スピンオフ(4)「思考の神」
※本編のスピンオフ短編です。
まだ読まれていない方は、第一章プロローグから読むと
チト詰みの世界が分かりやすいと思います。
現在、第二章(学園編)も準備中。
更新までの間、少しだけ寄り道の物語です。
もしも言の座の神々が、日本に転生していたら?
思考の神 テオ・ノエシス
たぶん将棋とか指してる。
通り名:長考の野江
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静まり返った対局室。
盤の上には、静かに並ぶ駒。
そして盤の前には、一人の男。
野江八段
動かない。
まったく動かない。
テレビ中継の解説席。
解説者が苦笑する。
「えー……現在、野江八段、長考中です。
持ち時間は……」
時計を見る。
「……ほぼすべて使うつもりですかね。」
アナウンサーも苦笑する。
「今回の名人戦、毎回この長考タイムがありますね。」
解説者がうなずく。
「ええ。
話すことがなくなる、解説者泣かせの長考です。」
カメラは対局室へ。
野江は、動かない。
まばたきすら、ほとんどない。
そして。
数時間後。
ゆっくりと手が動く。
パチン。
駒が置かれる。
解説席。
「おおっ!
ここで局面が大きく動きました!」
解説者が言う。
「やはり野江八段、長考のあとに局面が動きますね。」
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数時間後。
対局終了。
勝者。
野江 八段
新名人誕生。
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そのまま感想戦。
対戦者が盤を見ながら言う。
「この局面ですが……
ここで、この手は考えなかったのですか?」
対戦相手の質問に野江は考えた。
「……」
返ってこない反応に、顔を覗き込む。
「……野江さん?」
「…………」
沈黙。
対戦者、ふと気づく。
「あっ。
私ちょっとトイレ行って、着物脱いで着替えてきますね。」
対局室を出ていく。
「…………」
まだ考えている。
そういえば。
感想戦でも長考する人だった。
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その後の、名人就任会見。
記者が質問する。
「今回の名人戦は、歴史上もっとも長い名人戦となりました。
戦いは辛いものだったと推察します。
改めて、全七局を終えての感想をお願いします。」
野江は、少し考える。
「辛かった……」
沈黙。
「辛かったのだろうか……」
さらに沈黙。
「いや……そこには探求があり……」
記者、心の中。
(あっ、これ長くなるやつ…)
将棋協会の人が小声で言う。
「えー……記者のみなさん。
一度夕飯にでもしましょうか?」
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その頃、リビング。
テレビを見ていた少女が驚いていた。
陽月 澪音子。
「えっ!」
画面にはニュース。
新名人・野江 誕生
ミーナは目を丸くする。
「対局……二日間!?
なにそれ、ヤバ……」
テレビでは解説者が言っている。
「野江名人は、非常に深く考える棋士として知られており――」
ミーナは苦笑した。
「……ずっと考えてる人なのかな。」
ミーナはまだ知らない。
この棋士が、
ただの名人ではないことを。
そして。
海よりも深く、
考えを巡らせていることを。
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盤の前、野江は静かに考えていた。
「……思考とは、どこまで続くものなのだろうか。」
誰もいない部屋で、
野江の思考は、今日も続いている。
⸻
――記録は、まだ続く。




