第一話
「あっ、おつかれ」
文芸部の部室に足を踏み入れた途端軽やかな声が振ってくる。
シトラスの香りが僕の鼻をくすぐった。
目の前の机に座ったおかっぱ頭の少女。白い歯を見せて黒縁眼鏡の奥の円らな瞳も笑ってる。
「あ……はやいね」
つい声が震えてしまった。
今日は部長の紗香はかけもちの美術部に行く日、唯一の他の男子部員のトシヤは親に言われて受験塾に通わされてて来る心配もない。
つまり……僕とほのかちゃんは二人きり。
どきどきする気持ちを表に出さないように努めながら目の前に座る。
「…………」
見まいとしても視線が吸い寄せられる。さりげなく、でもしっかりと。
一瞬のうちに僕はカメラのように目の前の光景を脳裏に叩き込んだ。
机の上に広げられた分厚い本。ほのかちゃんが好きな海外物の大型長編に間違いない。
それは前から知ってる。でも本当に気になるのはそこじゃない。
「う……」
はちきれんばかりにふくらんだ制服の胸元。
ブレザーのボタンが張り詰めてそこだけ山のようになってる。
「ん……?どうかした?」
目の前に迫るボリュームたっぷりの膨らみについ声が漏れてしまうのだ。
「いや……またそのシリーズなの?」
胸を見てたと気付かれないように僕は聞く。もちろん同じ本なのは分かってる。
「そう……大好きだし」
「すっごいね、これだと読み終わんないよ」
指先で本の厚さを確かめる。僕はここまでのハードカバーまでは読み込まない。
「そこがいいのよ。ずっとこの世界に入れるから」
眼鏡の奥の目をいたずらっ子のように細める。
アピールするように分厚い本を持ち上げてみせた。肘にぎゅっと押されたせいでおっぱいが揺れて形を変える。
こっちをみてるほのかちゃんの手前露骨に見れない。
しかし笑顔で応じつつも目の下の方でしっかりと焼き付ける。
(しかしなんでそこだけそんなに……)
手を伸ばせばすぐに届く巨乳……頭に血が上りそうになってしまう。
ほのかちゃんはスレンダーな体形で遠目にもシルエットがすらりとしてる。
それなのに胸だけがアンバランスに自己主張するようにいつも揺れてるのだ。
「えっと……」
目の前で揺れるおっぱいを見てるとしまいに衝動が押さえられなくなりそうだった。
気を紛らわすために僕はあえて立ち上がる。
「記念雑誌の発行予定はっと……」
壁に貼った予定表を見る振りして目を逸らす。
そうすると机の横からスカートから伸びた白い生足が嫌でも目に入ってしまう。
(色っぺー)
すらりとしていながら良い具合の肉付き。うちの学校はミニにしてる子も多いが、ほのかちゃんは控えめなのでぎりぎり膝が隠れるぐらいだ。
それでもふくらはぎのふくらみや、たまにスカートがめくれて太もも辺りまで目に入る。
「…………」
しっかりと張りのある肌と色艶が良く白く光を弾くような生足。
(あ~たまんない)
生唾が固まりのようになってのどにつっかえてしまった。
「トシヤくんちゃんと参加できるかな。記念誌作り」
突然の質問に慌てて僕は取り繕った。
「……わかんない。あいつ親が厳しくてさ。小説書くのなんかやめて受験勉強しなさいってやられれてるって」
「うっわー、じゃあダメそうね」
苦笑したように笑顔を見せてほのかちゃんは再び本に目を落とす。
うちの部活は年に一回は部の記念雑誌として一冊寄稿誌を作るようになってるのだ。
それも今回は提出者が少なくて難航しそうだ。
さりげなく座って目を伏せてるほのかちゃんに目をやる。机もそんなに広くない。
思い切って身体を乗り出せばこの子を抱きしめられる。
さらさらの黒髪。長い睫毛。ほのかに赤みを帯びた白い頬。
ああ……本当にこんな子と2人なんだ。
部屋の中に満ちる。爽やかなシトラスの香り。
クラスにはませて大人びた香水をつけてくる子もいるのだが、ほのかちゃんは性格上そんな強いものは付けない。でもまるっきり無頓着じゃなくてこうやって爽やかなほのかちゃんらしい香りを漂わせてる。
「…………」
横から見えるほのかちゃんのふくよかな胸元。本当に机に文字通り載っている。
控えめな子なのに、なんでおっぱいだけはここまで主張が強いんだろう。
見てるだけで身体がムズムズしてきて落ち着かない。
心を落ち着かせるために僕はゆっくりと深呼吸した。
僕らの出会いは図書室だった。
僕はそんな読書家でもないんだけど、面白いライトレベルが図書室に入っててそれがクラスで評判だったのだ。
“読書習慣をつけるため”ということで学校では本であれば何でも奨励されていた。
現代日本で少女とバトルする一巻がほんとに面白かったので、僕は二巻も借りてしまいにシリーズの全部を読みたくなっていた。
二巻目を図書室に返しに行って、次を探そうと本棚をさまよっていた時だった。
目の前に立つ制服の女の子。
足が止まり、胸がきゅっと締まる。背はそこまで高いわけでもない。
でもその立ち姿はほんとにモデルみたいに絵になっていた。
肩で切り揃えた黒髪。そして手に黒縁眼鏡をもって、それをぶらぶらさせながら裸眼で棚の本を追っている。
何より薄い夏服から見えるはち切れそうな乳房・・・ 背中ではブラジャーが透けていて、一瞬にしてカーっと僕の全身は熱くなった。
その子は眼鏡の曇りを拭くように眼鏡拭きでグラスをこする。
その俯き加減になった横顔はためいきが漏れそうなほど整っていて、つい見とれてしまった。
目鼻の配置も顔の作りも完璧。アイドルみたいな本物の美少女だった。
(こんな子、うちの高校に居たか?)
戸惑う僕に女の子は分厚い黒縁眼鏡をかけ直して僕もはっとなった。
(どこかで見かけたことがある)
横目で窺いつつも
(絶対眼鏡かけない方がいいじゃん)
とそう思ったものだった。眼鏡が分厚くやぼったすぎてせっかくの美形ぶりが台無しになってる。
黒縁眼鏡をかけたおとなしめの文学少女。
それがほのかちゃんだった。
眼鏡をかけてると地味目のオタク少女っぽく見える。目立たず注目されにくい。
(あれで素顔で、おしゃれな格好をしたらすっごい美しさになる。間違いない)
彼女の魅力にあてられてふらつきながら、僕は本棚を移動する。
彼女はちょうど僕が借りようとしていたライトノベルの背表紙に指をかけていた。
「あっ」
思わず僕も声が漏れる。
釣られるように彼女は振り返り僕と目が合った。
「……借りるの?」
「いや……先に見つけてたならいいよ」
「そう……?」
ちょっとはにかんだような気にするような表情。
「……面白いよね。これ」
「うん、すっごく。このシリーズ読破するつもりなの」
彼女は微笑みながら指先で眼鏡を直した。
二人で本のカバーを見ながら話し合う。どの剣士のキャラがかっこ良かったか、敵役は誰が一番印象に残ってるか……
実際に好きな本なので自然に話にも熱が入る。
わずかな時間で気付くとお互いに熱をこめて気持ちを打ち明け合って、長年の友達の盛り上がってしまった。
(こんな子だったなんて)
話しながら僕は意外に思った。
他のクラスだった彼女を見かけた時は、確か教室の隅で座って本を読んでいた。
地味系の女と扱われるような子だった。
高校生の僕らは女の子のことが気になって仕方がない年頃で、他所のクラスの女の子とも噂に上る。
でも誰も彼女のことはあまり口にしなかった。ほとんど眼中になかったのだ。
あの黒縁眼鏡で顔の印象が変わって男子からは敬遠されてしまうのだろう。
(ここまで元が美しいなんて幸せなことだな)
ひそかに思った。
化粧しなくてもあれだけチャーミングなんだから、これで飾ることを覚えたら凄いことになる。
クラスの派手めの女達も悔しがるに違いない。
それからは僕らは図書室で顔を合わせる度に言葉を交わすようになった。
そして二年のクラス替えで彼女と一緒になって、席替えで近くの席になった時は僕も有頂天になったものだった。
彼女はクラスの中では大人しめだったが、その胸の豊かさは目立った。
近くに座ってると物を取ろうと身体をかがめただけでぶるんと揺れて、制服のシャツを押し上げる。
その度に素早く視線を移動して目に焼き付けた。そして家に帰ってから何度ほのかちゃんの思って妄想に囚われたか分からない。
巨乳は野郎どもにとっては見過ごせないポイントだ。
よく観察してると男達にもちらほら彼女の魅力に気付いてる奴もいた。
ほのかちゃんの眼鏡を外した時の美人ぶりを知っているのがいて、彼女に話しかける連中もいた。
その度に僕は不安になって様子を窺ってしまい、クラスのヤリチンで有名な奴が話しかけてた時は焦ったが、意外にも彼女は眉毛一つ動かさず、けんもほろろの扱いをしていた。
(なんで教室じゃあんななんだろう)
図書室で、本を前に生き生きとこぼれるような笑顔で話していたほのかちゃん。
教室じゃまるで別人だった。男にも冷ややかでつっけんどん。
何か内にこもってるように見えてしまう。
そのせいで何とか近づこうとした男子は次々と討ち死にしてしまいには、まともに掛け合う男もいなくなった。
それなのに……
「新刊読んだ? 北野圭吾の」
朝登校すると席にカバンをかける間もなくそう聞いてくる。
しかも口元には楽しげな微笑み。その度に他の男達からは興味深げに中には嫉妬混じりの視線で見られている。
僕にはそれが少し誇らしい気さえしていた。
彼女は積極的な方ではなかったし、僕も特別にイケイケではないので、なかなかいい関係にまで発展するとはいかなかった。
それが大きく変わったのがこの文芸部入部だ。
「ねえ、ショウヤ……あんた、文芸部に入ってくれない」
そう幼馴染みにの紗香に言われたのは、二年になってまもなくだった。
一年生の時はソフトテニスをやってたのだが、膝をケガしてやれなくなってからは、復帰する間もなく結局辞めてしまっていた。半分お遊びのような部活だったので後悔は無かったが、放課後に暇そうにしてる僕を見て紗香が勧誘してきた。
「なんだよそれ、小説でも書くのか」
「そう。一年に一回は雑誌を創るのが部の伝統。でも普段は読書してお喋りするだけよ。あんたライトノベル好きなんでしょ?」
たまに僕が図書室から借りて読んでたのを見ていたらしい
「文芸部ねえ……」
正直気が進まなかった。聞いたこともないマイナー部活。しかも文化系……
「あのね、新入生が誰も入らないのよ」
「そりゃそうだろうな。今時そんな部は人気無いだろ」
「先輩は卒業しちゃうし……存続の危機なのよ。部室持てるのは五人以上いなくちゃだめなの。数合わせだけでいいから」
元からの腐れ縁もあるし拝み倒されて僕は入部した。
ちょうど図書室で借りたのを読むのにちょうどいいし、家で読み残した分を部室で読み上げて返却するのにも都合がいい。そう軽く考えたのだ
「トシヤもライトノベル読んでるぞ。ヘタクソだけど小説も書いてるって」
と僕は一年生の頃の知り合いのトシヤも入れて、もう一人はほぼ幽霊部員で学校にも来てない子が名前だけ所属してるという。
「あと一人……誰かいい人いない?」
そう頼まれて思いついたのがほのかちゃんだった。
「いいわよ。楽しそう」
僕の勧誘に笑顔を浮かべてあっさりとほのかちゃんは快諾してくれた。
部員として一緒の時間が増えて僕らの距離は急激に縮まって、僕は学校生活が楽しくてたまらなくなった。




