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 五日後、レイチェル達は皆に惜しまれながら帰国の途についた。

 去って行くモンテルオ王家の馬車を見送るローズの口からため息が洩れる。

 レイチェルとはあれから何度も一緒にお茶を楽しみ、時にはセシリアも交え、仲良くなることができたのにと、残念な気持ちでいっぱいだった。

 またフェリクス国王に対しても、援助に関する話し合いを進めていくうちに、わずかながらも打ち解けることができたのだ。

 さらに子供達は本当に可愛く、ローズは目にするたびに胸を締め付けられた。

 ――子供が欲しい。ルバートとの子供をこの手に抱きたい。

 その願いはローズにとって、これまでの人生で一番に強いものだった。


「どうした?」

「い、いえ。何でもないです」


 隣に立って一行を見送るルバートにちらりと視線を向けると、しっかり目が合ってしまった。

 慌てて顔を逸らしたローズを、ルバートが訝しむ。

 しかし、再び彼へ目を向けることはできなかった。

 柔らかな光を受けて微笑むルバートは信じられないほどに美しい。

 まだ何も知らない頃ならば、夢を見ていられただろうと思う。

 だが二度目の結婚であるローズには、夫婦生活がどういうものかちゃんとわかっているのだ。

 だからこそ、目を合わせられない。


「やはり体調が悪いのではないか? ここのところ無理をさせてしまったから」

「いえ、大丈夫です!」

「本当に?」


 ルバートは心配に顔を曇らせて、真っ赤になったローズの額に手を触れた。

 いきなりのことで硬直してしまったローズの背後で、エリオットがくすくす笑う。


「陛下、いちゃつくのは結構ですが、とりあえずお部屋に戻られてからにされてはどうですか?」

「熱はないようだが、おそらく疲れが出たのだろう。今日はもう部屋で休んだほうが良い」


 エリオットのからかいを無視して、ルバートはそっとローズの手を取った。


「歩けるか? もし――」

「だ、大丈夫です! 本当に……」


 歩くどころか、走って逃げだしたいくらいだったが、ローズはどうにか抑えた。

 皆の好奇に満ちた視線がつらく、自分の頭の中が痛い。

 ルバートは気遣うようにゆっくりと歩いて部屋まで導いてくれているのに、ローズは悶々としてしまっているのだ。

 こんな場所で本人を前に何を考えているのかと自分を罵っても止まらない。


 ルバートの大きな手が手に触れるだけで胸の鼓動が速くなるのに、もしそれ以上触れられたらどうなるのだろう。

 あの唇にキスをされたら?

 いやで仕方なかった行為も、ルバートとなら違うのだろうか。

 恥ずかしくなるような想像をしてしまい、ローズの体温はますます上昇した。

 しかし、ふと弱気な考えが忍び込む。

 また自分が〝役立たず″だったら?

 優しいルバートは直接口にすることはないだろうが、がっかりさせたくない。

 何度も繰り返し襲ってくる不安に苦しくなると、ローズはレイチェルの言葉を思い出した。


『初めから上手くいく夫婦は少ないと思うわ。時間をかけて、お互いを理解し、受け入れていくしかないのよ。それに、ロザーリエ様はこれまでたくさん苦労してきたのだから、これからは絶対にたくさんの幸せが待っているわ』


 温かな言葉はローズの心を落ち着かせ、励ましてくれた。

 ただ、なぜかレイチェルはローズの山岳地での生活を知っているような気がして、不思議に思うことがたびたびあった。

 その疑問を口にするとレイチェルは困ったように笑ったのだ。


『私の周りにはおしゃべりな子達が多くて、何かと耳に入ってくるの』


 自分のことがそれほど知られているのかとローズは驚いたが、すぐにそんなわけはないと思い直した。

 今までそれほど価値のある存在ではなかった自分が、注目されるわけがない。

 そこで、そう言えばとローズは気付いたことを口にした。


「ルバート陛下と同じことをおっしゃるのですね?」


 その何気ない言葉にレイチェルは目を丸くした。

 そして同席していたセシリアが「あら、まあ……」と声を洩らし、レイチェルと視線を交わしたのだ。

 あの奇妙な間は何だったのだろうかと、今さらながら思い出す。


「ロザーリエ殿。今日はいつもと様子が違うが、何かあったのか?」


 部屋へと戻ると、ルバートが今度こそローズの視線をとらえて問いかけた。

 皆は気を利かせたのか、二人きりになっている。

 確かに今日の自分はおかしいと自覚しているローズは、否定したい気持ちを必死に抑え、それらしい答えを探した。


「あの……やっぱり陛下とレイチェル様は似ていらっしゃると考えていて……。お姿もですが、おっしゃることもよく似ていらっしゃるので……」


 何の説明にもなっていないが、ルバートは興味を引かれたようだ。


「例えば、どんなことを?」


 軽く首を傾げるルバートを見て、ローズは微笑んだ。

 少しの緊張と羞恥が晴れていく。


「知らないはずのことをなぜかご存知で、自然と耳に入ってくるのだと、少し困ったようにおっしゃりました」

「ああ、そうだな。確かにあいつも……」


 言いかけてルバートは顔をしかめ、口を閉ざした。

 それがまるで心まで閉ざしてしまったようで、ローズはがっかりした。

 誤魔化すように浮かべたルバートの温かな笑みは、初めて顔を合わせた時と変わっていない。

 二人の間にはやはり条件しかないのだと思い知らされる。

 自然とこぼれたため息を聞き付け、ルバートはローズと向き合った。


「結婚を決めたことを後悔している?」

「まさか!」


 思いがけない質問にローズは反射的に応えていた。

 その勢いに恥ずかしくなって顔を伏せたローズの赤く染まった頬に、ルバートが優しく触れる。

 大きな手がゆっくりと頬をすべり、そっと顎を持ちあげた。


 きっとこれは夢だ。

 想像をたくましくしすぎて、白昼夢を見ているに違いない。

 ルバートの唇が自分の唇に重なった時、ローズは本気でそう思った。

 すがるように掴んだルバートの腕は力強く、触れる唇はとても心地よいけれど、現実にこんなことが起こるわけがない。

 しかし、さらにキスが深まると、ローズは我に返ってルバートから慌てて離れた。

 心臓が胸を突き破りそうなほど激しく打ち、頭の中にまで脈打つ音が大きく響いている。


「あの……」

「すまない。少し急いてしまった」


 うろたえるローズとは逆に、ルバートは驚くほど落ち着いていた。

 別にいやだったわけでも、謝罪してほしいわけでもない。

 ただ動揺しただけだ。

 あんなに優しくて濃密なキスは初めてだったから。

 それなのにまるでルバートを拒んでしまったような自分の行動を、ローズは上手く説明できなかった。


「十日後の式までには心の準備もしておいてほしい」


 今しがたの出来事などなかったかのような冷静さで、そのくせ含んだ言葉を残してルバートは踵を返した。

 ローズは喉が詰まったようで声が出せないまま、立ち去るルバートを見送った。

 大丈夫だと言い聞かせていた心に、また不安が広がる。

 初めてのルバートからのキスに戸惑い応えることができなかったのに、それ以上のことにちゃんと応えられるのだろうか。

 やはり自分は父王や夫が言っていた通り〝役立たず″なのかもしれない。

 ローズはまた左手に右手を重ね、はっと気付いて両脇に下ろすと、そのままドレスのスカートを強く握りしめた。




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