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第四章 ・・・ 1

 あたしはすぐに久保田さんに比絽のことを話す。もちろん天井を移動中にだ。

「悠汰には言えなかったけど、今さら殺意もった人が一人増えたって、あたし的にはそんなに変わらないんだけど……」

「その一人が比絽だってのが問題なんじゃないのか?」

 まあ、確かに……。

 遺産がらみじゃないし、比絽だけ比絽次第で動けるというところがあるし。

「それより、地下一階に入れた者が全員解放されていた」

「ふうん。いつのまに……」

 毅叔父様が情けをかけてあげたとは思えないけれど、かなり早いタイミングだ。

「地下一階だけなの?」

「そうだ」

 つまり加藤さんだけがまだということになる。

 ああ、だから機嫌が悪そうなんだわ。もしかしたらどこかやられたのかと思って、心配しちゃったじゃない。

「じゃあ加藤さんにあなたの姿、見られたのね」

 悠然と入口から歩いてきていたし、あそこは一方通行だ。

「加藤はチクると思うか?」

「試したの?万が一でもバレたらいけないこの状況で?」

 信じられない。自分が一番うるさく忠告していたのに。

「加藤は寝ていた」

「え?」

「見られてはないが気づかれてはいるだろう。あんなにうるさくしたのに、大人しく寝ている奴ではない。だから寝たフリだ」

「だから?」

「なぜ寝たフリをしたのかがわからん……」

「あ、そう……」

 最後はそれなのね。

 心配なのもわかるけれど、欲を出しすぎれば失敗する。

 加藤さんのところは鍵を開けてあげて、あとは彼自身に頑張ってもらうしかないと思うんだけど。

(でも)

 あたしにももう一人気になる存在が出ていた。いまの悠汰との話の中で。

「京香はどうしているのかしら?」

 仲が良いとはお世辞にも言えない。

 策略のうえで悠汰に近づいたことは今でも許せない。

 だけど。

 表情がぼんやりとしていたと悠汰が心配していて。あたしとしてもそんな京香なんて見たことないし。

 心配ではある。

「とりあえず一旦戻るぞ。話はそこからだ」

 それはわかる。

 この騒ぎで誰かが様子を見に来たときに、あたしがいないとまずい。それは初めから話し合っていた結論でもあった。

 仕方なく気持ちを切り替える。

 ただ戻ることに専念した。

 厨房から出ると、行きのときより廊下が騒がしい。久保田さんをまだ探してるんだろうか。

「久保田さん。そういえばどうやって騒ぎを起こしたの?」

「オレはとくに何もしてない。姿を見られないように変装したんだが、すでにそこは大騒ぎだった。そこへ奇妙な奴が現れたから、かなり警戒されて、何もしてないのに発砲してきやがった」

「――ええっ?」

 どういうことよ。大騒ぎって。……っていうか奇妙な変装ってなに?聞いてもいいのかしら?

「その話も後だ」

 だけどさっさと久保田さんは先に廊下の様子を窺って、人のいない隙をついて外に出た。あたしも続く。

 久保田さんは動物並みの直感をしていた。ギリギリのところで隠し通路に入り、あたしたちは部屋に向かって走った。

 そして部屋で千石さんと合流した。千石さんはここで誰も来ないように見張っていてくれていたのだ。

「玲華様大変です。京香様がいま地下一階に囚われているようです」

「えっ!?」

 あたしの顔を見るや否や、千石さんはあくまでも落ち着いた声で、まったく大変さを出さずにそう報告してくる。

「比絽様も捕えようと動かれているようですが、比絽様は行方不明です」

「行方不明?外に出たの?」

「いいえ。外へと続く道はすでに毅様の手によって固められてますよね?比絽様も貴女と同様、このまま出ることを許されておりません」

 ああそうか、だからあんなに何人もの人が行き交っていたんだ。

 つまらなさそうに久保田さんが間に入ってきた。

「この家でいなくなったのなら捕まるのも時間の問題だろう」

「隠し通路は?」

「どうだろうな、あいつが見つけられているかはわからんが、稔の例もある」

「稔叔父様と比絽にはまったく接点はないわよ」

 むしろ比絽は憎む対象に入れているはずだ。あのふたりが関わりがあるとは思えない。

「なにも稔が喋ったとまでは言っていない。同じように何らかの形で情報を得た可能性があってもおかしくないと言ったんだ」

「独自で、見つけて……?」

 あるんだろうか、そんなこと。

「千石さん。京香の様子は?」

「申し訳ありません。私もこちらに数少ない親しい使用人が来まして、誤魔化すのに必死でしたので……。何があったのか確認するのがやっとでした」

 いたのね。親しい使用人。

 って、そこじゃなくて。

 やはり来たのか、ここに人が。千石さんを置いておいて正解だったようだ。

 逆に言えば、一度来たならもう安心だ。

「ねえ、隠し通路がばれていないのだとしたら、比絽はどこにいると思う?」

 あれだけの精鋭たちが探しているのだ。いくら広いといえども隠れる場所なんてない。

「誰かが匿っている、か?」

「そうね」

 久保田さんの反問にあたしは頷く。

 ではそれは誰かということだ。

 比絽は目立たない存在だったが、それだけではない。誰とも関わりをもってこなかった。

 そう、京香だけだ。

 だけどその京香はいま囚われの身。だから匿えない。

 そうなってくると自然と浮かび上がってくる人物。

 久保田さんも同じことに思い至ったようだった。

「まさか……。しかし、理由がない」

「でも稔叔父様しかいないわ」

 毅叔父様に関わるものが匿うはずがない。一番対極にいるとされているのは清志郎伯父様だが、それこそ比絽とも離れすぎている。清志郎伯父様に得だってない。

「稔叔父様が一番どっちつかずな態度でいるのよ。一番ありえるわ」

「だから、なぜだ?」

「もしかしたら、あたしの義兄(あに)だって知って……。比絽が毅叔父様に処分されないことを、あたしのためだとか考えていたら……」

 思考とともに口から言葉として出た。

 きっと比絽が囚われたら、あたしは比絽もそのままにはしておけないと思うだろう。

 稔叔父様は、少しでもあたしの負担を軽くしようとしている。

 それがこれまでの彼を見てきて感じることだった。

(だって、結果助けてくれた)

 すべてを知って久保田さんを人質にしようとした理由。いまなら署名のためじゃないってわかる。だからといって、はっきりこれだという確信は持てないけれど。

(まさか本当は違うことを提示しようとしていた?)

 例えばそう、お祖父様のこと。

 自分の父親の本音を、あたしを介して聞きたかったのではないだろうか。

 ――きみに愚痴りたかっただけかもしれないな。

 あの人があたしに最後に言った言葉。あれが全てを物語っているのではないだろうか。

 つまり、稔叔父様自身にも迷いがあった。だからこそ一見、一貫性のないように傍から見える行動を取っているのではないのか。

「ちょっと待てよ。おまえ……それはおかしくないか……」

「あ……」

 ふいにあたしも矛盾に気づいた。

 そうだ。比絽が義兄だとあかしたのは、稔叔父様が盗聴器のことをばらした後だ。

「……んだよ。そういうことかよ、あの野郎」

 鬱陶しそうに久保田さんが毒づく。

「常にひとつはずっとこの中にあったってことね」

「おまえはもう寝ろ。明日もあるんだ」

「久保田さん、それはあなたも同じでしょ」

 あたしたちは結局進歩がない。同じことを繰り返している。

 しばらくお互い睨み合い、深いため息を吐いた。

「なんか悠汰の苦労が窺える」

「どういう意味よ!」

「まあいい。千石、そういうわけだ。もう一度出てくる」

「ごめんなさい。そういうわけだから留守番お願いね」

「……仕方のない方たちですね」

「ひと括りにしないで」

 微かに穏やかな空気を醸し出した千石さんに、釘を刺すことを忘れず、あたしたちは再び部屋から出た。

 もちろん、目指す場所は稔叔父様のところだ。

「お嬢、ゴタゴタしていて報告するのを忘れていたことがある」

「これ以上なにがあるの?」

「オレが杏里嬢の部屋を見張っていて、一つだけ変化があった」

「…………まさか」

 この流れで話が出るということは。

「ああ、稔が訪問しにきた」

「いつよ?」

「悠汰が来た日……おまえの部屋に行く前だ。会話内容までは聞こえなかったが、あの様子じゃあ杏里嬢は稔が本命だな」

「どうしてわかるのよ!」

「杏里嬢から迫ってキスしていた。かといって、稔が嫌がる素振りもまったくない。あれはただの恋人とも違う雰囲気だ」

「…………」

 稔叔父様の場合、迫られたら女性なら誰でも受け入れそうな気もするけど。

(って思うのも失礼か……)

 二人は親戚以上の繋がりがあったのだろうか。

 やはり、稔叔父様は読めない。なにがしたいのか解らない。

 しかし杏里の動向も不可思議だ。幸祐は遊びというのが本当だとして、ならば稔叔父様は……?

(どちらでもいいわ)

 問題はどのような会話をしていたかだ。

 それと稔叔父様が箝口令を出した場合、杏里には従うだけの理由があったということ。

 そのことについても聞かないと、と確認しているうちに部屋の前についた。

「夜分遅くにすみません」

 また礼儀正しく久保田さんがノックする。

 するとあっさり本人が出てきた。

「やあ、やはり来たね」

「やはりってことはやっぱりなのね」

 あたしたちの会話はこの人に筒抜けだ。現在も。

「玲華だけなら入れてあげると言いたいところだけど、そうもいかないみたいだね」

「当たり前です」

 ムスッと久保田さんが答えた。

「わかった。でも静かにしてね。まだ寝てるから」

 意味深長な言い方をしながらも、あたしたちを中に入れてくれた。

「比絽が寝てるの?」

 聞かれているなら話しは早い。

「そうだよ。おれに助けられても嬉しくないだろうし、説得している暇もなかったからクロロホルムを嗅がせたんだ」

「起きたら凄いことになりそうね」

 間違いなく反発するだろう。

 でもここなら毅叔父様も強引には入り込まない。よほど核心的な証拠でもない限りは。ならば時間稼ぎにはなる。

「なぜ、助けようと思われたのですか?」

 二度目になるそのソファに初めて三人で向かい合わせで座り、久保田さんがまず切り出した。

 今回も稔叔父様しかこの部屋にはいなかった。久保田さんが来たときには女性の秘書が一人と、二人の男性の付き人がいたと言っていた。前もって人払いをしてくれているようだ。

「さあね。玲華のためになにかしたくなったのかな」

「比絽を助けることが?」

「もう誰の犠牲も出したくない。違う?」

 ふと、稔叔父様が久保田さんからあたしに視線を移した。

「違わないわ」

 たとえそれが比絽だとしても。いや、比絽だからこそ、このまま処分なんてさせたくない。

 ――俺は比絽を憎めない。

 一連の出来事を語ってくれたとき、悠汰はその気持ちも吐露した。

 感謝してるから、と言っていたけれど、きっと悠汰にはどこか比絽の気持ちがわかったんだと思う。解ってしまったんだ。

 似たような立場で、自分も一歩間違えばああなっていたと。

 だけどあたしは許していない。

 比絽が悠汰にしたことだけは、絶対に謝罪させたいと思っている。

 自分がいくら傷ついているからって、他の人を傷つけていいってことにはならないのだから。

 そのためには、いま処分なんてさせやしない。

「でもあなたはあたしのためじゃない。……あたしたちの会話を聴いて全てを知り、あなたはお祖父様に対して憤りを感じた。そして、あたしが署名をしないことも知ったから、あたしの元へも来なくなった。だけどそこへ幸祐の死という大事件が起こったわ。それであなたは何かをしようと動き出した。その内に心に変化が現れたのよ。そう、お祖父様のためになることをしたいと。だから比絽を……」

「きみはやはり聡明だね。否定はしないよ」

 動じることなく彼は目を細めた。

「ただ、きみのためというのも嘘じゃない。認めたくない兄弟がいる状態っていうのは理解できる。一方的に言い逃げされたままでは、その気持ちにも収集がつかないだろうしね」

「…………」

 いつか、納得できる日がくるのだろうか。

 初めてお祖父様がしていることが本当に残酷なことだと、自分が同じ状況になったことで身を染みてわかった。

 こんな……。

 いくつものやり切れない想いが誕生してしまうのに、どうしてお祖父様はわざとこんな関係をつくったのだろう。会話する機会はあったが、その本心には触れられていない気がする。

「あなたが比絽を助けた理由はわかりました。いままでの会話、盗聴器で聴いていたのなら、もうひとつ聴きたいことがあることもおわかりですね?」

 身を乗り出して久保田さんが仕切る。

 しかし稔様の反応は弱かった。小首をかしげるような動作を微かにする。そして耳の辺りを押さえた。

「待って。比絽が起きたみたいだ」

 注意深く稔叔父様を見ると、イヤホンをしているのがわかった。髪で隠れていて、ずっと気づかなかったのだ。受信機は後ろのポケットにでも入れているのだろう。

「まさか、自分の部屋を盗聴してたの?」

「混乱していきなり脱走でもされたら困るからね。二人とは会わせられないから、帰ってくれるかな?きみたちがいることがわかれば興奮する」

 稔叔父様は立ち上がり、自分の寝室と思われる扉の向こうに入って行った。

 忠告のみで、強引に出すような真似はせずほったらかしのままなんて、意外とものぐさな性格なのだろうか。

 あたしたちは当然素直に帰るわけはなくて、でも叔父様の言うこともわかるので、鍵穴あたりに耳を寄せる。

 比絽の態度を知ることで、今後の対策が見えるかもしれないと考えてのことだ。

 少しだけドアを開けると、塞ぐように稔叔父様の背中があった。扉付近に止まっている。

 しかし一方で盗聴器なんて、ハイテクなものを使ってる人が目の前にいるのに、あたしたちはなんて原始的なんだろう。

「起きた?」

「……稔さん」

 驚く比絽の声が聞こえる。姿までは見えないけれど、確かにここにいた。

 呟くように名前を呼んだあとは、どういうつもりだ?とか、あなたがぼくにクロロホルムを嗅がせたんだな!とか、かなりエキサイティングしている。悠汰への態度を変えてから、そのままここにきているという感じだ。

「話してる暇もなかったしね。手を貸すと言っても、きみは断るだろう?今捕まれば、きみは消されるよ」

 あたしたちに言ったことと同じようなことを本人に説明している。

「それで同情的な気分にでも陥られたんですか」

「――そうだ、と言ったら?」

「最悪だ」

 惨めさを感じているのか、憎々しげに比絽が毒を吐く。

「あなたも、あの護衛たちもほんと馬鹿。ぼくなんかに目を向けている場合じゃないだろうに。罰せられるべき人間がたくさんいるのに……」

「きみ、あまり京香ちゃんに酷いことしたら駄目だよ。可哀想に。今きみの仲間だと思われて囚われてるんだって」

「そう思うのなら、あなたが助ければいいことですよね!ぼくなんかより女を助けたいんでしょう、あなたなら」

 比絽からみても稔叔父様のイメージはそんなものか。

 あたしはこっそりため息を吐く。

 京香のことを聞いてもまったく動揺した素振りがない。本当に利用していただけということか。

「まあね……。おれだって兄を止めるにはそれなりの覚悟がいるわけよ。手に落ちる前に間に合ったから、きみは助かったんだ。じゃないとおれは諦めてたね」

「だからなに?そんなことで、ぼくに交換条件を持ち掛けようったって無駄ですよ。ぼくはあなたのためになることはしない!」

 比絽にはすべてが怒りの理由になるようだ。誰のことも気を許さず生きてきたんだろうと思った。

 それでも、あたしは同情なんかしない。絶対に比絽は間違っている。

「とにかく、まだここから出ない方がいいからね。おれだって不本意だけど今夜はここに泊めてあげるから」

「なにを企んでるんです?」

「さあね。玲華のためになにかしたくなったのかな」

「な……あなた、まさか……」

「ああ。すべて知ってるよ。玲華の義兄なんだってね、きみは」

「はっ!それで玲華のため?ふざけてるのか?なぜぼくを逃がすことが玲華のためになるんだ!」

 あたしは思わず顔をしかめた。

 あっさりとバラすなんて、本当になにを考えているのだろう。手の内をあかしてまで、比絽をここにとどめておきたいのだろう。

 比絽にとっては稔叔父様はいきなり登場した人物だ。気味が悪くて、理解できない人にあたる。

 そのせいか、いつもより怒りを顕にしている。素直に、といっても良いくらいに。

「結局あなたも玲華が好きなんだ。玲華側の人間で、ぼくを哀れに思ってるんだな」

「そう怒るなって。おれはきみについてどうこうしようという気はないよ。復讐したければすればいいさ。それにおれは玲華の味方をしようとは思ってないんだ」

「だったら……」

「結局はおれのためだよ。こう言ったところできみには有り難くないことだろうけど、それで納得してもらえたかな?」

「誰が納得などするか。そんな精神論など聞いてない。結果、玲華のためになるのならそれは同じことだ」

「でも女の子の扱いはちゃんとしなよ。京香ちゃんがきみを想う気持ちは尊いものだよ」

「だからあなたの意見など聞いてない!」

 カッと一喝してなにかバサっという音がした。おそらくベッドの近くにあった雑誌かなにかを投げつけたんだろう。稔叔父様に当たった様子はない。

「きみが仕出かしたことはすべて知ってるよ。それをおれは同じ男として許せない」

 何の話だろうと思った。

 悠汰から聴いた情報からも繋がるような話はない。だけど稔叔父様の声は硬かった。

「勝手にほざいていればいいんだよ!女たらしが!……京香はただの馬鹿だ。そう、ぼくは京香を抱いたよ。無理矢理にね!でもぼくが襲ってるってのに、怯えた表情をしながらもまったく逃げなかったんだ。まだどこかでぼくの優しい一面を探しているみたいだったよ。そんな目を向けられるたびにぼくは殴ってやったんだ。そんなもの初めからただの虚像。すべてが粉々になるように、消えてなくなるように殴った」

 あたしはあまりにも無残なその内容に目を瞠った。

 京香には比絽がすべてのようなところがあったのに、それを根底から壊したんだ。

(だから京香が、ぼんやりしてるなんて……)

 悠汰がどこまで知っていたのかはわからない。だけど彼は理由までは言わなかった。ただすごく京香がやられているということだけ。

(ひどい……)

 こんな傷つけ方。最も非人道的で、残忍だ。

「それだけですごく悲壮感漂わせちゃって、おかしいよね。べつにやること自体は初めてじゃないのにさ。人が壊れることって、なんて簡単なんだろうね。……そう、馬鹿だよ。京香だって最初は、玲華とつるまない貴重な存在であるぼくに近づいただけだったんだ。理由こそ言わなくても、ぼくが玲華を憎んでいることぐらい気づいていたはずだよ。そうすればぼくが、ただ利用したかっただけだって、すぐにわかったはずだ。そうすればおのずと普段の優しさがただの餌だってわかるよね」

 比絽も壊れている。

 おそらく稔叔父様は、それも盗聴器で得た情報なんだ。どこまでその手を広げているのかは不明だ。

 しかし比絽はそこの疑問に到着することなく、笑い声さえ聞こえるほど陽気に話していた。

 これは正常な人の言葉と態度じゃない。

「それも復讐?」

「復讐はまだ終わってない!あなたのことも利用するだけして壊してやる」

「それで?その後は?」

「ここを破綻させるんだ。この家の財産なんてどうでもいい。だけど源蔵のあとに毅を継がせたりしないよ。トップが変わってあとは同じじゃあ、意味がないからね」

 誘導するように、稔叔父様は導いていく。

 まるで、あたしの代わりに聞きだしてくれているような感覚に陥った。きっと稔叔父様のことだから、ここで盗み聞きしてることくらい気づいているだろう。あたしでは、冷静に比絽とこんなやり取りできないことも、知っているのだろう。

 だから……。

 何度も飛び出して行きたくなっている気持ちを押し込めて、ただ聞いた。

「それから?」

「それから、玲華を殺して、薫を苦しめて……」

 比絽の勢いが弱まった。

 彼自身、確認するように言っているんだと思った。

「それから……やっとぼくは、幸せに、なれる……」

 いろんなものがあたしの胸を騒がせた。

 悲しみなのか、同情なのか、怒りなのかはわからない。ただ、涙がこみ上げてきた。

 それに気づいたのか、久保田さんがあたしを扉から離すように肩を押す。

「そのあとにまだ京香がぼくに幻想を抱くのであれば、相手にしてあげてもいいよ。でもきっと無理だよね。あんなに怖がっていたんじゃあ、もう近づいてもこないよね……」

 久保田さんが扉を閉めて、最後に聞こえた言葉がそれだった。

 あたしは顔を伏せた。

(どうしてわからないのよ)

 馬鹿な男ばかりだ。比絽は失ってから京香の大切さに気づくことになるだろう。いまは無意識でも、その未来がすでにあの言葉に表れている。

 あたしは久保田さんの支えを借りてソファに座った。

 比絽から発せられた内容がすべて、様々な形を変え胸に刺さった。いままでのことを総合的に見ても、意地でも同情なんてしない。それは先ほど思ったことと少し変化していた。

 もう悠汰のことで許せないなんて単純なものではない。

「じゃあおれはこの向こうにいるから、何か入り用があったら呼んで」

 しばらくして稔叔父様がそう言いながら出てきた。

 カッチと音がして扉を閉めたあと、あたしたちの存在を確認した。やはり驚いていない。

「そういうことだから……帰ったほうがいいよ。ごめんね。もうひとつの話って幸祐のことだろう?おれ自身、いまは話せる状況じゃないかな」

 きっとこの人も複雑な想いを抱えている。あたしたちはいろんなことがありすぎた。

 ええ、と一言だけであたしは頷き、久保田さんと一緒に出た。

 廊下でも久保田さんはなにも言わなかった。この人がなにを考えているのかはわからなかったし、窺う余裕もなかった。

 それでもあたしの部屋の階に来たときに初めて口を開いた。

「あいつ、廊下には盗聴器つけてないな」

「え?」

「もうひとつの話って幸祐のことっていうより杏里嬢のことだよな。それにわかってるだろって切り出したら首を傾げていた」

 いきなり、なんの前触れもなく普通に語りだした。いままでと同じ調子で。

 おかげですんなり頭が切り替えられた。

「すべてを聞いていたわけではないということね」

「普通の周波数の盗聴器ならオレが外していっている。あいつの持っている特殊なタイプはそう無いようだな。特定の部屋にのみに付けられているとみた」

「確かにそうよね。でもそれがなんになるの?」

「いや……」

 やっぱり久保田さんの調子もおかしい。そう呟いたきりで部屋に入った。

 この中に入ってしまえば、稔叔父様に聞かれている。おそらく聞かれてはならない方向だと感じたので、問い詰めることは躊躇われた。

 あたしを部屋に送っただけで、久保田さんは寝ると言って自分の部屋に戻って行く。

 それから暫く考えて、なにが言いたいのか少しだけわかった気がした。


   * * *


 体中がギシギシする。

 あたしは三時間くらい寝たところで久保田さんに起こされた。叫び声とドアをノックする音が、どこか遠くの方から聞こえる。

 聞こえるんだけど、頭と瞼が重くて、しばらく無視していた。

 いや、無視はいけない。少なくともどういう事態かあたしには解ってる。

(いか、な、きゃ……)

 ああでもあともう少し……。

 起き上がろうと持っていく意識を、叩きのめすかのように襲ってくる誘惑。

 あたしはそのままの体勢をなるべく維持しながら置時計を掴んだ。

(九時すぎ……)

 いつもなら爽やかに目覚めてる時間帯だ。

 結局朝方まで眠れなくて……。それでも三時間は寝ているはずなのに。

 やっぱり疲れが溜まっていたんだ。身体は正直だ。ここ数日でいろんなことがありすぎて、気持ちは高ぶったままでまったく眠れなかったのだ。

「お嬢!いい加減に起きないとこのドア、ぶち破るぞ!」

 一際でかい罵声が聞こえた。

 その内容に眠気も吹っ飛ぶ。

「起きたわよ!起きてるわよ!だからちょっとは待ちなさいよね!」

 あたしも負けずに怒鳴ったら頭がクラクラした。

 大きく深呼吸をひとつして、素早く支度にとりかかる。

「ちょっとはって……どれだけ待ったと思ってるんだ……」

 どこか呆然と呟く声がドアの向こうからしたけど、完全に無視した。時間がないことなら解ってる。

 最後に全身が写る鏡の前で身だしなみを整えて、あたしは寝室を出た。

「おう。悠汰が待ってるぜ」

 応接スペースのソファに行儀悪く座ったまま、皮肉たっぷりな一言をもらった。

「わかってるわ。千石さんは?」

「もう動いてる」

「そう、じゃあ行きましょ!」

 あたしたちの作戦が本格的に始動する。

 上手くいくって信じてる。だって、僅かでも疑ったら取り返しのつかないことになりそうだから。

 あたしは久保田さんと走った。

 悠汰のいる地下へ――。

 そこにはたくさんの人が溢れていた。恒例の野次馬だ。

(みんな早起きね。偉いわ)

「あ、玲華。おはよう」

 久保田さんと人並みを掻き分けていくと、ちゃっかり綾小路先輩が前の方にいた。

 だけどあたしは挨拶する暇がなかった。

 ばか騒ぎのような声が聞こえていたからだ。

「頭が(いて)えっつってんだろっ!あー!ちくしょう!目眩までしてきやがった!」

「えっ?」

 騒ぎの中心にいたのは悠汰だ。

 あたしと久保田さんはしばし立ち尽くす。

「黙れと言ってるだろうが!大人しくしていれば薬を持ってきてやる」

 応対してるのは、もちろん毅様の護衛を務めている人たちだった。あのとき、あたしの部屋で悠汰を連れていった人、四人が牢屋の前を取り囲んでる。

 その先にいるだろう悠汰が、よく見えない。

 あたしは見えるところまで移動した。

 久保田さんもぴったり離れずにくっついてくる。

「そんっなん効くかよ!俺は頭を打ってたんだ!内出血してるかもしれない。助けてくれ!」

「――えっ?」

 あたしは繰り返すことでしか反応ができなかった。

「安心しろ。内出血してたらそんなに叫べないだろう」

「そうだ。それに朝からおまえが暴れたおかげで俺()に迷惑かかってんだよ。いい加減黙れ」

「そんなっ。このまま意識を失って俺は死ぬぞ!医者にそう言われてんだ!いつ死んでもおかしくないって。だから医者に連れていってくれ!」

「意識を失ってくれれば静かになって良いんだがな」

「ひでえ!血も涙もねえ……。だったら今すぐ殺せよ。ああああ。吐き気までしてきた」

 悠汰の顔は耳まで真っ赤だった。かなり必死そうな顔で頭を押さえつけている。

 実はこれは計画の一端だ。

 あたしが悠汰に伝えたこと。

 ――尋常じゃないくらい体調悪いって騒いで。人が集まるくらいに。

 そうすれば同情心から出してもらえるかもしれない。それはチャンスになる。

 本当に病院に連れて行ってくれるとまでは期待してない。いや、そもそもここに人を集めるだけでも狙いとしては成功なのだ。

 だからいまは成功していると言っていい。 

 けれど。

(なんってダイコンなの!)

 演技が下手というか、わざとらしい。嘘くさい。自然じゃない。

 みんな心配して来てくれることを想像していたのに、ここにいる人は皆、どこか呆れ返ったような顔をしていた。

 そう、バレバレだったのだ。

 真っ赤な顔はきっと恥ずかしいんだろうなあ。

 それでもやり切ってるところは褒めてあげたい、かも……。

「まあ、なんて無様な」

「あそこまでして命乞いがしたいのですわ」

「別の意味ですでに精神が病んでいらっしゃるのではないかしら?ええ、別の意味で」

 後ろの方からそんな会話が聞こえてきた。

 それでもあたしが動けずにいると、久保田さんがこっそり肘をつついてきた。

「おい、早くフォローしてやれよ。可哀相じゃねえか」

 わかってるわよ、と目だけで返す。

 ここであたしが出て行って一緒に大騒ぎする。それが台本(シナリオ)の続きだ。

 でもどうしてだろう。足が動かない。

 なにか鬼気迫っていて、恐ろしいオーラが悠汰から発せられている。そこまでの迫力はばっちりなんだけど。なにせ棒読みだし……。

「あっ。玲華!」

 うっ、見つかった。

 男たちの隙間から目が合った。

(そこで手を振るな!おかしいでしょうが!体調悪いのにそのノリは!)

 そして悠汰は鉄格子を握り締めて、あたしに向かって叫んだ。

「助けてくれよ!玲華!俺、死んじゃう。病院に行って治療しないと絶対死ぬ!」

 ああ、はいはい。

 なぜかしら。そんな返しをしたくなるのは。

「おい、呼んでるぞ」

 また久保田さんが隣から圧力をかけてきた。

 言われなくてもわかってるってば!自分が考えた作戦のくせに!

 仕方なしにあたしは硬直した足を無理矢理動かした。

 男たちを押しのけて、柵の向こうで座り込んでいる悠汰の前に屈まる。なぜかすんなり彼らは退けてくれた。

「まあ悠汰!それは大変だわっ。どこが痛いの?」

 ああああ。あたしまでつられて大根役者になっちゃったじゃないの!

 おかしいわ。この家ではかなりのハッタリをかまして、ここまでやり切ってきたあたしなのにっ。

「頭だよ。久保田さんに殴られたところがガンガンする」

 そういいつつ。悠汰の右手は頭にあったけど、左手はお腹をさすっていた。

 あたしが寝ている間にも叫び続けていたようで、声が少し掠れている。

「大っ変。頭を強く打つと、後からが怖いってよく言うものね。脳がダメージを受けて腹痛まで引き起こしてるんだわ。これは重症ね」

 そんな合併症は聞いたこともないけれど、とりあえずあたしはそうやって無理矢理こじつけた。

「そうなんだよ。もう痛すぎてどこが痛いのかよくわかんねぇ……」

 わかんないじゃ困るのよ!バカ!

 仮病使うときはちゃんとひとつに絞りなさいよね。

「いやっ!死なないで、悠汰。あたし悠汰がいなくなったらどうすればいいかわからないわ」

「このまま死んだら、悔やみきれなくて俺は玲華から離れらんねえよ!そしたら玲華に酷いことするやつに取り憑くかもしんない」

「そんな護り方されても嬉しくないけどお……でもあたしには止められないのね。それならここにいる人みんな危ないってことじゃない」

 もう、このわざとらしい感じに乗っかるしかない。あたしはそう思って、危ないと言うときにわざと周囲を見渡した。

 一人一人をしっかり目でチェックする。あなたもターゲットよ、という意味を込めて。

 迫力だけは充分だから、みんなビビッていた。

 だけどその隙間から久保田さんが一人、声を押し殺して笑ってるのが見えた。超ムカつく。

「玲華、頼む。こんなところが最後なんて嫌だ。せめてここから出してくれ」

「そうしてあげたいんだけど……」

 あたしは恨めしげに護衛の四人を見上げる。

 彼らは顔を見合わせて困惑した表情を見せた。

「なんだ?何を騒いでる?」

 だけど毅叔父様が登場したら彼らの顔も引き締まった。毅叔父様はお付きの人を二人従えて、そこにいた。皆はまた、自然に通り道をつくっている。

 重役出勤並みに遅い登場だ。

「はあ。実はこの捕らえた少年が死ぬ死ぬと騒いでまして……」

 一人が説明すると、射抜くような目で毅叔父様はあたしたちを見比べた。

 隣で悠汰が、鉄格子を握る拳に力を込めたのがわかった。叔父様にただならぬものを感じたみたいで(りき)んでる。

「俺は本当はまだ入院してないといけないって言われてるんだ。強引に退院してここにいる。なにがあるかわからない」

 その言い方にあたしは悠汰を思わず見た。先ほどまでのそらぞらしさがなくて、力んでるのに声は静かだったから。

 もしかしたら本当にそういう診断だったのかもしれない。そう思えた。

(それでなんで来てんのよ。もう……)

「だから!俺がいま死んだら困るんだろう?一度病院に連れて行ったほうがいいぜ」

 あ……戻った。

 大袈裟な物言いに戻った。本当、わかりやすい。これでは虚言ですと教えてるようなものだ。

「なるほどな。そういう手に出たか」

 毅叔父様の出方を注意深く見つめていると、叔父様は僅かに笑みをつくった。一瞬だったけど、あたしは見逃さなかった。

「ちょうどいい機会だ。おい、出してやれ」

 うそ!

 あたしは信じられなかった。こんな陳腐なプロセスで、叔父様が動かされるとは思っていなかったのだ。これがただの演技だとバレたときには、さらに酷い扱いになることも予想していたし、良くて一喝されて終わりだと……。

(なにか、企んでる?)

 計画の流れが変わるのを感じた。

 毅叔父様は鍵を持って来ていたようで、それを護衛役に渡す。悠汰もやや呆気にとられながら出てきた。

「悠汰」

 あたしが駆け寄ろうとすると、すぐに止められた。出してもらえてもその身は自由にはされていない。

 そして毅叔父様は皆に呼びかけるように言う。

「いまから謁見の間で公開署名を執り行う!私が父の後を継ぐ瞬間を皆にも見ていただきたい!」

 なんていうことを。

 突拍子のない話にあたしは口元を両手で覆う。

 計画が、乱れる。

 久保田さんの顔を捜した。でも見つからなくて、代わりに綾小路先輩がこちらを見ていた。いつもの笑顔で片目を閉じている。あたしにウィンクしたみたいだった。

(それだけじゃあ何の合図かわからないんですけどっ)

 歯痒い想いが生まれた。

「全員を集めるんだ。来ない奴は後々後悔することになるとでも言って連れて来い。証人として椿原も呼べ。あいつに立ち合わせるんだ」

 毅叔父様はそう付き人に命令をくだした。そしてあたしの方を向く。

「玲華は実印を持って来い。それまでこの少年はこちらで治療をしてやろう」

「昨日話したじゃない!それはもうちょっと待ってって!」

「そうだな。不安材料を取り除いてからだと言ったな。だから公開でやるのだ。私が表立って父の後を継ぐ。誰にも文句は言わせない。それですべてうまく収まるんだ」

 つけ入る隙が、ない。

 あたしはもう何も言えなくなった。

 公衆の面前ではもう清志郎伯父様を餌に取引はできない。

(そういえば、清志郎様は……)

 あたしは彼の姿を探す。

 すると真ん中の方で、その恰幅のいい体格をすっぽりと皆の姿で隠しながら、怒りを顕にしてそこにいた。いまにも血管が切れそうで、目が充血したように赤い。 

 どうすんのよ、この状態……。

 あたしは背筋が凍るような想いだった。


   * * *


 綾小路先輩と急いで部屋に戻った。計画の変更をするからと指示を綾小路先輩に伝言したまま、久保田さんはひとりで勝手に動いているようだ。

 部屋につき千石さんと合流すると、計画の大まかな流れは千石さんが聞いていた。

「で、本人はどこに行ったのよ!」

「やることがある、とだけ……」

 まったく、いくら時間がないからって困るわ。

 でも久保田さんのことだからきっと大丈夫だろう。

 それに予想ならできた。

(加藤さんだわ……)

 ここで加藤さんを助けなければ、もうチャンスはないだろう。

 それにきっと久保田さんは京香も解放してくれる。それならば、怒る理由はどこにもなかった。

「千石さんの方は?」

「問題ありません」

 こちらは一足先に成功したようだ。

 いままでの流れで、悠汰が大騒ぎをすれば野次馬が集まることは予想できた。そして悠汰のことで、清志郎伯父様が無視できるはずないということも。

 人を集め、その隙に千石さんが亜衣ちゃんたちを救いだす。

「お二人は言われたようにあの場所で待機してもらってます」

 会話をしながらあたしは寝室でドレス着替えていた。扉越しに聞こえる千石さんの声が遠い。

 着替えをするのはいろいろ仕込むことがあったからだ。しかしいきなり服装が変わったことを気取られてはならない。とはいえ動きにくい服は元より選ぶつもりはない。動きやすく、体のラインが出ず、かつ正装に見えるドレスだ。

 靴もヒールの低いパンプスに履き替える。

「んじゃあさ。署名が終わったら、いい機会だから一緒に行っちゃおっか」

「…………良いのですか?」

「うん。本来の家があるんだもんね。ここにももう用はないでしょ」

 さっと着替えを済ませて、あたしが次に向かったのはキッチンだった。

 目当ての物がどこにあるのかわからない……。

「だからさ、千石さん誘導をお願い」

「でしたら本来の役目もありますので、もう行かなくてはなりません」

「ホールへは綾小路先輩と行くわ」

 あたしがそう言うと、当の本人はなぜかすごく嬉しそうだった。

「頼ってくれるのかい?玲華」

「あなたもすでに一蓮托生よ。協力してくれなければ困るわ」

「勿論だよ。ではぼくも準備が必要だね」

 最後は独白のようだったので、無視をして探し物をする。

 その隙に千石さんは早々と出ていったようだ。

「ところで、なにを探してるんだい?」

 あらゆる扉や引き出しをバッタンバッタン開閉しているあたしは、綾小路先輩には奇妙に映ったようだ。

「あった!」

 “こういうものがある”ということは、秀和に聞いて知っているのだ。ただ使ったことはないけれど。

 あたしは目を光らせて、それをガッサリ持つ。一枚を綾小路先輩に渡して、用途を説明した。

「さすが玲華だね。脱帽だよ」

「ふふん。じゃあ行きましょう」

「あっ、待ってくれ。僕もすぐ準備するから」

「部屋に帰るんでしょう?あたしも行くわ」

「どんなときでも一緒にいたいって?」

「なに言ってんのよ、バカ!ついでに寄った方が効率がいいだけよ!」

 解ってるはずなのに、わざとだ。

 こういうことを軽々しく言わなければ、もっと信用できるのに。

 あたしの周りには素直じゃない意地っ張りな人か、こういうタイプしかいないのかしら。

 頭が痛くなりつつもあたしたちは部屋から出た。

 毅叔父様が指定した場所は、奇しくもお祖父様が声明を発表したところだった。

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