第百二十五話 金色の山ができました──出頭を促されたようです
ガノアルクの屋敷で一晩を明かし、昼ごろまで滞在していた俺は夜にジーニアスの学生寮へと戻っていた。
そして──。
「……ヤベェよ。これどうしようか」
床の上に積まれた『金貨』の山に、俺は頭を悩ませていた。
「さすがに寮の金庫には入れとくにはちょっと多すぎるよなぁ」
腕を組んで唸っていると、部屋の扉がノックされる。
誰かと思い扉を開けば、アルフィが立っていた。
「お、どったの?」
「『どったの?』じゃねぇよ。昨日にいきなり人を叩き起こしておいてまったく」
アルフィがムッとしたような顔をするも、気を取り直すように小さく息を吐く。
「ラトスにはもう会ったか?」
「いんや、まだだけど」
明日に学校で会えばいいと思い、まだラトスには会いに行っていなかった。
「そうか。帰ってきたばかりだから知らないか。……少し話があるから入っても良いか?」
「ああ、いい──」
『ちょっと待て。今はヤバくね?』と脳内に閃いた時には、アルフィはすでに扉に手をかけ部屋の中に入ってしまっていた。親友ゆえの気軽さが悔やまれた。
アルフィは中に足を踏み入れてすぐさま足を止めた。彼の目のはバッチリと、床の上にうず高く積まれた金色のお山が映っていた。
「あっちゃぁ」と額に手を当てている俺の胸ぐらを、アルフィが必死の形相を浮かべながら掴み上げる。
「今すぐ出頭しろ」
「予想はしてたがいきなりで理不尽すぎねぇかなぁ!?」
「たとえ相手がどうしようもないクズ野郎だったとしても、こんな大金をパクったって話になったら窃盗罪で捕まるぞ!!」
「人から分捕った前提で話を進めるのはやめれ!!」
「お前たまにやってるだろ!」
「やってるけども!」
いちゃもんつけてくる阿呆をボコって、迷惑料に有り金をふんだくることは確かにある。
扉を半開きにし躰も出ていたので、大声が辺りに響く。近くの部屋の扉が開き『何事か』と生徒たちが顔を出した。だが、俺たちの姿を確認するなり『ああ、またか』と合点がいったように顔になり特に何も言わずに部屋に戻っていた。ある意味信用されているようだ。
自分が大声を出していたことにようやく気がついたアルフィは、渋々と俺の胸ぐらから手を離し部屋の奥へと引っ込む。俺も続いて扉を閉めて中に入った。
俺たち二人の目の前には、やはり金色の山脈が佇んでいる。
「で、実際のところこいつはどっからきたんだよ」
アルフィが金貨の山を指差して厳しい口調で問いかけてきた。下手にごまかしても拗れるだけだし、俺は頭を掻いてから包み隠さずに答えた。
「収納箱の中にあった金貨に、めぼしい魔獣の素材とかを全部狩人組合に全部売り払ったら……こんなになっちった」
分量でいうと、元々持っていたのが三割で魔獣の素材を換金したのが残りの七割。
組合に頼んだら。応対してくれた職員があまりの額に白目を剥いていた。俺もそれを聞いてやっぱり白目になった。想像の五倍くらい高かったからな。
「何をどう売ったらこれだけの額になるんだよ」
「結構苦労したのとかあったからなぁ」
「ワイルドベアを『ちょっと一狩り』ってノリで倒せる奴が苦労するレベルって……」
「多分、お前も一人でいけると思う──余裕こいてると死ぬけどな」
「この学校にいる生徒で、魔獣相手に生死を分けた戦いやらかしてるのはお前くらいだよ」
頭痛をこらえるように眉間を指で揉みほぐすアルフィ。
「けど、どうしてわざわざ収納箱から取り出したんだ? 別に入れたままでも構わないだろ。ん? よく見たら金貨以外も結構あるな」
金貨の山のそばには、菓子が入った袋や小物が入った木箱等が散乱している。そのどれもが、収納箱の中に入っていたものだった。
俺が頭を悩ませていたのは、こいつらのしまう場所だ。換金できそうなものは全て金貨に変えたが、換金できないような貴重品もそれなりにある。全てを寮の部屋に置いてある金庫にしまうことはできなかったのだ。
「……収納箱に整理整頓って必要なのか?」
「ま、中身を確認するって意味では必要かな」
収納箱のペンダントを握りしめて念じれば、収まっている物の一覧が頭の中に浮かんでくる。なので、厳密に言えば確認する必要もない。
不必要な物を全て金に変えたり、収納箱の中身を全て取り出した本意は別にある。けれども、それをアルフィに言う必要はない。
これはあくまでも俺と──ラトスの問題なのだ。
可能であるのならば、ラトスにだって伏せておきたい。だからアルフィに言うわけにもいかなかった。
「……お前が言わないなら無理には聞かないけど」
気心の知れた間柄だけあり、俺が隠し事をしているのはアルフィにも伝わっている。それを承知の上で、あえて問いただしてこない親友の気遣いに心の中で感謝した。
「で、アルフィの用はなんなんだ?」
金貨の山を室内とはいえ放置しているのはまずいので、一旦は他の雑貨類とともに収納箱の中に収納していく。
「リース。お前最近ラトスとなんかあっただろ」
最近のラトスの様子がおかしいのはアルフィだって知っていたはずだ。そこに来て昨日の朝にラトスへの言伝を頼むために叩き起こしたのだ。気がつかない方がおかしい。
「……色々とあったけど、今は言えない」
何かがある事実は認めつつも真相は口にしない。遅かれ早かれ伝わるだろうが、現段階では秘密にしておかなければならない。
「……もう一度聞くけど、ラトスにはまだ会ってないんだな?」
「少し前に帰ってきたばっかりだってのに」
寮に戻ってきて最初に顔を合わせたのがアルフィ。それ以外の人間とはまだ喋っていなかった。
「だったら、知らなくて当然か」
「は? 何がだよ」
勿体ぶっているアルフィに俺は先を促した。
少しの間を置いてから、ラトスが真剣な顔を俺に向ける。
「お前が帰ってくる少し前に、ラトスが『決闘』を申し込んだ」
「…………………………………………いやちょっと待てよ。それって」
この状況で、ラトスが闘いを挑む相手など一人しか考えられなかった。
「御察しの通り。ラトスの決闘相手は『テリア』だよ」
何やってんだあの破城槌!?




