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 モンテルオ王家の紋章が入った豪奢な馬車が、王宮の正門を抜け広場へとゆっくり入って来る。

 ローズは緊張に震える両手をぎゅっと握りしめて馬車の到着を見守った。


(大丈夫。きっと、大丈夫)


 この場では夫妻が無事到着したことへの喜びに微笑めばいいのだ。

 亡き父と夫に関しての謝罪、そしてエスクームへの援助を検討してくれていることへの感謝は後ほどきちんとすればいい。

 何度も考えた通りに笑顔を浮かべて、目の前に止まった馬車から降りて来るモンテルオ国王夫妻を待った。

 侍従が恭しく踏み台を下ろし、扉を開ける。

 そして力強い足取りで降りて来たのは、黒髪に鋭い双眸をもつ背の高い男性――モンテルオ国王フェリクスだった。

 フェリクスは何も言わず視線だけでさっと周囲を見回して、エリオットを目に止めてぴくりと眉を動かし、ルバートには軽く頷いてみせた。

 だがローズには目もくれず、すぐに振り返って馬車の中から小さな女の子を抱き上げて地へと下ろす。


「ジュリエッタ、お行儀よくだ」

「はい、お父さま」


 フェリクスが小声で黒髪の愛らしい少女に言い聞かせると、ジュリエッタと呼ばれた少女――モンテルオ王女は素直に頷いた。

 途端にフェリクスの精悍な顔が優しくほころぶ。

 皆がその温かな光景に目を奪われているうちに、フェリクスは再び車内へと手を伸ばし、銀色の柔らかな髪をした男の子の赤ん坊を抱き取った。

 それから男の子を片腕に抱くと、もう一方の手でゆっくりと降りて来た麗しい女性を支える。

 モンテルオ王妃レイチェルだ。


 暗がりから陽光の下へと現れたレイチェルは、艶やかな銀色の髪を煌めかせて伏せていた顔を上げた。

 瞬間、広場に静寂が満ちる。次いで、大きな歓声が沸き起こった。

 その熱狂ぶりに驚いて、ジュリエッタも小さな王子も目を丸くしてきょろきょろとしている。

 しかし、一番に驚いているのはレイチェルのようだった。

 そしてローズはただただ圧倒されていた。


『ブライトンのレイチェル王女は女神のごとき美しさだそうだ。それに比べてお前は……』

 年齢が近いレイチェル王女が十四歳の成人を迎えてからずっと、何度も父に言われていた嘲りの言葉。

 結婚後は夫からも同じことを言われ続けた。

 だがそれも当然だ。

 光に煌めく銀の髪に透き通るような白い肌、晴天の空を映したような瞳、淡く色づく唇。そのどれもが完璧に整っている。

 肖像画では本物の美しさの半分も描けていない。

 そんなレイチェルを前にして、ローズは自分が滑稽に思えた。

 お化粧や髪形を変えてちょっとは綺麗になれたかもと浮かれていたなんて馬鹿みたいだ。


「お母さま……」


 呼びかけたジュリエッタが何か囁くと、それまで冷たく無表情だったレイチェルの顔に笑みが浮かんだ。

 その微笑みを見て、誰もが息をのむ。

 ローズはぼんやりとしたまま、周囲へ視線をやった。

 まるで鳥達も歓迎しているように、辺りを飛び回り、綺麗な歌声を響かせている。


(神様は、不公平だわ……)


 ローズの頭の中にふとそんな考えが浮かび上がり、はっと気付いて慌てて打ち消した。

 自分の卑しい考えにぞっとすると同時に、胸が苦しくなる。

 その痛みを誤魔化すかのように、ローズは右手を左手に重ねようとした。

 が、突然ルバートの左手が右手に触れ、優しく包み込む。

 驚いたローズが視線を向けても、ルバートは目を合わせることなく、フェリクスと挨拶を交わしている。

 形式ばった言葉が続く間、真っ赤になったローズは皆の視線を繋がれたままの二人の手に感じていた。

 退屈な時間を子供達でさえおとなしくしているのに、どうしても落ち着かない。

 そうして一通りの簡単な挨拶が終わると、ルバートはレイチェルへと顔を向け、感慨深げな様子で口を開いた。


「久しぶりだな、レイチェル。……少し肥えたか?」


 兄らしい無神経な言葉にエリオットは噴き出し、レイチェルはショックを受けたように目を見開く。


「以前が細すぎたんだ。今がちょうど良い」

「それは良かった」


 笑い混じりにフェリクスが応えると、あくまでも気真面目な調子でルバートは頷いた。

 すると、ジュリエッタがレイチェルのスカートを引っ張る。


「お母さま、〝こえた″ってなに?」


 ジュリエッタの無邪気な問いかけに、レイチェルは答えることなく、ただ幼い娘を見つめた。

 不思議なことにそれで満足したのか、ジュリエッタはくすくす笑い出す。

 その様子を見守っていたフェリクスは顔を上げ、ようやくローズへと視線を向けた。


「すっかり遅くなってしまったが、婚約の祝いを述べさせてもらっても良いだろうか?」

「ああ、こちらこそ紹介が遅くなってすまない。彼女が私の婚約者であるロザーリエ、エスクームの王女だ」


 できればこのまま無視して欲しかったのだが、そうもいかずローズは体を固くした。

 そんな彼女を励ますように、ルバートは一度強く手を握り、そして離す。

 勇気を得たローズは、それでも強張る体を叱咤して軽く膝を折った。


「ロザーリエ……ロザーリエ・エスクームと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」

「ロザーリエ殿、私がモンテルオ国王のフェリクスだ。そして、妃のレイチェル、娘のジュリエッタ。それからこのおちびが息子のシルヴァン」


 フェリクスは温かな眼差しで二人を紹介し、最後に抱いていた王子をくすぐって笑わせた。

 王子の可愛らしい笑い声が広場に響く。

 息子からローズへと視線を戻したフェリクスは、そのままルバートへと視線を移した。


「ルバート殿、この度のめでたい知らせに私達も大変嬉しく思っている。ただ、なにぶん急な知らせだったので祝いの品を用意する時間がなかったのが残念だ。また後ほど改めて贈らせて頂くつもりだが、とにかく、おめでとう」

「フェリクス殿、祝いの言葉は有り難く頂戴する。だが、どうか気を使わないで頂きたい。それよりも両国のさらなる発展に尽力し、私の妃となるロザーリエの故国、エスクームへの援助に協力を願いたい」

「もちろんだ」


 二人の男性が話し合っている間、ローズはレイチェルの視線を強く感じていた。

 レイチェルは指輪をはめたローズの左手をしばらく見つめてから、ゆっくりと顔を上げていく。

 意を決してローズが目を合わせると、レイチェルは困ったような表情を浮かべて視線を逸らした。

 そして、可愛いおしゃべりをしながら母へと手を伸ばすシルヴァンを抱き取る。

 結局、レイチェルから話しかけられることはなく、自分からも話しかけることができず、ローズは沈んだ気持ちのまま、ルバート達と共に宮殿内に戻ることになった。




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