ヒーローになりまして
ちょっと長いです。
正義がいて、悪がいる。
決して合いいれることのないこの二つはお互いがお互いを支えあって共存している。
どちらかが欠けたらそれは成り立たない。
だから、ヒーローと悪の戦いには終わりや決着というものはない。あるのはただ一つ消滅だ。
お互いがお互いを守るために今日も正義のヒーローと悪の秘密結社は刃を交える。
・・・・
「今日こそやっけてやる!!覚悟しなさい!!」
夢見がちな年頃で済ませるには首を捻る必要がある台詞とともに現れたその少女は所謂ヒーローコスチュームを着て俗に言うヒーローマスクを被っていた。所詮コスプレと侮れるなかれ。
彼女はれっきとしたヒーローだ。格好がどれだけ痛くても、力だけは本物だった。
「フハハハハ、やっと来たな!!待ちくたびれたぞ!!」
そんないつの時代の悪役だ!!と思うようなこっぱずかしい台詞とともに現れた中年男も先程の少女に負けず劣らず痛い服だった。
「さあ、行け!!我が手下ども!!」
「「「「ギャーァーーーー!!」」」」
中年男の命とともにどこからともなく黒い全身タイツで身を覆い、顔にホッケーマスクをつけた、見た瞬間迷わず警察に電話したくなるぐらい怪しさ満点のギャーラーが湧くように出てくる。
そして、あっという間に少女はギャーラーに囲まれた。
「くっ、数が多い!!」
「フハハハハ、どうだ?手も足もでまい!!」
中年男が勝利を確信したように高笑いをした。
「確かに、今までの私だったら負けていた……でも!!私は一人じゃない!!」
少女が高らかに宣言する。
「そうだぜぃ俺様を忘れてらぁ」
「一人だけかっこいいとこ見せられてもうたらな?ウチらが活躍できひんわ」
「援護しまーす!!」
その声に答えるように続々と少女と同じヒーローコスチュームを着た、現ヒーローたちがやって来る。
「仲間だと?フハハハ、面白い返り討ちにしてくれる!!ギャーラー!!」
「「「「ギャーァーーーーー!!」」」」
中年男の命令に従い、ギャーラーはヒーローたちに向かって飛びかかって行った。
そこからは一方的な蹂躙である。
ヒーローが次々ギャーラーを倒して行く、最初は余裕の笑みを浮かべていた中年男だったが今はその余裕は見る影もない。
「くっ、覚えていろよ!!」
そんな典型的な捨て台詞とヒーローたちにぼっこぼこにされているギャーラーを残して中年男は逃げた。
これは、もう何十年も続く、生存のための戦いの一端に過ぎない。
・・・・
ギャーラーとは悪の秘密結社001が低コストで雇ったろくでなしの集まりだ。
その大半は中卒であったり、少年院に入っていたり、どこの企業にも煙たがれていたり相手にされなかった本当の人生お先真っ暗な人たちだ。
そう語る俺もお先真っ暗な中卒のろくでなしであった。
「痛たたたたた……」
下級戦闘員ギャーラーは先陣を切ってヒーローに突っ込むため、打撲捻挫ぎっくり腰、怪我が絶えない。
今日もヒーローと戦い痣を増やしてきたところだ。
「ねぇ、最近仕事つらくない?無理して働かなくてもいいのよ……?」
家に帰るなり母親がぼろぼろの姿を見て、開閉一番にそう言うことが多くなった。
そんな心配性な母は俺の仕事を知らない。
「大丈夫、働けるときに働かないと……」
そう言ってまた秘密結社001に出勤する。
仕事は楽ではない、楽しくもない。
ただ毎回ヒーローにド派手にやられて、中ボスが逃げるだけの時間を稼ぎ、そしてヒーローの攻撃が止む隙を見て逃げる。それの繰り返しだ。
本格的な下級戦闘員ギャーラーの活動は週一回、三十分にも満たない囮役だ。その他は何もない、ぶちゃけさぼっていても許される。
しかし仕事をさぼって打ち込む趣味もないので毎日模範的な社員として出勤している。
「おー、何?また来たの?暇だねー」
毎回受付を通さなくては入れないため受付嬢とは顔見知り以上、仕事仲間以上、友達未満の関係である。
「模範的ないい社員だろう?」
「模範的ないい社員、又の名を……ボッチ!!」
「……俺のこと嫌いでしょ?」
「好きではないね」
受付嬢とそんな会話をしつつ俺は今日も会社に出勤した。
・・・・
出勤したからと言って下級戦闘員の俺に仕事はない。
ならどうして出勤するのか?
最後の意地だ。
そう言った時の受付嬢は、ゴミを見るような目で俺を見てきた。一体なぜ彼女がそんな目で見てきたのかは今も謎のままだが、俺はこうして毎日飽きもせず模範的ないい社員を続けている。
何時ものように休憩室の端っこの椅子を分捕りそこで何をするわけでもなく、規則的な秒針の音を聞き、呆とした。こうしていると頭の中でばらばらの考えが一つまとまる。
考えていたのは悪の最大の課題。どうやってヒーローと戦い、勝利を収めるかだった。
いつもこのことを考えているが結論はいつも変わらない。結局、悪は正義に勝ってはいけない。そんな極論に達して終わらせる。
一時期、まだ俺が悪の秘密結社で働き始めて間もないころのこと、俺は正義のヒーローを殺す気で襲いかかっていた。
それが当たり前のことだと思っていた。悪は正義と対立していて正義を倒すためにあるのだと思っていたからだ。そのまた逆も然り。
とにかく悪になった以上正義は敵だ。邪魔する奴はぶっ殺すと言う何とも救い難い好戦的で短絡的な考えだった当時の俺は言わずもがな、ヒーローを殺しにかかった。大技を出し一番無防備になった状態のヒーローに肉薄する。ヒーローが目を見開き息を飲んだのがわかる。
その時だった。仲間の一人が俺を殴りつけたのだ。
当時のツンツンしていた俺はぶち切れ、全く同じ姿の仲間の胸ぐらを掴み上げた。
「ギャーァーーーー!!」
「……」
勿論、悲鳴ではない。ギャーラーは基本おしゃべりNGなので、もし言葉を発しても大丈夫なようにホッケーマスクに搭載されている超高性能小型自動翻訳機が反応して全ての言葉をギャーラーの鳴き声に変えているのだ。
俺は無言で仲間の翻訳機の電源を落とした。気まずい沈黙を振り払うように仲間は大きく咳払いをして、何事もなかったかのように話始めた。
「殴りたかったら殴ればいい。だからこれだけは言わせて貰う。俺たちは所詮はやられ役だ。それ以上でもないしそれ以下でもない。だからこそ自分の役割をきちんと果たせ」
仲間はそれだけ言うと俺の手を振りほどき一目散にヒーローに向かって駆けた。理由はわかっている時間稼ぎだ。俺を逃がすために時間を作ってくれていたのだ。
その時に俺は仲間の在り方に感動し憧れた。ずっとその人物を探しているが一向に出会えない。
ヒーローと戦い続けていれば或いは会社にいればいつかまた会えるだろうと思い、こうして続けているがそろそろ体にガタがきている。もうそろそろ色々と折り合いをつけないといけない時が来たかもしれない。
その時、時計が一際大きな音をたてて昼休みを告げた。
• • • •
受付嬢に一応断りを入れて外に出た。特に行くあてもなかったのでふらふらと歩き回り最終的には近くの公園に落ち着いた。ベンチに腰掛けて空を仰ぎ見る。ん?ちょっと曇ってきたな。
「おじさん、この手どうしたの?」
しばらくそのままでいると砂場で遊んでいた女の子がいつの間にか近くにいて、話しかけてきた。
女の子の言うそれは4日前にヒーローと戦い、ズル剥けしてできた傷だった。もうほぼ完治しているため何もしなかったのだが、やはり人目を引くほど目立つらしい。
「おじさん、ドジだからうっかり怪我しちゃったんだ」
言いながら後頭部を掻く。
「っ!!おじさん……!!」
女の子が息を飲んだ。女の子の視線は少し捲れた袖口に注がれていた。
そこからはかなりの数の傷跡が見えるはずだ。全部痣擦り傷切り傷のどれかに当てはまる。そして全てがヒーローとの戦いで出来た傷だった。
「あー、ごめんね?気持ち悪いでしょ?」
女の子の視線から外れるように袖口を引っ張るが、今更のような気がした。女の子は思い詰めたような顔をして何かを呟いたが俺にはそれが聞き取れなかった。
女の子がではそろそろ時間なのでと言ったので会社に戻ることにした。去り際、女の子がかなり真剣な顔をして明日も公園に来るようにと念を押してきた。
その時の顔が母親の顔とそっくりだった。
• • • •
お昼に公園で不思議な人を見た。その人は何もしないでただ空を見ている。
その姿が誰かと被った。だからかもしれないそんなあやしい人に声をかけたのは。
「おじさん、この手どうしたの?」
遠目から見てても痛々しい傷跡を晒している手を指差しながら尋ねた。
その人はちょっと困りながら答えてくれた。
「おじさん、ドジだからうっかり怪我しちゃったんだ」
嘘だ。私には理解できた。その傷が他人によってつけられたものだと。
その人は誤魔化すように後頭部を掻いたがその袖口から見えた傷の多さに驚愕した。
「っ!!おじさん……!!」
それ以上言葉が出なかった。怒りで目の前が真っ暗になった。
「あー、ごめんね?気持ち悪いでしょ?」
その人は、慌てたようにそれ以上傷跡を晒さないように袖口を引っ張っていた。
「絶対に殲滅してやる……」
女の子は直ぐにでも戻って対策会議を立てたかった。001が民間人を雇い入れ下級戦闘員として自分たちと戦わせていたことに気付いたのだ。女の子は幼いながらに正義のヒーローで1を聞いて10を知る天才だった。だから困っている人や傷ついた人がいたら迷うことなく助ける。例えそれが敵であっても。
また、この人と会えるように明日もここにくるように言ったが本当に来てくれるだろうか?
不安を拭い去れないまま、女の子は自分の拠点に急ぎ足で戻った。
• • • •
会社に戻って来た俺は受付嬢に睨まれた。
「あんた、何したの……。上があんたのこと目を皿にして探しているよ」
受付嬢の言葉には怒りや呆れ、困惑が入り混じっていた。
「えっ、何で?」
「こっちが聞きたいよ……、ったくなんなの……人の貴重な睡眠時間を……」
受付嬢が何かぶつぶつと恨み言を呟いていたがそれは右から左に流れるように耳から流れて行った。
普段特別気にかけることもなく、ゴミをみるように俺たちのことを見下している、上層部の連中が必死になっていち下級戦闘員である俺を探すとはどういった風の吹き回しだろうか?
上層部の人間は下級戦闘員の顔も名前も覚えていないのに大変だろう。
「そういうことだから、司令部にでも行って理由を聞いて、はいこれ許可証」
受付嬢は俺に書類を押し付けるとそのまま机に突っ伏して寝てしまった。
おい、いいのか?いいのかそれでぇ!!
・・・・
「君が、江藤忍くんか」
江藤忍、上層部の口のからもう二度と聞けないだろうと思っていた俺の名前が紡がれる。
目の前にいて言葉を紡いだのは、表の世界ではニート。裏の世界では悪の秘密結社001の最高権力者でリーダー。正義のヒーローからはラスボスと呼ばれている中年男だった。
「リーダー、俺みたいな下級戦闘員に何の用ですか?」
「まぁ待ちたまえよ、江藤くん。君は最近、ヒーローに会わなかったかね?」
中年男は顔を片手で覆って指の隙間からこちらを見てきた。
「一週間に一回ペースで顔を合わせるじゃないですか」
知らないはずがない。週に一度招集がかかって、ヒーローと戦わせていつも俺たちがフルボッコにされている間に帰って来てるのだから。
「ふむ。実はヒーローから君宛てのスカウトが来ている。こんなの初めてだ、企業に排出することがあってもヒーローには絶対ないと思っていたからな」
中年男は茶封筒を懐から取り出した。
「嘘でしょう?」
「本当だ。どうする?残るか、ヒーローになるか。直ぐに決めてくれ」
「俺が……、ヒーローに……」
「なかなかなれない職業だ。入ってから考えても遅くないんじゃないか?」
言葉とは裏腹に中年男はけだるそうに耳をほじくる。
「いや、でも……」
「言っておくがここでは君たちのような下級戦闘員が出世することはまずない、余程ヒーローになった方が利口だと思うぞ」
そう言うと中年男は俺に茶封筒を差し出した。
「精々、君なりに納得のいく賢い答えを出せることを祈っておこう」
そう言うと中年男は追い払うように俺を会社の外へつまみ出した。
「……これは辞めろってことか?」
――――『入ってから考えても遅くないんじゃないか?』
随分とまあ気楽な考えであった。俺にはもうタイムリッミットが迫っているというのに……。
・・・・
と言いつつも、長い物にはまかれろというように俺はヒーロー潜伏先に足を運んだ。ちなみに潜伏先は茶封筒に同封されていた。
驚いたことにヒーローの潜伏先は普通のアパートだった。
インターホンを押すと少しの間の後に扉が開いた。
「はいはーい、え、あ!!えっと初めまして、ヒーローやってます。ちなみに名前は夏舞洋平…あなたにはグリーンって言えばわかりますか?」
出て来た男はあちこち寝癖だらけの頭をかいた。
申し訳ないがその姿からは俺たちをボコボコにしているヒーローの姿は全く想像出来なかった。
「えっと、ご丁寧にありがとうございます。001で下級戦闘員ギャーラーやってます。江藤忍です」
こちらも名乗って頭を下げた。
「まぁ、玄関先で立ち話もなんですから上がって下さい。すみません今僕しかいないんです」
流れでそのまま上がってお茶をご馳走になった。
「で、江藤さん。あなたがここに来たということは僕たちのヒーロー活動に参加してくれるということですか?」
グリーンが三杯目のお茶を啜った時にそう訪ねてきた。
「……はい、そのつもりです」
弱者には拒否権も決定権もないから長い物にはまかれるのだ。
「そうですか!!じゃあ、みんなが帰って来たら早速報告しましょう」
俺という弱者はこうして悪の秘密結社001から正義のヒーローにショブチェンジした。
「これからよろしくお願いします。江藤さん!!」
「……よろしくグリーンの洋平くん」
俺は使えるものは何でも使ってあの人を探してやる。そのためにヒーローでも悪の秘密結社でも利用してやる。
そんな密かな俺の覚悟を知らないヒーローは人なっこい笑みを浮かべていた。
しかし、俺には限界が近づいていた。
「……ところでトイレはどこですか?」
まずはここから利用してやる……。
・・・・
俺は変な体制で部屋を出ていく元悪の秘密結社001の下級先頭員を笑顔を顔に張り付けたまま見送った。
俺はホッと息を吐き出し、素早く斜め後ろのクローゼットに近づく。
先程彼にはここには自分しかいないと言ったがあれは嘘だ。
実は今日がたまたま招集日で作戦会議を行っている最中に彼が来てしまったのだ。メンバーの誰にも招集日は事前に教えられることはないので偶然だったのだろうが、こちらにしたら計ったようなタイミングだった。
誰かが001から配属されることは知らされていたが、インターホンが鳴った瞬間に動揺のあまりに俺を除くみんなが一斉にクローゼットに飛び込んだ。俺は、と言うと驚きのあまり動けなかったのだ。
それでしかたなく俺が彼の接待する事になってしまったのだ。彼がいなくなった今しか変わるチャンスはない!!
俺は勢いよくクローゼットを開けた。
中は半ば予想していた通り見知った顔がぎゅうぎゅう詰めになっていた。そこにスペースはなく、今更変わることは不可能そうだった。
俺は無言で扉を閉めた。
と、丁度そこで彼がトイレから戻ってきたのでまた顔に笑顔を張り付ける。
これから一緒にヒーロー活動を行う上で交流は大切と言い聞かせて、早く帰らないかな、とか思いつつ彼と話す。
・・・・
どうやら今日はよく追い出される日らしい。
俺がトイレから戻ってくると変わらず笑顔のヒーローがいた。もしかして戻って来るまでの間ずっと笑顔だったのだろうか?001にも変な奴はいたが、ヒーローにもいるんだな。とか考えているとあれよあれよと言う間に外にいた。
ーーーー『じゃあ、来週の3時またここに来てください』
そんなことを言われて追い出されていた。
追い出されてしまったわけなので、今更戻るわけにもいかず取り合えず001に提出する辞表のことを考えながら帰路についた。
・・・・
そうして丁度一週間が過ぎた頃、唐突に携帯が鳴った。開くと新着メールが一件入っていた。
差出人は受付嬢からだ。
本文はたった一行。
『壊滅状態。』
俺のヒーロー活動は不穏な空気からの始まりになった。
これは、いつか裏の世界に名を残す男の話。
最後まで読んで下さった方ありがとうございます。前書きで書いた通りちょっと長いんです。誤字脱字、感想お待ちしています。