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第一章 ・・・ 7

 俺はそのまま学校へ戻った。だけど美山は、あんなとこに一日に二回も行くのはごめんだ、とか言ってふけていった。

 電車を降りて、一人で着くころには三時間目が終わろうとしていた。

 この学校はセキュリティがきっちりしていて、校門は登下校時間以外は閉まっている。申請がないと開かないのだ。前回綾小路が帰るときには、あいつが届出をしていたから開いていたんだと思う。

 だから俺が帰るころには当然閉まっていた。

 美山が別れ際、いい事を教えてやるといって、抜け穴を教えてくれていなければ、俺は未だに入れていなかっただろう。

 というか「体育館裏に生えている樹が、塀を超えて枝が下に伸びている部分があるから、そこから登って中に入れ」なんて、なんつー大雑把な……。

 玲華のあの家にも木々が生い茂っていた。

 こうやってあそこも入れんじゃないかと一瞬思ったけど、あそこにはセンサーがあるんだって、瞬時に思い直した。都合よく外に出ている枝も、その逆も当然なかったし。

 やっぱりカメラよりもセンサーが厄介だな、と思う。あれできっと住人に知れてしまうんだろう。

(あれ?)

 そういえば俺は殴られた後、どうやって出たんだろうか。

 久保田さんが出してくれたんだとは思うけど、どうやってセンサーをかい潜ったんだろう。

 もしかしたら、中からは簡単に出れるのかもしれない。

 ……っていうか、俺は成功していたらどうやって出るつもりでいたんだろう。

 確か比路とは入り方は打ち合わせしたけれど、出方はまるきり話しに出なかった。

(まあ、俺も玲華に会うことしか考えてなかったし……)

 そんなことを考えながら人気(ひとけ)を避けてチャイムが鳴るのを待った。

 もうサボることに慣れている自分に驚く。

 授業に出なかった一回目というのは、あまり自分でも覚えていない。ぼんやりしていたら、授業が始まっていたというのが実際のところだから。

 親からの他人を介しての束縛があって、実は中学時代も一度しかサボったことはない。罰という名の暴力をふるわれてからは、もうそんなことはやる気すら起こらなくなったのだ。

 休み時間になって教室に戻ったら、すかさず拓真が睨んできた。

「神崎くん。なにか言うことあるよね」

「……悪い」

 それ以外に何が言えるんだ。

「自分がどういう体調かわかってる?」

「まあでも……一人じゃなかったわけだし」

「相手が美山先輩ってことだけで大問題だよ」

 吐き捨てるように拓真が言う。

 やっぱりバレバレだったらしい。きっとまた、噂とかいうものが立っていたんだろう。

「珍しいな、拓真がそんなふうに言うの」

「自分があの人になにされたか忘れたんじゃないの?」

「忘れてはないけど……」

 まずい。拓真が本気で怒ってるみたいだ。これはかなり心配されていたんだろうな。

 もう一度悪いと謝った。

 それから昼休み時間になると、拓真から話がしたいと改まって言われた。

 誰にも聞かれないところがいいと言われたので、例にならって屋上を案内する。だけど外に出てみると肌寒かった。

「こんなところにいたんだ。それじゃあ風邪も悪化するよね」

「あのときはまだ暖かかったんだけど」

「そうだよね、ここ二、三日で急激に冷え込んだんだから」

「わかってんなら言うなよ」

「君は暖房完備な病室にいたから知らないと思って。教えてあげたんだよ」

 こいつはどんどん遠慮がなくなってくる。もしかしなくても、一生勝てないんじゃないか。

 とくにいまは、俺の方が罪悪感があるから強気に出れないところがあった。

「それで?学校脱け出してどこに行ってたの?」

「……美山に連れて行かれて比絽と京香に会ってきた」

 仕方なく素直に話す方を選ぶ。

 心配かけたのは悪かったと思うし……。それに話さなければいけないことも確かにあったんだ。

「だからさ、今夜もう一回比絽とやってみようかと思うんだ。悪いな拓真」

「やっぱりちょっと変じゃない?その人」

 最後の美山の言葉までは伝えてないのに、ひと通り聞いただけで拓真は訝しがった。

「どこがだよ」

 また俺は不愉快になる。拓真も美山も一方的すぎてムカつく。

「あの家に迎え入れるやり方は、考えはあったって言ったんだよね?」

「そうだ。だけど居候の身だからって……」

「だったら京香先輩にそれをしてもらえば良かったんだ。仲が良いんだろ?京香先輩と」

「なんで京香……」

「京香先輩は元々あそこに住んでる人だよ」

「えっ。でも一条だよな、苗字」

「いろいろと複雑みたいだよ。京香先輩は戸籍は西龍院だけど、本人の強い希望で学校では一条って名乗ってるんだって」

「おまえ京香と面識あるのか?」

 そういえば京香も拓真のことを知っていた。

「校内では有名な話なんだけど……。面識は一度だけ、京香先輩が神崎くんを呼びに来たときだけだよ」

 そうだ。そんなこともあった。

 じゃあなんで京香は拓真の人柄まで言うことができたんだろう。

 これも俺が知らないだけで有名な話なんだろうか。

「おまえって有名人?」

「なに言ってるの?」

 質問が唐突すぎたようで、拓真から呆れ顔が返された。

 では違うということか。

(もしかしたら……)

 先ほど比絽に言われた言葉がひどく残ってる。

 ――拓真くんときみは合わない。

 共通しないって。

 なぜ比絽の言うことはいちいち説得力があるんだろう。ちゃんと理論付けて言ってくれるからだろうか。

「なあ拓真、俺らって一緒にいないほうがいいんじゃないか?」

「なに、言ってるの?」

 先ほどと同じ反問をキツ目な口調でされた。

「俺はこんなんだし、おまえに迷惑かけてることの方が多い。今回もおまえがこんなことに手を貸すってだけで、おまえに危険が及ぶかもしれないんだ。こんなことにおまえを巻き込みたくない。それに今回だけじゃない。俺といることで、悪い奴におまえが目をつけられる場合だってあるだろ」

 俺の周囲にいるから、京香は拓真のことまで認識したのかもしれないと考えられた。

 比絽は悪い奴じゃないけど。美山とかだって知っている感じだったし……。

「ちょっと待って神崎くん。もしかして誰かにそう言われたの?……もしかしてその比絽さんに?」

 本気でなに言ってんの?って顔された。

 俺はそれには答えられない。ここで頷くと、比絽のせいにしているみたいで、何も言えなかった。

 拓真の話が出たときの比路の変化が忘れられない。

 なにを言いたかったんだろうか、比絽は。

「……ねえ、いま頭痛とかって大丈夫?」

 俺の顔を覗き込みながら、何度目になるかわからない問いかけをされる。これには心配させたくなくて、頷いた。これまでと同じように。

 すると。

 間髪入れずに、殴られた。拳で。

 ちょっと掠めた感じだから痛みもなかったけど、別の衝撃があった。あまりに想像できないことで、驚きの方が強くて。

 茫然としていると、拓真はちょっとバランスを崩していた。なんとか踏みとどまって、それから涙で滲んだ眼を向けてきた。

「信じらんない!馬鹿じゃないのか!君は。ここでそんなこと言うかなあ?……言っとくけど!ボクは人を殴るのも初めてなんだからね!」

 また俺は非常識なことを言ったんだ、と思った。

 殴られたことに脅威はなかった。ずっと避けようとしていたことだったのに。殴ることも、殴られることも。

 きっと拓真の人柄だ。普段そういうことからかけ離れた、誠意ある人間性だからだ。

「ちくしょう。むかつく。殴る方も痛いんだ……」

 俯いてポツリと呟く。

 だから、やっぱり……。どうしても傷つけてしまう。

 自分は影響されやすいと言われたけれど、俺だってきっとそれを与えてる。拓真に。

 確実に悪の方へ。

「友達だと思っていいって言ったじゃないか。ボクが気に入らないならそう言えよ。そうじゃなくて本気で言ってんなら……そういう考え方改めてよ」

 拓真の言うことは奥が深くて、すぐには理解できなかった。

 でも本気でぶつかってきているのは痛いほど分かって。

「ごめん……」

「いいけどね。神崎くんがその人を信じたい気持ちはわかったよ。でもちょっとだけ待って欲しい。ボクもいろいろ見つけたんだって言ったよね、入る方法。やるのは神崎くんだから、一緒に話し合おうよ。最後には神崎くんが決めていいからさ」

 いつもの人懐こい笑顔になった。

 胸のどこかにしこりが残ったままだったけど、俺もなんとか笑った。


   * * *


「けっこう大胆だな、おまえ……」

 壁で風を遮りながら座り込み、俺と拓真はそのまま屋上で即席の打ち合わせ会議を執行することにした。

 俺は一度見た見取り図をなるべく思い出しながら、簡単に白紙に書いた。

 そして拓真は作戦一から五までを、パソコンでまとめて打ち出された用紙を、家から持ってきていた。その二枚を地べたに広げながら話し合う。

 その中の作戦二が俺の目をひいた。

「これにする?でも、これこそ帰り道が確保できないよ」

「帰りはいい。久保田さんとかに出してもらえるだろ?」

「あんまり軽く考えない方がいいと思うよ」

 また拓真に呆れられてしまった。

「出るのは簡単だろ。センサーでバレたってそのまま逃げればいいんだから」

 たとえ、久保田さんが協力してくれなくても……。

 俺は続きのその言葉を呑み込んだ。

「うーん……そうかなあー」

 拓真はあまり納得していなさそうだ。

「それに他のだと非現実的すぎないか?……一部の塀にこっそり穴を開けて入り、あとでハメておくって……これって作戦かよ?」

 ちなみにいま読み上げたのは作戦五だ。おまけで入れたとしか思えない杜撰(ずさん)な内容だ。

「ウチの関係の人で、話のわかる人がいるんだ。その人にお願いすれば手伝ってはもらえると思うんだけど……時間がかかりすぎるのが難点かな。センサーに触れなくても、開く前にバレちゃうね」

「ウチの関係の人?」

「父の仕事の関係の人」

 考え込みながらも説明してもらったけど、まったく俺には理解度が上がらなかった。

 そういえば拓真の父親がなにをしているのかも俺は知らない。

「なんの仕事?」

「いろんな催し物で特攻とかの演出をしてる会社。依頼によってだけど、大道具とかセットも造ったり、構想を練ることまでするんだ。父はそこの社長してる」

「ふーん」

 いろんな仕事があるんだな。自分の視野が狭すぎるのを痛感した。

「ああ、だから作戦二が可能なんだ」

「そう。ボクも大きいこと言ったけど、結局その人に頼らないと今回は何も出来ない。そこが悔しいんだけどね」

 紙から目を離して、拓真ははにかむように笑う。

 充分だと思った。そういう人が周りにいることもひとつの才能だから。

 顔が広くなれば、様々なところで可能性が広がる。それも拓真が円滑な人間関係を構築しているからなんだ。

「でも、その人にも迷惑かけることになるよな」

「神崎くんはそこは気にしなくていいよ。そこはボクがその人に気にかけることだ。その為にボクがあいだにいるんだから」

「そういうものなのか?」

「たとえば神崎くんがそこを軽く見て失敗して、なにか迷惑になるようなことが起こったら、それはボクの顔に泥を塗ったことになるんだ。だからどちらかというと、その人にじゃなくて、ボクに対してどれだけ思いやる気持ちがあったかどうかが重要になってくる」

「う、うん……」

 よく解らない。それはどう違うんだろうか。

 ちゃんと拓真にも迷惑かけたくない気持ちはあるけど。

「それより作戦四はどう?これもまだ案だけの状態で、調査が必要なんだけど、帰りを考えればこれかなと」

「ああ、駄目。俺、高所恐怖症だから」

「ええー」

 サクッと断ると、凄く意外そうな顔をされた。

 ちなみに作戦四は、ハンググライダーもしくはスカイダイビングで、上空から屋根に降りて侵入するというものだった。これも非常識極まりない。

 調査が必要っていうのは、恐らく上に向けてセンサーがあるかどうかだろう。つまり上空からの警戒度だ。

 だけど実は、この学園の塀ぐらいの高さもギリギリだったんだ、俺は。

 限界がどこまでかなんて自分でも知らないけど、上空はかなりヤバイってことはわかる。

「本当に?ナントカと煙は高いところが好きって言うけど?」

「てめえ……」

 貶しすぎだ、拓真。なんとかって、わざと濁されたところが余分にムカつく。

「言っとくけどスキューバも駄目だからな!」

「なに威張ってんの?」

 事実を言ったらさらに呆れられた。ちっくしょう。

「最初に言ってよ。計画の段階から配慮したのにー」

「聞かれないのに言えるか、こんなこと」

 みっともなさすぎるだろう。それでなくても散々ダサいところ見られてんのに。

「他にあるなら言っといてよ。閉所は?暗所は?狭所は?女性は……大丈夫そうだよね」

「うるせえ!ねえよ!」

 まったくもう……。

 ありがちだろう?高い所が怖い人なんて。

 大丈夫な人の気が知れない。普通に怖いじゃないか。

 拓真は真面目に俺が言ったことをメモしていった。やめてくれ、と思って論点を逸らす。

「それに帰りはいいって言っただろ」 

「それは駄目だよ、やっぱり。玲華さまと久保田さんがあれだけ阻止したかったのは、君という存在を隠すためだと思うんだ。たぶん行きも帰りも見つからない方がいい」

 神妙な面持ちで拓真は返した。

 どうしてもそこは納得がいかない。だけどそれについては何も言わなかった。また怒り出されたらたまらない。

「もうバレてんじゃないか?あの日久保田さんに殴られた後、センサーに触れずに出れたかどうかわからないし。きっと病院につれてくために慌ててただろうし」

 たぶん。慌ててたよな?

 最後の方、まだ記憶が曖昧だけど……。

 思い出そうとすると、前は頭が痛くて。いまは頭痛はしないけど、代わりに胸が痛むから、考えないようにしてた。あの瞬間のことは。

「久保田さんじゃなかったよ。君を病院に連れてきたの」

「え?」

 俺はてっきり、あのまま久保田さんが連れてきたものだと……。

「もうちょっと若いっていうか。黒い男の人だった」

「黒い?」

「全身が黒い服で、印象も暗い……というか静かというか地味というか……。そう、影みたいな人だったよ」

「誰だよ、そいつ」

「ボクは玲華さまのメールで知れたから、君より早く病院に着いたんだ。それで会えたんだけど、君が手術室に入ってボクたちが騒いでる隙にいなくなってた。だからごめん。名前とか聞けてない」

(そんな……)

 久保田さんじゃなかった。

 それがどうしてこんなに心に()()いるのかわからない。

 慌ててくれたと思っていたけれど、もしかしたらそうじゃない……っていう、可能性がでてきたからかもしれない。

 捨てられたのだろうか、自分は。本当に、邪魔だっただけなんじゃないのか。

「ごめん。もっと早く言うべきだったね。ただ、その人は玲華さま側の人間だと言っていたよ」

 俺の顔色を見ながら拓真は言った。

「玲華側?」

「うんそう。ボクは神崎くんの友達だって名乗って、どうしたんですかって事情を聞いたんだ。そしたら、答えられないけれどこれだけは言えるって。久保田さんは頭を殴るつもりじゃなかったって。殴る直前、咄嗟に力を抜いたんだって」

「そっ、か……」

 バカだな、俺は。

 何も現状は変わってないのに。

(なんで、それだけで……良かった、なんて――)

 そう、安心するんだろう。

 まだ本人から真意は聞けてないのに。その人が真実を話しているかどうかもわからないのに。

「神崎くん?」

 膝に顔を埋めた俺に、拓真が心配そうな声をかけてきた。

「なん、でもない……」

 ずっと胸につかえたものが、咽喉を通って頭にまできた感じがした。脳を巡って涙腺を襲う。

 でも泣かなかった。

 泣かないように必死で耐えた。

 いま涙が解き放たれると、立ち向かう意気込みとか闘志が崩れ去ってしまいそうな気がしていた。

 大きく深呼吸を繰り返す。かつてしていたものとは異なる意図で。

 なんとか治まった頃に、拓真が言った。

「やっぱり神崎くんは玲華さまに逢わなきゃ駄目だ」

「拓真……?」

「ボクは事情は詳しくないけれど、もしかしたら玲華さまが間違っている可能性だってあるんだ。このままだったら、玲華さまが帰ってくる前に全部壊れてしまうかもしれないよ。そんなの嫌だ!」

「玲華が、間違ってる?」

 なぜかいままでそのことに頭がいかなかった。

 そうか。玲華も間違うことがあるんだよな。すでに遠い存在で、あの頃と現在(いま)ではズレがあるのかもしれないけれど、人間だったら間違うこともある。

 それから、拓真は俺が駄目になるとは言わなかった。全部って言った。

 止まらない欲望でこれまで突き進んでいたけれど、ずっと心のどこかで自分を責めていた。

 俺がしていることは、自分のことしか考えてない自己中心的な行動だって。自分が安心するためにしていることだってわかったから。

 でも拓真はそこを責めない。叱らないで、それどころか協力したいなんて言う。

「拓真。決めた」

 少し意識を変える。

 自分のためだけじゃない。こうなってしまう前に戻れるように立ち向かおうと。

(戻るじゃないな)

 変化はあっていい。ただ、それでもこれからを笑って過ごせるように。遺恨を僅かでも残さないように。

 進化する。

「作戦二でいこう。俺は拓真の協力であの家に行く」

「神崎くん……」

 比路には悪いけど、今夜あの店には行かない。

 拓真の方を信じたとか、そういう次元の話ではなかった。拓真は俺たちの輪の中にすでにいた人だから。こうなる前を知っている人だから、拓真と計画を実行しようと思った。


   * * *


 こういう侵入のときは深夜に行うのはセオリーらしい。

 人に見られる可能性を、少しでも減らしたいわけだから当然とも言える。だから前回も皆が寝静まる時間帯を選んだ。

 しかし今回はちょっとそれより早い。

 一般論としてだが、小さい子供とお年寄り以外ならば起きているだろう時間。所謂てっぺんだ。

 拓真は俺に菊池(きくち)さんという人を紹介してくれた。火薬の扱いにはプロフェッショナルな人らしい。

 すでに作業に入ってもらってる。

「あたりまえじゃないか。失敗してボクのことがバレたら迷惑かかるのは親だよ」

 拓真は今日のことを両親に打ち明けてしまったそうだ。それでマジかよ、って返したら、憤然としてそう言っていた。

 だからそんな覚悟までして協力しなくていいのに……って言ったら、頭を軽くはたかれた。

 あいつはどうやら一回殴ったら、二回も三回も同じだと思っている節がある。

「でもそれで親に止められないんだから凄いよな」

「信頼度の差じゃないの?君は日頃の行いが悪いんだよ」

 菊地さんの準備が出来上がるまで、俺たちは例によって樹の影に身を隠していた。

 やるまえに戦意喪失になりそうなことは言わないでもらいたい。脱力する。

「でも神崎くんはお兄さんが理解あるじゃないか」

「兄貴……?」

「どうせ言ってないだろうと思って、ボクからちゃんと報告しといたよ」

「……嘘だろ」

「そしたら弟をよろしくって。良かったね」

 ポンと軽々しく俺の肩を拓真は叩く。

「いつの間に兄貴と連絡先なんか……」

「君が寝てるま」

 素知らぬ顔してサラリと言いのけた。

 だったら初めのほうかよ、さっさと言えよな。そーゆーことは。

「相手が玲華さまのことなら仕方ないって言ってたよ。神崎くん、本当に現状もなにも伝えてなかったんだね」

 そう言いながらも、やつは爽やかな笑顔を向けていた。

 俺としては女のことで余裕をなくてしてるって思われるのが癪で、言えなかったんだ。

 こんな軽口をたたいてる間にも、菊地さんは着々と準備をしていた。表に面したところから爆発音が聴こえる。

「始まったね」

 緊張の含まれた一言を拓真が発した。

 ああ、と俺は短く頷く。

「気をつけてよ。本当に行きだけの作戦だからね」

「わかってる。おまえももう行け」

 いつまでもこんなところでウロウロしていたら、見つかってしまう。

 中に入るのは俺だけだ。

 現場にも来なくていいって言ったのに、断固としてついてくるんだから。

「うん。玲華さまによろしくね」

 殺し文句みたいなものをわざと付け足して、拓真は走って行った。

(ばか……)

 無駄に力が入るようなこと言いやがった。

 それでも俺は動く。さらに奥へ。

 一発目は騒ぎだけ起こすもの。人々をその場に集めさせ、塀に穴を開けるためのものだった。

 耳を澄ましながら移動すると、微かだが遠くから叫び声が聴こえる。

 俺は玲華がいるという部屋から、最も近い塀にフック付きロープを投げた。前回より落ち着いて登れているせいか、スムーズに上まで行くことができた。

(きた……もう一発)

 そして二発目は停電させるために配線盤のある部屋を狙うものだ。

 家の中が真っ暗になった。

 ここまでは計画通りだった。場所は見取り図でわかっていたから、ラジコンにつけて遠隔操作するという計画。

 菊池さんはなるべく近いところにいるんだろう。電波が届く範囲に。

 見つかる危険性もあったけど、ちゃんと拓真が逃げるための車を用意させているから大丈夫だと思う。

 前回使用したフック付きロープは、おそらく久保田さんが回収しているだろう。そう予測し、新たなものをちゃんと用意したのだ。思ったとおり、ロープどころか俺が侵入した痕跡がなにもない。

(高い……)

 こんなに高かっただろうか。前回は本当に余裕がなくて、なにも考えられなかったことが逆に良かったみたいだ。

 一瞬だけ躊躇う。しかしここで時間をとられるわけにはいかない。

 意を決して俺は飛び降りた。足底が痺れる。

 ばかでかい敷地を俺は走り出した。そしていくつも並んである窓のひとつを適当に選び、その前でベルトに挟んでおいたバールを引き抜く。

「悠汰くん」

 いきなり横から声がした。気配を感じておらずギクリとなる。

 振り返ると、外に比絽がいた。

 どうして、と思う前に、そうか比絽なら爆発音でなにか察したのかもしれないと考えた。

「比絽……」

「やっぱり悠汰くんだったか。無茶なやり方したね」

「どうしてここが?」

 いくらなんでも、この広い敷地の中で俺が侵入する場所を絞れるのは不思議でしかない。

「見取り図を見せてあげたのはぼくだよ。電気系統を落とすならどこから侵入しても一緒だからね。ならば玲華の部屋に近いところから入るんじゃないかと思ったんだ。すぐに到着しないと予備電源が作動するでしょう?」

「あ……」

 単純に図星という話だけではなかった。

(予備電源、あったんだ……)

 しまった。完璧だと思っていた計画に、実は穴があったらしい。

 拓真も気づかなかったんだろうか。

「それで?センサーを通り抜けて、次の建物にはどうやって入るつもりだったの?」

 俺の持っているものを見ているくせに、わざと比絽は聞いてくる。

「強行突破で悪かったな。こじ開けようと思ったんだよ」

「ほんと考えなしだね。それじゃ侵入者がいたのバレバレだよ。こっちきて、ぼくが開けた窓があるから」

 いつもの笑みを浮かべながら比絽は歩き出した。

(助かった)

 暗闇の庭の中を俺はついていく。

「待ってたけど来ないから、もうやめたのかと思っちゃった」

「悪い比絽。でも裏切ったってことじゃないから」

 非難の色が声に含まれていて、焦りながら謝った。

「まあ仕方ないよね。きみが面白い人ってのは知ってたし」

「え?」

「ここだよ」

 比絽が出てきた窓は、いまは誰も使っていない客室だと説明された。

 それにしても広い。この空間を無駄にしてるなんて、勿体ない話だ。

 暗くて詳細は解らなかったが、完璧に洋風を真似ているらしい。俺が靴を脱ぎかけたら、比絽が土足のままで良いと言った。

「ここからは一人で行きなよ。ちゃんと場所把握してるんでしょ」

「ああ。助かった」

 本当に、有り難かった。お礼を言って出ていこうとすると、比絽が待ちなよと言って呼び止めた。

「一つだけ話しておきたいことがあるんだ」

「いまじゃないと駄目か?」

 できれば停電しているうちに動きたい。

 俺には焦燥感があった。

「そうだよ。きみが玲華と会う前に言っておきたいんだ。本当はあの店で話すつもりだったんだけどね……」

 あくまでも静かに比絽が続けた。

 玲華に会う前にという言葉で、俺は走り出したい衝動をこらえ比絽に向き直る。

 そして語られた内容は俺の想像を遥かに超えたものだった。

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