第32話「今なお躍動する都市。加賀瑠璃の過去」
「なぁ、光の使徒様?」
挑発するような口調の俺に
どこか諦めるように、俺の胸ぐらを掴んでいた腕を下ろし、頭首を垂れた。
「……スター。お前は見たんだな……あいつの能力で俺の、俺の過去を」
「うんにゃ。見てねぇよ。ただ知ってただけ」
おいおい、そんな信じられないような顔をするなよ。
「前にも言ったろ? 俺は別の世界から、この世界のことを見てきたって。
それには勿論、お前のことだって入ってるさ。
この世界で俺に隠し事ができるやつなんて、出番が一話の何分ぐらいしか出てこないかませだっていねぇよ」
「そうか……やはり、俺には……」
「しけた顔してんじゃねぇっての」
ぐにーっとライの頰を両方に引っ張りぐにぐにと動かす。
お前のことは知ってるさ。
でも、だからなんだという話になる。
たとえこの世界ではお前は禁忌された存在だとしても
別の世界から来た俺には関係のないことだ。
「あの……どういうことなんでしょうか?」
全く状況についてこれていないマリと弄月が説明を求めてくる。
チラリとライに視線を送ると、まだ呆然としている顔に少し理解が宿り、コクリと頷いた。
「じゃぁ説明するけど。結構長い話になるから。まずこれだけは言っておく。
一旦『陰陽のカード』の旅は中止。
そして目的地を変更。
新たな目的地は、今は亡き世界最高の発明家『リンゴ・アダム』が残した伝説の改造都市『エデン』だ!!」
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「お前らは知ってるか? 『神殺しの兵器・フォールン』。神を殺すという禁忌を名目に置いた、改造人間のことを」
「はい、有名な話ですから。今はおとぎ話にもなってますよね。でも実在したっていうのは初耳です」
「あの都市は確か、神の怒りの一撃により滅びた、となっておったでござるが。まだあるのでござるか?」
「ある。ただ、半分滅びているという感じだが、今でも研究は続けられている」
「なにっ!?」
またライが掴みかかってきた。
ああ、そういやライは勘違いしてたんだっけか。
「お前が母親を殺された恨みにあそこを崩壊させた。それは確かなことだ。
だが、一人で全てをなくせるなんて思わないことだ。
そういう奴らは大概命を狙われることが日常茶飯事なんだから、隙間くらいいくらでも用意しとくだろう」
ライが滅ぼしたという言葉を聞いて、二人がギョッとする。
「そして、ここからが重要だ。ここにいるライが。その研究所で唯一の『成功サンプル』。
名状で『光の使徒』と名付けられたこいつは、プログラムナンバー001・コードネーム『Resentment』。神殺しのために作られた兵器さ」
二人は空気についていけないのか話についていけてないのか、完全に思考停止している。
口をあんぐり開けたまま動かない。
でもまぁちゃんと聞いてるようなので話を続ける。
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俺が初めて見た景色は、緑色に染まる視界から見えた女性の嬉しそうな、それでいて悲しそうな顔だった。
ばりんと音が鳴り、バシャバシャと耳障りな音と共に、耳に残っていた気持ちが悪い感覚が抜ける。
それにより、視界が緑色だったのは水槽の中に充満していた水が緑色だったからと悟った。
白衣の女性は俺に抱きついて『よかった』だとか『頑張ったね』だとか、そんなことを涙ながら叫んでいた気がする。
正直、まだ耳がよく聞こえなかった。
それから俺は部屋に移され、服を着せられ、鏡の前に立たされて、ようやく自分が男で10歳くらいの体つきをしていると知った。
その後また白衣を着たさっきの女性が俺の前に現れて、俺の母親だと言った。
『どうしたの? お母さんだよ』などと付き添いの人に言われるから、覚えてないとはっきりと言った。
女性は一瞬悲しそうな顔をしたものの、『生きていてくれたのだから大丈夫。それ以外は望まない』と呟き、パンパンと痛そうに顔を叩いて、俺に笑顔を見せた。
そして彼女は、俺にいろいろなことを教えてくれた。
彼女の名前は、『加賀瑠璃 美里』。俺の母親だったが、つい先日俺に行われた実験とやらで、俺は記憶を失ってしまったのだと語った。
俺の元の名は、もう使ってはならないとじょうそうぶとやらに言われているようで、『リセットマン』からとって、『セット』と呼ばれていた。
彼女は優しかった。俺に偽りの無い本気の愛情を注いでくれた。
俺は記憶が無いけれど、でも、この人が本当の母親なんだとわかった。
幸せだった。
俺と話してくれるのは美里だけで、ほとんど毎日一日の半分以上はけんさというやつで、いろいろな大人にいろいろなことをさせられていたけど
幸せだった。
心から。
でも、ある時、夜トイレに行こうと廊下を歩いている時、部屋から妙な話が聞こえてきた。
聞きたくはなかった。
聞いてはいけないことだった。
俺は本当は人殺しの兵器で。神殺しの兵器で。
世界から禁忌される存在で。
それが終わったら、絶対に生きていてはいけない存在で。
そんなことを話していたが、俺の心に衝撃を与えたのはそんなことではなく、ある言葉だった。
『アレが完全にあの女に懐いて、あの女に完璧に依存した時、それと同時にあいつを鍛え、それなりに強くなった後、
『あいつ自身の手であの女を殺させることで』
アレは完成する』
あの女。
それが美里のことであると理解した。俺が依存する対象など、彼女しかいないのだから。
それと同時に怒りを覚えた。
俺が、俺のために、彼女を、美里を殺すなど到底許せることでは無い。
そして、そいつらにできる俺なりの仕返しはなんだと考えた。
このままこいつらに殴りかかっても意味は無いと。
ならば、完成なんてされてやるかと。
こいつらの目論見を知った上で、ことごとくこいつらの期待を、こいつらの思惑を裏切ってやると。
もし美里を殺させようと俺にするのなら、俺は自害してでも俺を止めると、心に誓った。
そして特訓の日々が始まった。
俺は死ぬ気で鍛えに鍛えに鍛え抜いた。
こいつらの思惑通りに動くつもりは無いし、そのためには、強くならないといけないと思った。
だからこいつらの思惑を逆に利用して。
俺の体を鍛え抜いた。
ある時、こいつらは俺に『カード』を渡した。
俺が期待以上に強くなっていくのをいい事に、早い段階でそれを飛躍的に拡大させる力を与えてしまおうという考えからのことだった。
このカードは世界でも複数枚しか存在しない最高レベルのもので、お前はこれを使いこなせるようになれ、いいな? と、そう言われ続けた。
こいつらの言う通りに動くのは血反吐をぶちまけるような気分になるけど、美里を守るためならばと従った。
俺は空いた時間全てを美里に捧げた。
彼女の笑顔を見ればなんでも出来る気がした。
そして10年の月日が経ち、計画はラストフェイズに移行された。
俺を『覚醒兵器』という、所有しているカードの能力の限界を超えた先の力を引き出す、神を殺すことさえ夢では無い超戦士にする為の。
それから俺は、ありとあらゆるやらされることの裏に回った。
こいつを殺せという命令を受ければ殺さず捕虜にし。
こいつを守れと言われたら事故を装い殺した。
なになにを食べろと言われたものは食べた後全てをぶちまけ。
なになにを取って来いと言われたらそれに限りなく近い、だか違うものを持ってきたりした。
これには研究所の奴らも焦り苛立った。
今まで自分たちの予定通りに物事が進んでいた、いや進みすぎていた事に違和感すら覚えないゴミどもは、俺の課題が行われるたびに精神を消耗させていった。
これにはもうたまらなく嬉しかった。
一人になった後腹を抱えて涙を流しながら盛大に笑ってやった。
ゴロゴロと床をのたうちまわりあらゆるところにガンガンとぶつかりながら、それでも笑いは止まらずとても苦しかった。
だかその苦しさがまた可笑しくて、俺は毎日笑い過ごした。
まるで笑い死ぬ程に。
そして、焦りが限界を突破した研究者達は、まだ期が整っていないのに無理やり最後の手段に出た。
俺に彼女を殺せと、なにも無いだだっ広い空間に俺と美里を対峙させ
研究者達はガラス越しに俺たちを見ていた。
恐らくだが、今までの課題は、俺を狂わせるものだったのだは無いかと予想される。
それはもう、自我が保てなくなるほどの。
そして二人を対峙させ、殺して覚醒、そんなとこだろう。
だが俺は理性は完璧に保っているし。
俺が彼女を殺すなんてこと、ありえなかった。
俺がなにもせずにこやかに彼女と話している姿
彼女もよかったと、できたら、自分を殺す事を理解してほしくなかったから、どうせ殺すなら、その事の記憶が残ってほしくなかったから、と笑顔を作った。
その姿を見て悔しそうに顔を真っ赤にし、叫ぶ者、頭を抱えて泣き出す者、なにがおかしいのか焦点の合わない目でヘラヘラと笑いだす者が続出し、実験は終了した。
そう、最後の手段も失敗に終わったのだ。
それでも研究者達は諦めなかった。
また一から俺になになにをしろと言い始めた。
ここまで言う事を聞かない奴など処分してしまえばいいのにと思うが、いかんせん俺しか実験体にたりうる者がいないらしいのだから仕方が無い。
無駄だけどな。そう思いながらいつもどおり期待をまるまる裏切って仕事をしていた。
仕事と名付けられていた実験は、研究所からかなり離れた場所で行われた。
そして事件が起きた。
俺が実験を終え研究所に戻ってきたら、研究所がありえないレベルで騒がしかった。
何事かと思い、理由を探った。
『美里が死んだ』
その言葉が脳内にエコーを効かせながら響き続けた。
死んだ? え? 美里、が? え? なんで? なんで?
俺が実験地に赴いている間に、研究者の一人が発狂し、『お前のせいだぁぁ!』と叫び、美里を銃殺したという。
研究所には阿鼻叫喚が巻き起こり、地獄絵図と成っていた。
もう死んで何時間も経つという。
俺の能力ももう、彼女には効かない。
彼女を生き返らせようと俺に即帰還命令が来ていたが、無視をしていたをしていた。
内容を見ずに。
俺は、美里が死んだということにより、完全に自我を失った。
もう頭の中にあるのは、『ころす』という3文字のみ。
俺は血の涙を流しながら吠えた。
体が何か別の者に作り変えられていくような感覚を味わい、力が漲った。
俺は、不完全な形で『覚醒』したのだ。
そして暴れた俺の全力を持って研究所を粉すら残さない勢いで暴れまくった。
俺に稽古をつけたカード能力者も、使って生きていられるか保証がない『裏奥義』を乱用し黙らせ廃にした。
そして俺は、『エデン』と呼ばれた改造都市を壊滅させた。
行くあてをなくした俺は、覚醒時に起こるという殺人衝動も、不完全な形で妙に抑えられ。
ただ強い奴と戦いたいという本能にのみ従った。
そして、強いカードをエサにすれば相手はいくらでも釣れた。
でも、普通の戦いじゃつまらなかった。
少しだけ残った殺人衝動が、『命を賭ける』というものとなり現れた。
戦うことでしか、一人の悲しみをなくすことはできなかった。
それしかなかった俺は、次第に戦いのみが楽しみになっていた。
そしてそんな事をして、俺の能力のせいで飲まず食わずでも生きながらえ、ずっとあの草むらで座って何年か経ち。
今鶴という、おかしな少年と出会った。
こいつとの出会いだ。
少年は俺に、仲間になれと言った。
最初なにが言いたいのかわからなかった。
俺は世界に禁忌される存在で。
依存する対象は一人のみで、その対象はもういない。
俺は一人でいなければいけない存在。
それなのに、自分の仲間になれという。
自分の部下でも、配下でもなく。
仲間に、と。
この言葉により、俺はその時はまだわからない何かの感情が心に灯った。
今ならわかる。それは『喜び』という感情だったのだと。
俺は美里以外に初めて、一緒にいてくれるという存在にであった。
別に手加減した覚えは無い。
全力で当たったつもりだ。
奥義も使った。
だが、今鶴はなにやら特別な力で『聖剣・ジャスティス』と言う不思議な剣を使い、俺を斬り伏せた。
そして、まぁ、今、こういうわけで、旅をしているわけだ。
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加賀瑠璃が話し終えると。
マリはポロポロと涙を流し、弄月は神妙な顔で、軽く眉間にしわを寄せ、加賀瑠璃を見て優しい笑みを浮かべた。
その反応に加賀瑠璃は目に見えて狼狽していた。
この話をしたら、皆、自分を嫌な目で見て、遠ざかっていくと思ったのだろう。
実際今までそうだったようだし。
でもな。
「なぁ、加賀瑠璃よぉ」
「な、なんだ」
「お前やっぱり、バカだな」
「な、なにを」
俺はどこか抜けような自前の表情を出来るだけ柔らかくし
だってそうだろ? と続ける。
「みんながみんな。お前のことを嫌な奴だなんて思うわけじゃねぇよ。決まってんだろ? ったく。
少なからず、ここにいる人間は、辛かったねと、わかってやれる仲間だって、いい加減気づけっての」
その言葉を発した後、なんか俺まで目頭が熱くなった。
なんとか俺が我慢していると。
加賀瑠璃がつぅーっと頰を濡らした。
何か言おうと口を開きかけ、でもなにを言えばいいのかわからず、取り敢えず加賀瑠璃の頭に手を置く。
加賀瑠璃も何かを言おうとしているが、言葉になってないみたいだ。
「なんか、さ。その、なに言えばいいかわかんねえんだ。俺はその痛みがわかるなんて安易なことは言いたく無いし。
無責任な励ましの言葉なんてかけたくねぇから。
だからさ。どれぐらい楽になるかはわからないけどさ。
言いたいことがあるならはっちゃけちまえよ。
言えば言うほど、人間の痛みってのは、吐き出されて空気に溶けて、消滅するもんさ」
頭に浮かんだ言葉をスラスラと話す。
なにも難しい言葉を考えて話す必要は無い。
言いたいことがあるなら言っちまえと俺が言ってるわけだし、頭にこう言おうと浮かんだなら、遠慮なく言わせてもらうとも。
加賀瑠璃は静かに下を向いた。
その口はほんの少し口角が上がっており。
なんの音もなくただ丸まった加賀瑠璃の肩が震え。
光を反射した雫の粒が地面に落ちて、弾けた。




