第51話「エンディングは目の前に。でも、それは……?」
俺の体が薄ぼんやりと光り始め、白い胞子のようなものが浮かび上がり始める。
状況についていけない俺を置いて、次々と目の前にいた存在の姿が消失していく。
守護神・ガーディア。安楽さん。桜田。そして、弄月と三鷹。
体の感覚が遠ざかり始めている俺の前に残ったのは、目を見開くライとマリ、そして、俯くアズだけだった。
「あぁ、これ。日本に帰るってことなのか」
確かに目的は達成した。
ならば、帰ると言うことになってもおかしくはあるまい。
「……そ、そんな! クレァさん! 帰っちゃうんですか?」
「う、うん。まぁな。あ、あぁ。大丈夫大丈夫。すぐに戻ってくるって」
悲しそうにするマリに一瞬わけがわからず動揺してしまった。
またいつでもこっちに戻ってこれる。
だから俺的には『打ち上げくらいしたかったなぁ』くらいの感想しかなかった。
そんな簡単に考えていた俺に、アズがニッコリとした顔を作って言葉を投げかけて来た。
「おめでとうございます、マスター。神を超えしあなたこそ、至上のお方です」
「あ、あぁ、ありがと」
なんだ。
なにか、おかしい。
アズの様子が、どうゆうことだ。なんだ、なんなんだ?
「目的達成により、マスターは日本へと強制送還されます。送還にあたり、この世界で起こったこと全ての記憶の剥奪が行われます」
「………………え?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ど、どうゆうことだよ……記憶の、剥奪? え?」
「…………」
ニッコリとした仮面が我慢の限界に押しつぶされたのか、ついにアズの顔がくしゃりと泣きそうな顔になる。
「……すみません……すみません、マスター。私は、マスターに、隠していたことがありました……」
そのアズの言葉に息がつまる。
何かを言いたい筈なのに、何をどうすれば言葉が出るのかわからない。
「……以前、私が、時間等は気にしないでいいと言ったことはお覚えでしょうか?」
「も、勿論……」
だからこそ、この世界で俺は何ヶ月と生活したのだ。
それの何がおかしいのだろう。
「時間を気にしなくていい理由は、今、日本の時間はマスターがこの世界に来た時間から停止しているからです」
時間停止? そうだったのか。あ、あるよね。ス○ンド的な。
「マスターが日本のご自分の場所に戻るとき、世界の時は逆転し、その時から今ここまでのすべての記憶が、巻き戻され零に帰ります」
絶望というのは、まさしくこのような感情を言うのだろう。
頭の中が真っ白だ。記憶が、無くなる?
今日までの、大切な、すべての記憶が?
「なん、で…………なんで言ってくれなかったんだよ……アズ!!」
「何度も、何度も言おうと思いました。でも、もしそれを言ってしまわれたら、『貴方はきっとこの世界にずっといようとするでしょう』」
「当たり前だろうがっ!!!」
「だからです」
記憶がなくなるなんてことがあるんだとしたら、この世界にずっといようと思って何が悪い!!!
「あっちじゃ俺は何もないんだよ! あんなクソみたいな世界で生きてたってなんもないんだよ! だからこの世界に来たかったんだ! 何もない、何も持たない、何もくれない、俺にとってあそこは、孤独と否定と悲しみしかない世界なんだぞ!!」
「それでも貴方が生きる世界ですッッ!!!!!!!!」
気づけば涙を流していた。
俺の痛みを言葉にして無理やりに叩きつけた。
返答は、俺以上に感情が込められた言葉だった。
アズを見れば、アズも同様にぽろぽろと涙を流し続けていた。
プルプル震える手を裾を握りしめることで必死に抑え、嗚咽を漏らすのを唇を噛んで堪えていた。
「……あ、アズ」
「貴方が生を受け、貴方という存在が生きた世界です!! 帰らなくてどうするんですか!!!!」
でも、でも、俺は……
「最初は、嫌われればいいって簡単に考えてました。どんなに仲良くなっても、私のことを嫌いになればマスターがちゃんと帰れるって。
でも、無理でした。マスターが私に笑いかけてくれるたびにその思いは揺れ動き続けて。嫌われたくありませんでした。
おかしいですよね。…………だって私……システムなのに…………マスターを最大限サポートする……システムなのに…………自分のことを優先しちゃったんです。マスターが傷つくことを、知らぬふりして承知して、それでも、……我が身可愛さに……」
「俺が、お前を嫌いになんて、なるわけないだろ」
「何度記憶のことを教えてしまおうかと思ったことか。何度、マスターとずっと一緒にいられるならって……ずっとずっと悩んで悩んで、もう言っちゃおうかな、なんて思ってました。昨日のお布団のなかで、言おうと決意してたりなんかもしてました……」
「…………なんで、言わなかったんだよ」
「マスターのせいですよ?」
震えるアズの声が戯けたようにすこし軽くなる。
「マスターが、止まりたくないって、もう逃げないって、本心に嘘はつきたくないなんて、言うから。私考えちゃったんです。
私のしていることは止まることじゃないのか。逃げではないのか。本心は、どうなのか。
逃げない、後悔しない選択。マスターを自らの我儘で縛り付けることなんかじゃないって。
マスターは、帰るべきなんです。そう、思ったんです」
アズが俺のことを思ってくれていることはよくわかったよ。
でも、消えちまうんだぞ…………お前はそれでも、いいのかよ……
「でも、ずっと一緒にいたいって思いも本心です! だから、それからも逃げません! なぜ二択を迫られて、どちらか一つしか選べないのでしょう! 私は欲張りです、二つとも諦めない!絶対に思い出してもらいますから!」
「はぁ?」
「私はマスターのために作られた、マスターのためだけの存在。きっと、いえ、絶対に、貴方を離しません! 貴方の元に行きます! 絶対に、なんとしてでも!」
わかる。アズは自分で自分の言葉を信じきれていない。
どうすると言うんだ。俺の願いから生まれたお前は、俺の記憶が消えたらどうなるかわからないんだぞ。
「それでも、私は……私達は! 貴方の元へ参ります!!!」
ライとマリがうなづく。
「向こうに戻ったら、返事。聞かせてくださいね」
アズの作り笑顔が、こんなにも胸に突き刺さったことはない。
頼む。
笑ってくれ。
お前には、笑っていて欲しいんだ。
お前の手を握って、笑顔にしてやりたい。
でも、俺の体はもうない。
だから、せめて、今できることで、なんとか、
「…………………………………………ったい、だ」
「……え?」
「絶対にだ! 絶対に来いよ! 来なかったら、ゆる、ゆ、許さない!! 許さないからなぁぁあ!!!」
バカ野郎。
相手を笑顔にさせたいのに、自分が泣いて、どうすんだ。
励ましたかった。
それでも結果がこれか。
俺の全力だったんだがなぁ。
もうほとんど体の感覚が無い。視界もほとんど白に塗りつぶされている。
もうあまり、声が聞こえない。声が出たかもわからない。
通じた、だろうか……
「はい………………はいっ!!! 仰せのままに! マスターッ!!!」
「任せろ……友よッ!」
「はい! 私、わた、わたしっ、もっ、ぜったい! ぜっ、ぜったいの、ぜったいの、ぜったいです! だから、またもう一度ッ!!!!」
三人の声が、何故だか鮮明に響いた。
「さよ…………ならじゃ…………ない……ぞ…………また、……また、絶対に
お前……たち…………と、で………………出会う。…………なんと、して……でも………俺の
ち、……ちっぽけな力を…………振り絞って……ぜっ…………た……い………………
忘……………………………………れ………………な…………………………………―――――――――」
バシュンッッッ!!!!!
ザザーーーーー、ザッ…………ザ、ザッ…………ザーーーーザザザーーーー……ザッッッ
ブツンッ!!!!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「うわぁ!!!」
叫び、体が起き上がろうとし、その勢いのせいでソファから崩れ落ちる。
「いっつつつぅ……」
頭を抑え目を瞑り。
まぶたの奥に、ポニーテールの女の子の影がぼんやりと映ったような気がして……
ブチリッと音がなり、電源が落とされたテレビのように真っ暗になる。
ゆっくりと目を開けて……散らかった自分の部屋を見渡す。
「あれ? 俺………………」
「なにしてたんだっけ?」
ついに、忘れてしまった主人公。
今までの人生の中で、最も輝いていた時間を奪われた彼はいったい……
次回、最終話ですッ!!!




