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 嵐は丸一日続いたが、幸いにして大きな被害を受けることもなく、慌ただしかった王宮内も三日目には落ち着いた。

 そして四日目。

 皆も通常の生活に戻り、ローズも前日に招待されたばかりのお茶会に出席していたのだが――。


「それで、正式な発表はいつですの?」

「いえ、それは……」


 ローズは隣に座った夫人からの執拗な問いかけに困り果てていた。

 今までになくにこやかに話しかけてきた夫人は何度もルバートとの婚約の日取りを訊いてくるのだ。

 それに周囲の皆が聞き耳を立てている。

 どんどん抜き差しならない状況になっていることに気付いてローズは焦りを募らせた。


(もう待っているだけではだめだわ。自分からお願いして陛下に時間を作って頂かなくては……)


 今日のお茶会では、ローズは初めて皆から温かく歓迎されて戸惑った。

 その時、ふとキャロルの言葉を思い出したのだ。

 ――ローズがお妃様になったら、みんなころっと態度を変えるわよ、と。

 ルバートとの遠乗りはどうだったか、そこでどんな話をしたのかと訊かれるたびに、ローズはやはりそうなのかと感じていた。


「あの、今日はキャロルは……モリスン男爵令嬢はいらっしゃらないのですか?」


 いつまでたっても現れないキャロルが気になって、ローズは主催者の夫人に問いかけた。

 すると夫人は不快そうに眉をひそめる。


「あの方は、今日はお呼びしておりませんのよ」

「そうなのですか?」

「ええ。あの方はいつも殿下を一人占めしてしまいますもの。わたくし達だって、殿下ともっと親しくなりたいと思っておりますのに」


 夫人の言葉に、皆が同意して頷いている。

 昔から権謀術数は苦手で敢えて避けてきたローズは、このあからさまなやり方に上手く返事ができなかった。

 そうではないと言いたいのに言えない。

 ローズは自分の意気地のなさを軽蔑しながらも、微笑みを顔に張り付けて時間が過ぎるのを待っていた。



 * * *



「ローズ」


 ようやくお茶会が終わって部屋へと戻る途中、ローズは柱の陰から聞き慣れた声に呼び止められた。

 そちらを見ればやはりキャロルがいる。


「キャロル!」


 数日ぶりに会えた嬉しさに、ローズは珍しく声を上げた。


「なんだか久しぶりな気がするわ」

「遠乗りの日からだから、五日ぶりね。ローズったら、わたしを置いて帰るんだもの」

「ごめんなさい。その、気持ちが急いてしまって……」


 あの時はキャロルに苛立っていた。

 一緒に行きたいと言い出したのは彼女なのに、乗馬に不慣れで足手まといに感じてしまったのだ。

 後ろめたさに言葉を詰まらせたが、キャロルは軽く手を振っただけ。


「いいのよ。わたしも悪かったし。それよりも、なぜ会ってくれなかったの?」

「え?」

「わたし、嵐の日から毎日お部屋に会いに行ったのに、断られてばかりだったわ。外出中だとか、別の来客中だとかで」

「それは……」


 全く身に覚えのないことにローズは動揺した。

 それでもきっと何か手違いがあったのだろうと結論付けて謝罪する。


「本当にごめんなさい。タイミングが悪かったみたい」

「まあ、いいわ。でも、今からはちゃんと付き合ってくれるわよね? お茶でお腹がいっぱいなんて許さないわよ。まだまだ飲んでもらうんだから」


 茶目っけたっぷりに言うキャロルにローズは笑った。

 確かにお腹はいっぱいだったが、先ほどまでの重たい気分が楽になっていく。

 そこにマリタが心配したのか、遠慮がちに口を挟んだ。


「ローズ様、お部屋に戻られた方が……」

「あら……じゃあ、ローズのお部屋で話しましょうよ」


 一瞬、むっとしたキャロルは、すぐに名案だとばかりににっこりして言う。

 ローズはわずかにためらったものの頷いた。


「そうね。では行きましょう」

「ありがとう、ローズ。ところで、猫はまだいるの?」

「ええ。ひとまわり大きくなった感じ。いたずら盛りだから、気をつけてね」

「ふーん」


 部屋へと向かいながら子猫のルーの話をしていたが、キャロルは室内に入った途端、飛びついてきたルーを払いのけた。


「悪いんだけど、この猫をよそにやってくれないかしら?」

「え?」

「それに人払いもしてほしいの。ゆっくり話がしたいから」

「……わかったわ」


 いったい何だろうと不安に思いながらも、ローズはマリタにお願いしてルーを居間から連れ出してもらった。

 そして、お茶が運ばれてから二人きりになると、キャロルはふうっと息を吐き出した。


「もうっ、いやになるわ」

「キャロル?」

「だって、今日のお茶会、わたしだけ呼ばれなかったのよ? あからさま過ぎるわよ。今頃になってローズに取り入ろうなんて遅いのよね」

「わたしも……驚いたわ」

「それで、なんて言われたの? いやなことは言われなかった?」

「大丈夫よ。ただ、何度も正式な婚約発表がいつなのかって訊かれただけ」

「ああ、なるほど。まったく困ったものよね」


 やれやれとため息を吐くキャロルに、ローズは微笑んだ。

 今日の困惑を少しでもわかってくれる人がいるのは嬉しい。


「それで、実際のところどうなの?」

「え?」

「いつ発表するの?」

「それは……」


 まさか今、キャロルにまで同じことを訊かれるとは思わなかった。

 そんなローズの心中を察したのか、キャロルは再び大きく息を吐き出す。


「あのね、ローズ。本当は何か悩みがあるんでしょう? それって、やっぱりわたしには言えないことなの?」


 意外な言葉にローズは目を丸くした。

 以前のような軽い問いではない、キャロルの眼差しは真剣だ。


「陛下は周囲の勧めにも関わらず、新しいお妃様を娶られることをずっと拒んでいらっしゃったのよ。それが急にエスクームの王女ならとおっしゃった時には、みんな驚いたわ。そして、あなたがやって来て……陛下のご意思は間違いなくはっきりしていると思うの。だとすれば、あとはあなたの問題でしょう? 何が原因なの? 言っておくけれど、陛下のことが好きになれないとか、そういう嘘はやめてね。あなたの気持ちはわかってるんだから」


 キャロルの真っ直ぐな言葉はローズの胸を突いた。

 困惑させられることもあるけれど、キャロルはこうして心配してくれる。

 だから嘘はつきたくない。もう誤魔化したくない。

 本当は先にルバートに話すべきなのはわかっていたが、ローズは正直に打ち明けることにした。


「実は、わたしは……このお話をお受けするわけにはいかないの。だって、わたしは……」

「何? 何なの?」


 言い淀むローズをキャロルが急かす。

 ローズは覚悟を決めて、一気に吐き出した。


「わたしは、本当は王女ではないの。現国王の姪で、正確に言うなら、元王女。先代国王の娘なの」


 すぐには理解できなかったのか、キャロルはちょっとの間ぽかんと口を開けていた。

 それから頭をはっきりさせるように、何度か瞬きを繰り返す。


「えっと……どうしてそんなことを? 確か、今の国王にもちゃんと娘はいたわよね?」

「ええ、二人。一人は十八歳で、もう一人は十六歳になったところなの。陛下とは年齢が離れているし、叔父が心配して……。だけど、こちらからお断りするのは立場上難しいし、わたしを見れば陛下から断って頂けるかと……」

「ああ……」


 最後は適当に付け足した理由だったが、キャロルはローズをさっと見て納得したようだ。

 しかし、ふと何かに気付いたのか、はっと息をのむ。


「ちょっと待って……確か、前国王の娘って……」

「……そうなの」


 言いかけたキャロルに向けて、ローズは悲しげに微笑んだ。

 キャロルはしばらく唖然としていたが、やがて温かな笑みを浮かべて頷いた。


「わかったわ。確かに、このお話をお受けすることは無理よね。そんな秘密を抱えていたなんて、今まで苦しかったでしょう? でも、そうね……わたしもどうにかして、ローズが無事にエスクームへ帰れるように考えるわ。任せて!」

「ううん、いいの。明日にでも陛下に打ち明けるつもりだから。今さらだけど、やっと覚悟を決めたの。正直にお話して、謝罪するわ」

「だけど……」

「もちろん、許してもらえるなんて思っていないわ。でもそれはやっぱり自業自得だから。叔父のやり方は間違っていた。そしてそれに加担したわたしも馬鹿だったの」


 エスクーム王家が咎められることになっても、民が犠牲になるようなことはない。

 ルバートを知った今ならそう確信が持てる。

 強い決意を胸に秘めて微笑むローズを、キャロルはじっと見つめていた。




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