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にせもの王女の結婚  作者: もり


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「こんな所までわざわざお越し頂いて申し訳ない」


 ルバートの声は勇気を出して目を向けた正面の執務机ではなく、部屋の左奥から聞こえた。

 調べ物をしていたのか、資料らしき本をぱたりと閉じて棚に戻している。

 そして踵を返し、ゆっくりとローズへ近づいてきた。


「先ほどまでエリオットと共に、モンテルオからの使者と面談していたのだが、その間に王宮内が少々騒がしくなっていたようだ」

「……申し訳ありません」


 ため息混じりの言葉を聞いて、ローズは深く頭を下げた。

 自分のせいで皆に迷惑をかけている。

 まずはそのことからと謝罪を始めたローズの目の前に立って、ルバートは困ったように微笑んだ。


「謝らないでくれ。別に、あなたを責めているわけではないんだ。むしろ謝罪すべきなのは私の方だろう。それに、本来ならば私があなたのもとへ出向くべきだったのに、こうしてお呼び立てしてしまったことを許してほしい」

「あの……?」


 なぜルバートが謝罪しなければならないのかわからず、ローズは混乱した。

 緊張と不安で頭が上手く働かない。

 しかもルバートが近過ぎて、息をすることさえ難しくなってしまう。


「ひとまず座ろうか? 立ったままでは落ち着かない」


 穏やかに促したルバートは、そっとローズの手を取った。

 導かれるままローズがソファへ座ると、ルバートも向かいに座る。

 そこにタイミング良く侍従がお茶を運んできたが、ローズはお礼を言う余裕もなかった。


「わたし……陛下に謝罪しなければ――」

「ローズ殿。先にお茶でも飲んでゆっくりしよう」


 姿勢を正して切り出したローズを優しく遮って、ルバートはお茶を勧めた。

 喉がからからに渇いていたローズは素直に従い、小さく震える手でカップを口へと運ぶ。

 香り高く温かなお茶は強張った体をほぐし、ローズはほっと息を吐いて静かにお茶を飲んだ。


「さて、では正直に話をしよう」


 やがてローズがカップを置くと、それまでの沈黙を破ってルバートが告げた。

 途端に緊張が戻り、ローズの体に力が入る。

 正直に全てを話して謝罪しても許されるわけがないことは、もちろん覚悟していた。

 ローズはエスクームを代表して、ルバートを、ブライトンを侮辱したのだ。

 自分は間違いなく王女だと言い張って誤魔化すこともできるかもしれない。

 それでも、もうこれ以上嘘を重ねたくなくて、ローズは大きく頷いた。

 しかし、先に口を開いたのはルバートだった。


「ローズ殿、先ほども言ったが、私はあなたに謝罪しなければならない」

「……え?」

「あなたをこの王宮に招待しておきながら、不快な思いをさせてしまっただろう?」

「い、いいえ。そのようなことは……」


 覚悟していたものとは全く違う展開にローズは戸惑った。

 謝罪すべきなのは自分の方で、不快な思いをしたとしても自業自得なのだ。

 それなのに、ルバートに謝罪してもらうわけにはいかない。

 そう思うのに、上手く言葉が出てこない。


「以前、あなたになぜエスクームの王女を妃候補に選んだのかと問われた時、私は全てを正直に話したわけではない」

「それは……」

「ここ数年、私は新しい妃を娶るようにとうるさく言う周囲に煩わされていた。王妃の存在が必要なことは私もわかってはいたが、彼らが勧める相手ではどうしても特定の貴族達に利を与えてしまうことになる。そこで、エスクームに打診することにしたんだ。エスクームはもはや我が国にとって脅威ではない。しかも、貴族達を納得させるだけの血筋もある。流民の問題を解決するためにも援助の話を持ち出せば、断ることもないだろうと……。そんな私の傲慢さから、あなたを故国でも我が国でも困難な立場に立たせてしまったようだ」


 そこまで言って、ルバートはローズの茶色の瞳をまっすぐにとらえた。


「すまない」


 低い艶のある声が真摯な響きを帯びてローズの耳に届く。

 そこでローズははっと我に返った。


「いいえ! どうか!」


 ローズは座っていることなどできず、ソファからおりて床に膝をつくと、強く訴えた。


「どうか、そのようなことをおっしゃらないで下さい。謝罪するべきは私なのです。もちろん、謝罪をしたところで許されないこともわかっています。ですが、やはりわたしは――」

「ローズ殿、あなたが膝をつく必要はない。どうか座ってくれないか?」


 ルバートは何でもないように穏やかに言うと、ソファから立ち上がった。

 そして、中腰になってローズへと手を差し出す。


「陛下……」


 目の前の大きな手を取る資格がないことはわかっていた。

 だが、どうしても縋らずにはいられなかった。

 震える手を恐る恐る伸ばすと、温かな手がしっかりと握りしめてくれる。

 ルバートは励ますように微笑んで、再びローズをソファへと座らせた。


「あなたがそれほどに罪の意識にとらわれているのは、嘘をついていたからだろう?」

「――はい」

「これほど大胆な嘘を突き通せると思っていたあなたの叔父上には、心底感心するよ。図太さは五年前と少しも変わっていないらしい」

「……申し訳ありません」


 呟いて小さく笑いを洩らすルバートに、ローズは体を縮めて謝罪した。

 叔父だけではない、自分も共犯者なのだ。

 しかし、ルバートはゆっくりと首を振る。


「いや、叔父上のことであなたが謝る必要はない。あなたには選択の余地などなかったのだから」

「陛下……?」

「私は初めから、あなたが先代国王の御子だと知っていた。知っていながら黙っていたんだ。噂ではない、本当の姿を知りたかったから。ロザーリエ王女、あなたを」


 本当の名を呼ばれ、ローズははっと息をのんだ。

 ルバートの表情は逆光になってよく見えない。

 ただ、もう耐えられなかった。

 彼の言葉の真意も何も考えられない。

 ローズは立ち上がると、逃げるようにソファの後ろに回りながら悲痛な声を上げた。


「わたしはもう王女などではありません!」

「なぜ? 私の妹のレイチェルも未だに王女と呼ばれているが?」

「立場が……立場が違います。あの方は……わたしは……」


 じりじりと後退していたローズは壁に背中をぶつけ、行き詰ってしまった。

 知られていたことが恥ずかしく惨めで、涙が込み上げてくる。


「確かに、今の立場は違うかもしれない。だが二人共、王女として使命を果たしたことに違いはないだろう?」


 ルバートはゆっくりと近づきながら、優しく問いかけた。

 そして、悲しげに微笑む。


「五年前のあの戦で、レイチェルは危機を乗り越えることができた。だが、あなたは夫を亡くした。違うのは、運命だけだ」




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