておりません!母艦の映像出ます!」
メインモニターにウィンドウが開いて、そこに母艦が映し出された。
「おお。無事な様子だな。」
母艦健在を知り一同から安堵の声が漏れていた。
それにしても――
敵艦隊は数日も前に到達していたはずなのだが…
いくらアキヤマでも数倍の艦隊相手に、この短期間では無理があるだろう。
「そろそろ母艦と通信出来ないか?」
間もなく母艦との通信回線が繋がり、やはりアキヤマ艦隊が敵の大艦隊を壊滅させたとの報告が入った。
「驚きましたね。アキヤマ提督はどのような魔法を使われたのでしょうか?是非ともご教授頂きたいものであります。」
トイバタ大佐は素直に感心している様子であった。
「俺も大変興味がある。帰還したら君たちも私と一緒にアキヤマの所に訪問してみるかい?」
「是非ともご一緒させてください。」
カミ大佐とトイバタ大佐は同時に声を発した。
こういう時は性格の違う二人の息が合うようだ。
☆☆ ☆☆ ☆☆
母艦の前方部分、船体のあちらこちらに無数に開かれたゲートに各艦が吸い込まれるように入っていった。
その先は軍事港になっており、各艦それぞれにドック付きの港が宛がわれており、コンピューター制御にて効率よく入港していった。
先の会戦により、ナグモ艦隊は約8千隻の損失を出し、俺の艦隊も2千隻の損失を出していた。
その為に軍港のあちらこちらに空きが生じていた。
未帰還の戦艦のドックはお通夜のように静まり返り、遺族たちの悲しみが渦巻いているようにみえて、俺はそっと目を背けるように俯きながら歩いていた。
「凱旋帰還と申しましても、毎回無傷で…とはいきませんからな。勝っても負けてもこの光景には慣れませんな。」
俺の様子を慮ってか、珍しく神妙に面持ちでカミ大佐が言った。
「はい。今回は我々の艦隊も含めまして遠征隊の約半数が未帰還となりました。こうなってくると例の艦隊編成案がますます支持されてきそうでありますね。」
「ああ。艦の無人化ってやつだね。AIに操艦されるんだっけ?あとは指向性電波を利用した旗艦一括コントロールシステムだったかな?いろいろと問題がある内容だが…物は資源さえあれば無尽蔵に作り出せるが、人員はそうはいかないからね。」
「ええ。現在でも1艦当たりの乗員はかなり少なく設計されておりますが、平均して20~30名程の乗員がおります。今回の戦死者数も250万人にのぼるとの事であります。」
「同じ理由で、近接戦闘用の小型攻撃機の案もずっと100年以上棚上げ状態でありますな。」
俺たちは数世紀にわたって、同じ議論を延々と続けてきたのである。
軍部、技術開発部、総司令本部との折り合いをつけながら、なんとか戦ってこれた。
しかし、ここにきて人的資源が限界点に達しようとしていた。
と言うのも、今までは宇宙防衛軍エリアの人員のみでまかなってきていたという側面があったからである。
おそらく次の会議では、一般居住区などからも広く人材を集める事についての議論も出てくるであろう。
先のことを考えすぎると眩暈がしてくる。
――とりあえずは久しぶりにコマチ姉さんとボタンの待つ家に戻り、心身ともに休むようにしよう。
――アキヤマの所へは、その後でいいだろう。