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 ローズはエムとジェンに支えられ、這うようにしてベッドに辿り着き、ようやく横になった。

 今にも意識を失ってしまいそうなほど疲れていたが、それでも自分が我が儘を言ったのだからと、どうにか二人に微笑みかける。


「エム、ジェン……ありがとう」

「いいえ。ローズ様が気持ちよくお過ごしになれるのでしたら、私共も嬉しいですから。ですが、お疲れでしょう? 少しお休みになってはいかがですか?」


 気遣いに溢れたエムの言葉に感謝しながらも、ローズは首を振った。

 髪を洗ってもらい、ベッドも新しいシーツに換えてもらったことで、心も体もかなりすっきりとしてとても気持ち良い。

 そのお陰か横になっただけで少し元気を取り戻したのだ。


「よければ……赤ちゃんに会いたいわ。でも寝ているなら起こしたくないから、無理でなければお願いできるかしら?」

「確認して参ります」


 遠慮がちに言うローズを励ますように微笑み、ジェンは部屋から出て行った。

 その後ろ姿を見送り、ふうっと深く息を吐く。

 エムはローズが過ごしやすいように枕の高さを調節し、冷たい水の入ったコップを口まで運んでくれた。

 やはり体は疲れているが、まだ眠気はない。

 隣の部屋へと耳を澄ませていると、複数の足音が聞こえ、そして赤ん坊を抱いたドリーが現れた。


「まあ、ずいぶんお顔の色も良くなられましたね」


 顔を輝かせたローズを目にして、ドリーも微笑んだ。


「殿下はちょうどお乳を飲まれたところですから、ご機嫌でいらっしゃいますよ。お抱きになりますか?」

「お願い」


 その言葉を合図にエムがローズを支えて抱き起こし、ジェンが枕を高く積み上げて背もたれを作る。

 ほんの少しめまいを感じながらも、枕に背を預けているうちにそれも治まり、ローズは大丈夫だと示すように笑って見せた。

 応えてドリーは頷き、赤ん坊をローズの胸元へと寄せる。


「ローズ様、そう、しっかり支えるように……」


 始めて抱いた我が子は意外に重く、とても柔らかい。

 言葉もなく、ただただ我が子を見つめるローズを、誰もが静かに見守っていた。

 ぱっちりと目を開けた赤ん坊はじっとローズを見つめ返す。


「ローズ様、そろそろ横になられた方がよろしいですよ」

「でも……」

「そのようなお顔をなさらなくても、殿下はもうしばらくローズ様とご一緒ですから」


 やがてローズの疲れを心配したドリーが声をかけた。

 それでも赤ん坊と離れがたくて渋るローズを、ドリーが優しくなだめる。

 息子を手放す時は寂しかったが、ローズが横になるとすぐにドリーは枕元に赤ん坊を寝かせてくれた。

 赤ん坊独特の甘い匂いがローズの心を和ませる。

 そこに緊張した面持ちのマリタが入って来た。


「ローズ様、陛下がいらっしゃいましたが、いかがなさいますか?」


 疲れてはいたが、気分は高揚していたローズは会うことを了承した。

 するとドリー達は何かあれば声をかけて下さいと言い残し、ルバートと入れ違いに出て行く。

 久しぶりに見るルバートはやはり格好良く、ローズの胸は高鳴った。


「この子に会いに来たんだが、こちらだと聞いて……。前触れもなく、いきなりすまなかった」


 その言葉にローズの気持ちは沈んだ。

 自分がまだ会いたくないと言っておきながら、ルバートの目的が自分ではなかったことに落ち込むなんて間違っている。

 そう自分に言い聞かせてローズはどうにか笑みを浮かべた。


「いいえ……。わたしの方こそ、このような姿で申し訳ありません。それに、あの、ご心配をおかけして――」

「何を馬鹿なことを。ロザーリエ、あなたが謝る必要はないんだ」


 探るようにローズを見ていたルバートは彼女の謝罪を遮り否定した。

 しかし、その後には気まずい沈黙が落ちる。


「ロザーリエ――」

「陛下――」


 沈黙を破ろうと二人とも同時に口を開き、二人とも遠慮してまた黙る。

 そこに、まるで抗議するかのように赤ん坊が手足をばたばたと動かして可愛らしい声を上げた。

 途端に二人は顔をほころばせ、張り詰めていた緊張もとけた。


「……陛下、この子の名前を教えて下さいませんか?」

「ああ、そうだな。だが……実は、まだ決めていないんだ」

「決めていない?」

「二つまではどうにか絞ったのだが……ジュリアスとアルフォンス……ロザーリエ、あなたはどちらが良いと思う?」

「……わたしは……ジュリアスが良いと思います」


 困ったように笑うルバートを見つめながら、ローズは込み上げる感情を抑え、震える声で答えた。

 ルバートは決められなかったのではない、やはり自分を待っていてくれたのだ。

 そう思うと申し訳なくて、それ以上に嬉しかった。


「では、ジュリアスで決まりだな」


 ルバートが頷くと、赤ん坊――ジュリアスは嬉しそうに声を上げた。

 そのタイミングの良さに二人は目を見交わして微笑み合い、時間を忘れてジュリアスのご機嫌な様子に見入った。


「ロザーリエ、このように立派な息子を産んでくれて、とても感謝している。ありがとう」


 やがて口を開いたルバートの言葉に、ローズははっと視線を上げた。

 藍色の瞳はとても真剣だったが、かすかな憂いが見える。


「……いいえ、わたしの方こそ、お礼を申し上げなければ。子供を持つことを諦めていたわたしがこうしてこの子を授かったのも、陛下のお陰です」

「だが危うくあなたは命を失いかけた。私は――」

「陛下、わたしは幸い無事でした。そしてこの子も――ジュリアスも健康に生まれて来てくれて、本当に嬉しいのです」


 優しいルバートに負い目を感じて欲しくなくて、ローズは話を切り上げるように微笑んだ。

 そして話題を変る。


「ジュリアスは全体的に陛下に似ていますよね? でも髪の色はわたしに似てしまって……」


 じっと声のする方――母へと大きな青色の瞳を向けるジュリアスの柔らかな髪をそっと撫でながら、ローズは小さなため息を洩らした。

 するとルバートがわざとらしく顔をしかめる。


「私は幼い頃からこの髪の色が大嫌いだったから、あなたに似てくれて嬉しい」

「まあ、綺麗なお色なのに、なぜですか?」

「軟弱に見えるだろう? 私はもっとこう、フェリクス国王のような黒髪とか、あなたのような髪の色が良かった。レイチェルの息子のシルヴァンも、きっと将来悩むことになるだろうな」


 予想外の言葉に目を丸くするローズに、ルバートは淡々と説明した。

 冗談かとも思ったが、どうやら本気らしい。

 本人は悩んでいるのに笑うのは失礼だとはわかっているが、なんだかルバートが可愛く思えて、堪えられずにローズは吹き出した。

 ルバートは心外だという顔をしながらも、笑うローズを優しく見つめている。


「わたしは……ずっとこの髪の色が大嫌いでした。瞳の色も平凡な茶色で……もっと綺麗な色が良かったと母に我が儘を言ったこともあります」


 久しぶりに笑ったせいか、少し息を切らしながらローズが告白すると、ルバートはわずかに眉を寄せて手を伸ばし、枕に広がる髪に触れた。


「ロザーリエ、私はあなたの髪も瞳も、とても美しいと思う。実り豊かな大地の色だ。それに、このそばかすはとても可愛い」


 一瞬、ローズはぽかんと口を開け、真っ赤になって慌てて閉じた。

 病み上がりだというのに、心臓は全速力で駆けているように激しく打っている。

 髪や瞳を美しいと言われたばかりか、そばかすまで可愛いと言われるなんて信じられなかった。

 しかし、ルバートはそばかすの散る頬を包むように触れ、そっと親指で撫でる。


「それは……」

「私は世辞は言わない」


 何か応えなければとどうにか声を発したローズに先回りして、ルバートはきっぱりと宣言した。

 先ほどとは違った沈黙が流れる中、今度は不満そうなジュリアスの声が上がる。

 見つめ合っていた二人ははっとして我が子に視線を向けると、当のジュリアスは大きなあくびをしていた。

 その姿もとても可愛い。


「思っていた以上に長居してしまったな。すまない、疲れただろう?」


 そう言ってルバートはもう一度ローズの頬に触れると、ジュリアスの頬にも軽く触れて立ち上がった。

 そして扉まで歩み、振り返る。


「本当にありがとう、ロザーリエ。では、ゆっくり休んでくれ」


 ルバートが出て行くとドリー達が戻り、ローズを診察してしっかり休むようにと念を押した。

 今度はローズも素直に頷いて、マリタに抱かれていくジュリアスに一時の別れを告げる。

 それから目を閉じたローズの頭の中では、ルバートの言葉が繰り返されていた。

 お世辞は言わないのなら、今までの言葉――出会った頃の言葉も本気だったのだろうかとぼんやり考える。


(ひょっとして……陛下は……美的感覚が他の人とは違うのかも……)


 あれだけ美しい銀髪を大嫌いと思うのだからそういうことかもしれない。

 そう思うとおかしくて嬉しくて、ローズは再び目を開けてこっそり笑った。

 そんな彼女の視線の先で茶色の髪が揺れる。


 (やっぱり、無理をしてでも洗ってもらって良かったわ……)


 ほっと息を吐きながらローズは自分の頬に触れた。

 頬にはまだルバートの大きな手のぬくもりが残っているような気がする。

 いつしか眠りについたローズの顔には、幸せそうな笑みが浮かんでいた。




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