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第二章 ・・・ 1

 悠汰に最後に会ったのは九月十八日だった。その次の日から本家に潜入し、引きこもっている。

 事の始まりは七月。

 あのパーティのあった週の末、土曜日だった。警戒していたお父様が張り切って『わかった。パパたちで話を聞いてくる。玲華は来なくていいよ』って、言っていたからにお任せしたんだけど、結果は……。

『怒らせちゃった。ごめんよー玲華。やっぱり玲華が行かないと収まらないみたいだ』

 っていうことで、次の土曜日に行かなくちゃならなくなった。

 両親も一緒に行ったのだけれど、遠ざけられあたしひとりが呼ばれた。

 お祖父様のお部屋は誰もが入れる場所じゃない。限られた使用人ぐらいだ。

 身内であろうと入らせなかった。対面するときは、それ専用の部屋があったから。

 それなのにあたしはそこに通された。

 中にはお祖父様とあたし、それとお付き役の千石(せんごく)明之(あきゆき)さん(推定二十六歳)だけだった。

 千石さんは謎のお人だ。あたし達がこの家から離れてから雇われた人だが、いつもひっそり佇み、お祖父様以外の人との会話をしているのを見たことがない。陰のようにいつも存在を消している。

 長年勤めている秘書や執事は別にいるのに、お祖父様はその人たちより新参者の千石さんを近くに置いていた。あたしはお父様が帰省するときに、ついて行くぐらいだったので、数えるほどしか会ってない。

 お祖父様の部屋はあたしから見ても広かった。普通の一軒家ぐらいはある。

 中央に置かれたベッドにお祖父様はいた。

 うえから薄目の生地の布が張り巡らされ、すぐにはお顔が拝見できない。どの時代のどこの国に感銘を受けたかは知らないが、王様みたいな部屋だった。

「ご無沙汰しております。先日は失礼いたしました」

 瞑目して頭を下げるあたしに、布越しに手招きされた。

「玲華か。よく来た。近くに」

「はい」

 それは謁見を許されたということ。

 布をかき分け、これまた大きいベッドの脇に跪く。そしてあたしはお祖父様と対面した。

「大きくなったのう、玲華」

 そう言う祖父の顔色は土色だった。

「お祖父様、ご気分が優れないのですか?」

「まあな。ワシももう歳だ。そんなことより、先週はなぜ来なかった?」

「どうしても外せない用事があったのです。不義理いたしまして申し訳ございません」

「玲華。ここには(かしこ)まらねばならない相手はいないよ」

「そうですわね」

 お祖父様には本性はとうに知られている。

 いや、繕う姿勢の方が後からきているのだ。生まれた頃から可愛がってもらってるから、隠しようがない。

 今更猫を被る必要は確かになかった。それでも、許可の言葉が出るまではと思ったのだ。本来は畏まるべき相手ではあるのだから。

「今日おまえを呼んだのは他でもない」

 嫌な予感があたしを襲う。

 それは急激にきたものではなかった。呼ばれていたときから感じていたのが、より強くなったというのが適切なところだ。

「財産分与の話、だ」

「!」

 そして、的中した。

 その後お祖父様の胸の内を聞かされることとなる。それはあたしの予測を遥か超えたものだった。

「引き受けてくれるか?玲華」

 言葉尻は柔らかいが、目では断るな、と言っていた。

 それを前にするとどんな大人でも抵抗できなくなってしまう。……と、お父様たち大人は言っていたけど、あたしには関係も問題もなかった。

「うっわーナニソレ。お祖父様、性格わっるぅーい」

「お、お嬢様……」

 あのひっそりとしていた千石さんが慌てふためいていた。だけど当のお祖父様は豪快に笑う。

「ワシにそんなこと言えるのはおまえぐらいだ」

「余生ぐらい大人しくしてたらどーお?」

「そう出来るものであればな。しかしおまえも知っているだろう。ワシは一度決めたことを行動に移さなんだことはない。必ずおまえは頷くしかなくなる」

 確かにそうだった。

 不言実行、はたまた有言実行、そして何がなんでも実行!というのが西龍院源蔵という人物だ。

 あたしは苦し紛れに笑う。

「嫌いに、なってしまいそうよ。お祖父様」

 お祖父様はそれでも面白いものをみたような、興味をひかれたようなものをその表情にうかがわせた。

「構わんさ。憎まれるのがワシの仕事だ」



 そしてあたしは引き受けた。

 色々なことが頭を巡ったけれど、引き受けると決めたからには徹底的にやりたかった。だから悠汰の件が片つくまで待ってもらったのだ。

 それからはできる限りお祖父様と共に行動した。お祖父様の仕事といえば、とにかく人に会うことが多い。国内を牛耳っている大臣や官僚といった方から、海外にまで飛んで世界の大物たちと会ってきた。おかげで、本場のパリで社交界デビューなんてものにまで出させられたけど。

 お祖父様はあたしという存在を周知徹底しただけで、ただ一人の孫として連れまわしたのだ。特にはっきりと後継者だという案内はしていない。

 それは伏線だった。

 身内に知らしめるための。そう、フリだけのものだ。

 あえて通知をしなくても、これだけお祖父様と一緒にいれば上層部には情報がいく。

 そうすれば勝手に警戒をし、自然に勘繰ってくれるのだ。それはこれ以上のないくらいの説得力になる。

 そうしておいて、お祖父様は正式に人を集め発表した。

 悠汰に離れることを告げた次の日、時間にして午後二時。

 西龍院家にはすべての親戚筋が大広間に集まった。

 それは近い血筋のものから、遠い分家や、なかには一度西龍院源蔵と関係を持っただけの身内まで。

 普段めったに来ることを許されていない者もこの日だけは特別だった。

 いや、親戚だけではない。

 企業の同グループに籍を置くものも僅かだがいた。

 それもそのはず、一族の(おさ)である源蔵が今後のことを語ると宣言したからだ。

 ざっと見渡しただけで百人は優に越す人々がその会場を埋めた。皆正装している。

 お祖父様といまは亡きお祖母様の間には三人の実子がいる。その一人がお父様だ。他にも複数の――しかも一般的にみると人数的にも年齢的にも範囲が広い――女性と交遊関係があり、その全ての子供を認知してきた。

 しかし妻として――法的に配偶者として――存在したのは一人きりだ。どんなに密になろうと内縁関係で(とど)めている。

 それほど奥方は特別だったのだと、周りは噂するが、実際に本人が語ることはなかった。

 この会場では、それに加え使用人などが準備に駆けずり回っている。しかしそれでも圧迫されることなく受け入れられている広間は、本家の敷地の内にあるものだ。

「いよいよ源蔵様が決断された」

「遅すぎたぐらいだ」

「何を言われるつもりなんだろう。こんなに人を呼んで」

「あなた鈍いわね。ここへ来て発表することなんて一つでしょう」

 ざわざわと聞こえる人々の談話のなかから切り取られて聞こえた会話。

 ここへ来て。

 そうだ、この空間を作りし人はもうあまり時間が無い。

 そのことを皆知っている。ご病気で衰えているという噂だけが駆け巡っていたのだ。

 それでも孫の晴れ姿は拝みに行ったことも、これまでよりは断然少なくなってはいるが、海外へ渡ったことも周知の事実。

 だからこそ自分の目で確認したい人も中にはいるのだろう。本当に一族の長が弱まっているのか。

 それが本当だとしたら、その次には――。

(いくら派手にしたいからってやりすぎよ、お祖父様)

 あたしはその末端に近い席に座っていた。この日のために、お母様の専属スタイリストの吉野さんに用意してもらったピンク色のドレスを着て。

 お父様はここに来ることを許されていない。正式に除外されているからだ。

 なんとか引っかかっている枝の先の分家より、この家に関わることを認められていない。

 その子供であるあたしが居ることに、不審げな目線をあからさまに送ってくる人たちは少なくなかった。

(……ったく。変わらないわね、この家は)

 だからこそお祖父様も苦労するというもの。

 だけどお祖父様もその内の一人でしかないことも確かだ。分かっているからこそ本人も、こういう形を取る。

「皆様、お待たせいたしました」

 約束の時間、二時を十五分ほど超えたとき、お祖父様の第一秘書をしている椿原(つばきはら)慶二(けいじ)さんがマイクを通して呼びかける。

 会場全体が一段高くなった舞台に集中し、静寂に包まれた。ピリッと緊張が走る。

 挨拶もそこそこに、椿原さんはお祖父様を呼び込んだ。

 お祖父様はその壇上に車椅子で登場した。

 ――噂は本当だったのだ。痩せている。これほどまでに憔悴しておられたのか。あれではもう――。

 息を呑む音と囁きあう人の声。

 これは本当にその為の席なのだと。憶測は確信に変わる。

 その直後、呑むものが息から生唾へ移行する。目に当てられた現実から、欲望を含む希望的観測へ。

 そしてお祖父様は杖をつきながら車椅子から立ち上がった。

 マイクを通して声明を発表するために。

 前置きは短く、すぐに本題は語られた。厳かな声で。


『私の命は長くない。そこで私は遺言書を作成した。その内容はここにいる西龍院玲華にこの地位と全財産を遺贈するという内容だ』

 

 そこにいた全ての者の視線が一気にあたしに向かってきた。

 戸惑いと羨望と悪意の眼差し。

 分かっていたことだ。予測の範囲内。

 あたしは胸を張ってその全てを受け止めた。

 僅かだって怯むことは許されない。それが約束だから。

『玲華。おいで』

 お祖父様に促されるまま、あたしは立ち上がった。

 皆の視線があたしが移動するのに合わせて動く。付き(まと)われてくる。痛いほどの意識を含めて。

 あたしは壇上に上がった。そこでやっと皆と視線を合わせる。ひとりひとりを射抜くように見つめた。

「なんということを……!」

 先陣を切って怒りを(あらわ)にしたのは実の息子、お父様の弟である西龍院(たけし)様だった。

 実際に重要な企業をいくつも任されているし、政界との関わりも強い。

 この中では一番の有力者で、最も後継者に相応しいと言われている人だ。

「あなたは正気か!?こんな……っ!まだ高校生じゃないか」

 それを皮切りに次々と声が上がる。

「そうよ!しかもあの(かおる)さんの子供でしょう?そんな権限どこにあるというのです!」

「何が出来るんだ?彼女に」

「あり得ない!こんなこと許されない」

 不審と当惑。そして慨嘆(がいたん)の渦。

 お祖父様の手前であるため、口にこそしないが“なんでこんな小娘に!”という意味合いが含まれていた。伏線を張ったところで、その想いは半減しないらしい。

 予測を超えない反応にお祖父様は静かに続ける。

『黙れ。まだ話は終わっていない』

 ピタリと全ての音が消えうせた。

 そしてさらにお祖父様に注目が集まる。

『不服な者は多かろう。彼女が最も相応しいとワシは思うが、何故(なにゆえ)そのように思慮するのか解せぬのであろう。確かに玲華はまだ何も功績を挙げてはおらぬ。それは遠い位置に在り、その契機が与えられなかった為だ。未成年かつ、拭えぬ男性優位の目線。そして封建的な風習。それらを差し引いても彼女が相応しいと言っておるのだ』

 誉めすぎだ、とあたしは思った。

 要らぬハードルをここまで上げるお祖父様のやり方に眉をしかめたくなる。

 それでも凛と。目を逸らさずに悠然と微笑む。

 それがお祖父様の指示だ。

 言われなくてもそうする。それがあたしの……。

『しかし猶予をやろう。ワシの意思だけを押し通して狂気に陥られたと思われても癪だ。―――そう、それが嫌ならば、阻止したいと思うならば二十日以内に彼女を説得することだ』

 お祖父様はそこでちらりと椿原さんに視線を送った。

 椿原さんは頷いて(あらかじ)め持っていた一枚のA4サイズの紙を皆に見せるように開く。

『説得した証としてこの書面に玲華の署名捺印をさせよ。さすればその者にも遺産が、望むなら権力と地位が手に入る。こういう内容の遺言書を書いてあるのだ。その在り処はとある人が持っている、とだけ言っておこう』 

 そう、お祖父様は持っていない。それは探し出されて処分されないようにするためだ。大事に保管されている。

 こんな無茶苦茶な内容を明かして、反発的に強硬手段に出る輩だっていないとは限らないのだ。

 いや、要る。

 ここには。必ず。

『このことを一族以外のもには晒してはならない。この屋敷にいる者と、今ここで聞いている使用人は例外としよう。洩らした者には法的に権限があろうと一切受け取ることは無い。無論犯罪も然り。使用人がこの戒めを冒せばその主人に責任をとってもらう』

 これが、お祖父様の考えた計画。

 あくまで外れた道を歩かずに、知恵を絞り一介の女子高生と勝負しろと言っているのだ。

 というより「犯罪を犯してはならない」という一言を追加させたのはあたしだった。そうしないと矢でも鉄砲でも持って来こられるともかぎらない。

(どこまで効くかはさておき……)

 皆のあたしを見る目が変わっていく。

 狩られる気分に陥った。背筋を冷たい汗が通る。

 それでも凛と、在り続けた。

 それがあたしの(さが)だから。


   * * *


 その後からあたしにひとつの部屋を与えられた。

 いや、それは適切ではない。

 マンションでいう2LDKの役割がその中にある。それでひとり分。だからホテルのスイートルームと言った方が近いかもしれない。

 浅霧(あさぎり)家は完全な“和”だ。かつてパーティが開かれた館はまだ洋向きだったが、本邸も世羅(せら)が部屋にしている離れも日本古来の屋敷になっている。

 だけどここは全体的に“洋”。欧州風の建物。

 お祖父様は浅霧家の当主功男(いさお)様のように日本の(おもむき)(こだわ)ってはいない。

 まだ若い頃にヨーロッパの様式に惹かれこの家を建てさせたと聞いている。

(人が必要だわ)

 信頼のおける人が。

 お祖父様は事前に使える人材を用意してくれた。

 それは主にはボディーガードだった。あたしが傍若無人な輩に反則な手を使われないように。

 それとお付きの人。身の回りの世話をしてくれるメイドと、用を言い付けることができる世話役。

「で?どうしてそれが貴方なのかしら?」

 それらすべての筆頭に立つのは、なんと千石さんだった。

 ここへきて知った。

 お祖父様はただ、信頼できる人材を選んでやったとだけ。

 部屋に入って、やっとほっと一息つけたあたしは、ソファに座りながら傍らにただ立つだけの彼を見上げる。

 ここには彼しかいない。あたしが人払いをしたから。

「私では役不足だと?」

「違うわよ。貴方があたしのとこにいて、お祖父様はどうするのよって言ってるの」

 お祖父様だって、必ず安全とは言えないのに。

 寝首をかかれるとまではさすがに言わないが、それを完全否定できる相手たちではないのだ。

「あの方の指示です」

 なんの表情も窺わせずに千石さんは言い切る。

「そうじゃなければ誰がこんな小娘に、とでも言いたいの?」

「そんなことは、まったく……」

 なにも読めなくて、いくつかの想像の内から選んで突きつけてみたら、千石さんはやや困った顔色を覗かせた。

 おっしゃあ!鉄壁崩してやったもんね!とかまではさすがに思えない。

「ちょっと陰湿なやり方だったわね、ごめんなさい」

「は?」

 訳が解らなかったようだ。

(って、こんな遊んでる場合じゃなくって)

 遊ばれてるとは微塵(みじん)にも思っていないだろう千石さんは咳払いをひとつした。

「ともかく、これはあの方が望まれていることです。貴方は――玲華様は為さるべきことに集中なされば良いのではないかと……」

 真面目が服を着ているような人だと思う。

 お祖父様の望み。

 それを言われるとぐうの音も出ない。

 あたしの為すべきこととは、これから続々とやってくるだろう有象無象を相手にすることだ。

 お祖父様は、最終的には玲華の思うとおりにやればいいと仰っていたけど、あたしは説得に応じるつもりはなかった。

「わかってるわ。じゃ、さっそく頼まれたいことがあるんだけど」

 にんまり笑ってあたしはそう切り出す。

 はい、とこれまた丁寧に千石さんは一礼した。

 あたしが千石さんに頼んだことは三つ。

 その中で、まずすべての周りの人たちに会いたいと言った。

 お祖父様を信頼していないわけではないが、自分で確認しないと安心できない。この身を任せるに値するかどうかの判断を。

 お祖父様には従順だがあたしは不満がある、という人がいないわけではないのだから。

 ボディーガードは全部で七人。誰も彼も真っ黒なスーツでサングラスをかけていて一目では見分けがつかない。

 西龍院グループがスポンサーとして出資しているスポーツ団体から、引き抜いてこられたのだと説明された。

「ここにいるのは皆、その競技では使いものにならなくなった者ばかりですよ。その中で身体能力がもともと高かった者を源蔵様が選び、護衛のための能力をさらに磨いたのです」

 最も「年長でいかにもまとめ役」だと雰囲気から醸し出していた一人がそう語った。名前は前田(まえだ)さん。

 後は苗字だけ順々に名乗っていく。左から(いずみ)さん、山元(やまもと)さん、富士沢(ふじさわ)さん、岩野(いわの)さん、大野(おおの)さん、加藤(かとう)さん。なんかみんな口数が少なくて読めない人ばかりだ。

「そういえば千石さんもそうやって引き抜きに?」

 ふと、疑問に思って背の高い彼を見上げた。

「いえ、私は違います」

 千石さんも多くを語らない。そこから少し待ったけど、だからこうなんですという説明が無かった。

 まあいいけどさー。ちえー。

 適当に見張っといてという指示だけだして、さっさとボディーガードの人たちを表に出した。

 そして次に、あたしは身の回りの世話をしてくれるという女性を中に入れた。

 いま世間で流行っているコスプレ風のメイド服をきた女性が二人現れた。

 二人とも高校生ぐらいで同じ顔をしていた。髪の毛は首の辺りで切り添えられていて、艶々な黒髪。二人とも。

 双子のようだ。

麻衣(まい)、と申します」

 すごくにこやかに笑いながら向かって左の子が言う。

亜衣(あい)です」

 すごく無表情にポツリと右の子が言う。

(うっ!モエ?)

 これが世間一般が言う萌えというやつなのだろうか。一般的かどうかは知らないけど。

「可愛いかも……」

「はい?」

 ぼそりと呟くあたしに、千石さんが律儀に腰を折ってまで聞き返してくれた。

 わざわざ言い直すつもりはないわ、こんなこと。

「いーえ。……二人は学生じゃないの?なんでこんなところに?」

 さっさと断ち切って、二人に訊いた。

 それにいかにも社交的な方、麻衣ちゃんが答えてくれる。

「わたくしたちの家は代々このお家にお仕えしてきました若村(わかむら)家でございますので、産まれる前から決められた血の運命(さだめ)なのでございます」

「時代錯誤(さくご)な言い方ね」

「はい。というのは大袈裟で、期間限定で手を貸してほしいと源蔵様に頼まれたのですわ。普段は中学三年生、お嬢様のひとつ下です」

 コロリと調子を変えて麻衣ちゃんは同年代がするような、軽い笑い方に変わった。

 直々にお祖父様からというのが気になった。

 自分から動きすぎだと思う。普段であれば誰か人を使わすだろうに。

(それだけ賭けてるってことね、このことに)

「ま、いいわ。仲良くしましょ。歳の近い同姓は有り難いわ」

「勿体無いお言葉」

「堅苦しいのはキライよ」

 あたしだって気を抜ける場所は必要なのだ。

 この本家の中でも、素を出せる相手がいないととてもじゃないけど二十日も耐えられない。

「かしこまりました。なんでもお言いつけくださいませ」

 そう言って麻衣ちゃんはお辞儀した。となりの亜衣ちゃんは結局一言も喋らず、お辞儀だけ合わせてしていた。

 全然解ってないじゃないの。もー。


   * * *


 それから夕食の時間になった。

 すごおーく広いダイニングで、言えばなんでも出てくる。っていうかここもうすでにホールね。

 それぞれ与えられた部屋で食べる者も少なくない。それは自由だ。

 あたしもそれでも良かったんだけど、なるべくこの身を周囲に晒しておいた方がいいと思った。閉じこもるのは危険だ。

 お祖父様の意思を聞き、自分には関係ないと帰っていったものがかなりいたことを千石さんから聞いている。

 それでも、あたしと交渉すればなんとかなると、僅かな希望を持っている人たちがとどまったから、そこにはたくさんの人がまだいた。

 千石さんには他の頼みを与えたため、この家から離れている。

 だから前田さんをつれてあたしはここにいた。あまり締め付けないラフな白いワンピースに着替え、上からニットのカーディガンを羽織る。

 あたしが皆の前に姿を現したとき、一瞬その場の空気が変わった。しんっと静まりかえり注目されたのだ。

 しばらくは続くんだろう、慣れるまでは。

 ため息を押し殺していると、その人たちの中からあたしに声をかける人がいた。

「玲華!」

 そして痛いほど腕を荒々しく掴んでくる。

「毅叔父様。お久しぶりですわ」

 そう、まず一番初めに接触してきたのはお父様の弟、毅様だった。

 お父様によく似ているが、なぜかこちらの方が厳格な雰囲気がある。

 本家に居続けた者と、捨てた者の違いだろうか。お祖父様により似ているのも毅叔父様だ。

「ちょっときなさい」

 有無を言わせず同じ三十人掛けのテーブルにつかされた。入り口から遠い上座の方だ。

 どこに座ればいいか一瞬悩んでいたあたしは、まあいいかと大人しく腰をおろす。

 そこには叔父様だけではなく、その奥様八重子(やえこ)様もいた。

 二人とも厳しい目で見つめてくる。

「玲華、おまえ父とどんな話をしたんだ?」

 他の会話は無用とでも言うように、単刀直入に叔父様は言う。

「別に何も。こういう発表をすると教えていただいただけですわ」

「それで玲華は引き受けたのか?兄さんは知っていることなんだろう?」

「ええ。お父様は反対なさいましたわ、最後まで」

「そうだろう。兄は腹立たしいほどの常識人だ」

 あらあら、とあたしは内心思う。

 こんな小娘に全感情をぶつけてくるほど、この人に余裕がなくなっている。それほどまでに驚愕な内容だったに違いない。

 お父様より皺が多いのでは?と思わせるその顔に、更に眉間に皺をつくって叔父様は言う。

「それでおまえは何のつもりだ」

「焦らないでくださいませ。わたくしはお祖父様の想いを遂げたいと思っただけですわ」

「父の想い?」

 低く唸るように呟く。

「冗談じゃない。今更あの人に何の望みがあるというのだ」

「そうよ。それにおかしなことだとは思わないの?貴方にその荷が負えるとでも?」

 おば様も静かに口を開いた。

 まあ、ここまでは想定内だ。だいたいこんなことを言ってくるだろうとわかっていた。

「わたくしは面白いと思ってしまったのです。何も無い高校生活の中ではわたくしの能力が埋もれてしまう。試したかったのですわ。自分がどこまで出来るのかを」

「だからといってこんな人を人とも思わないやり方!事業は子供のお遊戯ではない!」

 叔父様が声を荒げたちょうどそのとき、あたしの前に料理が置かれた。

 半分ぐらい済んでいるが叔父様たちと同じメニューだとわかる。

 一瞬沈黙が流れ、あたしから切り出した。

「お遊戯とはまた、言葉が過ぎますわね」

「玲華、おまえ浅霧家の一件に手を出したそうだな。あんなもので変な自信がついたんじゃないだろうな」

 知られている。

 お祖父様だけじゃない。ここにいるほとんどの者が、得ようとすればどんな情報でも耳に入ってくる者たちだらけだ。

 間違いない事実か、ただの噂かはともかく。

「いいえ。わたくしが為したことなどささやかなことです」

 じっと見据えられ、それから生真面目に叔父様は告げた。

「とにかくだ、さっさと署名してしまえ玲華。私ならあの人の重責ぐらい負える。君の父では無理なものがな」

 足りない。

 そんな言葉ではあたしは動かされない。

 お祖父様の域には到達しない。

 ぐらいですって?なにが解るというの。お祖父様のそしてあたしの想いが。

「ちょっと待ってください兄さん。抜け駆けは許しませんよ」

 またひとり、この場に割って入ったものがいた。

 源蔵お祖父様の三人目の実子、(みのる)叔父様だ。

 この人はお父様と毅叔父様とは歳が離れた弟だ。お父様は今年四十五歳、毅叔父様は四十三歳で稔叔父様は確か……。

(えーと……、十一歳離れてるからいま三十二歳か)

 三十代前半にしてはちゃらちゃらした雰囲気が抜けない。道楽息子というのを絵に描いたような人だ。確かまだ独身。

 一応礼節をわきまえようとしているみたいだけど、その口元に含まれた笑みには(いや)らしさがあった。

 毅叔父様は嫌悪感を隠しもせず吐き出した。

「稔、おまえは金が欲しいだけだろう。そんな低俗な狙いなら黙っていろ」

「わかってないな、兄さん。ここに残っている者はほとんどがそれ狙いだよ。兄さんぐらいだよ、権力欲しがってるの」

「金が欲しいなら遺留分がある!それで大人しくしておくんだな!」

 いつの間にか、兄弟喧嘩になっていた。

「そんな法律がこの家の何を守ってくれるって!?」

 稔叔父様も鼻息を荒く怒鳴っている。口元は笑っていた。

 この巨大すぎる血族は国の法律など握りつぶしてしまえるくらいの権力がある、と稔叔父様は言っているのだ。

「あなたたちお止めなさい。大勢の前でみっともない」

 止めたのはおば様だ。ナプキンで口を拭い席を立った。

 食事は終わったようだ。

「まだ二十日あるわ。この子にどこまでできるのか見物だわね」

 どこか愉快そうにおば様は微笑んだ。

 いつの世も肝が据わっているのは女性の方、というものね。

「そうだな。じっくり説得するとしよう。それまで誰にも折れないでくれ」

 叔父様もそう言って立ち上がった。二人ともこの場から離れていく。

 そして残ったのが稔叔父様とあたし。

 稔叔父様は構わず隣の席に座ってきた。

「やあ玲華ちゃん。綺麗になったね」

 まったく。この人も変わらない。

「叔父様もお元気そうで」

「オジサマなんて堅苦しい。稔と呼んでくれ」

「はいー?」

 しまった。つい地が……。

 ピクピクと眉が動く。

「ねえ、おれときみが組んだら最強だと思わない?」

 ああそうか。

 これも交渉のひとつか。高尚ではないけれど。

(なんてね……はは……)

「だからさ、今夜きみの部屋に行ってもいいかい」

 耳元で囁くと、叔父様はあたしの肩に腕をまわしてきた。

 色仕掛けね。血が濃すぎるとか今は考えてないんでしょうね。

 ほんとに!まったく!知性のかけらもない。

 あたしはすっと立ち上がった。

 ここに居るのはもう充分だと思った。手をつけられなかった食事が寂しそうに見えて心が僅かに痛んだけれど。

「時間をわきまえていただけるなら、いつでもお待ちしてますわ。もちろんそれがお祖父様が言う説得に値することでしたらね」

 構わないわ。

 力づくだろうと泣き落としだろうとしてくればいいわ。

 それであたしの心を動かせるのであれば、だけどね――。

 あたしはそのまま出口に向かった。

 その間中ずっと注目されていたことに気づく。ひそひそと会話する声が聞こえる。

 そしてあたしの耳にわざと届くように発する言葉も。その声は十中八九が女性のものだった。

「あの子、優雅にみせてるけど実際にはすごく乱暴な言葉を使うみたいよ」

「ええ?そうなの?」

「学校ではやりたい放題ですって」

「そういえば綾小路(あやのこうじ)家の長男に手を上げたとか」

「まあ、野蛮ね」

 学校で噂になっていることは、全てばれていると思ったほうがいい。

 あたしはそう判断した。


   * * *


 結局夕食は部屋でとった。改めて亜衣ちゃんと麻衣ちゃんにつくってもらったのだ。

 それを終えて部屋でくつろいでいると、一人の訪問客が現れた。

 その人は部屋の前で待機している前田さんに念入りにボディチェックを行われたらしく、少々不機嫌そうな顔をしていた。

「まるでお姫様だね、玲華。まったくこの僕にこんな仕打ちを」

「あ、綾小路!」 

 そこには綾小路亨が立っていた。

 この人は同じ学校の一学年年上で、かつてあたしのことを婚約者だと勝手に思っていた人だ。

 その気は無いことは、これ以上ないくらいはっきり言ってある。

 それなのに何の用事があるというのだろうか。

「どうしたのよ」

 ちなみに本性はばれている。

「僕の家はこの家の傘下じゃないか。呼ばれたんだよ、父がね。それに今日は祝日だったから、ついてきたんだ」

「じゃなくて、なんでこの部屋にって訊いてるんだけど」

 相変わらず噛み合わない相手だ。あたしは顔をしかめた。

 綾小路家が来ていることは知っていた。壇上から見つけたのだ。

「決まってるじゃないか。君の助けになりたいんだ」

 勧めてもいないのに、勝手に一人掛け用のソファに座るし。

 しょうがないからあたしも会話する体勢になった。

「助け?」

「そうだよ。君はいま後ろ楯が無くてとても無防備だ。たいしたものではないけれど、綾小路の名前でもつけておけば少しは安心かな、と思ってね」

 そうか。傘下とはいえ、綾小路家もなかなか巨大だ。対立なんてことになれば損になる部分が多い。

 そして綾小路はそれを利用するために……。

「あたしと婚約発表でもするつもり?」

「さすが話が早いね。そう、形だけでいい」

「それで貴方には何の利益(メリット)があるの?」

 交換条件に何を持ってくるつもりだ。あたしは慎重に話を運んだ。

「ただ君の力になりたい、では信用してもらえないのかな?」

「貴方には署名しないわよ」

「君ね……」

 これほどないってくらい綾小路はため息を吐き出した。

 まさかマジ?

 少し呆気にとられる。

「だってあたしには返すものがないもの」

「僕は玲華が好きなんだよ。それだけで充分な理由じゃないか」

 ただ好きだから?

 本当だろうか。いや、本当だとしたら尚更困るわ。

「知ってるでしょう?あたしは……」

「ああ。わかってるよ」

 あたしが悠汰の名前を出すことなく、彼は頷いた。

「だったら……」

「だけど君なら分かってるよね。最初は本当にただの説得だろう。皆は君をただの小娘だと思っている。しかし君は絶対に折れない。そう、ただ訴えるだけでは君は頷くつもりはないんだろう?……となると、その内攻撃は荒いものになってくる。それに完璧に対処するには対象が多すぎるんだ」

「…………」

 綾小路の言うことは、すでにあたし自身考えていることではあった。

 だからと言ってこの人は無関係だ。迷惑をかけることになる。

 きっとそれを含めての申し出なんだろうけど。

「少しでも君からその負担を除きたい。この名前で少しでも躊躇わせることが出来るなら……と思うんだよ」

「有り難う、と言っておくわ。素直に感謝できる話よ。だけどそれで貴方は本当に良いの?あたしは何も返せないわよ」

「くどいな。純粋な想いだよ。信じてくれ」

 相変わらず気障だけど、純粋だからこそあたしは迷った。

 さまざまな打算と良心が渦巻く。

(でもあたしも酷い人だわ)

 それを利用しようという気持ちに傾いている。普段なら間違いなく突っぱねるところだけど……。

「無神経を承知で言うわ」

「なんだい?」

「あたしが貴方の申し出を引き受けるなら、それは別の利得があるからなの。貴方には不本意になることよ、それでも良いの?」

 わざと遠回しに言う。それでも綾小路には伝わっているだろう。

「いいよ。君の為になるのなら」

 この人は正真正銘の馬鹿だわ。そして優しい人。

 あたしはそれに応えられないというのに。

 先ほどの噂を聞いてあたしは確信したのだ。悠汰のことにまで、たどり着いている人がいるだろうということに。悠汰を使ってあたしを脅してくることも考えられる。

 それだけはさせてはならない。

 悠汰を関わらせたくない。

 綾小路が婚約者ということになれば、悠汰を利用しようという人が減ってくれるのではないかと期待していた。

 そのために、あたしは綾小路を利用する。

 一時期は最低な人だと思って避けまくっていたのに、おかしな話だわ。

「バカね」

「悪いけど、僕もこれ以上嫌われたくないからね」

「充分、見直してるわよ。綾小路先輩」

 自然の笑顔があたしから出てきた。

 すると綾小路先輩はすっくと立ち上がり。

「ご褒美なんてくれるかい、玲華」

「調子にのんな!」

 いきなり歩み寄ってきた綾小路を、あたしはその(すね)を容赦なく蹴っ飛ばした。

 まったく。これがなければいい奴なのに。

 と。

 そのとき、いきなり扉が開いた。綾小路がなにか嘆こうとしている前だった。

「玲華様、ただいま戻りました」

 千石さんが抑えた声で現れたのだ。痛がりながらそれでも突っ立っている綾小路は、綺麗に無視されている。

 そして、その後からあたしが呼び出した人が、きちんとスーツ姿でついてきた。

(よしよし)

 にんまりあたしは笑う。

 ちゃんとした格好させて来てよ、と千石さんお願いしてあったのだ。

「おまえ、オレの事ただの何でも屋だと思っているだろう」

 久保田(くぼた)さんは挨拶も省いていきなり睨みつけてきた。

 相変わらずの態度だ。

 だけど、これで力強くなる。

 本人には言わないけれど、あたしは久保田さんを頼りにした。

 久保田さんは探偵をしている。浅霧家の一件で知り合いになった人で、それからもちょこちょこ関わりがあった。悠汰が間にいたからだ。

「冗談でしょ?正式な依頼よ」

「うそつけ、ただの暇人だと思ってるだろう」

 どうやら今日は虫の居所が悪いらしい。

 まあ、千石さんに強引に連れてこられてきたようだから無理も無い。こういうやり方嫌いそうだしな。

 それでも来てくれたことには感謝しなくてはいけない。

 まだ言わないけど。

「いいから。話、聞くだけ聞いてよ。絶対損はさせないからさ」

 あたしは知っている。ここまで来た時点で、久保田さんに断るつもりがないことぐらい。

 渋々という感じで久保田さんはどかっとあたしの前に座った。

 それから綾小路も帰らなかったから、三人で話をすることになった。今の状況と、今後の予定をあたしは伝える。

 千石さんはやはり佇んだままでその様子を見守っていた。

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