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醜態をさらした晩餐会の翌日から、ローズの許には続々と招待状が届き始めた。
それは王宮内でのお茶会や、街にある貴族達それぞれの屋敷での食事会と様々だ。
ローズはその中から、王宮内で催されるものだけを選んで出席するようにしていた。
本音を言えば、全てを投げ出してさっさと国へ帰ってしまいたかったが、民のことを思えばそれもできない。
そのため、今も憂鬱な気分を笑顔で隠して、ある伯爵夫人主催のお茶会に出席していた。
「それはもう、仲睦まじいお二人でしたのよ」
「ええ、本当に。素敵なご夫婦でしたわねえ」
「誰もが憧れたものですわ」
ほうっと息を吐きながら誰かがうっとりと呟くと、みんな一斉に頷く。
もう何度も耳にした会話、目にした光景だ。
ローズは笑顔を絶やさず、この後に続く言葉をかまえて待った。
「メルヴィナ様はとても素敵な方でしたもの」
「光り輝く金色の髪は本当に美しくて、碧色の瞳は澄んだ湖のようでしたわ」
「誰にでもお優しくて、いつも温かく微笑んでいらしたのよね」
「でもやはり一番の微笑みは、夫である殿下――陛下へ向けられたものだったわ」
「ええ、陛下も応えて微笑み返されて……あれほどお互いを想い合っていらしたご夫婦もいませんでしたもの」
ローズを主賓として招いていながら、話題はいつもメルヴィナという女性――ルバートの最初の妃の思い出ばかり。
メルヴィナがどんなに素晴らしい女性だったか、ルバートとどんなに想い合っていたかを聞かされるのだ。
それが暗に、ローズがどれほどルバートに不釣り合いかを思い知らせようとしていることには気付いている。
それでもローズは耐えなければならなかった。
花嫁を得られなくてもエスクームに援助してもらえるよう、どうにかしてルバートを説得しなければならないのだ。
従妹が花嫁になることを決断してくれるとは限らないのだから。
「それなのに、あれは悲劇そのものでしたわ。仕方なかったとはいえ、陛下はメルヴィナ様を処罰しなければならなかったのですもの」
「陛下がどれほど苦しまれたか……」
「メルヴィナ様が亡くなられたと知らされた時には、皆が嘆き悲しみましたものね」
そう聞かされて、ローズは微笑んでいることもできず、ただ同情したように悲しげな表情を浮かべることしかできなかった。
だが実際、悲しかった。
想い合う二人が別れなければならなかった運命と、そのためにか条件だけで結婚しようとしているルバートの冷めた心が悲しかったのだ。
ルバートはエスクームで語られているような残虐な暴君などではない。
エリオットが最初に教えてくれた通り、とても優しい人なのだろう。
あの晩餐会の時も、無様な姿のローズを忌むどころか気遣い、あれからすぐに退席できるように取り計らってくれた。
その後に、彼が何と言ったのかはわからないが、貴族達からそのことについて蔑まれるようなことはなかった。
もちろんそれは、表面上だけではあるが。
「陛下がこうしてまたお妃様を迎えられるお気持ちになられたことを、私達は本当に喜んでいますのよ」
「ええ、そうですとも。ようやくメルヴィナ様のことを忘れようとなさっていらっしゃるのですもの」
「王女殿下は、メルヴィナ様とは全く似ていらっしゃいませんものね」
にこやかに投げつけられた言葉で傷ついても、にこやかに微笑み返すしかない。
目の前に座る夫人達はきっと、ローズが泣いて逃げ出すことを期待しているのかもしれないが、まだ帰るわけにはいかないのだ。
「先のお妃様がとても素晴らしい方だったのは、皆様から教えて頂いております。ですから、わたしのような者を候補にして頂けるだけでもおそれ多いのですが、非常に名誉なことだとも思っております」
曖昧で無難なことしか言わないローズに、夫人達はむっとしたようだ。
その場にしらけた空気が漂う。
しかし、ローズには上手く取り繕うことなどできず、途方に暮れているところへ新たな人物が現れた。
途端に場の雰囲気が一変する。
「招かれてはいないのですが、私達も加えて頂いてよろしいでしょうか?」
穏やかな声にわずかな遠慮を含んで、エリオットが主催者の伯爵夫人に声をかけた。
伯爵夫人は顔を真っ赤にしながら立ち上がり、強くうなずく。
皆も立ち上がり、膝を折って頭を下げた。
「いや、どうか気を使わないでくれ。突然現れて水をさしたのでなければよいが」
「まさか! そのようなことございませんわ、陛下」
温かな笑みを浮かべてルバートが申し訳なさそうに言うと、伯爵夫人が慌てて否定した。
皆も激しく同意する。
それからはあっという間にルバートとエリオットの席が用意され、二人は難なく輪に加わった。
こうしてルバート達が急きょお茶会に参加するのも数回目になる。
そのたびに、ローズは気まずい雰囲気から救われるのだ。
「それで、何の話をされていたのです?」
「そ、それは……何だったかしら……?」
エリオットに水を向けられて、伯爵夫人は答えを詰まらせた。
すると、別の夫人がさらりと口を挟む。
「王女殿下に、ブライトンについてのお話をさせて頂いていたのです。この国がいかに素晴らしいかを。ですが、少々自慢話のようになってしまったのかもしれませんわ。殿下がお気を悪くされたのでなければ良いのですが……」
「いいえ、どのお話も魅力的ですもの。憧れるばかりです」
最近は偽りの笑みを浮かべて、嘘ばかり口にしている。
そんな自分がますます嫌いになっていく。
でも、だからこそ気付いたことがある
目の前に座るルバートの温かな笑みが、偽りのものだと。
思えば、初めて会った時から同じ笑顔だった。
(でも、最初に一度だけ……楽しそうに笑っていたわ)
あのサロンでのひと時を思い出しながら、一見温かな笑みを浮かべて隣の夫人と話をするルバートを、ローズはぼんやりと見ていた。
その視線に気付いたのか、彼の藍色の瞳がローズへと向き、優しく細められる。
途端にローズの心臓がきゅっと掴まれたように苦しくなった。
ダメだとわかっているのに。
彼の微笑みも優しさも、全てエスクームの王女に向けられた偽りのものだとわかっているのに、勘違いしそうになってしまう。
それでもローズは今度こそ失敗しないように、柔らかな藍色の瞳から目を逸らすことなく、弱々しいながらも微笑み返した。