EP3「ワンチャン?(1)」
街を抜け、緑道へ。
石畳がやわらかな土に変わる。
遠くに湖が見えた。
さっきまでのざわめきが、嘘みたいに遠い。
「この世界のこと、どれくらい知ってる?」
「何も……知らない。
っていうか、何が起こってるのかも、わかんない…」
シャルルの問に、ミーナは足元の土を見つめた。
今日は入学式だった。
新しい制服。
少しだけ背伸びした気持ち。
“はじまり”のはずだった一日が、
気づけば別の世界に続いている。
歩くうちに、混乱は少しずつ形を持ち始める。
胸の奥が静かにざわついた。
「まぁ……そうだよね」
シャルルはくるりと回り、ミーナの前に座る。
「改めまして。僕はシャルル。」
「私は……みなこ。陽月 澪音子。
みんな、ミーナって呼ぶの。」
「よろしく、ミーナ。」
少し間を置いて、シャルルは言った。
「僕は、言の座の神――テオ・エスピラの遣いだ。」
「……神?」
現実味のない単語に、思わず眉を寄せる。
「そう。
で、単刀直入に聞くけど」
シャルルにヒゲが前にピンと張る。
「ミーナ、魔法、使ってみたくない?」
「……え?」
「君の世界には、なかったんだろ?」
湖の水面が、きらりと光る。
「ここにはある。
そして、君は使える。
……はず、たぶん…」
「たぶんって何よ!」
ミーナは思わず吹き出した。
自信満々なくせに、最後だけ弱い。
「でも」
少しだけ、胸が高鳴る。
「使ってみたい、魔法!」
シャルルの尻尾がぴんと立つ。
「そうこなくっちゃ。
もう少しだけ、先へ行こう!」
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しばらく歩くと、大きな湖に出た。
水は澄んでいて、底まで見えそうだ。
湖のほとりには、小さな小屋。
大きな風車がついていて、まるでどこかのテーマパークみたいな景色だった。
「まずは基本からだ。」
小屋に入るなり、シャルルが言う。
「生活魔法。“light”。」
「ライト?」
「灯す魔法だ。
命じるのではなく、灯す。」
ミーナは眉をひそめる。
「え、どういうこと?」
「やってみれば分かる。
というか、やらないと何も始まらないだろ?」
シャルルはニヤリと笑った。
ミーナは深呼吸して、小さく言う。
“light”
指先に、ぽうっと光が生まれた。
「……え。」
揺れる光は、すぐに消えそう。
「もっと具体的にイメージするんだ。」
シャルルの声は静かだった。
ミーナは目を閉じる。
暗い部屋。
学校から帰ってきたときに、まずつける電気。
帰ってきた安心感。
“light”
今度は、はっきり。
白い光が、部屋を満たした。
「わ……できた!」
シャルルが目を細める。
「……発動したな…」
ミーナは自分の手を見つめる。
「え、なにこれ。
私、ワンチャン天才?」
「才能はあると思うよ。」
シャルルは淡々と言う。
「でもコントロールがまだまだだね。」
「えー!」
「じゃあ、次。」
シャルルが尻尾を揺らした。
「その光を瞬かせてみて。
星の光のようにキラキラと。」
「星の光……」
“star light...?”
光はそのまま、じっとしている。
「…star light?ってなに?」
「えっ…星の光みたいな?」
「“星の光”って状態の説明でしょ。
瞬く、は?」
「……え?」
ミーナは固まる。
頭の中で必死に単語を探す。
キラキラする星。
キラキラする星の歌。
えっと、あの歌……。
「きらきら星……英語で……」
シャルルが静かに言う。
「twinkle」
「……あ!!」
ミーナの顔が一気に明るくなる。
「Twinkle!!
あれだ!!
Twinkle, twinkle, little star!!」
慌てて唱える。
“twinkle!”
光が、ぱち、と瞬いた。
一瞬だけ。
「……できた?」
「まぁ、一応」
シャルルはため息をつく。
(……ウソだろ。
童謡レベルの単語で詰まるのか……
やったなエスピラ様)
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夜。
湖は昼とは別の顔をしていた。
風のない夜。
水面は鏡のように空を映している。
空には、視界に収まりきらないほどの星。
ぱちり。
ぱちり。
静かに瞬いている。
湖のほとりに立っていたシャルルが、小屋の方を振り返った。
「ミーナ、ちょっと外においで!」
小屋の中では、ミーナがランプの明かりで本を読んでいた。
カバンの中に入っていた、小さな単語帳。
「えー?もう眠いのに……」
そう言いながら外に出て、ミーナは言葉を失った。
「わぁ!!!すごい!!!」
視界いっぱいに広がる星空。
日本では見たことのない数の星が、夜空を埋め尽くしている。
ミーナはしばらく、何も言わなかった。
ただ、空を見上げていた。
やがて、静かに目を閉じる。
胸の中に、さっき見た星を降らせる。
瞬く星。
湖に落ちてきそうな光。
手を伸ばせば、触れそうなほど近い夜。
そして、小さくつぶやいた。
“twinkle”
その瞬間。
空の星々が、いっせいに瞬いた。
ぱちり。
ぱちり。
ぱちり。
次の瞬間――
星が、落ちてきた。
ひとつ。
ふたつ。
それだけではない。
いくつもの光が、夜空から降り注ぐ。
流れ星。
そう呼ぶには多すぎるほどの光が、湖へ向かって降ってくる。
星々は音もなく湖へ吸い込まれ、水面に淡い光を残した。
「ミーナ!!何やってんの?!」
「私じゃない!私じゃない!!」
「ミーナ以外に誰がやるのさ!」
二人が言い合っている間にも、星は降り続く。
やがて――
光は、静かに止んだ。
湖は再び、静かな夜に戻る。
ミーナとシャルルは顔を見合わせた。
「「……」」
空を見上げる。
星はまだ、さっきより強く瞬いていた。
――湖から少し離れた街、ロスペリア。
夜の街は静かだった。
一日の仕事を終え、人々が家へ帰り始める時間。
通りには、わずかな街灯の明かり。
足元を確かめながら歩いていた若者が、ふと立ち止まった。
「あれ?」
急に、足元が明るくなった。
街灯がついたのかと思い、空を見上げる。
その瞬間。
一筋の光が、空を横切った。
流れ星。
「わぁ!!」
少し離れた場所にいたカップルが声を上げる。
その声に、通りの人たちが顔を上げた。
「流れ星だ!」
「すごい数だよ!」
空には、いくつもの光が流れている。
通りの騒ぎに、家の中の人たちも窓から顔を出した。
「なんだ?」
「外見ろよ!」
誰かが呼びかける。
人が、次々と外へ出てくる。
皆が同じように空を見上げ、声を上げた。
「なんて美しいのかしら!」
「星が降ってきている!」
「まるで魔法みたい!」
夜空を流れる星々は、しばらくの間、人々を魅了し続けた。
やがて光は消え、夜は再び静かになる。
それでも、しばらく誰も空から目を離さなかった。
その夜の出来事は――
「星降る夜」として、
しばらく、街の話題となった。
――その頃、湖のほとりでは。
「だから私じゃないって!!」
ミーナの声が、夜の湖に響いていた。




