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「国王陛下、王妃陛下、ご成婚おめでとうございます!」


 もう何度目かわからないほどの祝いの言葉を受けて、ローズは感謝の笑みを浮かべた。

 だがその顔はかすかにこわばっている。

 今朝、ルバートと式を挙げて正式に夫婦となり、同時にローズは王妃の称号を授けられたのだが、未だに信じられない。

 まるで雲の上を歩いているようなふわふわした気分で続く儀式を乗り切ったものの、長かった一日も終わりに近づいた今になって、疲れと緊張にローズは襲われていた。


「ローズ様、そろそろ……」


 マリタに小声で促され、ローズはこくりと小さく頷いた。

 そして立ち上がった彼女に、ルバートが気遣うような温かな笑みを向ける。

 ローズはぱっと頬を染めて目を逸らした。

 この後に待ちうけることを考えるとパニックに陥りそうになってしまう。

 それでもローズは思い直してルバートにどうにか微笑み返し、背筋を伸ばして祝宴の会場となっている広間を退室していった。

 皆の視線が痛い。

 しかし、一度目の時のような下卑た野次が飛ぶこともなく、広間を出たローズはほっと息を吐いた。



「それではローズ様、失礼いたします」

「……ええ。マリタ、エム、ジェン、お疲れ様。今日は本当にありがとう」


 寝支度を整え終えて、マリタ達が退室の挨拶をすると、ローズは心細さを押し隠して微笑んだ。

 それから寝室で一人きりになったローズは、じっと待っていることなどできず、室内を探索することにした。

 今日の午前中、今まで滞在していた客間を引き払い、ローズの荷物はすべて新しい部屋――王妃の間に移されたのだ。

 居間へと続く扉と反対側にある扉を開けば、ルバートの部屋へ繋がるのだろう。

 ひと通りの探索を終え、ローズは紗織りのカーテンが開けられている四柱式のベッドに腰かけた。

 ベッドは長い年月を感じさせるものだったが、寝具は真新しい。

 その肌触りの良さを手のひらで確かめながら、ローズはぐっと唇を噛みしめた。


(大丈夫。大丈夫よ。たとえ条件だけだとしても、陛下はわたしを選んでくれたんだもの……)


 ローズは自分にそう言い聞かせて不安を取り除こうとした。

 いつもは慰めてくれる子猫のルーもこの部屋にはいない。

 昼間に居間で一緒に過ごすことはできるが、さすがに夜は侍女達の控室に入れられることになったのだ。

 ルーに関してはルバートの言う通り、レイチェルは気にしないどころか目を輝かせて喜び可愛がっていた。

 ジュリエッタも同様で、子供の無邪気さで子猫と本気で会話している様子は見ていて微笑ましかった。

 思い出せば自然と笑みが浮かぶ。


「何か楽しいことでもあったのか?」


 突然聞こえた声に驚き、ローズはびくりとして立ち上がった。

 音も立てず、いつの間にか寝室に入って来ていたルバートは今までになく寛いで見える。

 ローブ合せからのぞく肌を目にして、ローズはかっと顔が熱くなり慌てて視線をそらした。

 ほんの一時忘れていられた不安がまた戻ってくる。


「あ、あの……何か飲まれますか?」


 ローズは落ち着こうと、飲み物が用意されているサイドテーブルを示して問いかけた。

 だが、ルバートは首を振る。


「いや、もう十分飲んだから必要ない。だが、あなたは遠慮しないでくれ」

「いいえ、……わたしも大丈夫です」


 震える声で応えたローズへとルバートは歩み寄り、その両手を握った。

 はっと顔を上げた彼女の唇に唇が軽く触れる。


「準備はできた?」


 目を丸くするローズにいたずらっぽい笑みを向け、ルバートはもう一度キスをした。

 今度は深く、熱く。

 ローズは先ほどの問いに答えるように、おずおずとキスを返した。

 すると、ルバートの片腕が華奢な背中に回り、ぐっと抱き寄せる。

 その力強さに驚いて、ローズは思わず声を洩らしていた。

 よくわからない感覚が体の中に渦巻いていて、お腹の奥がきゅっとして苦しい。


「へ、陛下……」

「ルバートだ。ルバートと呼んでくれ」

「……ルバート、わたし……」


 気がつけばベッドへと横たわり、ルバートを見上げる体勢になっていたローズは、寝衣を脱がされそうになってうろたえた。

 ビスレオに小さい胸や貧弱な体を笑われたことを思い出す。

 もちろんルバートはビスレオとは全く違う。

 ただ、想像していたものとも、自分の感じ方も全く違うことに戸惑ってしまったのだ。

 こんな痛いような苦しいような、それでいて甘い感覚は知らない。

 何度か、本当にごくまれにビスレオが優しかった時に似たような感じはあったが、こんなに強烈ではなかった。


「……今夜はやめておく?」

「いいえ! あ、いえ、その……大丈夫、ですから……」


 ローズのためらいを拒絶と感じたのか、ルバートは身を引こうとした。

 そんなことなど望んでいないローズは勢いよく否定したものの、すぐに恥ずかしくなって口ごもる。

 ルバートは少しの間、目を伏せたローズをじっと見ていたが、やがてゆっくりと顔を近づけキスをした。

 温かな唇は頬へとすべり、首筋へと移っていく。

 ローズは目を閉じ、初めて感じる心地よさに身を任せた。

 しかし、自分のものではないような声が口から洩れ、はっとした。

 脳裏にビスレオの嘲る声が蘇る。

『じっと横たわっていないで、声を出すなり、自分から動くなりしたらどうだ?』


 あの言葉が男性の望むことならば、このままではいけないのではないか。

 ルバートにはがっかりされたくない。

 その必死の思いから、ローズは恐る恐る手を伸ばしてたくましい体に触れた。

 好きな人にこうして触れられることに感動にも似た感情を抱きながら、熱い肌を撫で下ろしていく。

 が、突然その手を掴まれた。


「やめてくれ」


 低くかすれた声で突き放すように言われ、ローズは息をのんだ。

 また失敗してしまった。

 自分のふがいなさにローズは青ざめ体を固くした。


「……ごめんなさい」

「ちがう、謝らないでくれ。そうじゃないんだ。そうじゃなくて……今夜は私に全てを委ねてほしいんだ」


 どうにか声を絞り出したローズの震える唇に、ルバートは優しく囁きながらキスをした。

 そして涙の滲むまなじりに口づける。

 それからわずかに体を離したルバートの表情は悔恨に曇っていたが、見下ろす藍色の瞳はひどく真剣だった。

 答えを待っているのだと気付いてローズが小さく頷くと、ルバートはほっとしたように微笑んだ。

 途端にローズの胸は締め付けられ、体の奥が疼く。


 こんなにも人を好きになれるとは思ってもいなかった。

 たとえこの想いが一方通行でもかまわない。

 ルバートの望む通り、精いっぱい条件に合った妻になれるよう頑張ろう。

 ローズは強い決意を胸に秘め、ルバートとの初めての夜を、初めての喜びの中で過ごした。




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