15
ルバートは執務机に両足を上げ、椅子に大きく背を預けて目を閉じていた。
考えても仕方ないことを考えてしまい、前へと進むことができない。
「お行儀が悪いですよ、陛下」
部屋へと入って来たエリオットが呆れた様子でたしなめた。
しかし、ルバートはちらりとその姿を見ただけで、再び目を閉じる。
「また振られてしまったのですか? 温室の鉢植えが一つなくなっていたので、てっきり王女殿下に差し上げたのかと思っていましたが」
「……お前は、いちいち鉢植えの数を数えているのか?」
「たまたまですよ。あれはレイチェル様がお育てになっていたものでしたしね」
不機嫌に答えるルバートにエリオットは笑顔を向けた。
ルバートは眉間のしわをぐっと深めたが、すぐに力を抜いてため息を吐く。
「私はずっと……お前はレイチェルと結婚するものだと、お前達の子が私の後を継ぐだろうと思っていた」
今度はエリオットが顔をしかめた。
「ずいぶん無茶なことを考えていたのですね。私達は近すぎます。母達が姉妹であるだけでなく、曾祖父が兄弟なのですから」
「……人生はままならぬものだな」
机から足を下ろしたルバートはもう一度深く息を吐いた。
だがエリオットは誤魔化されない。
「それで、何があって振られたのですか?」
冷やかしの問いではないことは声の調子からわかる。
しばらくルバートは沈黙していたが、やがて口を開いた。
「他言無用だ」
「もちろんです」
当然のことに念を押されてエリオットは内心驚いたが即答した。
それだけのことなのだろうと身構える。
「彼女は、子を産めぬそうだ」
「それは……」
今度は驚きを隠せず、思わず声が洩れてしまった。
エリオットは慌てて気持ちを引き締めると、改めて質問を口にした。
「それは確かなことなのですか? 殿下の先の結婚は確か二年にも満たなかったはずでしょう?」
「一年と半年だ。そして、もちろん彼女にそのことは指摘した。だが、彼女は確信をもっているようだったし、それ以上を問えるか?」
「……そうですね」
それで会話は打ち切られ、二人は仕事に集中した。
しかし、陽もすっかり暮れ部屋に明りを灯す頃になって、唐突にエリオットが話題を戻した。
「やはり一度、この王宮の医師に診断してもらうよう殿下にお願いしてみてはどうでしょうか?」
「エリオット……」
警告を含んだルバートの呼びかけにもかまわず、エリオットは続ける。
「何もおかしいことはありませんよ。儀礼的とはいえ、レイチェル様はモンテルオに嫁がれる前に診察を受けましたし、メルヴィナ様もお輿入れ前に受けて頂いたはずです。事情が事情ですから、ごく内密に行わなければならないでしょうが、ジェネルバ医師ならば間違いなく信頼できます」
「そこまで彼女に負担をかけるべきなのか?」
エリオットの言い分も正しいが、ルバートは賛成できなかった。
これ以上彼女を追い詰めたくない。
そう思うのだが、珍しくエリオットに引き下がるつもりはないようだった。
「では、今からまた新しいお妃候補を捜されますか? 無理強いすればエスクーム国王も自分の娘を差し出すでしょう。それでも私はかまいませんよ。臣下として変わらず忠実にお仕えするつもりです。この国にも捜せば何のしがらみも持たず、王宮に適応出来る女性はいるでしょうが……。さて、どうします?」
「……少し考えさせてくれ」
「子供は一日や二日で生まれてくるわけではないのですから、あまり時間はありませんよ。それにもたもたしていると、王女殿下も国へ帰られてしまうのでは?」
「……彼女には、援助を検討するのでしばらく王宮に留まるように伝えている」
畳みかけるエリオットに、ルバートは不機嫌そうに応えた。
それを聞いてエリオットは瞠目する。
「それは……脅迫と言いませんか?」
「……」
「相変わらず……」
「何だ?」
「いえ、別に何でもありません。それでは新たなお妃候補については、私も他を当たってみます。控えめで、我を強く持たず、王宮での生活に馴染めて、力ある親類を持たない、貴族達が納得する身分の女性でしたね?」
言いかけてやめたエリオットは、あとを促されても答えなかった。
それどころか、以前ルバートが挙げた妃の条件を指折り数えて確認する。
ルバートはエリオットを睨みつけて問い返した。
「私のことよりお前はどうなんだ? ロドウェル公爵もずいぶんご高齢だ。サイクス侯爵家とともに、お前の代で潰す気か?」
「祖父はまだまだ元気ですよ。それに、マリベルには上の双子に続いて三人目も男児でしたからね。そのうちどの子かに養子になってもらいますよ」
エリオットは心外だといった様子で首を振った。
だが口にした言葉――他国に嫁いだ妹の子を養子にするなどとは楽天的過ぎる。
「エリオット」
「冗談ですよ」
「悪趣味だな」
「お互い様です。まあ、それはともかく、我が家の後継よりも国家の後継ですよ」
爽やかに笑って、エリオットは片付いた書類を持って立ち上がった。
「もう少しすれば、母も戻ります。そうすれば、王女殿下の後ろ盾となってくれると思っていたのですが……残念ですね」
最後にそう言い残して、エリオットは出て行った。
途端に室内は静まり返る。
ルバートは先ほどまでの会話をじっくり思い起こした。
エリオットの母でありルバートの叔母である侯爵夫人が戻れば、王宮の雰囲気はがらりと変わるだろう。
ずっと疎遠になっていた叔母とも、ここ五年は親しく付き合っているので、その人となりはよくわかっている。
執務机に肘をついて組み合わせた両手に額を寄せたルバートは、目を閉じて長い間考えに耽っていた。




