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善人☆スクールライフ☆☆彡 中編

 父さん……正義ってなんなの? いい人ってなんなの?

 いじめられている子を助けてあげたら、今度は俺がいじめられて……

 父さんが昔から言ってたこと、もう全然わからないよ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




プルプルプルプルうっせえな。もう朝かよ。

 起きて“学校”に行かなきゃな……ん? なんか違和感があるな。

 気のせいか――とっとと着替えよう。


 「おはよう。かーさん」


 「おはよう、純。今日は珍しく早起きなのね。」


 「ん? ああそういやそうだな。学校行くにしてもまだ早いか」


 「今日は久々に1限から学校に行くのね~お母さん嬉しいわ。洗濯物干してくるから、ご飯はまだ待っててね」


 「俺が洗濯物干してきてやるよ。」


 ん? んん??


 「ええ!? どうしたの? 純がそんな事いうなんて。お腹が空いたの?」


 「あ、いや、まあそんな所だ! 干してくるから早く飯を作ってくれ!」


 「何だか心配だけど……わかったわ。急いで作っちゃうわね」



 おいおい嘘だろ? なんで俺、洗濯物干してるんだ?

 数年ぶりだぞ。洗濯物を干すなんて。

 ……まさかこれが薬の力なのか? 俺が自然と人を“助ける”ようなことを言っちまった。

 かーさんの手伝いなんて何年もやってなかったのによ。

 いや、薬のことを意識しすぎて体が引っ張られただけかもしれねえ。様子見だ。



 「ありがとう! 助かっちゃった」


 「早く飯が食べたかったしいいんだ……」


 「純、ちょっと顔色が良くないわよ。やっぱり体調が悪いんじゃないの?」


 「夜更しをしただけだから心配すんな。学校で寝ればすぐ回復するわ」


 「もうちゃんと授業を受けなきゃダメでしょ? でも純らしいわね」


 「赤点さえ取らなきゃいいんだよ。あとらしいってなんだよ。らしいって。確かに誰かを手伝うんなんてまずないけどな。」


 「うんうん、その生意気なところ調子が戻ってきて安心した。あ、あと今週の土曜日お父さん出張から帰ってくるって」


 「……そうか」


 「お父さん体育祭見に行きたいなーだって、来て欲しくなければ言っておくわよ?」


 「別にどっちでもいいさ。任せるよ。」


 「本当にいいの? いいならお父さんも凄く喜ぶわ。ところで何の競技に出るの?」


 「それは聞かないでくれ! 行ってくる!」


 「まだ早いんじゃ……行ってらっしゃーい」

 



 いつもの俺ならオヤジが来るって言ったら絶対に学校をサボるって言うところだ。

 それなのに、否定できなかった。薬の効果本当にあるのかもな……


 「妹ちゃんじゃねーか。おはようさん」


 「ぁ……純さんおはようございます……」


 相変わらず大人しいな。見た目は紗倉川とあんま変わんねえのに。

 二人とも黒髪だし、目立った違いは髪の長さぐらいだもんな。


 「紗倉川とは一緒じゃねえのか?」


 「はい、今日は私テニス部の朝練があって。お姉ちゃんを起こしてあげたかったんですけど……」


 「あいつの数少ない弱点だな。よし、俺が起こしてきてやるよ」


 「ええっ、純さんがですか? その、それは問題があるんじゃないでしょうか……?」


 「そうか? 昔は隣のよしみで起こしに行ってたし問題ないだろ。」


 「それは小学生や中学生の時ですよね……? 今はもう高校生ですし……その、ですね」


 「あー了解。辞めておいた方が良さそうだな。お節介しちゃって悪かったな」


 「あっいえ、こちらこそ好意を無駄にしてしまってすみません。お姉ちゃんにはあとで電話をして起こしますので」

 

 「おう、頼んだよ。昨日俺が遅刻した時は散々文句を言ってたのに、自分が遅刻しちゃカッコがつかねえだろ」


 「ふふっ、そうですね。あっすみません朝練に遅れてしまいますので、これで失礼します」


 「引き止めちゃって悪かったな。練習頑張れよ」


 「ありがとうございます。その……昔みたいに話せて嬉しかったです。では、そのまた……です」


 「おう、またな」




 俺は今の自分が信じられねえ。

 なにが起こしてきてやるよだ……

 普段ならふーんせいぜい遅刻して、笑い者になってくれって言うだろ! 

 どうにも困ってる人を助けようとする傾向にあるな。

 こりゃあ薬の効果があるのは間違いないか。思ったより面倒なことになっちまった。


 それと昔みたいに話せて良かった、か。確かに最近会ってもほとんど話してなかった気がするな。

 なんで話さなくなったんだ? まっ大した理由じゃねえか。俺も話せて、悪い気分じゃなかったぜ妹ちゃん。

 

 


 薬について考えてたら、もう学校に着いちまったか。

 まだショートホームルームまで結構時間があるな。でもサボろうって気が全然しねえ。

 これも薬効果のせいなんかねー。1週間ぐらい真面目ちゃんになっても構わねえけどよ。

 ショートホームルームが始まるまで教室で寝るか。(とが)める奴も、咎めれれる理由もないしな。

 ………………

 …………

 …… 

 

 「起きなさい……起きなさい。あそこを蹴り上げるわよ?」


 「あそこってどこをだよ!」


 「おはよう。昨日テレビであそこを蹴り上げると言えば男性の大半が起きるって言ってたけど、本当のようね」


 「おはようさん……人様で試すのはやめろ。一瞬縮み上がっちまった」


 「何がとは聞かないわよ。でも本当に今日のあなたちょっと変みたいね」


 「あん? どこが変なんだよ」


 「自然と挨拶を返したところよ。昨日の――普段の自分の行いを思い出してみなさい。」


 「たまには挨拶ぐらい返してんだろ、多分。それに今のは寝ぼけててつい返事しちまっただけだ」


 わかってる。間違いなく薬の影響だ。

 普段の俺なら、紗倉川に挨拶を自分からすることも返事をすることもねえ。


 「そうね。その可能性もあるわ。だけど、涼奈(すずな)から聞いたわ。今朝私を起こそうとしたのよね?」


 ふう、妹ちゃん話しちまったか。

 俺のことは黙っておくように言っておくべきだったな。まあ構わねえか。

 

 「妹ちゃんが困ってたからな。手伝おうと思ったんだよ。おかしいか?」


 「昔ならおかしくなかったわ。私を毎日起こしに来てくれたものね。でも、今の不良もどきのあなたがすると明らかにおかしいわ。私の体目的?」


 「お前の体は無駄に発育がいいもんな。だけど、ちげえよ。妹ちゃんには元から優しいだけだ。もどきってなんだよもどきって」


 「もどきはもどきよ。でも安心したわ。隣の家に不良だけじゃなくて、変態まで現れたのかと思って警察に連絡しそうになったもの」


 「不良はまだいい、でも変態はやめろ! 変態なんかじゃねえ」


 「そうかしら? 今の発言もそうだけど、昔はよく胸を揉みに……」


 「やめろ! 誰かに聞かれたらどうすんだ! それとあれは胸を揉んだわけじゃねえよ」


 「仕方ないわね。やめておいてあげるわ」


 「そうしてくれ。ったく、朝から体力使わせやがって」


 「話を元に戻すわよ。今のあなた、とても違和感のあることをしてるの。自覚があるかどうか知らないけども。何かあったの?」


 こいつなりに心配してるのか? 相変わらずのお節介焼きだな。


 「自覚はしてるよ。暫らくしたら元に戻る。心配してくれてありがとよ」


 「……わかったわ。不良を卒業したわけじゃないのは残念ね。何かあったら言いなさい。腐れ縁として話ぐらい聞くわ」


 「困ったことがあったら相談させてもらうよ。話は終わりか?」


 「あと今日の放課後リレーの練習に参加しないかしら? 昨日参加しなかったことは私も一緒に謝るから」


 「お前は俺の母親か! 参加するよ。それに一人で謝れるよ」


 「……今日のあなたなら参加するって言うと思ったけれど、言われてみると驚きね」


 「失礼なやつだな。そういう気分なんだ」


 「ふふっごめんなさい。放課後グラウンドに集合よ。帰っちゃダメよ?」


 「へいへい、帰らねえよ。話は終わりだな。俺はまた寝るから、おやすみ」


 「今授業開始のチャイムが鳴ったのだけれど……そこは変わってないのね。」


 紗倉川の言葉が聞こえるが無視だ、無視。

 ただでさえ普段と違う言動になってて、精神的に疲れてんだ。授業中ぐらい寝ないとな。

 でも放課後クラスメイトとリレーか、どうなるかねえ。クラスメイトと話したことなんて殆どねえからな。パシらせたことは何度もあるけど。

 拒絶されりゃあ帰ってもいいだろう。もし受け入れられたら俺の体はどう動くんだろうな……

 



 「放課後になっちまったな」


 紗倉川はもう一人の女子と着替えに行ったっぽいし、先にグラウンドに行くか。

 そういや着替えなんか持ってきてねえぞ。まあなんとかなるか。


 


 相変わらず広いグラウンドだ。通学が不便なだけある。


 「ほう、紗倉川さんから聞いてたが本当に来るとはね。よく顔を出せたと言うべきかな?」


 「健人(けんと)! そんな言い方はダメだよお。来てくれ良かったよ! 森くん!」


 誰だこのメガネとぽっちゃりは。クラスメイトなんだろうけど、顔も名前もわからねえ。


 「文句があるのは当然だと思うが、まず名前を教えてくれないか?」


 「僕は山田 (ゆたか)だよ。よろしくね。あはは、名前覚えてなかったかあ」


 「君に名乗る名前はない」


 「健人だろ? よろしくな」


 「なっ君が俺の名前を呼ぶな! くっ川岸だ。そう呼べ」


 ぽっちゃりが山田で、メガネが川岸か。忘れないようにしないとな


 「まだ女子が来てねえようだが、先に言っとくことがある」


 「なんだ……?」


 「そんなに構えんな。ふう……山田、川岸昨日は練習を休んで悪かった。できるなら今日から練習に加えてくれ」


 「もちろんだよ! ほら僕言ったでしょ? 森君はそんなに悪い人じゃないって」


 「俺は今の言葉を信用できない! お前が俺にやったことを覚えてるか?」


 「悪いが、まったく覚えてない」


 「なら教えてやる。ジュースを買ってこい、教科書を貸せ、俺を盾にしたこと。他にも細かいのはあるがこんな事をしてきたんだぞ! そう簡単に許せないし、信用もできない!」


 「……」


 「特に俺を盾にしたことは許せん! 街を歩いてたらいきなりだぞ!? お前が急に路地から出てきたと思ったら、体を掴まれて見知らぬ人間から腹に一発だ! あの理不尽と痛みお前にわかるか!?」


 「あの時のはお前だったか……すまなかった」


 「ま、まあまあ。確かに人を盾にするのは悪いことだよ? でも結局怪我もなかったし、反省してるんだから許してあげよ?」


 「豊、優しすぎるよ。俺は豊ほど優しくはなれない。悪かったで許せるほどな」


 「どうすればいい? 練習に参加せず帰ればいいのか?」


 「ああ、そうだ。俺の前に顔を出すな。と言いたいが、紗倉川さんの……いやクラス委員長としてそんな事を言うわけにはいかない。だから代わりの提案だ」


 「なんだ? 俺にできることならできる限りするつもりだ」


 「練習に参加する条件は2つある。1つは今後学校で脅すのはなしだ。外では俺が受けた理不尽なようなことをしない限り勝手にしろ。2つ目は俺に蹴らせろ」


 「1つ目は約束できねえ。だが体育祭が終わるまでならその約束絶対に守らせてもらう」


 「お前は……!わかった、それについてはまた今度だ」


 「そうしてくれ。努力はするよ。2つ目は蹴ってくれて構わねえ。だけど、お前の蹴りだとたいして痛みにならねえと思うぞ」


 「悔しいが普通ならそうだろうな。だが股間ならどうかな?」


 「なっ……股間だと!? ……それでお前が許してくれる構わねえよ」


 「そういった根性はあるみたいだな。なら蹴らせてもらおうか。覚悟しろよ?」


 「ああ、こい!」


 「くたばれ!!」

 

 「ぐっ……!」


 ま、まずい思った以上に――

 ………………

 …………

 ……

 

 頭がグラグラする。何より金玉が痛え。


 「はあはあ、痛え」


 「よかったあ! 森くん起きたんだね。10分近く目を覚まさないからもう心配で…… 健人やりすぎだよ! 盾になった時は気絶するほどじゃなかったんでしょ!?」


 「こういうのは倍返しが基本なんだよ!」


 まさか初めて気絶させられる相手がこんなやつだとはな……

 薬の効果がなきゃやり返してるレベルの痛みだ。


 「これで許してくれるか?」


 これで許されなかったら薬の効果なんて知らねえ。

 同じ痛みを味あわせてやる。

 

 「これで許さないわけにもいかないだろう。ただし、体育祭が終わるまでだ。その後は森の態度次第だな」


 「それで充分だ、川岸」


 実験が終わったらまた元に戻るだろうしな。

 そしたらまた川岸や山田をパシらせんのかね。なんとなくやらねえ気がするな。


 「女子たちはまだ来ねえのか?」


 「うーんそろそろ来ると思うよ。バトンを体育倉庫から取ってきてくれるからその分時間がかかっちゃうのかも」


 「来たようだな。紗倉川さんと森北さんにも謝っておけよ」


 「わーってるよ。ちゃんと謝らせてもらう」


 もう一人の名前は森北か。やっぱりわからねえな。

 というか森が被っててなんか紛らわしいぜ。


 「お待たせしてごめんなさい。バトンが中々見当たらなかったの。それであなたはなぜ座ってるのかしら? もう疲れてしまったの?」


 「ちげえよ。柔軟をしてたんだよ。誰かさんが遅いからな」


 「相変わらずの口の悪さね。理由は言ったでしょ。それと予想通り制服なのね」


 「予想してたなら先に教えろよな。そしたら……」


 「生徒を脅していたか?」


 「へいへい。終わるまではやらねえ。明日は自分のを持ってくるよ」


 やれやれ。面倒な約束をしちまったな。

 まっ他人の服を着るのが趣味ってわけじゃねえしいいか。


 「……川岸君やるわね。彼を制御できるなんて」


 「そ、そそそんなことはないですよ。紗倉川さんに褒められるほどじゃ……」


 なんだこいつの態度。さっきと大違いじゃねえか。もしかしなくても……

 今回は見逃してやるか。


 「制御なんかされてねーよ。それとお前が森北だよな? 昨日は練習を無断で休んで悪かった。よければ今日から練習に参加させてくれ」


 「おおっなんかイメージと全然違う感じの言葉! 私は川岸くんみたいに怒ってないからさ。一緒に頑張ろう?」


 「ありがとよ。森北が優しいやつで良かったぜ」


 「本当にイメージとなんか違うな~彩がいつも話してた人とは別人?」


 「そんなわけないでしょ。今日の彼がいつもと違うだけよ。森北さんもクラスメイトだからなんとなくは知っているでしょ」


 「うーん外見や雰囲気は知ってたけど、話したことはなかったからさ」


 「まっ体育祭が終わるまではこんな感じだ。よろしく頼む」


 「正直警戒してたから、今の森くんみたいな感じの方が助かるよー。よろしくね!」


 なかなか素直な女だな。

 女には元から手を出してねえし、警戒する必要はねえんだけどな。周りから見たらわからんか。


 「挨拶も終わったし、早速練習をしよう。あまり時間がないしな」


 「もう来週の日曜日だもんねえ。今日を含めて1、2……あれ何日だっけ?」


 「あと練習が出来る日は5日だな。土曜日は半ドンだが、練習すんのか?」


 「もちろんだ。他の組は2週間前に競技の練習を始めているらしいからな。遅れを取り戻す必要がある。森、お前もちゃんと参加しろよ」


 「わーってるよ。めんどくせえが、自分で練習に参加させてくれって言ったんだからな。最後までやるよ。つうかうちのクラスメイトは協調性がねえな」


 「あなたがそれを言うの? まあいいわ。まず走る順番を決めたほうがいいんじゃないかしら?」


 「そうですね! まず走る速さを測って一番早い人を最後に、次に早い人を最初に、あとは状況を見て決めましょう」


 川岸お前ほどわかりやすいやつを見たのは初めてだ。

 悪いとはいわねえよ。うん。


 「そういや1人が走る距離はどれくらいあんだ? あんま長くないといいんだが」


 俺は長距離走もあるし、長いとスタミナが持つか怪しいぞ


 「トラックが1周1キロメートルだから、1人で200メートルね」


 「結構長いな。女子はキツイんじゃないか?」


 「ええ、多少ね。でも男女共に最低2名以上参加するルールがあるのよ」


 「なるほどね。なら頑張ってもらうしかないな」


 「早く走ろ! 私結構走るの得意なんだよね~小学生の時は1位よく取ったし」


 中学生の時はどうだったのか聞きてえ。

 でも走る速さをみればわかるし、いいか。


 「じゃあまずあなたがタイムを計る係りになって頂戴」


 「なんで俺がやるんだよ。まあこれぐらいなら構わねえけどよ」




 「ここでいいかー!」


 「そうだ! そこから測ってくれ」


 「あいよー!」


 実際に200メートル離れると結構距離があるな。おっまずは森北が走るのか。お手並み拝見だな。


 「準備はいいか!」


 「大丈夫だよ!」


 「手を上げて下ろせばいいんだよな、よし」


 「よーいドン!」


 つい口でも言っちまった。ま、まあいいだろ。

 おっ女子にしては早いな。タイムは……


 「35秒か、随分いいんじゃねえか?」

 

 「そうかな? はあー疲れたよー」


 「お疲れさん。さてさて他のメンツはどうかな?」


 「ふふふ、私を超えるものはいるかな?」


 「いなかった困るけどな――」




 山田が40秒。川岸が35秒。紗倉川は34秒か。

 

 「紗倉川は早いな。運動神経は良かったけど足も速かったんだな」


 「それに比べて……男子共は恥ずかしくねえのか? 女子に負けてんじゃねーか」


 「うう、昔から走るのが苦手だったんだよお。本当は綱引きとかが良かったんだけど、誰もリレーをやりたがらないから仕方なく……」


 「まあ、山田はなんとなく分かってたからいい。おう、川岸。紗倉川に負けて恥ずかしくねえのかよ」


 「グッ君に言われるとこうも屈辱的だとは……だが待て!森はまだ走ってないだろ! 俺にそんな事を言えるのか?」


 「はっ俺は口だけの男じゃねえよ。制服で多少動きにくいが、お前らよりは間違いなく速いぜ」


 「なら見せてもらおうか。ほら、早くスタート地点に行け!」


 「へいへい。タイムを誤魔化すんじゃねーよ」




 「準備はいいか!」


 「構わねえ!」


 「いちについて、よーいドン!」


 「ってお前も言うのかよ!」




 「森くん凄い! 僕もあれぐらい走れたらなあ」


 「だねー! 私達とは比べ物にならないもん!」


 「不良の癖して、なんでそんなに速いんだ! 普通は体力がないのが常識だろう!」


 「どんな常識だよ! 俺の場合はむしろそういうのになってから、体力がついたからな」


 「あなたお酒やタバコはやっていないの?」


 「やってねーよ。わざわざ不味い上に健康に悪いものを吸ったり、飲んだりするか」


 「そういうところが“もどき”よね。現実的というのかしら」


 「どうでもいいだろ。そんなこと。で、走る順番はどうする?」


 「どうするもこうするも、森が最後、紗倉川さんが1番。あとは当日決めればいいだろう」


 「りょうかい。とっとと練習を始めようぜ」


 「本当に今日のあなたは不気味なぐらい真面目ね。でもその通りね、時間は少ないし練習を始めましょう」


 「そうですね! 紗倉川さん!」


 「練習って言うと走る練習とバトンの受け渡しとかかな?」


 「そうなるわね。あと毎日200メートル走のタイムを記録をつけましょう。数字を意識するというのは重要だと思うの」


 「俺は記録をつけなくていいだろ?」


 「あなたも記録するに決まってるでしょ。リレーで勝つ可能性があるとすれば、あなたが他の誰よりも速くなるのが1番の近道だもの」


 「ふう、そう言われたらやるしかねえな。陸上部にだって負けるつもりはねえ」




 「山田! お前は速く走ろうとしすぎて上半身が前に出すぎてんだよ」


 「わ、わかった! 教えてくれてありがとう!」



 「川岸! 長距離走じゃねえんだから、ペース配分とか考えずにもっと全力で走れ!」

 

 「そうね。川岸君はもう少し速く走れると思うわ」 


 「紗倉川さんわかりました! 森は黙ってろ!」


 「なんだとっ! 紗倉川の言うことは素直に聞くのに俺の言うことは聞かねえのかよ!」


 「あなたたちも似たようなやり取りを何度もしてよく飽きないわね……」



 「森北! もっと股を広げて歩幅を大きくしろ」


 「森くんそれセクハラ! でもわかった!」



 「紗倉川! は、ど素人の俺じゃアドバイスすることがないな。綺麗な走りしてるぜ」


 「何で呼んだのかしら。でもありがとう。褒められて悪い気はしないわ」




 「今日はこれぐらいにしよう。明日の本番で力が出せなければ意味がないからな」


 「たかが、学校の行事でこんなに練習するハメになるとは思ってなかったぜ」


 「言っておくけれど、去年はこれ以上だったわよ? 私達の高校、行事に力をいれているもの」


 「この高校一応進学校じゃなかったか……? 勉強するよりはよっぽどいいけどよ。ってか山田はなんかスタイリッシュになった気がするな」


 「え、そうかなあ? でもそうだったら嬉しいな~」


 「あっ確かに! 前より山田君スラッとしてるかも」


 「森北もそう思うか。2人思ってるってことは痩せたんだろうよ」


 「雑談もいいが、今日は早く帰らないと本末転倒だろう」


  おいおい、せっかく紗倉川と2人で話せるようにしてやろうと思ったのによ。

  本人がいいならそれでいいか。


 「そりゃそうだ。じゃあな。また明日」


 「くれぐれも遅刻するなよ? 森」


 「わーってるよ。もう少し信用しろ」


 「……ああ」




 最後に川岸がなにか呟いてた気がするけど、気のせいか?

 まあいいか。久々に空が赤くならないうちに帰れるな。

 疲れたし、シャワーを浴びて早めに寝るか。




 「かーさん。ただいま」


 「お帰りなさい~今日は早かったわね」


 「明日は体育祭だからな。早めに切り上げたんだ。ってカツ丼に天ぷら、寿司にローストビーフか。なんか妙に豪華じゃないか?」


 「今日はお父さんが帰ってくるから頑張っちゃった! つまみ食いはダメよ?」


 「……そういや今日だったな」


 「明日は体育祭見に行くんだから、今日のうちに少しは話しておくのよ?」


 「へいへい。夕飯の時にでもな」


 「お父さんもあの時のこと悪いと思ってるみたいだから」


 「……」




 シャワーは気持ちを沈めるのに最適だな。なにより自分の部屋は落ち着くぜ。

 ふう、オヤジと会うのも3ヶ月ぶりか。この前――いや3年以上まともに話してねえか。

 いい加減ケリをつけねえとな。かーさんにも悪い。

 薬の力を使って、なんてだせえが、今なら……善人に近い、今なら話せるかもしれねえ。


 「純、ご飯よ。降りてきてー」


 「あいよ」

 

 ふう……いくか。




 「「「いただきます」」」


 「いやー、久々に食べる母さんの飯は美味いな」


 「あなたのために好物を用意したんだから当然よ~」


 「あー純! 母さんのご飯は美味くて幸せだな」


 「そうだな」


 ちっ、なんか上手く話せねえ。

 そりゃそうだよな。善人になれる薬ってだけで、話し上手になれるわけじゃねえもんな。

 ここは考え方を変えて、会話に“困ってる”人を助けるって考え方でいこう。オヤジって意識するのがダメなんだ。


 「確かにこの天ぷらは油っこくなくて食べやすいな。オヤジは油物好きな割に胃が弱いから助かるだろ」


 「あ、ああ! どうにも昔から胃もたれしやすくてな。気を使ってくれていて助かるよ。それにしてもよく覚えてたな」


 「人の弱みは覚えておくようにしているからな」


 「そうか……」


 しまった! よりによってオヤジの前でこんな事を言うなんて。

 オヤジと話してるって意識を捨てすぎた!


 「……私お手洗いに行ってくるからごゆっくり~」


 かーさん逃げたな。 

 でも、ちょうどいいか。オヤジと2人きりの方が話しやすい。

 ここで切り込め俺! ビビるんじゃねえ!


 「オヤ――」


 「純、今まですまなかった! あの時のことを今でも悔いているんだ」


 「オヤジ……?」


 「俺が警察で働いてるのもあって、昔から純に正義について話してきた。暴力は絶対にしちゃいけないってことや困った人がいれば助けてあげなさいって言ってきたよな」


 「ああ……」


 「お前が幼稚園や小学校、そして中学でも、父さんが言ってたことを実行してたんだよな。母さんから聞いてたよ。父さんはそれが嬉しくて、嬉しくて仕方なかったんだ。もしかしたら将来警察で一緒に働けるかもしれないと思ったこともあった」


 「俺もそんな将来を考えていた時期があったかもな」


 「そうか……純が中学生の時、彩ちゃんの肩を借りながらボロボロになって帰ってきたときは驚いた。理由を聞いてさらにな」


 「もういいんだ。オヤジの言ってることは間違いじゃねえよ。ただ、俺にはそれを体現することができなかったってだけだ」


 「よくなんかない……! お前がいじめられっ子を助けたことは間違いなく善いことなんだ。問題は純が代わりにターゲットにされてしまったことだ」 


 「……」


 「父さんが「暴力は絶対によくない」って言葉を言わなければ純があんなにボロボロにされることもなかった。なにより後悔しているのは、正義やいい人ってどういうものなのかを答えてやれなかったことだ。父さんには今もその答えがわからない」


 「誰にもいい人や正義についての正解なんてわからねえよ。でも父さんが言ってたことが間違いだとは思えねえ」


 「実の息子をボロボロにしてしまったんだぞ。あの言葉を言わなければ純は抵抗して、あそこまで怪我をせずに済んだ筈だ」


 「あの時の俺には相手を説得できる力がなかっただけさ。まっ今の俺が言っても説得力はねえけどな。ただ、相手の暴力に無抵抗なのはおかしいと我ながら思うぜ」


 「父さんは昔、力を振るうもの全てが暴力だと勘違いしてた。その勘違いが息子を苦しめるとは考えずにな……」


 「もういいんだ。もう。今の父さんの話を聞いて過去の俺も少しは理解しただろうよ。それよりも今のオヤジが後悔すべきは、カツアゲや喧嘩に明け暮れる俺を見逃してるってことだ」


 「ふっ、ははははははは! 笑うことじゃないんだが、確かにその通りだな。ンン? まて、今聞き捨てならないことを言ったな。喧嘩はともかく、カツアゲまでしているのか!?」


 「おっと、余計なことを言ったな。この話はまた今度だ。明日は早いからな。お休みオヤジ!」


 「待て! まだご飯の途中……まったく。明日の体育祭頑張れよ! お父さん応援してるからな。あとカツアゲの件についてはまた話してもらうぞ」


 「わーってるよ。オヤジの期待に折角だし応えてやるよ」




 オヤジと久々に話せて良かった……

 今までのモヤモヤが消えていくような気分だぜ。

 問題は薬が切れたあとか。でも今の俺ならなるようになるか。

 それよりも、体育祭頑張らねえとな!

 


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